
“男性育休”を取って見えてきたこと
私はNHK広島放送局で働くディレクター。
2022年11月に初めての子どもが生まれ、育児休業を取得した。いわゆる“男性育休”だ。
「育児は大変!」そう聞いてはいたけど、実際に経験すると想像以上に大変だった。
ミルクをあげて、おむつを換えて、家事をして・・・睡眠不足の日々が続く。
しかし、かけがえのない存在と触れ合い、父親になったことを強く実感することもできた。
実はいま、日本の“男性育休”は激動のまっただ中だ。
2023年3月、岸田総理大臣が育児休業制度を抜本的に見直す方針を表明し、男性の育休取得率の政府目標を2025年度に50%、30年度に85%に引き上げると表明した。一方で、2021年度の男性の育休取得率は約14%。政府目標には達していない。
日本の、男性育休をめぐる壁と可能性とは―。
時代が大きく変わろうとしているいま、取材し、つづってみることにした。
(NHK広島放送局 重松 悠介)
【関連番組】コネクト「ドキュメント“男性育休”」
2023年3月24日放送
去年、私はパパになった。喜びとドキドキのさなか妻から告げられたのは「育休、取ってくれるよね?」2021年に法律が改正されるなど“男性育休”をめぐる動きは激動中。育休を取得したディレクターが自らカメラを回し、妻や親、さらに広島県知事やハーバード大学教授に取材を行った。見えてきたのは賛否うずまく複雑な現実、課題と希望。そして少子化を打開する可能性も!?男性育休のいまに迫るセルフドキュメンタリー。
日本の育休制度は世界ナンバーワン!?

日本の男性育休について調べてみると、国際的な比較をした調査で、意外なデータを見つけた。
ユニセフの子育て支援に関する報告書によると、日本の育休制度は1位という結果だったのだ。最も評価されたのは、父親に認められている育休の期間が長いこと。
たしかに、日本では原則子どもが1歳まで、育児休業が認められている(保育所に入所できない等の場合、最長2歳まで)。男女ともに育児休業の権利が保障されているのだ。

さらに新たな法改正で、育休を分割して取得することも可能になった。
つまり、育休後に職場にしばらく復帰し、再び育休に戻る―のような柔軟な取得が可能となるなど、国は男性育休を後押ししていることがわかった。
このように制度などが大きく変わる中で、私は育休を取得した。
3週間はあっという間だった

そもそもなぜ、私は育休を取得したのか。
妊娠中の妻から「できるなら育休をとってほしい」と言われたことがきっかけだった。
「わかった!育休を取る!」とすぐに返事ができたかというと・・・実は、そうではなかった。
正直に言うと、私には迷いがあったのだ。
NHK広島放送局の職場にいるディレクター20人ほど。
限られた人数の職場で休むことでみんなに迷惑をかけないか。
周りに育休を取った男性がいないことも気になっていた。
そこで、まずは自分の両親に、育休について意見をきいてみることにした。

「やっぱり夫婦一緒にやってくのは大事なことだと思うし、それ(男性育休)はいいと思うよ、本当」
「やっぱり女性の人が1人で育てるのは本当に大変だと、自分が経験して思ったから」
「(自分のときは)ちょっと休めるだけでね、育休という考えが、男性になかったもんね」
父の時代には男性育休が珍しく、育児は“妻まかせ”だったのを悔やんでいるように感じた。
私は悩んだ末、3週間の育休を取ることにした。
そして始まった育児。想像していた以上に大変だった!

「え~~~ん!」
生まれたばかりの赤ちゃんは、起きているとき、ずっと泣いている。
当然、何が嫌で泣いているのか、私にはわからない。
とりあえず、おむつを換えて、ミルクを飲ませて、寝かしつけ。
その間に、哺乳瓶を洗ったり、洗濯をしたり、そんなことをしていると・・・

「え~~~ん!」
子どもがまたまた泣き始める。一度抱っこをして、再び寝かしつけにチャレンジ。
30分間、部屋の中を歩き続き、「ようやく寝てくれた!」

子どもをそっと布団に置くと・・・

「え~~~ん!」
またまたまた、泣き始める。
食事を取る間もなく、気づけば夜になっていることもよくあった。
毎日、これの繰り返し。

育休が始まる前は、3週間って長いなって思ったけど、いざ始めてみると、3週間はあっという間に終わった。正直、3週間じゃ全然足りないと思った。
育“休”というけど、ぜんぜん休んでいる暇なんてなかった・・・。
もし育休を取らずにいたら、これ全部を妻1人でやっていたのかと思うとゾッとした。
自分が、あまりに育児の大変さに無知だったことを思い知らされ、妻の気持ちが少し分かった気がした。

でも、大変なことばかりではない。喜びもとても大きかった。
仕事では得がたい充実感があったし、何より、子どもが成長していく様子を近くで見ることができ、妻と一緒に育児を共有することで夫婦の絆が強まった。
育児はこの後も当然続いていく。仕事に復帰してからは、仕事と育児をどう両立させるのか、勉強の日々がいまも続いている。
育休を阻んでいる壁とは?
育休制度は充実しているのに、現実には、日本では男性の取得率が低い。
2021年度、日本人男性の育休取得率は約14%。増加しつつはあるが、岸田総理が表明した50%の目標にはおろか、現在の政府の目標値である30%にも達していない。
男性の育休取得を阻んでいる要因は何なのか身近なところから取材を始めた。

ある日―。今年赤ちゃんが生まれたという妻の友人夫妻から連絡があった。
育休は取らないらしい。夫婦で納得しているようだ。
Hさん夫婦は、2歳の娘と、1月に生まれた息子の4人家族。
妻のMさんは病院で働く看護師。現在は育休中。夫のKさんは住宅販売の営業をしている。
私は、育休取得について、Hさん夫婦に話を聞きにいくことにした。

「Kさんは現状、育休取得というのは難しい状況かなという感じですか?」
「そうですね。まあ、会社がということではまずなくて、どうしても収入の面とかを考えたときに、土日に接客をしないと、なかなか僕らの仕事上、どうにもならないので、僕が仕事できるのであれば、僕がやらないといけないとは思っています」
制度が整っていても、収入が減ることを懸念し、男性育休を取らない選択をすることもある。男性が育休を取得しづらい要因が少し理解できた気がする。
企業もギリギリで回している
さらに、広島の企業や働く男性を対象に、男性育休について学ぶセミナーが開かれると聞き、リモートで私も参加してみることにした。
ホットな話題とあって、県内に勤める約100名が参加し、実際に育休を取得した人たちの体験談や、男性の育休取得を積極的に行う企業の取り組みが紹介された。

セミナー終了後、私は参加企業に男性育休をどう捉えているのか、集まった企業の担当者たちにアンケート調査を実施させてもらった。
男性育休を取らせる側の企業が、実際にどのように考えているのか知りたかったからだ。
数日後、回答が返ってきた―。
いくつかの企業は「育休取得を積極的に勧める」ことには、消極的だった。
さらに、育休の充実は難しいと回答した企業に、顔出しや企業名を伏せることを条件に取材させてもらうことができた。
早速、アンケートを踏まえて「育休取得を積極的に勧めるのは難しい」と回答した理由について聞いてみた。

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管理職男性
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「生産性を意識して、ずいぶん前からかなり人も削減して、ギリギリのところで回している部分がある。人手が不足してきているところがあるので、育休を取る人が今の状況でとにかく増えるというのは、なかなか厳しいところがあります」
どこの企業も人材を確保するために頭を抱えている今の状況で、男性育休を取得されてこれ以上厳しい状況になるのは困るなど、人材不足に悩まされる企業の本音も取材を通して見えてきた。
育休を取ると10万円!?
一方で、積極的に男性育休を取ってもらおうと独自の取り組みを行う企業があると聞き、取材してみることにした。
医薬品を扱う広島市の会社が2019年から始めたのは、育休を取得した社員に奨励金として10万円を支給する制度。

育休を取得する人には、育児休業給付金が国から支払われるが、それだけでは収入が減ってしまうため、育休取得を阻む要因となっていた。
そこで、この会社では収入を補うために、奨励金制度を導入したのだ。
実は、こちらの会社の社長、ご自身も育休取得の経験者だ。

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髙橋卓詩社長
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「社員の家族を含めての、会社の一員だという認識でおりますので、やっぱり会社でしっかりと働いていただくためにも、家族の支え、モチベーションが上がっていかないと、いい仕事はできないというふうに考えましてはじめました」
実際にこの制度を利用し、育休を取得した営業職の久保さん。
昨年7月に育休を取得した。実際に取得して何がよかったのか尋ねてみた。

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久保貴裕さん
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「子どもと過ごす時間がとれたので、本当に今まで以上に子どもがなついた感じがしました。仕事へのモチベーションもすごくあがったので取得して良かったです!」
取材を受けてくれた久保さんは取得しやすい環境・職場に加えて、10万円の奨励金も、取得の大きな要因となったと語っていた。
現在の国の制度では、どうしても収入が減ってしまう。今回取材した会社のような独自の制度が、若い人たちにとって、今後、働く会社を選ぶポイントになっていくのかもしれないと感じた。
ハーバード大の研究者は
2023年3月。岸田総理大臣は、去年の出生数が80万人を下回り過去最少となったことに触れ「このまま推移すると、わが国の経済社会は縮小し、社会保障制度や地域社会の維持が難しくなる。これから6、7年が少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンスだ」と指摘し、少子化を克服するため育児休業制度を抜本的に見直す方針を表明した。

男性の育児休業は少子化対策にどれくらい貢献するのか。
調べるなかで手にした1冊の本『縛られる日本人』には、「男性の育休取得は2つの好影響をもたらす」「その1つは、2人以上の子どもをもつ夫婦が増える可能性だ」書かれてあった。
著者は、日本を長年研究しているハーバード大学ライシャワー日本研究所のメアリー・C・ブリントン教授。
男性育休が2人以上の子どもをもたらすきっかけになるかも知れないとは、どういうことか、直接お話を聞くために取材を申し込んだ。
3日後、リモートでアメリカのご自宅から取材を受けてくれることになった。

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ブリントン教授
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「こんにちは。おはようございます。こんばんは」
聞こえてきた第一声は日本語だった。とても日本語がお上手な先生だった。
でも、今回は英語でお話を伺うことにした。
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ブリントン教授
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「(以下翻訳)長年、私は日本の研究をしてきました。そのなかで、日本の女性に対する考え、イメージは、ずいぶん変わってきたと思います。例えば、子どもが生まれると仕事を辞めることが大事だという考えも(かつては)あった。それがこの30年、40年で、非常に大きく変わってきました。
今では、多くの日本の女性は仕事を続けると同時に、家で子育て、家事をほとんどすべて担っている、すなわち2つの仕事をやっているような状況になってきています。それが今、日本の母親、そして家族の大きな負担になっていると思います」
男性が女性と同じように育休を取得できれば、女性が仕事と育児どちらも負担する状況を和らげ、さらなる出産につながる可能性があるとブリントン教授は言う。
男性育休がさらに広がるために、私たちにできることがないか聞いてみた。

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ブリントン教授
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「私は日本の男性、20~30代の方が自分の考えをはっきりと表現することが大事だと考えます。どういうライフスタイルを望んでいるかなど、自分の考えを言葉に出して言うのが大事です。日本の政府は若い人たち、男性のメッセージ、声をしっかり聞いていないという感じがします。男性たちにもっと言葉に出して意見を言ってほしい」
育児を分かち合える社会に

男性育休の“いま”を数か月取材した。
制度が整っても、会社にとっては負担だったり、男性にとっても収入の減少や心の中の壁が存在したりすることがわかった。
収入の面いうと、岸田総理大臣が休業前と同じ程度の手取り額を確保できるようにする考えを示している。もし実現すれば、もっと多くの男性が育休を積極的に取得できるようになる可能性がある。
さまざまな壁を乗り越え、育児を分かち合える社会にしていけるのか―

間もなく、子どもが生まれて半年になる。
最近は寝返りもできるようになり、離乳食もスタートした。
まもなく妻も復職する。これから2人で仕事と育児をどう両立させていくのか、
話し合いながら協力して頑張っていきたい。