
最新の研究から見えてきた 親の言葉の“リスク”と“可能性”
「あなたなんか産まなきゃよかった」
「お前は本当にダメな子どもだ」
言ってはいけないと分かっていながら、何かのはずみでつい口にしてしまう子どもに対する「言葉」。
しつけや教育のつもりと思っても、実は子どもの将来に大きな影響を与えるリスクが明らかになってきています。
最新の研究では、脳のある機能に与える影響は体罰を上回るという報告も。
どんな言葉が子どもの心を傷つけているのか。逆にどんな言葉が子どもの成長を支えるのか、取材しました。
(社会番組部 ディレクター 麓 直弥)
「あんたはうちの子じゃない」にずっと苦しんできた
首都圏の大学に通うタケシさん(仮名)は、子どものころに受けた親からの言葉が、成人後もずっと心の傷となっています。
両親と兄の4人で暮らしていたタケシさん。両親はタケシさんが小学校のころから自宅で連日大げんかをしていて、怖い思いをしていたといいます。
その後、両親は離婚。母と兄の3人で暮らすことになりました。母はみずから働きながら、タケシさんと兄を育ててくれました。
ところが、母はスポーツ万能で学業成績も優秀な兄とタケシさんを常に比較するようになったといいます。
タケシさんは、母から言われた言葉がいまでも忘れられず心の傷になっているといいます。

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タケシさん
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“兄が中学のときは部活で良い記録を残しているのに、なんであんたはこの程度なんだ”みたいな兄弟差別から始まって、“あんたはうちの子じゃない” “あんたはそこの橋で拾ってきたんだよ”って。それが冗談で言っていたとしても、兄と比較され続けてきたことで冗談と捉えられないんです。兄と同じように見てほしかったし、認めてほしかった。
その後タケシさんは大学に進学。猛勉強の末、実質授業料も免除となりました。
最近では兄と比較されることは少なくなり、傷つくような言葉を言われることもなくなりました。自分に対する優しさを感じることもあります。
しかし、子どものころに母から言われた言葉が脳裏をよぎり「いまの優しさは本当のことなのか」「何か意図があってやっているのではないか」と疑ってしまうようになったといいます。
こうした疑心暗鬼は母に対してだけにとどまらず、周囲の友人に対しても感じるように。
参加している大学の集まりでは人間関係をうまく築くことができず、うまくいかないことがあると必要以上に自分を責めてしまい、精神科で抗不安薬を処方してもらっていた時期もありました。
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タケシさん
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優しくされても、それがどういう意図でやってるのかとどうしても考えてしまう。大学の活動で困ったときに相談できる人もいなくて、ひとりでアップアップになってしまって。できない自分を責めるようになり、自傷行為に走ってしまっていた。
子どもを傷つける言動 将来の人間関係に影響
親からの言動は子どもにどのような影響を与えるのでしょうか。
東京医科歯科大学は都内の自治体と共同で大規模調査を実施しています。2015年から、小学1年生の子どもを持つ保護者およそ5,400人に1~2年ごとに質問票を送り、子どもの様子などを追跡調査。
殴る、たたくなどの「体罰」や「ネグレクト」に加えて「子どもを傷つける不適切な言動」が、子どもに対してどのような影響を及ぼすのか調べました。

すると、「不適切な言動」は「体罰」や「ネグレクト」と同じくらい「集中できない」「口答えをする」「いじめをする」など"問題行動"の増加に影響していたことが分かりました。

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伊角彩さん
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今回、長期的にデータを用いて分析したことで、子どもの問題行動があるからしつけが虐待傾向になったというよりは、虐待傾向があるから問題行動が増えていったということが強く示唆されました。
さらに研究班が注目したポイントがあります。
子どもたちの行動を分析すると、「不適切な言動」を受けた子どもたちは、「他人を思いやる行動」をとる頻度が低下していたのです。これは、体罰やネグレクトを受けた子どもたちにはない傾向でした。
他人を思いやる行動は心理学の用語では「向社会的行動」と呼ばれ、不足すると周囲との人間関係が築きにくくなると言われています。周りからの助けや情報が得られなくなり、結果的に成績がよくなかったり、非行や問題行動につながったりするリスクが指摘されています。
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伊角彩さん
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その後の人間関係に影響を与えるなど、子どもに対して長期的に影響を与えていく可能性が見えたことで、言葉の暴力が及ぼす影響の大きさを改めて感じている。背景に何があるのか分析し、対策できることを考えていかなければいけない。
アメリカ・ハーバード大学での研究で見えてきた脳の“リスク”
言葉の暴力を受けたとき、人の体にはどんな変化が生じるのか。
アメリカ・ハーバード大学の医学部精神医学の助教授で、子どもの脳について研究をしている大橋恭子さんは、親からの体罰やネグレクトなど子どもに悪影響を及ぼす10 種類の行為を受けた数百人(18~25歳男女)の脳の画像を解析しました。
すると、言葉の暴力を受けた人たちは脳の「ある機能」が低下していることが分かりました。

それは、各領域が連携しあう脳の「ネットワーク機能」です。この機能のおかげで、脳は一部で異常が起きても互いに連携し合って補い、脳機能のバランスを保つことができます。

ところが、言葉の暴力を受けた人はこのネットワーク機能が大きく低下することが分かったのです。
そのため、精神的なストレスなどで脳の一部で異常が起きると、この機能を保つことが難しくなり、精神疾患のリスクを高まるおそれがあるといいます。
大橋さんの研究では、脳のネットワーク機能への影響は親からの「言葉の暴力」を受けた人が特に深刻だったことが示されました。
さらに、最もリスクの高い年齢も浮かび上がりました。それは16 歳から18 歳のとき。このころは前頭葉につながる神経線維などが特に発達する年齢のため、親からの言葉の暴力が脳のネットワーク構造に重大な影響を与え、その後のストレスに対して弱くなってしまう危険性があるといいます。
また大橋さんは言葉の暴力に加えて、体罰やネグレクトなど親からの「不適切な関わり」の「種類」が増えるほど、子どもに対して悪影響を及ぼすリスクが高まると指摘します。
例えば、日常的に両親の夫婦ゲンカを目撃し、親からの言葉の暴力を受けている場合、うつや不安神経症になるリスクは、性的虐待を受けるのと同じくらいにまで高まってしまうことが分かってきているといいます。
では、どうすれば言葉のリスクを軽減できるのか。そのヒントも最新の研究から浮かび上がってきています。
大橋さんは良好な人間関係を築くのがカギだといいます。

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大橋恭子さん
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大切なのは親子の“関係性”です。子どもが親を信頼し自分を理解してくれているという関係であれば、それほどリスクは高くないと見られています。ただ親子の間に信頼関係がなく、親のきつい言葉をそのままの意味で受け取ってしまうような関係だった場合、脳に対して大きな影響があり、さまざまな精神疾患につながってくる危険が高まるでしょう。
親子関係を育み 成長を支える言葉とは
では、子どもの成長を支え、親子の関係性を育む言動とはどんなものなのか。
発達心理学の観点から子育て支援の研究をしている甲南大学の北川恵教授に聞きました。

目指すべきは「自分がつらいとき、親は自分を支えてくれるだろう」という見通しを子どもがある程度持てているような関係だと北川さんは指摘します。
そのためには子どもが親に対して持つ「安全・安心を得たい」という欲求を満たしてあげることが大切だといいます。
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北川恵さん
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親からのしつけや教育は必要です。例えば、落ちたら危ないから高いところに上ってはだめだよとか、深夜にアイスクリームを食べたいと言ったら、虫歯になるからだめだよとか。こうしたしつけや教育の言葉に子どもは嫌がるときもあるかもしれません。長期的にみれば、子どもの“安全を守る”というメッセージになるため信頼関係を育みます。
そしてもうひとつのカギは“子どもの気持ちに寄り添い、子どもの気持ちをなぞるような言葉”を発することだと北川さんは指摘します。
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北川恵さん
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子どもは自分の感情を理解することが非常に難しいです。心臓がドキドキしたり、カーッとなったりしたときに、親からびっくりしたね、怖かったね、嬉しかったね、つらかったよねなどと、自分の気持ちに近い言葉をかけられると落ち着きます。気持ちを分かち合えたことに加えて、自分の理解出来なかった感情に名前がつき安心を感じるのです。感受性が高まって複雑な感情を味わいやすい思春期に、自分の気持ちを言い表してくれている歌詞や文章に出会って心に染みたという経験をした人は多いかもしれません。子どもにとっては親がかけてくれる言葉が大切です。
実は、子どもの気持ちをなぞるような言葉をかけてあげることは、親子関係を育むだけでなく、子どもの感情を整える力を育み成長を支えるのだそうです。
失敗しても立ち直り、次への挑戦の意欲を生む人間に成長し、人間関係も良好になっていく傾向が高まるのだといいます。
こうした「目標に向かうために努力する力」や「意欲」など、テストなどの点数で表せない能力は「非認知能力」と呼ばれ、次世代を生き抜く重要な能力として、いま注目されています。この能力は子どもの「安全・安心を得たい」という欲求が満たされていることで順調に育っていくと言われているのだそうです。
大きなリスクになる一方で、子どもの成長を支えるカギにもなる親からの言葉。
子どもへの言葉が大切だと分かっていても、日々子育てのプレッシャーと忙しさに追われるあまり、大きな声で叱ってしまった、寄り添うことができなかったと後悔する場面もあると思います。
ただ、そうした場合でも落ち込むことはないと北川さんはいいます。
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北川恵さん
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不安そうだなとか、泣いているなとか、子どもたちの“サイン”に気づき、守ろうとしたり慰めたりすることは必要ですが、毎回出来なくても大丈夫です。発達心理学の世界では3割で良いと言われています。実はこれくらいで十分で、子どもは思いが違っていれば再びサインを出します。それに応じればいいのです。大人が子どもの思いを探り、3割くらいの確率でたどりつけば、子どもは自分を見てくれていると実感できます。完璧である必要はなくて、ほどほどで良いのです。感情的になってしまったとしても、あれは言い過ぎたね、ごめんねとフォローしてあげてください。何度でもやり直しはききますから。
取材を通して
親の言葉に悩み続ける子ども、わが子にまたきょうも感情的な言葉を使ってしまったと悩み続ける親。取材を通じて出会った方々は、互いにかけがえのない存在であるからこその深い悩みや葛藤を抱えていました。
言葉を発した側にとっては、ささいな一言でも受け取り側にとっては生涯忘れられなくなるかもしれないほどに、言葉が強い力を持っているのだと感じました。それは親子に限らず、全ての人間関係において言えることかもしれません。リスクではなく可能性となるような言葉を自分は使えているのか、みずからを振り返りたいと思いました。
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