
お寺とジェンダー 京都の古寺を守りつづける家族の記録
男性のイメージが強い寺の世界。 しかし京都にある浄土真宗の寺、宝蓮寺には、パワフルな女性たちと、 その女性たちが活躍できる環境づくりを心がけている男性たちの姿があります。これまで当たり前とされてきた男性・女性の立ち位置や役割を見直すのは決して容易なことではありません。 しかし、今の日本におけるジェンダーの在り方は、アップデートが必要であることは、 私自身も日ごろ感じていることです。 話をする側と聞く側、どちらも勇気がいるこの時代に、宝蓮寺の家族が率直な言葉で「対話」する姿勢に、未来への希望を感じました。
近年、お寺の話題といえば、 宗教離れや後継者不足による 空き寺のニュースが先行されがちです。 そんな中、 「今の時代、お寺はどうあるべきなのか? どうすれば必要とされる存在になれるのか?」 私はこの問いを胸に10か月間、宝蓮寺に通い続けました。
(ノーナレ『寺と家族と“私”』ディレクター 山崎エマ)
800年の歴史を継ぐ師恩 寺に入る晴香
私が初めて宝蓮寺を訪れたのは、 ニューヨーク大学の映画学科を卒業したばかりの2012年。 私が抱いていた「お寺」のイメージを吹き飛ばす場所でした。英語が飛び交い、古いものと新しいものが混在する独特の空間に圧倒されました。 そこには、カナダの大学に留学中だった当時21歳の師恩さんが、 自分の運命に向き合おうと模索する姿がありました。
そして、2020年春、師恩さんが婚約したと聞き、 婚約者の晴香さんに会うため、再び宝蓮寺を訪れました。

宝蓮寺は800年の歴史をもつ浄土真宗のお寺。師恩さんは次期、24代目の住職になる身として、檀家さんへのお参りや読経などを行いながら、日々、修行を重ねていました。
膨大な宝蓮寺に関する資料や仏教の書物を前に、「ここにあるすべての情報を、いずれ自分の頭と心に入れなければ」とはにかみながら師恩さんは言いました。
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師恩さん
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「父、祖父、曾祖父はそれぞれ違うやり方で寺を守ってきた。僕も時代にあったやり方を見つけないと。」
一方、晴香さんは一般の家庭に育ち、寺社会とは縁のない人生を歩んできました。師恩さんとの出会いを機に、仏教の勉強を始め、いずれは自らも僧侶となって宝蓮寺を支えていく決意を固めていました。
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晴香さん
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「まさか自分がお坊さんになるなんて思ってもみなかった。ここは800年続いてるお寺なんだよっていうのを聞いて、一体何時代のことだろう?みたいな感じ。同じ仕事を代々続けて行こうと思っても、強い思いがないと続けていけないと思うから。受け継がれてきた思いの強さは計り知れない。」

伝統のカタチにとらわれない宝蓮寺
宝蓮寺は現在、師恩さんの父で、23代目住職の千佳(せんけい)さんと、妻で坊守*の和美さんを中心に、家族が一丸となって守っています。長男の師恩(しおん)さんは、次期住職となることを目指して、両親のサポートを続けています。
(*坊守 ぼうもり…寺の番人、浄土真宗で住職の妻)

和美さんの祖父が21代目の住職を、父が22代目の住職を務めた後、三人姉妹の長女である和美さんが、寺を継ぎました。
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和美さん
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「その当時、女の子が後を継ぐということは多くはなかったのですけれど、11歳の時に祖母から『あなたがお寺を継ぐのよ』と言われました。その後、24歳のときに今の住職と出会い、今に至ります。」
名古屋の寺の次男だった千佳さんと和美さんはお見合い結婚。千佳さんは宝蓮寺の23代目住職になることが決まったとき、和美さんにも、僧侶になるための儀式「得度」を受けてもらい、一緒に寺をやっていきたいと告げました。
その後、千佳さんがカリフォルニアの大学院で仏教を学ぶために、長女の阿梨耶(ありや)さんが3歳の時に家族で渡米。師恩さんはアメリカで生まれました。そのため、今も家庭の内では英語が飛び交い、寺は異なる文化的背景を持つ人たちが集うにぎやかな場所となっています。

阿梨耶さんは、檀家や近隣住民をつなぐためのコミュニティーづくりの中心を担っています。宝蓮寺の子供図書館を運営したり、近所の店に案内のポスターを配り歩くのも阿梨耶さんの務めです。

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阿梨耶さん
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「弟の師恩と私は この寺の24代目。この先30年で、恐らく寺のコミュニティーは縮小していきます。だからこそ、寺の存続と発展について考えていかないといけない。私が考える寺は、宗教、年齢、人種に関係なく、誰もが歓迎される場所。居心地のいい、第二の家みたいなところを目指している。
幼い頃から色々な文化や宗教に触れること、それが父の教育方針でした。ずっと宝蓮寺にいたら、この場所の良さに気づいていなかったかもしれない。色々な世界を見せてもらえたおかげで、このお寺の良さだとか、様々な文化や宗教のいいところどりをできた感じがする。」
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師恩さん
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「僕たちのビジョンは世界だよね。誰が来てもウェルカムなお寺」
誰もが歓迎されるオープンな寺。それは、家族全員が目指す寺の在り方です。
“寺を継ぐ” 葛藤

父・千佳さんの後を継いで、宝蓮寺の24代目住職になるのは、師恩さんです。実は、姉の阿梨耶さんも、師恩さんと同じく子供の頃に得度を受け、僧侶として活躍しています。寺への思いが強く、長い間、後継ぎの序列というものに釈然としない思いを抱いてきました。
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阿梨耶さん
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「長女である私が住職になれる順位は、2人の弟たちに次いで3番目です。いい住職になれる自信があったのに。師恩は料理の道に進みたいとう夢も抱いていたので、彼が寺を継ぐという決断をするまで、私は待ち続けなければならなかった。とてもつらかったです」
最終的に師恩さんは、お寺を継ぐ道を選びました。しかし、彼の中にも戸惑いがありました。
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師恩さん
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「常に父と比べられ。姉たちとも比べられる。毎日少しずつ努力を重ねていけばきっとやっていけるよね?理論上は。でも、どうだろう…。」
自分は次期住職として寺を守っていけるのか…。師恩さんの肩にのしかかる重圧を、晴香さんはいつも優しくはねのけます。
晴香さん
「家帰る車の中で、『もう全然がんばってない。あかん、もっと努力しな』って言って。寝るときでも、一生懸命読書し始めて。別にそこで埋めなくても…って。」
師恩さん
「ありがとう。こんなの一人じゃできない。一人で寺を守っていくのは無理だもん。」

2人の娘と2人の息子、4人の子を持つ母親として、和美さんには、寺の後継ぎを決めることに大きな葛藤があったと言います。
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和美さん
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「『誰が寺を継ぐのか、4人きょうだいで話し合って決めなさい』と言ってもよかったのですが、やっぱり悪いけれど、『長男である師恩が一番』。そう言いました。子どもたちに番号を付けるということはつらいんですけども・・・。今でも、これでいいのかなって思うことはあります。」
“夫婦で共に寺を守る” 晴香さんの決意
2020年秋。晴香さんが僧侶になるための得度式が東本願寺で行われました。千佳さんと師恩さんが見送る中、坊守の和美さんとともに式に向かいました。
晴香さんはこの夏、車の運転中もお経の録音を再生して聞くなど、仏教の勉強に励みました。実は、現住職の千佳さんが寺を継ぐことが決まった時に和美さんに「一緒に寺をやっていきたい」と告げた話を聞いていました。「夫婦が共に寺を守る」。2人の姿に強く引かれ、晴香さんも僧侶になることを決意したのでした。

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晴香さん
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「何も目標ややりたいことがなかった自分が、初めて、真剣にやってみたい、やりたいって思えることが見つかった気がしました。」
得度式を終え、家族は宝蓮寺に戻り、檀家たちへの報告を行いました。
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和美さん
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「この度、お坊さまが一人誕生いたしました。名前は「晴れる」に「照らす」と書きまして『晴照』です。」
僧侶になった晴香さんの晴れやかな表情を、阿梨那さんは温かく見つめていました。かつて母が父に勧められて得度を受けて坊守になったことで、父と対等の立場で扱われることを目にした阿梨那さん。自身も、弟・師恩と平等の関係性を維持するために得度を受けました。
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阿梨耶さん
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「男女平等を示す親がいたから、私も師恩と対等に、素直に話せる。『師恩がやりたくないなら私が住職を継ぎたい』とも言える。私たちはそういう仲になれたよね。住職を継ぎたい気持ちはきっと消えないと思うけれど、もう、そのこだわりはない。師恩が晴香ちゃんと結ばれたおかげで、もう心配がなくなったから。これからもいろいろあると思うけど、大切なのは私たちが幸せでいること。家族が幸せであれば他の家族にもそのエネルギーを分け与えることができる。お寺のコミュニティーにも。」
違和感を語り合える家族
2021年、春。ドイツで暮らす次女の摩阿那(まあな)さんが一時帰国したのを機に、次男の有縁(うえん)さんも加わり、久しぶりに家族全員がそろいました。
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摩阿那さん
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「日本をしばらく離れて帰ってくると、日本の色んなところが見える。それがどういうふうに宝蓮寺に影響してるかっていうところも。すごく大きい課題があると思う。」
阿梨耶さんが最も気になっていたのは、日本における男女格差です。

摩阿那(次女)
「SDGsのランキングで,日本は男女格差が153カ国中121位*。びっくりした。」
(*2019年に発表した世界各国の男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数のランキング。政治参加、経済、教育、医療の分野で調査。)
阿梨耶(長女)
「それは日本社会もだけど、このお寺の中にもあるからね。お寺からそれを変えていかないと。」
摩阿那(次女)
「そう。例えばお寺にはご縁様(住職)がいて、坊守とその他の人たちがいる。でも多くの事柄はご縁様だけが決めている。」
阿梨耶(長女)
「トップダウンに感じる。」
長女と次女の発言に対し、家族の男性たちからは戸惑いの声が上がりました。
千佳(父)
「我々はそうやって責められると、とてもナーバスな気持ちになるわけ。これだけはまず男のメンタリティーとして知ってほしい。」
師恩(長男)
「言い方が難しいんだ。男女が平等であること。それが目標。でも男としては、女性が気分を害さないようどう話せばいいか…。」
寺を未来へつないでいくためには、このままではいけない。摩阿那さんと阿梨耶さんは、これまで溜め込んできた思いを、せきを切ったように語り始めました。

摩阿那(次女)
「現実を見たくないっていう人がたくさんいるから、この会話をすること自体がすごく大変なこと。その『大変だ』っていうことをわかってほしい。」
阿梨耶(長女)
「私たちは普段から思ってることがいっぱいあるし、ちょこちょこ言ってはいるけれど、変わってるように思えないとこがまだいっぱいある。それが私の娘の代になっても変わらず、同じような状況が繰り返されるのは見たくない。例えば、次の世代も長男じゃないとお寺を継げないとか。私たちは家族みんなで調和しながら、最終的にはお寺のコミュニティーを作ろうとしてるわけだから。すべてはファミリーから始まるべきだと思う。」
師恩(長男)
「家族でしゃべるときは、みんな立場上でなくて、ひとりひとりの意見を言い合う場所でいいんじゃないの。
千佳(父)
「いいよ。」
摩阿那(次女)
「そうなったらうれしい。」
師恩さんは、晴香さんとの出会いを経て、自分の考え方が徐々に変わってきたことを伝えました。
師恩(長男)
「そんなすぐには変わらないけど、僕は晴香ちゃんと真剣につきあって、結婚するとこまでいったら、いろんなことも見てくれて、いろんなことも変わってくるし。もし僕たちが子供を授かるとしたら、男であっても女であっても、お寺を継ぎたいっていう思いがあれば全然オッケー。それは僕たちの子供かもしれないし、阿梨耶の娘でもありうる話。そこはもう全然考え方が変わった。」
摩阿那(次女)
「師恩の言葉、うれしいよ。」
師恩(長男)
「時間かかったけど。」
阿梨耶(長女)
「(晴香さんに)感謝だね。」
ひとりの僧侶として…
得度式から4か月、晴香さんは僧侶としての務めを始めていました。檀家を訪れたある日、仏壇でお経をあげた後に思わぬ言葉をかけられました。

檀家さん
「私がまだ幼稚園生くらいだった頃、宝蓮寺の一つ先代のご住職がうちへいらしてお経をあげてくださり、おふくろの膝の腕でそれを聞いていたのを思い出しました。本当にいいお務めしてもらった。」
晴香さん
「そう言っていただいて、受け入れていただいているなって、うれしいです。」
檀家さん
「自然やと思います。今みたいに、このままずっと行かれたら良いと思います。僧侶なられるということは、もうそれを決断された時点でそうなられてるんじゃないでしょうか。なかなかこんな大きな決断はできないですからね。」
晴香さん
「うれしいです。」
晴香さんの目に涙がにじんでいました。
800年の伝統を支え、変えていく女性たち
2021年5月、師恩さんと晴香さんは結婚式を挙げ、二人は正式に結ばれました。


阿梨耶さん、摩阿那の姉妹と、新しい家族になった晴香さん。
3人は、宝蓮寺のこれからについて語り合いました。
阿梨耶(長女)
「先々代がお参りに行った記憶があるギリギリの世代がまだいる。この同じ仏壇で24代目のうちらが手を合わせているって、すごいことよね。」
晴香(義妹)
「それが、お寺とは何にも関係ない女の私で。」
阿梨耶(長女)
「でも晴香ちゃんが来てくれて、ほんとうに空気感が変わった。宝蓮寺の100年後の歴史を晴香ちゃんがしょってくれていると思うし。それをみんなで支えたい。阿梨耶は、これからその宝連寺に来やすい環境をつくっていこうと思うし。一緒にがんばろう。」
晴香(義妹)・摩阿那(次女)
「がんばろう。」

宝蓮寺を取材して
今回の取材を通して、古くからの風習や伝統にとらわれた考え方や価値観をより良い方向に変えていく上で、「今後、お寺はどうあるべきなのか?」の問いの、大きな一つのカギとなるのは『家族の愛』だと確信しました。
宝蓮寺は、“新しい家族”を迎えるたびに、新たな風が吹き込まれ、脈々と受け継がれてきた寺のカタチを少しずつ変えてきています。現住職の千佳さんが和美さんと結婚して「夫婦ふたりで守る寺」になり、晴香さんが師恩さんと結婚して、「僧侶の夫婦・きょうだいで守る寺」になり…。そして、家族みんなが一つの大きな船に乗り、時にはぶつかり合いながらも、互いを認め合い、対話を続けることで、 800年続いてきた寺を未来につなげるのだという強い覚悟を感じます。
私は、これからも宝蓮寺を見守り続けたいと思っています。 師恩さんの代、そしてその次の代が住職を継ぐ頃には どのような寺になっているか。 そしてその頃、日本はどんな社会になっているのか。 「お寺」という存在の可能性を、「家族」というものの力を、 そして性別を超え、ひとりひとりに秘められた力と可能性を、宝蓮寺を見続けながら考えていきます。 そこに、これからの日本が変わっていくための ヒントがあると信じて。
