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東京オリンピックとLGBTQを考える Vol.31 

「多様性と調和」が大会の理念として掲げられた東京オリンピック。LGBTQなど性的マイノリティーであることを公表して出場した選手が180人以上と過去最多となり、トランスジェンダーである選手が初めて自認する性別で出場しました。

ここ数年の間に人事制度を整備する企業やジェンダーレスな制服を導入する学校が増えています。以前からLGBTQについて取材を続けてきた私自身、社会のLGBTQをめぐる対応が少しずつ変化してきたと感じています。

しかし今回のオリンピック・パラリンピックを通じて実際にどれくらい、LGBTQの人たちに対する社会の理解は進んだのでしょうか。長年この問題の理解促進に取り組み続けてきた当事者の方をオリンピック前から取材しました。

(首都圏局 ディレクター 柳田理央子)

“東京オリンピックを契機に” プライドハウス東京レガシー

7月23日に行われた東京オリンピックの開会式は、歌手のMISIAさんが性の多様性を象徴するレインボーカラーのドレスで国歌斉唱を行って話題となりました。

この開会式を特別な思いで見つめていた人がいます。自らもゲイであることを公表し、LGBTQへの理解促進や当事者の居場所づくりのための活動を進めているプライドハウス東京コンソーシアムの代表、松中権(ごん)さんです。

プライドハウス東京コンソーシアム 代表 松中 権さん

「式の進行の中で何度も『レディース・アンド・ジェントルマン』とアナウンスされる場面がありました。『男性』『女性』という性別のみを前提としたこの呼びかけは、今では大手航空会社の機内アナウンスでも使われなくなるなど、性の多様性への配慮が進んでいます。『多様性と調和』を掲げる東京オリンピックでこのフレーズが使われていることは非常に残念でした。

どれだけ多くの人たちがこの(東京オリンピックの)タイミングで変えたい、このタイミングを生かしたいと思えるか次第だと本当に感じています。日本が『多様性と調和』というのを本当に体現できる国になるのかならないのか 瀬戸際だと思います。」

松中さんは東京オリンピック・パラリンピックは「多様性と調和」の実現に向けて社会を変える大きな契機になると考え、去年10月 新宿に「プライドハウス東京レガシー」を開設しました。

LGBTQの当事者や家族、観戦に訪れた観光客やメディアの人たちが気軽に立ち寄り安心して過ごすことのできる空間を提供する日本初の常設のLGBTQセンターです。東京大会の理念を象徴する公認の施設に選ばれていました。

(去年10月に開設した「プライドハウス東京レガシー」 ライブラリーにある関連書籍は自由に閲覧できる)

プライドハウスではLGBTQ当事者が主人公になっている絵本や手記、研究書など約2000冊の関連書籍を集めたライブラリーや 若い世代の当事者の悩みを聞く相談ブースなどを設けています。

LGBTQや性の多様性などについて学ぶ勉強会もこれまでに50回以上開催。現役のスポーツ選手やチームの関係者、東京大会に関わるスタッフたちにも 当事者に対してどんな配慮が必要かなどを伝えてきました。

(スポーツ関係者向けに行われたオンライン研修会)

松中さんが特に大切だと考えているのは「アライ」(英語で「支援者」という意味。LGBTQの人たちの権利を守るために積極的に行動する人)を増やすことです。

有名アスリートたちに「アライ」としてプライドハウスの活動への参加を呼びかけ、マラソンでバルセロナとアトランタのオリンピック2大会でメダルを獲得した有森裕子さんをはじめ元日本代表選手やメダリストなど20人以上から多様な社会への理解を促進するメッセージの動画を寄せてもらい、WEBやイベントで公開しました。

元々「プライドハウス」は、2010年のバンクーバーオリンピックの時に地元のNPOが始めた取り組みで、その後、ラグビーW杯など大規模なスポーツ大会の度に各地で設立されてきました。

(世界各地のプライドハウス 左:パンアメリカン競技大会(2015年 カナダ・トロント) 右:リオデジャネイロオリンピック(2016年))

松中さんが日本にプライドハウスをつくろうと思ったきっかけは、6年前に母校の大学で起きたある同性愛者の死です。男性の大学院生が男性の同級生に好意を打ち明けたところ、そのことをSNSで他の友達に暴露されてしまい、自殺したのです。

遺族が大学を訴えた裁判のニュースを松中さんはブラジルのリオデジャネイロで見ました。大手広告代理店のプランナーとしてリオデジャネイロ大会に関わる仕事で現地にいたのです。

リオ大会は、LGBTQを公表する選手の出場が過去最多(当時)となり、世界ではLGBTQへの理解が深まっていると実感していただけに日本の現状にショックを受けたと言います。

松中 権さん

「ゲイであるというだけで命を落とすことにつながることが、まだ日本で起きているという現実を突きつけられました。しかも自分の母校だったので、結構本気でショックを受けたし、亡くなった彼は僕自身だったかも知れないなと感じました。この社会を変えていくということは本当にマストなことだと思いました。」

LGBTQの人々を取り巻く社会を変えてきたオリンピック

オリンピック・パラリンピックはこれまでも社会を変える契機になってきました。

2013年にロシアで同性愛者の活動を制限する法律ができた翌年に開かれたソチオリンピックの開会式。ロシア政府に抗議して各国首脳が欠席する事態が起きました。これを機にオリンピック憲章が改定され、性的指向による差別の禁止が明記されます。

2016年のリオ大会ではLGBTQであることをカミングアウトした選手が多く出場し、表彰式直後の会場で同性パートナーからプロポーズを受けた選手もいました。

日本でも東京大会の開催を前にさまざまな変化がありました。

例えば企業。東京大会の組織委員会が物品やサービスを調達するとき、差別やハラスメントの禁止やLGBTQなどの社会的少数者の権利の尊重など一定のルールを守った企業から行うことを定めています。

この「調達コード」で性的指向(好きになる相手の性)をめぐる差別の禁止が明記されました。

(東京2020オリンピック・パラリンピック『持続可能性に配慮した調達コード 基本原則』)

松中さんはオリンピック・パラリンピックのスポンサー企業などに向けて大会前から研修会を頻繁に行ってきました。

こうした流れの中で、同性パートナーにも配偶者と同等の福利厚生制度を認めるなどLGBTQに配慮した社内制度を整備する企業が増えていきました。LGBTQに関する企業の取り組みを評価するPRIDE指標*で、最高評価のゴールドを獲得した企業は、2016年の53社から2020年には183社と、この5年で3倍以上になっています。(*PRIDE指標…企業や団体においてLGBTQなどの人々に関するマネジメントの促進を支援する任意団体が策定した評価指標)

(LGBTQなどの人に配慮した ある企業のトイレの表示)

進まない法整備

一方で取り組みが進んでいないのが法整備です。

東京大会を前に性的マイノリティーへの理解を促進するための法案の成立を目指す動きがありましたが、自民党内で意見がまとまらず国会への提出が見送られました。

OECD(経済協力開発機構)の調査では、日本は同性婚を認める法律や差別を禁止する法律がなく 戸籍の性別を変更する際に性別適合手術を条件としていることなどから法整備の状況は35か国中、下から2番目の34位です。

(早稲田大学法学学術院 教授 棚村政行さん)

家族法が専門でLGBTQに関わる問題に詳しい早稲田大学法学学術院教授の棚村政行さんは国としての取り組みの遅れを指摘しています。

早稲田大学法学学術院 教授 棚村政行さん

「草の根での取り組みが進む一方で、これだけ政治が遅れているというのは海外から批判され、オリンピックの理念を理解していないとすら思われかねません。

政治の現場の議論では同性婚などの法整備について『社会全体の理解が必要』と言われることが多いですが、各種調査などを見てもすでに市民の理解は深まっていますし、自治体レベルでの取り組みは先行しています。一刻も早く国が動くことを期待しています。」

LGBTQをめぐる報道で感じた日本と世界の差

(プライドハウス東京レガシーの取材に訪れたブラジルのテレビ局)

性的マイノリティーへの理解促進法案が議論された今年6月以降、プライドハウス東京レガシーには海外メディアからの取材が相次ぎ、大会終了までに30以上のメディアが訪れました。

一方で国内では以前から取材を続けてきた一部のメディアに限られました。松中さんは報道姿勢にも海外と日本の意識の差を感じたと言います。

松中 権さん

「海外メディアは性的マイノリティーの選手の活躍が社会にどんなインパクトを与えるかとか、日本の法整備の遅れなどと関連して大会をどう見ているかなど、すごく深く突っ込んだ取材をしていて、関心の高さを感じました。

日本の報道では、ゲイであることを公表している男子シンクロ高飛び込みで金メダルを獲得したイギリスのトーマス・デーリー選手を『イケメン編み物王子』と報じるような取り上げ方が多く、表層的に見えました。彼がカミングアウトに至るまでのストーリーや当事者の若者に向けて発信しているメッセージについて取り上げるようなメディアはほとんどなく、とても残念に思いました。」

東京オリンピックでは、性的マイノリティーであることを公表した選手の出場が180人以上と過去最多となり、ニュージーランドのウエイトリフティング選手やカナダのサッカー選手などトランスジェンダーを公表している選手が初めて出場しました。

松中さんはこうした状況を喜ばしいニュースとしてだけ伝える報道にも違和感を覚えたと言います。

松中 権さん

「より多くの選手が自分を偽らずに大会に参加できたことはとてもうれしいです。一方でカミングアウトができない選手もまだまだ少なくないことに目を向けなくてはならないと思います。

東京大会に参加した国や地域の中でもまだ性的マイノリティーであることが処罰の対象となっていたり、中には死刑を科したりすることさえあります。

カミングアウトできた選手たちの前向きな話題だけではなく、いまだに苦しんでいる当事者やその周辺の人たちの安心・安全をどう確保していくかまで議論を進めていかなくてはいけないと思っています。」

東京大会の「レガシー」は継続させること

(左:『SPORTS for EVERYONE』 右:『メディアガイドライン』)

プライドハウスでは東京大会に合わせて2つのハンドブックを作成してホームページで無料公開しました。

1つは競技団体などスポーツの現場で配慮すべき点などをまとめた「SPORTS for EVERYONE」というハンドブック。もう1つは東京大会を取材する報道関係者向けに発行した「メディアガイドライン」。LGBTQに関わる基礎知識から回避すべき表現などまでわかりやすくまとめています。国際オリンピック委員会(IOC)が行った海外メディア向けのブリーフィングでも このガイドラインが紹介されました。

これらがオリンピック・パラリンピックが終わった後もスポーツ大会などさまざまな場面で指針となるよう、今後はメディア向けの研修会を開くなどして広く周知をしていきたいと松中さんは考えています。

(プライドハウス東京レガシーを視察するフランスのスポーツ担当相)

オリンピック閉会式の前には次の夏の大会が開催されるフランスのスポーツ担当相がプライドハウス東京レガシーを視察に訪れました。パリにはまだプライドハウス設立の動きはないということで、松中さんたちは2024年に向けてパリの当事者団体とも連携をとって活動を広げて行こうとしています。

東京オリンピック・パラリンピックが終わった今、「多様性と調和」のスローガンを一過性のものに決してせず、根づかせていかなければならないと松中さんは考えています。

松中 権さん

「『LGBTQを公表する選手がたくさん出場できてよかった』で終わってはいけないと思います。オリンピックという一種のお祭りが終わった後も当事者たちの生活は続いています。

華々しく活躍した選手たちのことだけではなく、今も誰にも言えずに苦しんでいるLGBTQ当事者やその家族たちが身近にいることにも思いを寄せて、その人たちの安心・安全が確保される社会を一緒につくっていきたいと考えています。そうした機運を継続させていくことが今大会の大きなレガシーになると思います。」

取材をして…

コロナ禍で開催された東京オリンピック・パラリンピックは いい意味でも悪い意味でも「なぜオリンピックを開催するのか?」「オリンピックの意義とは何か?」を多くの人たちが考えさせられた大会だったのではないかと思います。

私自身このコロナ禍で開催するのであれば、せめて東京大会のもたらした何かが今後の社会に長く残るようにしていきたい、その何かが大会の理念である「多様性と調和」であってほしいと思い、取材をしてきました。大会後に改めて松中さんに話を聞いて、それを残せるか残せないかはこれからの私たちの行動次第だと感じています。これからも取材を続けます。

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