
Vol.25 この仕事は男性?女性? ジェンダー・バイアスを考える授業
「ジェンダー・バイアス」って聞いたことはありますか?「女の子なんだからお行儀よく」「男らしく決断しろ」・・・このような(社会的・文化的な意味での)性差に対する固定概念や偏見のことです。
福岡県嘉麻(かま)市では、ほとんどの公立小中学校で、「ジェンダー・バイアス」について考える授業を行っています。この情報を知ったのは福岡県庁で取材をしているときでした。聞いたときには「え?嘉麻市で?」と驚きました。嘉麻市は人口3万7千。市全体の72%が森林と耕作地という、自然豊かでのどかなまちです。ジェンダーの取り組みとイメージが結びつかなかったのです。
なぜこのまちで、子どもたちに「ジェンダー・バイアス」について教えているのか。実際どんな授業なのか。一つの小学校を取材しました。
(福岡放送局 ディレクター 廣瀬温子)
ジェンダー・バイアスを問い直す 小学校の授業

嘉麻市は福岡県のほぼ中央に位置する農業がさかんな地域です。嘉麻市立下山田小学校では3年前から全学年を対象に「ジェンダー・バイアスを学ぶ」授業を行っています。この日、私たちが取材したのは4年生の教室でした。

授業の冒頭、担任の篠原美代子先生は、子どもたちに「男だから○○、女だから○○」と言われた経験があるかどうか尋ねました。
男子児童「男だから台所に立ったらダメだと言われた。」
女子児童「女の子だからお手伝いをしなさいと言われた。」
福岡県で生まれ育った私自身も小さい頃、このように両親や親戚から言われていましたが、今でもあまり変わっていないのだなと感じました。
続いて先生は複数のカードを子どもたちに配りました。カードには「大学の先生」「トラックの運転手」「お花屋さん」などの職業や、「赤ちゃんのお世話」「裁縫」などの家事が、イラスト付きで描かれています。
カードを配り終わると、先生は「手元にあるカードを『男性がすること』『女性がすること』『どちらでもよいこと』のいずれかに仕分けてください。あまり深く考えずに直感で分けてみて」と子どもたちに伝えました。

黙々と作業を進める子どもたち。手元をのぞくと多くの子どもが「大工さん」や「野球選手」「トラックの運転手」は『男性がすること』に、「キャビンアテンダント」や「裁縫」は『女性がすること』に、「幼稚園の先生」や「赤ちゃんのお世話」は『どちらでもよいこと』に分類していました。

次にそれぞれの役割が本当に男や女“だけ”がすることなのか、みんなで考えていきました。
先生「“トラック運転手”。これは、女性がやっているのを見たことがある人はいますか?」
一人の女子児童が手を挙げます。
先生「どこで(女性のトラック運転手を)見た?」
女子児童「お父さんがトラックの運転手で、そこで見た」
先生「お父さんの職場でも女性の方がおられるそうです。じゃあこれは、男性だけがすることでは…?」
児童たち「ない!」
先生「女性が(トラックの運転手を)しても?」
児童たち「いい!」
そのほかの職業についても、「そういえばテレビで女性の大工さんを見たことがある」とか、「男のキャビンアテンダントもいるよね」などと、活発に意見が交わされました。
最後に子どもたちは自分が仕分けたカードを見直して『男性がすること』や『女性がすること』に分けていたカードをすべて、『どちらでもよいこと』に移動させていました。
授業のあと児童に感想を聞きました。
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男子児童
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「今まで男女の職業を決めつけていたけど、話を聞いてどちらでもよいと思うようになりました。」
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女子児童
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「自分は女だからといって、できない仕事はないってことがわかりました。」
多くの子どもたちが「男女関係なく、自由に何でもできるっていいな」と、目をきらきらさせていました。たった45分の授業。しかしそれは、子どもたちの人生を大きく変えうる時間だと思います。
この授業を導入したのは下山田小学校の宮脇教子教頭(取材当時)です。子どもたちが、ジェンダー・バイアスについて考える授業を毎年繰り返し受ける中で、確実に意識の変化が生じているといいます。
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宮脇教子 教頭
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「授業を受けた子どもたちは一様に、“良かった!”“うれしい”“ほっとした”といった反応を示します。性別による制限はないとわかり、自由が増えた、可能性が広がった、と実感しているのでしょう。そして委員長や応援団を決めるときなどに、男だからする、女だからできない、という話はまず出てきません。」
さらにジェンダー平等の考え方がしっかりと子どもたちに浸透するよう、授業にある工夫がされているといいます。
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宮脇教子 教頭
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「意識改革は継続しないとすぐに元に戻ります。そのため“点”ではなく“面”で指導していくようにしています。ジェンダー・バイアスについて考える機会を、道徳・家庭科・社会科・ホームルームなど、さまざまな授業の中に“バラまく”のです。例えば、家庭科で家事の学習をする際に、“家事は、お母さんだけでなく、お父さんも行うものだ“と教えるとか、ホームルームで係を決めるときに、“男の子も女の子も、どんな係をやってもいい”と教えるなどです。そして考え、話し合う機会を増やしています。」
このカリキュラムは嘉麻市内の小中学校では必ず実施することになっています。
嘉麻市のジェンダーに関する授業は、あるテキストに基づいて行われています。2010年に制定された「嘉麻市男女共同参画推進条例」を、児童向けにイラスト入りでわかりやすく解説した『学ぼう そして 行動しよう』(2018年)です。市の男女共同参画課と教育委員会などが協働し、2年がかりで作成しました。

「男女共同参画社会」とは、「女だから」「男だから」ではなく、誰もが自分の力を発揮し、のびのびと生きることができる社会であることや、そうした社会を実現するために基本となる考え方などについてわかりやすくまとめています。“男女共同参画は、自分たちのまちの条例で定められているんだ”、ということを、子どものころから認識することもとても大事だと感じます。
子どもへのジェンダー教育に力を入れる市民団体「かまネット」
このテキストの作成や、嘉麻市のほとんどの小中学校で行っているジェンダー・バイアスの授業を発案し、教育現場に協力を呼びかけたのは、地元の市民団体「かま男女共同参画推進ネットワーク」、通称「かまネット」です。男女が対等に活躍できる社会を目指し、15年前に結成されました。
中心メンバーの職業は農家、お弁当屋さん、福祉施設職員、元教師などさまざまです。みなさん、過去に職場で差別を受けたり昇進を妨げられたりするなど、性別を理由に差別や不公平を感じた経験があるといいます。

かまネットはジェンダー・バイアスの授業のほかにも、男女で形が違う小学校の通学帽を子どもたちそれぞれが自由に選べるように提案したり、市の諮問機関である審議会の女性の割合を増やしたり、男女共同参画の条例を作るよう市に働きかけたりしてきました。さらには地元広報誌で、ジェンダー・バイアスを助長するような表現があったらそれを指摘して修正を求める、などの活動を続けてきました。
長年にわたる かまネットの活動が少しずつ成果を出してきてはいるものの、「なかなか男女が平等であるというところには行き着いていない」そうです。そうした中、子どもたちの教育に力を入れることが重要と、代表の大塚裕子さんは言います。
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かまネット代表 大塚裕子さん
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「大人の意識はなかなか簡単には変わらない。だからこそ子どもたちには、今からこんな平等な社会を作っていこうねって、思ってほしい。」
かまネットのメンバーたちは少しずつ、まちが変わっていきていると感じています。
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かまネット代表 大塚裕子さん
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「子どもたちが学校でジェンダー・バイアスを学んで帰ってくることで、親や祖父母、地域のおじいちゃんおばあちゃんなど、大人たちがハッとさせられることが多い。“私たち大人がそれを否定しないように、伸びている芽を摘まないようにしないとね”と、話し合っています。」
さらに老人会や隣組など、地域の役員の“会長”に女性が就任するようになってきたり、地域の集まりの時に男性がお茶を入れたりするようになってきているといいます。男性も「ジェンダー・バイアスはおかしい、是正していくべきだ」と考え始めていると実感しているそうです。
取材して…
社会に根強く残っているジェンダー・バイアス。それに気づき、なくすという作業は簡単ではありません。生まれたときからあまりに当然のように、わたしたちの身の回りにあるからです。そういった中、小学校のころからジェンダー・バイアスを知る機会があるというのは、とても貴重なことだと思い、授業の取材をさせて頂きたいと申し込みました。
根気強く声を上げ続けている『かまネット』の皆さんももちろんすごいですが、実際に制度を変えたり、新しく授業をはじめたりするためには、行政や教育現場の理解や協力がないと実現しません。地域の未来のために、そして子どもたちのために、地域が一体となって前に進んでいる様子が印象的でした。