
広がる理系の“女性枠” 多様性が研究発展につながる!
「女子でも参加していいんだと思えたし『この分野で頑張りたい』という意識が芽生えました」
――この春、工学部に入学した女子学生の言葉です。背中を押したのは、今年度から入試に導入された “女子枠”。
いま “リケジョ”(理系の女性)を増やそうと、こうした “女性枠” を設ける取り組みが全国の大学で進められています。背景に、いったい何が? 見えてきた可能性とは?
(報道局社会番組部 ディレクター 柳田 理央子)
【関連番組】NHKスペシャル「“男性目線”変えてみた 第2回 無意識の壁を打ち破れ」
2023年4月30日(日) 総合 夜9時~放送
※放送から1週間は、NHKプラスで見逃し配信をご覧いただけます。
“女性枠”ぞくぞく導入! 背景にあるアカデミック界の危機感
学生や教員の募集に “女性枠” を設ける動きが、全国の理系の大学を中心に広がっています。東京工業大学では2024年4月入学の入試から総合型選抜と学校推薦型選抜で、1028人の定員のうち58人の女子枠を導入する予定です。2025年にはさらに増やし、143人の枠を予定しています。これは、1学年の募集人員のおよそ14%に相当します。
教員の採用でも “女性限定公募” の導入が進んでいます。東北大学工学部・工学研究科では、ことし4月一挙に3人の女性の教授が誕生しました。東京大学でも2027年度までに女性の教授・准教授を約300人採用する計画を打ち出しています。

なぜいま、積極的に “女性枠” が設けられているのでしょうか?
背景にあるのは、研究者が極端に男性に偏っている現状に対する日本の学術界や産業界の危機感です。総務省が出した2021年のデータによると、日本の女性研究者の割合は17.5%と、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で群を抜いて低くなっています。

中でも特に少ないのが工学・理学・農学の分野で、工学では12.5%(2021年)に留まっています。

多様性が研究の発展につながることは、データでも実証されています。日本政策投資銀行の調査によると、男女両方の発明者がいるチームのほうが男性だけのチームよりも特許の経済価値が1.54倍高くなっているのです。

極端な“男性社会”の中で女性研究者が経験してきた困難
日本の女性研究者たちが実力を発揮しにくい現状。取材を進めると、男性ばかりの環境でさまざまな壁に直面していることが見えてきました。例えば…
「出産のために授業担当を減らしてもらったところ、『授業担当を免除してもらって海外出張なんてけしからん』という教授たちの意見により出産後の数年間は国際学会に参加できなかった」

「順調に研究プロジェクトを進めてきたのに、教授から『男性は家族を養わなくてはいけないから』といわれて同期の男性に交代させられた」

「『女性は結婚したら辞めるから論文の主筆は男性に』と指示され、共同研究者の男性の名前で論文を出すことになった」

こうした研究環境や無意識のバイアスによる壁は、研究者としてのキャリアの男女格差からも伺えます。

国内の研究者およそ2万人を対象にした大規模調査によると、任期のない職についている割合は出産・育児などのライフイベントと重なる30代で男女差が生じ、女性は5年ほど遅れたまま解消されません。女性が研究者として安定した地位や収入を得ることが難しい状況にあるのです。
女性研究者が能力を発揮できる環境づくり
こうした状況を変えるために、いち早く取り組みを進めてきたのが名古屋大学です。 2010年度から教員の “女性限定公募” を始め、この春には工学部の2つの学科で入試の “女子枠” を導入しました。

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束村博子さん 名古屋大学 副総長
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「国際的にも大学間の競争が激しくなるなかで、大学執行部としては多様性が大事だということはすごく自覚しています。女性研究者を支援することは『実力のない女性を引き上げましょう』ということではありません。実力があるにもかかわらず今まで活躍が限定的だった女性を入れることで、それを起爆剤にして多様な考えで戦略的に生き残っていくという狙いです」
名古屋大学で進んでいるのは、こうした女性が不利な研究環境の改善です。
女性限定公募の第一号として理学研究科教授に採用された、上川内あづささん。ショウジョウバエを使って聴覚の仕組みを解き明かそうとしています。 当時36歳の若さで、助教という立場から准教授を飛び越えて教授職へと挑戦しました。

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上川内あづささん 名古屋大学 理学研究科 教授
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「ほか(女性限定以外)の公募では、『自分にはまだ早いかな』とどうしても思ってしまいました。マイノリティーというのはすごく気を遣う立場で、自分が求められているかどうかを敏感に考えすぎていたかもしれません。『女性限定』だとマイノリティーであることは関係なく、自分がターゲットだとわかるので応募しやすかったです。公募の内容からも女性を歓迎してくれる雰囲気を感じて、せっかくだからチャレンジしようと思えました」
女性研究者を受け入れるにあたって、名古屋大学では子育てと研究を両立しやすい環境の整備を進めてきました。2006年には学内に保育園を設置。3年後、同じ建物の2階に全国の大学で初めての学童保育所も作りました。


理学研究科では当時0歳の子どもを連れて着任する上川内さんのため、研究棟の中に子どもを見ながら仕事ができるスペースを作りました。

子どもが小さいころには遊ばせながらミーティングを行うなど、よく利用したと上川内さんはいいます。
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上川内さん
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「必要に応じて柔軟に対応してくれたことは、とてもありがたかったです。子連れで研究をすることに対してサポートしてくれて、ここでなら子連れで研究を続けることができると思えました」

当事者の声を学内の運営に反映できるよう、意思決定の場への女性の参画も進めています。2019年度には学内規定を改正し、教育研究分野の重要事項を審議・承認する教育研究評議会にも “女性枠” を設けました。2022年度には評議員の女性割合は約3割に達しています。
女性研究者のアイデアで世界に類を見ない研究センターが誕生

こうして女性研究者が活躍しやすい環境を整えた結果、名古屋大学には世界的にも類を見ない研究センターが誕生しました。上川内さんと同じく、当時 理学研究科の教授だった森郁恵さんが共同で立ち上げたのは「ニューロサイエンス研究センター」。

上川内さんが専門とするハエと森さんが専門とする線虫など、小さな生物を使って脳の仕組みを明らかにしようというプロジェクトです。トップレベルの研究を求めて、アメリカ、イギリス、韓国など世界中から研究者が集まってきています。
女性研究者のネットワークから新たな研究の可能性も
この14年で女性研究者の数が197人(2010年)から453人(2023年)と2倍以上に増えた名古屋大学。それまで孤独に研究を続けてきた女性たちがつながり、協力して子育てや研究に取り組む関係も生まれています。
女性教員と女子学生との交流会で上川内さんが出会ったのが、未来材料・システム研究所 教授の田川美穂さん。研究者は全国の大学へポストを求めていくことが多く、2人も夫と離れ幼い子どもを連れて着任しワンオペ育児を余儀なくされていました。
そこで2人は、協力して子育てをすることにしました。

出張があればお互いの子を預かり合ったり、論文の締め切りが迫れば公園で子どもどうしを遊ばせながら一緒に論文を書いたり。会議で夜遅くなれば、子どものお迎えをしたあと学食で一緒に夕ごはんを食べることもありました。
研究と子育ての両立に悩むことも多いなかで、精神的な支えにもなっているといいます。

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上川内あづささん 名古屋大学 理学研究科 教授
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「1人でやるというのは精神的にも結構きつくて、『出張なんかに行っていいのだろうか』とか『仕事と家にいる時間のバランスはどのぐらいがいいのか』とすごく不安になってしまうんですよね。田川さんといろいろ話をすると、自分の気持ちの整理もつきますし助け合ってプラスにすることもできるので、この関係がなかったら本当に大変だっただろうなと思っています」
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田川美穂さん 名古屋大学 未来材料・システム研究所 教授
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「女性教員がまだ少なくぽつぽつとしかいないのですが、部局の壁がどんどんなくなって交流が広まれば、やりやすくなるし孤独ではなくなります。いつでも相談できる人がいるという状況が広まってくると思います」
2人が作った協力関係は「子育て単身赴任教員ネットワーク」として、いま大学全体で20人ほどまで広がっています。子育てをきっかけに出会った仲だからこそ専門分野や部局・役職が違っても研究について気軽に話すことができ、ここから異分野融合の新しい研究が生まれる可能性を感じているといいます。

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上川内あづささん
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「子育ての話と研究の話と、入り交じったように話をしていますね。私と田川さんは専門分野が全然違うので、お互いの専門分野について教え合って授業に生かすこともあります」

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田川美穂さん
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「普通は異分野の研究者と話をするには、それなりの題材を準備してちょっと緊張して構えていくものなのですが、子育てから入っていくとすごく自然に話せます。それで異分野の話も聞けるというのは、本当にすばらしいことだと思います。こういう交流をうまく使って普通ではできないような社会連携とか部局連携の仕事を積極的にやることで、うまくやっていけるのではないかと思います。どんどんこういう輪が広がるといいなと思っています」
取材を通して
今回の取材で印象に残っているのは、女性研究者の方たちが皆さんキラキラした笑顔で本当に楽しそうに自分の研究について話してくれた姿です。ことし名古屋大学工学部に入学した女子学生と女性教員の交流会を取材した際にも、女性教員の話を聞いた学生が「楽しそうに話している姿を見て、自分の好きなことをやれるっていいなと思った」「女性でも工学分野でやっていけるとわかって、自分も頑張ろうと思えた」と話していました。
女性枠には一部で「女性優遇」「逆差別」など批判的な声もありますが、誰もが性別に関係なく自分の好きなことを勉強できるようになるために、今ある壁を壊す積極的な取り組みは必要だと感じました。