
血縁に縛られず子育てや生活を支え合う “拡張家族”の暮らしとは?
東京・渋谷駅に程近い複合ビル。上層階のフロアにあるシェアハウスを主な舞台に、ちょっと変わった社会実験が行われています。単身者や夫婦子ども連れ、別居婚、シングルマザーなど様々な形態のおよそ30人が、血縁に縛られず“相手を家族だと思って”暮らしてみようというもの。2017年に始まり“拡張家族”と彼らが呼ぶこのコミュニティでは共同のキッチンで、ある人が作った料理をみなでシェアしたり、独身の若者が別の入居者の子どもをお風呂に入れ、寝かしつけまで世話をしたり、保育園の送迎は手の空いている人が進んで引き受けたりと、かつての長屋のような支え合いが行われています。一体人々は何を求めてここに集まり、どんな思いで暮らしているのか、聞きました。
(クローズアップ現代 取材班)
【関連番組】クローズアップ現代「家でも学校でもない第3の居場所 ヒントは昭和の長屋文化!?」
2023年5月9日放送 (放送から1週間NHKプラスで見逃し配信)
なぜ拡張家族に参加した?入居者の本音は?

実際に“拡張家族”に参加している入居者は、なぜ入居を決め、どのような生活を送っているのでしょうか。2019年からこのシェアハウスに入居し、去年の夏に長女が生まれた後も暮らし続けているフリーランスキャスターの奥井奈南さんと、先月から単身で入居した演出家・広告映像監督の高島太士さんにお話を聞きました。
―この度は取材を受けて頂きありがとうございます。早速ですが、このシェアハウスに住むことになったきっかけを教えてください。
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奥井さん
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私の場合は知り合いがここで暮らしていて、クリスマスパーティーに誘われたことがきっかけです。とても気の合う人が多くて雰囲気も良かったんです。ちょうど当時住んでいたマンションの契約更新の時期を迎えていたんですが、メンバーが「一部屋空いているよ。住む?」と言ってくれたので決めました。ここは、デザイナーやノンフィクション作家、社会起業家、女優などいろいろなクリエイターが暮らしているので刺激になるし、仕事にもメリットが多いかなと思ったのも決め手です。

―高島さんは?
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高島さん
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僕の場合は離婚です。3月に離婚届けを出して、しばらくは旅人みたいな生活をしようと思っていたんですけど、このシェアハウスに住んでいる知り合いが「来る?」って誘ってくれたので。

―ここでは拡張家族、「血縁や制度に縛られず“相手を家族だと思って”生活してみよう」というコンセプトをうたっていますが、お二人もそれにひかれて入居されたんですか?
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奥井さん
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うーん、どうでしょう・・・。そういう人もいると思いますが、私の場合は社会実験に参加したいと思って入居したわけではないですね。知り合いのツテで入居したシェアハウスが、偶然“拡張家族”に挑戦していた、そんな順番です。他人同士であっても家事や育児を支え合う、ということには共感していますし、必要なことだなと思っています。
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高島さん
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僕も大体同じですね。入居してから詳しいことは知りました。でも、たった2~3週間ですが、ここで日々体験できていることにはとてもワクワクしていますし、拡張家族というコンセプトは興味深いなって思っています。
全体で見れば“お互いさま”でギブアンドテイクが成立している
―お二人は他の入居者とどんなふうに家事や育児を支え合っていますか?
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奥井さん
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入居者のLINEグループでは時々「誰かうちの子みてくれる!?」とか「誰かちょっと預かってくれない!?」っていうやりとりがあって、私も以前は、別の入居者の子どもの保育園の送り迎えを手伝っていました。今は働きながら9か月の娘を育てているので、もっぱら支えてもらうことの方が多いですけど。
―確かに昨今の都会では、なかなか見られない支え合いですね。
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高島さん
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あえて拡張家族というコンセプトに寄せて言えば、たぶん“家族”というキーワードがあるおかげで、支えを受けるときの何となくの負い目や、逆に申し出るときの「もしかしたら逆に迷惑!?」みたいな億劫さがないといったことはあるかも知れませんね。1対1のギブアンドテイクが成り立っていなくても許せる、許されるみたいな。
―具体的に言うと、どういうことでしょうか?
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高島さん
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例えば僕は料理が得意なので「どうぞ食べてー」みたいな感じで、みんなにしょっちゅう振る舞っています。あくまで自発的に、このコミュニティには“義務”はないので。中には料理が不得手で「食べる専門」みたいな人もいるんですよ。普通、家族じゃなくて食べてばっかりの人がいたら、腹立ったりするんじゃないかな。でも家族だったら、親がもっぱら料理して子どもは食べてばっかりでも腹は立たないじゃないですか。
―でも自分が作るばかりだったら食費も含め損した気持ちになってしまいそうです。
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奥井さん
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すみません・・。「食べる専門」は私のことです・・・。高島さんには、いつも大変お世話になっています(笑)
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高島さん
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いやいや奥井さんは食器を返してくれるときに、ちょっとしたお菓子とかお礼をしてくれますから。それに働きながら9か月の娘を育てている。僕にも子どもがいるので、その大変さは良く分かります。僕としては奥井さんに料理をしてあげているというより、料理を通じて奥井さんの子育てに参加させてもらっている感覚ですね。
例えば、この先、娘ちゃんが歩き始めたり、一言、二言話せるようになったりしたら、我が子のことのように本当にうれしいと思うんです。父親でもないのに絶対涙流しちゃうと思います(笑)家族間のギブアンドテイクって、そんな感じじゃないですか。
―なるほど。段々理解出来てきました。
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高島さん
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料理の例えを続ければ僕がAさんに料理をする。Aさんは食べるだけかも知れないけれど、普段からBさんの子の保育園の送り迎えをしている。そしてBさんは、僕が忙しい時に朝食を作ってくれる。僕とAさんの間には1対1のギブアンドテイクはないけれど、全体で見れば“お互いさま”でギブアンドテイクが成立している。多分、これが“拡張家族”なんですかねえ。なんせ実験中らしいですから僕もよく分からないです(笑)
血縁者だけの限られた大人の考えや価値観の中で育つより 感性が豊かになる!?

奥井さんのパートナーは2020年に仕事の拠点を東京から実家のある三重県に移しました。それ以来、二人は別居生活、長女は双方の拠点を行き来しています。三重県ではパートナーとその両親が、東京では奥井さんが働きながら世話をしています。
―出産後、ここで暮らし続けることに迷いはありませんでしたか?
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奥井さん
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実は自分の兵庫の実家とパートナーの地元でも子育てしてみたんです。2つの家の両親とも親身にサポートしてくれたんですが、両方の土地でも同年代の友人、知り合いが少なかったのでちょっと孤立感を感じていました。仕事復帰のタイミングもあり、またこのシェアハウスに戻ってきた、そういう流れです。
―今、奥井さんは子育てに関してどんなサポートをしてもらっていますか?
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奥井さん
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主にサポートしてくれるのは5人で独身の男性もいます。内容に関しては全部ですね。ちょっと出かけるときに、その間あやしてもらったり、オムツ交換なんかはしょっちゅう。夜に収録があるときは、夕飯から歯磨き、お風呂、そして寝かしつけまでやってもらうこともあります。暴れて迷惑かけてないかなと心配だし、手のかかることをやってもらっている負い目はもちろんあります。だけど誰一人嫌な顔せず、逆に「見させてもらってありがとう」と言ってくれるので、本当に申し訳ないんですが、娘のためにも頼りたいときはドンドン頼らせてもらおうと開き直っています。
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高島さん
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奥井さんも自分の子どもが生まれる前は他の人の子育てをサポートしてたんでしょ!?
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奥井さん
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そうですね。でも、今、私がお世話をしていた赤ちゃんの親は、今うちの娘の子育てをサポートしてくれているメンバーとは別の人です。そういう意味では高島さんが言うように全体でギブアンドテイクが成り立っているのかも知れません。ここで暮らしていてよかったのは独身のころからオムツ交換や沐浴、寝かしつけ等一通りの子育てを体験できたことです。それまでは友人の子を抱っこするくらいで、子どもは好きだったけど、育児に対する漠然とする不安がありました。
でも他の子を預かって育児を経験してみると、確かに大変だけど、沐浴のときの気持ち良さそうな顔や泣き顔さえ愛しく思える喜びがありました。また、既に娘を育て上げた大先輩、50代のママさんは、子どものおかげで学んだことが山ほどあるんだと、楽しそうに私に語ってくれました。そうした様々な経験もあって、自分も子どもがほしいと強く思えるようになったんです。
―パートナーとの結婚の決め手は、他の入居者の子どもを預かったことがきっかけだったと聞きました。
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奥井さん
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付き合い始めたあと、同じフロアに住むご夫婦の1歳の女の子を、パートナーと一緒に1泊2日で預からせてもらったんです。寝かしつけまで終わったときに二人で握手したんですよ、自然に。心打たれたのは、歯磨きも寝かしつけも、うまくいったことを全部、私の功績にしてくれたんです。普通、うまくいったら自分の手柄みたいに思っちゃうし、言っちゃうじゃないですか。そうじゃなかったから「ああ、この人いいな」と。
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高島さん
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ごちそうさまです(笑)「自分の手柄にしない」かあ。僕はそれをやっちゃってたからなあ。反省です。本当に勉強になります。
―改めて“拡張家族”の中で子育てをしている今、何を感じていますか?
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奥井さん
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最初は、自分の子どもは自分でみなきゃと一人で頑張っちゃっていたのですが、最近はそうじゃない、周りに頼るのも子育てのスキルだと思えるようになりました。それは、このシェアハウスに頼らせてくれる人がいるからだと思います。
考えてみれば子どもが成長していく上で、血縁者だけの、限られた大人の考えや価値観の中で育つより、血は繋がっていないけど沢山の“お父さん”や“お母さん”、それに“兄弟”と接したほうが、より感性が豊かになるのではと感じています。正直な話をすると以前の私は、拡張家族のことをよく理解していませんでした。でも、子育てをしてみてその意味や意義が実感できるようになった気がします。
“拡張家族”の家族代表 石山アンジュさんに聞く

“拡張家族”のメンバー、石山アンジュさん。2017年のスタート当初から、自らもこのシェアハウスに入居し共同生活を続けています。石山さんに拡張家族への思いを聞きました。
きっかけは両親の離婚で感じた“普通の家族”への違和感
―改めて“拡張家族”とは何ですか?
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石山さん
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拡張家族とは、血縁や制度によらず相手を家族だと思ってみようという意識を持ちながら一緒に生活してみようというコミュニティです。立ち上げ時は38人でしたが、今は全国でおよそ110人になりました。渋谷だけでなく京都にもシェアハウスの拠点があります。
日常的に住んでいる人もいれば、普段は別のところに住んでいるけれど、もう一つの家として、あるいは時々くる第三の居場所として、このコミュニティに所属しているメンバーもいます。
100人いれば、100通りの家族観がありますよね。私たちはそれぞれが育った環境や家族観を持ち寄りながら「家族とはなんだろう」という問いを日頃から分かちあい、対話を重ね、それぞれが安心して豊かだと思える家族のあり方を模索しています。
―拡張家族の社会実験をしようと思った理由は何でしょうか?
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石山さん
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私は今、シェアリングエコノミー(※)の専門家としても活動しているのですが、家事や育児も多くの人でシェアできたら、もっと一人一人が輝けて豊かな社会が実現できるんじゃないかと思ったのが理由の一つです。今の日本は未だに「子どもは家庭で育てるもの」という意識がすごく強いですよね。
一方で核家族化は進み、共働き世帯もどんどん増えています。少人数の家族構成の中で家事も育児も、そしてやがては親の介護も全部やらなくてはならないというプレッシャーが、なかなか結婚する気になれない、子どもを産む気になれない、未婚化や少子化が進む原因かなと。実際、そういう心持ちは私の同世代や後輩からもよく聞きます。シェアハウスという場を選んだのは私が子どもだったときに感じた“普通の家族”への違和感も理由の一つです。
※シェアリングエコノミー:一般の消費者がモノや場所、スキルなどを必要な人に提供したり、共有したりする新しい経済の動きのことや、そうした形態のサービス
―“普通の家族”への違和感とは?
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石山さん
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私は一人っ子なんですが、実家は父が今も経営するシェアハウスで、いつもにぎやかでした。父は世界中を旅してきた人で、旅先で出会った友人を連れてきては家に泊まらせて宴会を開いていました。母は仕事が大好きで、長期間海外出張で家にいないことも度々でしたが、近所にはインターホンを押せば夕食を食べさせてくれるような、私を本当の娘や妹のように可愛がってくれる環境があったんです。
12歳の時に両親が離婚したんですが、そういう環境だったので、自分が一人親世帯の子供だと意識しないで育ちました。でも学校にいくと、当時はまだ両親が離婚している子は少なくて「アンジュの親って離婚してるんだよね」と“普通の家族”ではないことで疎外されるような反応をされることもあって、その度に違和感を感じていました。
もし拡張家族のような取り組みを世の中に広げていくことができれば、親が離婚したとか別居婚だとか“普通の家族”とは違う人たちが「ここに来れば疎外されない」「ここに来れば新しい家族の形がある」と安心できるのではという期待もあります。多様な家族の形を支える制度や価値観があれば“普通の家族”という概念そのものがなくなると思っています。
家族ってめんどくさい!(笑)でもすばらしい!
―ご自身も拡張家族の一人として共同生活を送ってみていかがですか?
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石山さん
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正直、“家族”ってめんどくさいなと思うこともありますよ(笑)会社や部活じゃなくて家族という意識を持って生活してみるというコミュニティなので、なるべくルールは作らず、多数決だけで決めないようにしているんですけど、キッチンの使い方から子育てのあり方、仕事のやり方まで、いろいろトラブルになったり、ぶつかったりすることはよくあります。
でも、相手を家族だと思って接すると自分の意識や行動が変わっていく実感があってそれが何よりうれしいです。私はオープンリーゲイの子がルームメイトなんですけど、もし家族だと思って見る視点がなかったら、もうちょっとLGBTにおける、置かれている社会の問題って遠かったかもしれないと思うんです。自分のことのように悲しいとか、自分のことのように悔しいと思える感覚が、やっぱり拡張家族だからこそあったりしますし、もうそれは子供だったり、いろんな世代の一緒に暮らしている人達に対しても、自分の事のように心を寄せられる感覚を持てるということはすごく尊いことだと思います。
子ども、大人の両方に拡張家族で子育てするメリットがある
―このシェアハウスは親子で入居したり子育て中の人も多いのが特徴ですよね。
子育て環境はいかがですか?
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石山さん
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親の視点は当事者に話を聞いてほしいので、私からは子どもがいない大人の視点と、シェアハウスで育った子どもの視点で話しますね。まず、子どもの視点でいう拡張家族の良さは「正解は一つじゃない」ことに気づける点だと思っています。いろんな大人と触れることで、親だけが正しいわけじゃない、様々な価値観が世の中にはあるんだと感じることで考え方や人生の選択の幅が広がったり、他者への共感力も育つと思うんです。
もう一つは、自分の親以外の大人に助けを求められる環境であるということです。どうしても家族というのは密室になりがちですが、何かあったときにSOSが出せる大人が親以外にも近くにいることは、子どもにとっては心理的安全が確保された居場所にもなるんじゃないかなと思いますね。
―子どもがいない大人の視点から見た拡張家族の良さは?
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石山さん
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ここでは独身の20代の若者が他の入居者の子のおむつを替えたり、一緒にお風呂に入ったりすることもあります。自分の子どもを持つ前から、育児に関われる機会があるということは拡張家族ならではだと思います。育児って体験してみないと「大変そう」というマイナスイメージが先行しがちですけど、子どもの成長を感じる等、喜びも大きいものですよね。これはこのコミュニティーで“子どもたち”のオムツや寝かしつけを経験してきた私の実感です。
また、拡張家族は子を持つことが難しい、子を持たない選択をした人が、多様な関わり方を持つことのできる場でもあると思っています。オープンリーゲイの入居者の子は「今の日本では結婚も子育ても自分の現実的な選択肢ではなく、子育てに関わることはないだろうと思っていました。彼らの成長を見られることは、ぼく自身の幸福感にもつながっています」と話していました。
私自身も2年前に子宮の病気をして腫瘍を摘出しているので、子供がまだ産めるかどうか分からない状況なんですが、もし自分が子供を産めなかったとしても、ここで子どもの成長に関われるのは安心と喜びがあって心強さも感じています。
拡張家族は出入り自由な“居場所”
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石山さん
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この6年の間には様々な理由で抜けてしまった人もいます。私にとっては悲しいことだったんですけど、他のメンバーから「抜けたり入ったりするのも一つの考え方だよ」と言われ納得しました。6年経って思うのは、やっぱり仕事の忙しさや自分が大切にしたいことが人生のフェーズによって違って、その時々で拡張家族を必要とする時と必要としない時、第一の居場所になる時もあれば第三の居場所くらいの方が心地良い時もあるんだということです。
私自身も6年前は20代で「もう完全に自分のために時間を使いたい」みたいな時間を過ごしていて、その当時は今ほど子供たちにも関われませんでした。でも30代に入り仕事に少しずつ余裕が出てくる中で、もっとみんなの人生に拡張家族に関わりたい、と感じる人生のフェーズに入ったんだなと感じています。例え拡張家族から一度抜けてしまっても「支えてほしい」とか「寂しい」と思った時はまた戻ってきてくればいい、拡張家族は出入り自由な居場所、どんな距離感でも、それぞれが居心地がいい場所、それでいいんじゃないかなと思ってますね。
取材後記
血縁関係にしばられず全員で子育てや生活を支え合うという新たなコミュニティ“拡張家族”。本当にそんなことが可能なのか?半信半疑で取材を始めました。しかし、入居者のみなさんや家族代表の石山さんの話を聞いて感じたのは、かつてご近所同士で支え合って子育てしていた、懐かしい“昭和の地域社会のあり方”でした。本当は今でも必要としている人は多いけれど、核家族化や都市化によって失われつつある家族同士や近所同士の支え合い。それが新たなかたちになっただけではないかということです。まるでかつての“長屋”のような、古くて新しい家族・ご近所付き合いのかたち“拡張家族”。これからも注目していきたいと思います。
(クローズアップ現代 取材班)