
コンドームを当たり前の社会に
「下までおろす。激しく動いても抜けないよう、もう一度半分くらい上げて皮と一緒に下ろします」
滋賀県内の中学校や高校で行われている"コンドームの授業"。
生徒ひとりひとりがコンドームを手に取りながら正しい装着方法やその意義について学ぶ姿に衝撃を受けました。
「教科書には載っていない。でもコンドームの使い方も教えず、社会に出すほうが無責任」
この授業を行っている“コンドームの伝道師”の言葉です。教育現場の挑戦を取材しました。
(「ニュースLive!ゆう5時」ディレクター 浅岡理紗)
隠さない!コンドームを真正面から伝える授業とは

滋賀県内の中学校や高校を回ってコンドームの大切さや装着方法を伝えているのは、元保健体育教師の清水美春さん。生徒にコンドームを配り具体的に教える出前授業を5年前から続けています。地元の教育現場で“コンドームの伝道師”と呼ばれています。

清水さんは“コンドームの授業”で、まずイラストを使って「性交」が膣にペニスを挿入することだと具体的に説明します。異性間だけでなく同性間での性交についても伝えます。曖昧(あいまい)にせず、両者の粘膜の接触で感染症がうつることを理解してもらうためです。

“コンドームの伝道師”・清水美春さん
「性感染症はセックスで感染が広がっていく病気の総称です。『コンドームって、なんかエロい』と思っている人もいると思う。けどな、膣や肛門の体液・粘膜の接触、これをきちんと遮断してくれるのがコンドーム。守るのは自分しかない。これのどこがエロいねん」
コンドームを着けていなかったら、どんなことが起こるか。生徒に肌で実感してもらうために清水さんはあるゲームを行います。
「水交換ゲーム」です。生徒複数人が透明の水が入ったコップを持ち、その水をランダムに互いのコップに注ぎ合います。実はあらかじめコップの1つにだけ、試薬を入れると赤色に反応する仕掛けを施した水が入っています。それを持っている人以外のコップの水は試薬を入れても透明のままです。
しかし 複数人と互いの水を注ぎ合ったのちに、それぞれのコップに試薬を入れると多数の水が赤く染まりました。

この赤い水は性感染症を表します。気づかないうちに1人から感染がじわじわと広がっていくことを生徒たちは目の当たりにします。
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高校2年生・男性
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「たった1人から何人にも感染していく様子は恐ろしいと思った。同時に、これを防ぐ方法はないかと考えました」
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高校2年生・女性
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「『水交換ゲーム』で他人事じゃないと感じた。感染したことはすぐに分からないし、感染しないような行動をすることが大事だと知りました」
生徒たちが性感染症の怖さを実感し、それを防ぐことの大切さを知ったところで、清水さんはひとりひとりにコンドームを配り、実際に触ってもらいます。

初めて見たという生徒がほとんどで、コンドームのぬめりに「気持ち悪い」と声が上がったり、膨らましてふざける姿もあったり。すると清水さんはコンドームのぬめりがペニスの挿入時に膣を傷つけないように保護するためであることや、膨らましてもなかなか破れないほどの耐久性があることを伝えます。
そして清水さんはペニスの模型にコンドームをかぶせながら 装着の手順を詳しく解説し、続いて生徒どうしでペアになり、コンドームを互いの指に装着し合ってもらいます。
表と裏を間違えたり、途中で破けてしまったり。生徒たちは実際にコンドームを触りながら、それが卑わいなものではないこと、自分や相手の身体を守る物であるからこそ正しく装着することが大事であることを学びます。
“コンドームの授業” 生徒たちは…

性交やコンドームについて包み隠さずに伝える清水さんの出前授業について、生徒たちはどう感じているのか。学校が行ったアンケートや、授業を受けたことのある高校生に電話で尋ねたところ、最初は抵抗感があったものの、授業を通して性教育の必要性や大切さを実感したという声がほとんどでした。
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中学3年生(女子)
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「授業を受ける前は、私は男性じゃないし必要ないと思っていました。でも授業でいろいろな話を聞いて、これは知識として男女関係なく必要であり、全員が大人になるまでに必ず知っておかなければならないものだと把握しました」
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高校1年生(男子)
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「コンドームやマスターベーションなど、自分にとって不明瞭だった部分が今回の講習で明かされて安心できた。講師の方が終始明るく、でも真面目にお話をされていて、とても気持ちよく聞くことができた。
今回のように、ためになった、心を動かされたと思える講習はこれまでなかった。性教育がもっと浸透していってほしいと思います」
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中学3年生(女子)
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「性教育は、生きていくために必要な知識だと再確認できる大切な授業でした」
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高校1年生(女子)
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「周囲の誰にも明かしたことはありませんが、中学生の頃に断りきれず、何度かゴムなしで好きな人としたことがあります。当時やんわり断っても分かってもらえず、断ったら嫌われるのではないかと思うと怖かったです。
相手側の知識がないせいで、危険性を分かってもらえませんでした。感染症だけでなく、妊娠したら私の人生も相手の人生も大きく狂ってしまう。怖いからといってゴムを買う勇気もなく、買ったところで使い方も分からず、妊娠するかもしれない恐怖におびえながら過ごしていました。
パートナーと(自分の)両方が知識をもって初めて役に立つ。AV由来でない正確な知識を持ってほしいです」
授業でコンドームを手渡されることについても、生徒たちは前向きに捉えていました。
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高校1年生(女子)
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「(清水さんの授業で)コンドームをもらったことを親に伝えたときに、習ったことについても話しました。親と初めてここまで性行為の話をしましたが、その時間も有意義だったと思います。最初はコンドームをもらうことに抵抗があったけれど、子どもたちの将来がよくなるようにという先生や親など大人たちの思いやりがあって、もらえていることが分かって、その思いにこたえられる行動をとりたいと思いました」
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高校2年生(女子)
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「コンドームを初めて受け取ったとき、『えっヤバ』と思いました。こんなことをやるものなのかと抵抗感がありました。でも実際にやってみると抵抗感が減り、今までの私の行動や考え方が古く不十分なことに気づきました。
性のことはタブー視されている空気感が残っていると感じますが、そんな空気感を打破してくれるのは大人しかいないと思います。都合の悪いときは大人を嫌い、都合のいいときは大人に頼るそんな高校生ですが、大人が寄り添って私たちのことを考えてくれていると思うと、安心し寂しさが減ります」

清水さんは出前授業を始めた当初、コンドームを生徒たちに渡すことに不安があったと言います。
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清水美春さん
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「これを持ったことによって、セックスしてもいいんだと捉える子もいるのかなと。でも正しい知識を知れば知るほど、子どもたちは慎重になると、現場でやっていると感じます。セックスは悪ではなく、セックスをするかしないか、決めるのは自分だとしっかり学び、大人たちのメッセージも受け取ってくれていると感じます。生徒たちはすごいなと思います」
保護者の反応は…
それぞれの学校では授業を行うにあたって、その趣旨や内容を記した説明書を家庭に配布しています。保護者が授業に参加する学校もあります。これまで滋賀県内およそ80校で行われてきましたが、家庭からクレームが出たことは一度もありません。
授業のあとに保護者から学校側に寄せられた声です。
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中学1年生の母親
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「家庭では避けがちになる内容を分かりやすく説明してくださり、改めて子どもとの向き合い方を考え直す良いきっかけになりました。大切なことではありますが、話題にはしにくいので、今までの学校等の性教育とは違い、これから先にためになると思いました。ネットが発達し、親でも子どもがどのような情報に触れているか分からなくなってきているので、正しい知識が身について良いと思いました」
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中学1年生(男子)の母親
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「子どもと性について話すことがなく、質問をされてもどう答えていいか困ることがありました。大人も恥ずかしいを思ってしまうことが多々あるが、恥ずかしがらずに真面目に答えてあげることが大切だと思いました」
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中学3年生(女子)の母親
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「帰宅後、子どもから話を聞き実際にコンドームに触れられる機会が出来て良かったと思いました。相手も自分も大切にしないといけないと実感できたようです」
“教えない・考えさせない日本の性教育”を変えたい

「学校の塀の中では、教師たちは何度も生徒の妊娠に直面する現実があります」
そう語る清水さん自身、滋賀県の県立高校に20年近く勤務していたときに生徒の妊娠を経験したそうです。
そうした現実があるにも関わらず、現在の義務教育の学習指導要領では妊娠や性感染症について扱っているものの、それに至るまでの性交渉や避妊については原則扱わない“はどめ規定”があります。そのため、高校に上がってくる生徒には性の知識が豊富な子もいれば、全く知らない子もいて、ひとりひとりが持っている情報量はバラバラです。
高校の授業でもコンドームの正しい使い方を具体的に教えることはほとんどなく、清水さんは教師になった当初から疑問を感じてきました。
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清水美春さん
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「コンドームの使い方を学校で教えることを過激と思われるかもしれないけれど、コンドームの使い方も教えずに社会に出すほうが無責任だと思って授業をしています。
”教えない、考えさせない、向き合わない、日本の性教育”の当たり前を変えたい」
清水さんは教員を休職し、青年海外協力隊としてHIV感染症が蔓延するケニアで2年間「HIV包括ケアセンター」に勤務した経験があり、そこで目の当たりにした実態も含めて生徒に伝えるようにしています。

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清水美春さん
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「ケニアの宿場町で売春婦として働く女性は、コンドームを買いたくても買えない。コンドーム 1個の値段で 1週間食べていける。
日本では安くて、みんなが買える。だからコンドームを着けることが当たり前の社会であるべきです。少なくとも私が出会った生徒たちからは、HIVや性感染症を1人も出したくない」
愛や責任を問いかける『びわこんどーむ』
1人の〝コンドームの伝道師〟から始まった授業。その挑戦は徐々に他県の教員の耳に入り、自分たちの学校現場にも必要だという声が高まっています。そこで清水さんは全国の学校現場でもコンドームを用いた授業を行ってもらえるように、オリジナルのコンドームのパッケージを開発しました。

コンドームが2つ入った5センチ四方のパッケージを開くと目に入るのは大きく書かれた『セックスする、しない。わたしのカラダはわたしが決める』というメッセージです。
たとえ大好きな相手であっても、お互いのセックスに対する気持ちは「YES」とは限らず、必ず相手の同意が必要であること。また、セックスする前に“自分と相手の身体と心を大切にする愛はあるか”や“セックスには責任が伴い、何かあった時に自分に経済力はあるか”などを問うチェックリストもあります。
コンドームの名前は滋賀県発にちなみ、『びわこんどーむ』にしました。
そのコンドームを全国 1万人の中高生に届けることを目標に2021年にクラウドファンディングを立ち上げると、わずか 1か月で目標を上回るおよそ185万円の資金が集まりました。

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清水美春さん
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「性が、健康や幸福を前提に、当たり前にあるものとして自分の性に向き合う機会、語り合える機会は学校以外にも多くあるべきだと思います。
いつか性教育という言葉自体がなくなる時代が来ることを願っているし、変わる手ごたえをこのプロジェクトから感じています」
全国に広がる“コンドームの授業”
現在、“コンドームの授業”は北海道や京都府、兵庫県、石川県、鹿児県などの国公立・私立の中学校や高校で始まっています。
三重県度会(わたらい)郡にある南勢中学校では2022年3月に「生命(いのち)の安全教育」※の集大成として、卒業前の3年生に授業を行いました。(※「生命(いのち)の安全教育」…2020年から文部科学省が、子どもたちが性暴力の加害者、被害者、傍観者にならないように全国の学校において推進している教育)

この中学校では1年生に『自分や異性の身体』をテーマに月経や射精などについて、2年生に『性の向き合い方』をテーマに多様な性について伝え、3年生に『ライフプラン』をテーマに自分と他者の関係性について考えてもらいながら妊よう性(子どもを妊娠する・妊娠させる力)や中絶、性暴力、性的同意などについて伝えました。その3年間の積み重ねの最後に“コンドームの授業”を行いました。
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三重県度会郡 南勢中学校 保健体育 教諭 中世古さゆりさん
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「子どもたちは、交際や性について正しい知識を知りたがっています。授業できちんと扱うと、子どもたちはいやらしいものとは捉えません。先生と性の話しをしてもいいのだと、質問や相談をしに来てくれます。もし この先の人生でSOSを出すようなときがあっても、周囲の大人にきっと話してくれるはずと思います」
また、関西学院大学では「セクシュアリティと人権」という科目で、主に1年生を対象にコンドームについての講義を行っています。特別講師をつとめるのは、ゲイやバイセクシャルの男性に、より安全なセックスを呼びかけている団体・MASH大阪です。
2014年から行っている講義では、コンドームにもさまざまな種類があることや、性感染症の説明や予防方法について具体的に伝えています。また学生どうしで5~6人のグループを作り、実際にセックスが行われそうな雰囲気になったときに自分はどう行動し、何を気にするのかを想像し、議論する時間も設けています。自分は相手のことを信用しているか、相手の気持ちはどうなのかなどまでを考え、自分なりの予防策を見つけてもらうことが狙いです。

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MASH 大阪代表 塩野徳史さん
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「10年近く大学生に講義をしていますが、避妊や性感染性についての学生の知識は変わらずアップデートされていないように感じます。性感染症について学生たちは噂(うわさ)で聞いた程度という人が多く、詳しい症状や症状が出たときにどうすればいいか説明すると、みんな真剣に聞いてくれます。
高校の教育で触れられないことが多く、そういう意味で大学の初年度の夏休み前にするこの講義は意義があると感じています」
さらにMASH大阪では、大阪市内のコミュニティセンターで定期的に地域の行政や自治体、企業などと協力してサイズや形などさまざまなコンドームを展示し使い方を伝えたり、12月1日の世界エイズデーの前後の期間に開催される「大阪エイズウイークス」にはエイズ予防を啓発するイベントを通して、コンドームが性感染症予防の1つであることをあらゆる世代やセクシャリティーの人に知ってもらいたいと活動しています。

増え続ける性感染症
性感染症感染のリスクは高まり続けています。
感染すると性器や肛門、口にしこりができたり、全身に発疹が現れたりする『梅毒』の感染者数は今年、過去最多の1万人を更新し、今も増え続けています。
エイズを引き起こすHIVの感染リスクもなくなったわけではありません。近年のHIV新規感染者は2000年代後半のピーク時から徐々に下がってきていますが、そのスピードはコロナ禍で一気に緩みました。さらにコロナ禍で保健所の業務がひっ迫したことでHIV検査数が激減。コロナ前の4割にまで落ち込んでいます。その結果、感染者を把握しきれていない状況が続いています。

HIV感染症の専門家で国際医療研究センター・エイズ治療研究開発センターの田沼順子医師は警鐘を鳴らしています。

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田沼順子医師
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「検査が減り、感染者を十分把握できていない。水面下でHIVの感染が拡大している可能性があります。
エイズは早期発見し適切な治療に結び付けられれば、社会生活を送れ、性行為の相手にもうつらなくなります。心配な方は早めに検査を、そしてコンドームの使用を徹底してほしい。専門家にも気軽に相談してほしいです」
取材して…
「夕飯どきに放送するのはふさわしくないのでは…」
「子どもが起きている時間帯に放送していいだろうか…」
放送に至るまで、制作チームのみんなでたくさん議論を重ねました。
性に対する考え方は個人の経験や生活によって ひとりひとり違います。
性について、どれくらいオープンに話していいか、話された相手はどう思うか。学校現場だけでなく放送現場でも、そして社会全体も迷い続けていると思います。
取材を続けるなか、“コンドームの授業”を受けた滋賀県立高校の男子生徒から、「性の知識は、僕の人生の選択のために必要です」と言われて背中を強く押されました。「性の知識を学ぶには若すぎる」と思われそうな中高生の時期に、性に真正面から触れた子どもはこんなにもよどみなく受け止めることができるのかと感じました。
また、清水美春先生が開発した『びわこんどーむ』。パートナーとセックスをすると決めたなら、その行為がお互いにとって幸せなコミュニケーションであるようにという、清水さんや子をもつ親など大人たちの願いが込められている気がします。子どもたちが最初に手に取るコンドームが、大人たちの愛情がつまったものであったらいいなと思います。
セックスはしてはいけないものではなく、本来は温かい気持ちを感じられるものです。性を学ぶことは、自分を大事にすること、そして相手を尊重することにつながり、性暴力を防ぎ、自分や相手の体と心を守る術になります。
社会を大きく変えることはなかなかできないけれど、誰もが生きやすい社会になるよう、これからも取材を続けます。
そしてこれから先、もし子どもから性について聞かれたら、私も大人として隠さず答えられる人でありたいなと思います。
(取材した内容は、2022年12月7日(水)に「ニュースLIVE! ゆう5時」で放送しました。)