見過ごされてきた放課後の重要性 ~専門家と考える “より良い学童保育”~
「子どもたちがすし詰め状態」「場所が確保できず子どもたちが希望する遊びを我慢してもらうことがある」「子どもが行きたがらない」…学童保育(放課後児童クラブ)の支援員や保護者から番組に寄せられた声です。
待機児童の存在など、日本の学童保育には課題が山積しています。どうしたら親・子ども・支援員それぞれにとって最善の学童保育事業ができるのか。そのヒントを探るべく、専門家に話を聞きました。
2023年6月4日(日)の「おはよう日本」7時台で関連番組を放送予定です。
※放送から1週間は見逃し配信をご覧いただけます。
Q まずは率直に、日本の学童保育の現状についてどう感じていますか?
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池本さん
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「学童保育は、小学生の子どもたちがかなりの長い時間を過ごす場所ですよね。学校にいるよりも、実は長い時間を過ごしている子どももいる状況にも関わらず、例えばスペースが狭いと問題とか、一人一人の意見や要望が聞き入れられていない状況は問題だと感じています」
学校より長い時間を過ごす学童保育 それなのに…
全国学童保育連絡協議会によると、小学生が学童保育で過ごす時間は長い子どもで約1680時間に上り、小学校で過ごす時間よりも400時間以上も多いと言われています。(全国学童保育連絡協議会「学童保育情報」2022-2023)
子どもたちにとって短くない時間を過ごす場である「学童保育」。なぜそれが、子どもたちにとって居心地がいい場に必ずしもなっていないのでしょうか。
Q なぜこうした状況になっているのでしょうか。
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池本さん
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「原因のひとつは、学童保育がこれまで、親が働くことを主眼に整備が進められてきたところにあると思っています。利用時間を延長したり、できるだけたくさんの人数を預かったりしている自治体もあります。大勢が長時間預かってもらえることは、働く親にとっては都合がいいですが、子どもにとってはそれほど長時間滞在したいと思える環境ではないと思います。子どもの側に立った視点が全くないわけではありませんが、親の視点に偏って議論されていて、“子どもにとって”学童がどうあるべきかという議論がちょっと後回しになってきた気がします」
日本と海外 学童保育の違いは
もともと学童保育は、高度経済成長期に共働き家庭の増加や核家族化の進行から需要が高まったことから、各地域で父母会による自主運営や市町村の独自事業として開かれていました。法制化されたのは1998年のこと。児童福祉法が改正されて「放課後児童健全育成事業」として整備されました。保育所などと比べると、比較的新しい制度と言えます。
学童保育は、児童福祉法第6条の3第2項の規定に基づき、保護者が仕事などの理由で昼間家にいない小学生に対して、授業の終了後などに児童厚生施設(児童館)などの施設を利用して適切な遊び及び生活の場を与えて、その健全な育成を図るものとされています。
日本では学童保育が「少子化対策」や「共働き家庭の増加」という文脈で語られることが多いです。
Q では、諸外国の学童保育はどうなっているのでしょうか。
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池本さん
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「日本は親が働いている場合に限り利用できるという制度になっていますが、海外は子ども自身に学童に通う“権利”があるという考え方で学童保育が整備されています。親が働いている・働いていないに関係なく、子どもたちが親から離れた場所で子ども同士で遊んだり一緒におしゃべりしたり、そういう時間をきちんと保障しなくてはいけないんだという考え方で施設整備をしています。海外では子どもたちの『遊ぶ権利』が非常に重視されているんです。こどもの権利条約31条では『子どもは休んだり、遊んだり、文化芸術活動に参加したりする権利をもっている』とされています。こうした精神にのっとり、学童保育も『親が働くため』ではなく『子どもたちにとって必要な体験を保障するため』に開かれています。親の就労状況にかかわらず、放課後に子どもたち自身が望む活動に取り組める時間を国として保障して、子どもたちが学校生活だけでは学べないことを学べる場を提供することを目的としています」
Q 具体的にはどんな学童保育が提供されているのでしょうか
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池本さん
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「例えばイギリス(イングランド)では、2005年にすべての学校に授業開始前と放課後に対応するクラブを設置するとともに、スポーツ、音楽、演劇、美術、料理、コンピューター、補習など様々な活動を提供する方針を打ち出しました。この取り組みは、いわゆる“女性活躍推進”が主目的ではなく、子どもが安心して好きなことに取り組める、楽しく充実した放課後を過ごすことができることを主目的としています。実際に、放課後児童クラブを利用する理由を親たちに聞いた調査では「子どものため」という理由が最も多く、特に高学年の子どもが利用する理由は「親の仕事のため」よりも「子どものため」の比重が高くなっています」
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池本さん
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「他にも、スウェーデンでは1996年に学童保育が社会省の管轄から教育省に移され、これによって親の就労の有無にかかわらず、全ての子どもが利用できるようになりました。
学童保育は単なる『親がいない間の預かり』ではなく、子どもの放課後を充実させて豊かな成長につなげるためのものであると諸外国では考えられていることがわかります」
Q 日本の学童保育の問題点として、支援員の待遇の低さも挙げられます。NHKがインターネット上で行ったアンケートにも「学童保育の支援員の仕事だけでは食べていけない」とか「ダブルワークしている人も」といった声が寄せられました。
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池本さん
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「日本の放課後児童支援員は、平日は夕方からの仕事で勤務時間が短い一方で、夏休みは朝から晩まで働かなくてはいけません。勤務時間が短いため給料は安くなりますし、働き方としてもそういう仕事ってなかなか人材を確保するのは難しいですよね。
スウェーデンでは、学校の教員と学童保育の職員の養成課程の一部を共通化することで、処遇格差の縮小を図っています。また、日中から学校に行って、他の先生たちと同じように例えば音楽などの教科の授業をやって、放課後には学童保育をみるというようにフルタイムの仕事にする動きも見られます。
学童保育の支援員は、実際は非常に専門的な仕事なんですよね。子どもに寄り添いながら、いろいろな状況に対応しなくてはいけない。子どもだけでなく学校や保護者との関係も良好に築く必要がある。そこがうまくいくかどうかで子どもたちに大きな影響が出る仕事ですよね。そういう仕事の重要性を改めて見直し、それに見合った処遇に改善していったり、キャリアの見通しみたいなものを作っていったりする。学童保育の支援員を若者が目指したくなる仕事にするにはどうしたらいいのかという検討が必要かと思います」
支援員の処遇 国も対策打つものの…
日本でも、様々な対策が取られています。学童保育の必要性が増大していることから、2015年にスタートした「子ども・子育て支援新制度」のもとで学童保育の職員数を増やしてきました。厚生労働白書(令和4年版)によると、2021年5月時点で常勤非常勤含めて17万5,583人と2015年度と比較して約1.5倍に増加しました。しかし、その65%が非常勤職員。職員ひとり当たりの給与額(年額)は2016年3月時点で、月給制の人は270.3万円(手当・一時金込み)、時給制の人で76.2万円(手当・一時金込み)となっています。国も、処遇改善は必要だと考えていて、勤続年数や研修実績などに応じた賃金改善に要する費用を補助する「放課後児童支援員キャリアアップ処遇改善事業」を2017年度から実施していて、月額1~3万円の処遇改善をしていますが、まだ十分とは言えません。NHKがインターネット上で行ったアンケートには「質の向上のためには、放課後児童支援員の処遇の改善が必要」「いい人材に来てもらえるように雇用形態や賃金を改善すべき」という声も寄せられました。
Q 他にも海外との違いはありますか?
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池本さん
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「国によってはそもそも学童保育の必要性が低いという点も日本との大きな違いです。保育制度に非常に力を入れているニュージーランドですが、実は学童保育に関してはそれほどではありません。なぜかというと、子どもの下校時間には家にいられる親も多いのです。労働時間が短いことや、親が働く時間や場所を柔軟に決められるので、夕方は家で仕事をするという方法もあるんです。子どもに合わせて長期休暇を取得することもできるので、学童保育がなくてもなんとかやっていけるという人も多いのだと思います」
Q それは理想的ですね…。取材の中では「子どもが小学生になると会社の規定で時短が取れなくなる」といった声も聞かれました。子どもの学校の時間に合わせて勤務形態を調整できる海外とのギャップを感じずにはいられません…
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池本さん
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「日本では『お子さんが小学生に上がったら手も離れるしもうフルタイムで働けるよね』という考え方の企業も少なくないと聞きます。もちろん、小学生になれば少しでも目を離すと命の危険にさらされた乳幼児期とは状況が変わってきます。一方で、勉強や友人関係のトラブル、いじめ、不登校など、実はそれまでとは全く質の異なるケアが必要になります。もちろん個人差もありますが、小学生になったからといって決して楽になるとは言えないと思います。だからこそ、親の働き方を変えていく必要があると思います。
親の働き方に余裕ができると学童ニーズも下がるし、余裕ができることで親が学童保育の運営に参加することで質を上げるといったこともできるようになると思います。これまでの学童保育政策はいかに親が長時間働けるかという視点で進められてきましたが、そうではなくて“子どもがよりよく育つための学童”を目指すためにも、親の働き方そのものが今のままでいいのかということを、子ども政策に関わる人だけでなく企業なども一緒に社会全体で考えていかないといけない。今はすべてのしわ寄せが学童保育や子どもに来てしまっていると言えます」
海外では、学童でのルールを自分たちで決める例があり、自分たちで決めたルールだから守られるようです。また、政策に子どもの意見を反映させるために「子どもオンブズマン」「子どもコミッショナー」といった組織を持つ国もあります。残念ながら日本では、こども家庭庁を議論する中で案としては出されつつも実現しませんでした。
日本の学童保育がどうあるべきか。このことを考えるためには、子どもたちにとって最善は何なのかを考えると同時に、当事者である子どもたちがどんな放課後を望んでいるのかに耳を傾けることから始めなくてはいけないと感じました。
2023年6月4日(日)の「おはよう日本」7時台で関連番組を放送予定です。
※放送から1週間は見逃し配信をご覧いただけます。