
日本と海外の保育の違いは 特徴を専門家に聞いてみた
相次いで発覚する“不適切保育”に、深刻な保育士不足…
未来を担う子どもたちにまつわる暗いニュースが多く、不安な気持ちになる人たちも多いのではないでしょうか。
今回、保育現場を取材した私が思ったのは、どうすれば少しでも保育現場が働きやすく、また子どもたちが今まで以上に生き生きと過ごせる場所になるのかということです。
そのヒントを求めて話を伺ったのは、長年子ども・子育て政策を研究し、海外の保育制度にも詳しい池本美香さんです。
池本さんによると、日本と海外ではそもそも保育所の役割が全く異なり、日本の保育制度は、海外に見習うべきところがたくさんあるんだそう。
そもそも「保育」とは何なのか。
そして、よりよい保育のためにはいま何が必要なのでしょうか。
クローズアップ現代「なぜ相次ぐ“不適切保育” 子どもの居場所どう守る」
1月16日(月)夜7時30分(総合テレビ)にて放送しました

池本美香さん
日本総合研究所 上席主任研究員
子ども・子育て政策を研究。海外の保育制度に詳しい。2児の母
聞き手
竹内はるか ディレクター
保育に対する考え方が違う?

ディレクター:
仕事が終わって、保育所にお迎えにいくと、保育士さんが「○○くん、おしゃべりがとっても上手になりましたね!」と、その日の出来事について聞かせてくれます。そんな時間が何よりの楽しみです。実家が遠方で子育てを頼ることができないわが家にとっては、保育所は本当に大切なよりどころになっています。
池本さん:
共働き家庭にとっては、本当になくてはならない存在ですよね。世界的に見ても、保育のあり方は見直されてきています。女性の就業率向上のためにも保育の質向上は必要だと考えられるようになっています。
ディレクター:
日本と海外では保育所に対する考え方に、どんな違いがあるのでしょうか?
池本さん:
保育所は日本では「働く親のための施設」であって、親が子どもの面倒を見られない間、親に代わって子どもを見るための施設です。親の労働時間に合わせて保育時間が決まるので保育時間は長くなりがちです。
一方で、欧米諸国では保育施設は「幼児教育のための施設」と位置づけられています。日本では教育=幼稚園であって、保育所は福祉の枠組みで運用されています。幼保を一元化すべきという議論はありますがなかなか進んでいないのが現状です。むしろ、認定こども園ができたことで三元化(※)しています。
(※ 保育所は厚生労働省、幼稚園は文部科学省、認定こども園は内閣府の所管)

海外では、すでに幼保一元化が主流となっています。
ニュージーランドでは1980年代後半の大規模な教育改革において保育所も含め教育省が保育制度を一元的に所管することになりました。
イギリスもニュージーランド同様、1998年に保育所の所管省庁を社会保障省から教育雇用省に移すことで保育制度の所管が一元化されました。
スウェーデンでは、1996年から教育研究省が所管することになり、1998年には教育法に保育施設が位置づけられました。
ほかにも、2006年にノルウェー、2007年にオーストラリア、2011年にデンマークが、すべての保育施設を教育施設と位置づける改革を行っています。
ディレクター:
海外でそうした改革が進められてきたのはなぜでしょうか。
池本さん:
大きくは2点あると思います。
第一に、幼児期の教育の重要性が認識されるようになったことです。スウェーデンでは保育カリキュラムに「保育所は生涯学習の土台を築く場」と明記されています。
第二に、子どもの「権利」が重視されるようになったことです。1989年の第44回国連総会において採択され、1990年に発効した「子どもの権利条約」を批准したことで、全ての子どもに最善の教育を保障することが求められるようになりました。共働き家庭の子どもだから福祉施設である保育所、そうでなければ教育機関である幼稚園、と親の状況によって子どもが受けられる教育の質に差が出ないよう法整備を進めてきました。
ディレクター:
保育・教育を広げていくなかで、各国はどうやって質を担保しているんですか?
池本さん:
国が第三者機関を設置して、保育の質をチェックする動きがあります。ニュージーランドでは教育評価局(ERO)、イギリスでは教育水準監査院(Ofsted)、スウェーデンは学校評価機関がそれぞれ質のチェックを行っています。評価結果は公開されて、親による施設選びの際に参照される基準にもなります。
一方、日本では、認可保育所については都道府県が年に1回は実地で質のチェックを行うことを求めていますが、東京都の実施率は令和元年が8%にとどまっています。急速な施設数の増加に、チェック体制が追いついていないことがわかります。行政によるチェック以外にも福祉サービスを対象とする第三者評価制度がありますが、受審は各施設の任意となっています。

日本の保育施設はどうしていけばいい?
ディレクター:
では、日本の保育はどうしていけばいいのでしょか?海外のどういった部分が参考になりそうでしょうか?
池本さん:
行政や専門機関のチェックだけでなく、利用者の親の目を入れることで質改善を図っているのも海外の特徴です。ノルウェーやデンマーク、韓国など、保育施設の運営上の決定に親が参画することを制度化している国もあります。
また、ニュージーランド政府が発行した親向けのガイドブックには、ときどき日中に保育施設を訪ねて様子を見るようにと書かれていました。私が視察したドイツの保育施設では、森のような園庭で親たちが立ち話をしており、園舎の入り口にはカフェスペースが確保されていて親や先生が談笑していました。
参観日や行事の日だけではなく、日ごろから外部の目が入ることで、問題点や改善点が可視化され、質の向上につながっているんです。
ディレクター:
日本の保育の質を向上させるためには、保育士1人あたりが見ることができる子どもの数をもっと少なくしていく必要があるという指摘もあります。今回取材してみて、保育士の「配置基準」(保育士1人あたりが見る子どもの数の上限)が、子どもの年齢によっては戦後すぐ70年以上前に決められて、以来変わっていないことに驚きました。

池本さん:
配置基準の違いはよく指摘されます。OECDの2012年のデータによれば、3歳以上の保育施設における保育者1人あたりの子どもの数の上限は、OECD平均で18人でした。日本は幼稚園が35人、保育所だと3歳児20人、4~5歳児30人と平均を大きく上回り、参加国中最多でした。
幼稚園の先生だった知り合いは「背中にも目が付いていないと見切れない」と嘆いていました。それくらい1人で30人以上の子どもたちを見るのは大変なんですね。別の知り合いからは、日本の保育現場の視察に来たイギリス人が「日本の保育士は羊飼いのようだ」と、その光景に驚いていたと聞きました。そのような状態で、ひとりひとりにきめ細かいケアは難しいですよね。
また、日本における保育士と学校教諭の賃金格差も問題視されています。小学校教員と比較して、保育士の賃金が低くなる傾向は海外でも同じなんですが、日本はそれが顕著です。OECD(2012年)によれば、日本はその賃金格差が最も大きい国なのだそうです。
海外では、保育を教育制度に位置づけたことで保育士も教育を担う職業となり、賃金格差は改善されてきていると考えられます。また、ニュージーランドでは保育士資格保持者の最低賃金を定めて、一定以上の処遇を保障しています。
待機児童問題が解消しつつある今こそ(ディレクター取材後記)
今回の比較対象として出てきたスウェーデンも、かつては待機児童問題が深刻で、その時期はもっぱら量の拡充を目指していました。その後、待機児童が解消したことで、質の議論ができる段階になって保育が教育に位置付けられたそうです。
「よい保育園に恵まれると第2子、第3子を生みやすくなる」という池本さんがお話が印象的でした。保育の質を見直すことは、親の不安や不満を減らし、子育てを楽しいと感じられるようになるため、少子化対策としても重要です。地域によっては待機児童問題が解消に向かっている今こそ、保育を「質」の面から見直す時期なのではないかと感じました。