
「“被害者”にすらなれない・・・」娘の遺体にわいせつ行為をされた母の思い
今月、私たちはある裁判の判決に立ち会いました。
40代の男が、勤務していた葬儀場のトイレで盗撮を繰り返していた事件。男のスマートフォンからは、安置された遺体の乳房や性器を触る様子をみずから撮影した動画も見つかりました。
男が問われたのは迷惑防止条例違反と建造物侵入の罪。懲役2年6か月、執行猶予4年の判決が言い渡されました。
私たちは疑問を抱かざるを得ませんでした。なぜ、遺体へのわいせつ行為自体が罪に問えないのか。
「被害者にすらなれない」と語る遺族の思いや専門家を取材。突きつけられたのは、“性暴力とは何を傷つける行為なのか”という根源的な問いでした。
※この記事では被害の実態を広く伝えるため、性暴力被害の詳細や自死について触れています。フラッシュバックなど症状のある方はご留意ください。
「優しくて頑張り屋だった」 17歳でこの世を去った娘
2021年から去年にかけて、複数の女性の遺体にわいせつ行為を行っていた葬儀会社の社員の男。
遺族のうちの1人が取材に応じてくださることになり、私たちは1月、都内の自宅を訪ねました。

42歳のえりかさん(仮名)です。まず案内してくれたのは寝室。枕元には、ほおづえをついてにっこり笑う娘・菜々さん(仮名)の遺影が置かれていました。
菜々さんはおととし、17歳の若さでこの世を去りました。
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えりかさん
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「娘を亡くして毎日泣いて、これほど悲しいことは二度と起きるはずがないと思っていました。でも、その後の事件でさらにどん底に突き落とされました」
シングルマザーとして育てた一人娘の菜々さん。えりかさんにとって、事件に巻き込まれた娘がどんなに大切な存在だったのか知ってほしいと、親子で過ごした日々を語り始めました。

幼いときは恥ずかしがり屋で、母親のあとをずっとついて回る子だったという菜々さん。小学生になると、フルタイムで働くえりかさんの体を気遣い、「ママ、寝ていてもいいよ」と朝ごはんを作ってくれたり、地域で野良猫を保護する活動に携わったり、優しく行動力がある子に成長していきました。
中学・高校時代は吹奏楽部に所属。勉強や部活に励む一方、母親の前ではいつまでも甘えん坊で、おしゃれや恋愛のことなど、なんでも話せるような親子関係だったといいます。

しかし、親子2人のかけがえのない日々は突然終わりを迎えることになります。
2021年11月、高校3年生だった菜々さんはみずから命を絶ったのです。菜々さんには偏頭痛の持病があり、発作で動けなくなることが増え、処方された薬を自分で太ももに注射して登校を続けていました。しかし、えりかさんは何が直接的な原因だったのかは分からないといいます。
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えりかさん
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「体調が悪い日が続いていたことや、受験のストレス、友達とけんかしたこと、私の仕事が忙しかったことなど、いくつかの理由が重なってしまったのかなと思います。警察にも、衝動的な自傷行為がエスカレートしてしまったのではないかと言われました」
新型コロナウイルスの影響で火葬場に空きがなく、菜々さんの遺体は1週間葬儀場に安置されることになりました。自分の力では立ち上がれないほど泣き続けたえりかさんは、母や妹に付き添われながら、毎日菜々さんの元に通いました。
髪や顔をなで、菜々さんが大切にしていたコスメで化粧をし、「こんなにかわいいのにね。生きているみたいだね」と体をさすりながら、いろいろなことを語りかけたといいます。
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えりかさん
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「振り返ると、この1週間の時間があってよかった。『仕事ばかりでごめんね。もっと話を聞いてあげられればよかったね』と、伝えたかった思いを語りかけたり、お化粧して、ずっと『かわいい、かわいい』ってなでたりして過ごすうちに、錯乱状態ではなくなっていきました」

娘が亡くなって1年後 思いもかけない事態に・・・
菜々さんが亡くなってから1年間、えりかさんは仕事に復帰することもできず、寝込んで過ごす日々が続きました。それでも家族や、かわるがわる訪ねてくる菜々さんの友人たちの支えを受け、少しずつ日常生活を送れるようになっていきました。
一周忌が過ぎ、それまで手元から離すことができなかった菜々さんの遺骨を「そろそろ納骨しないといけないな・・・」と考えていたころ、思いがけない電話がかかってきました。
それは警察からでした。
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えりかさん
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「『娘さんの葬儀を担当した男を盗撮で逮捕しました』という電話でした。はじめは何のことかよく分からなかったのですが、『実は、娘さんのご遺体にいたずらしているところも撮影されていて・・・』と言われ、パニックになりながら警察へ向かいました」
えりかさんが警察から聞かされたという話はこうでした。
葬儀会社の40代の男が、葬儀場の女子トイレにスマートフォンを設置して盗撮を行って逮捕された。そして、男のスマートフォンからは、菜々さんを含む複数の女性の遺体を触っている動画も見つかったと。
菜々さんの遺体が葬儀場に安置された日、誰もいない時間帯をねらって男は安置室に侵入。動画には、菜々さんの乳房を触り、性器に指を出し入れする様子が映っていると聞かされました。
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えりかさん
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「手がぶるぶる震えて、体じゅうの血が沸騰しそうでした。撮影時刻から、湯かんの直後に触られていたことが分かりました。湯かんは別の業者が担当してくれて、とても丁寧に体を清めてもらっていたんです。そのあとに、知らないおじさんが娘のプライベートな部分を触っていたなんて。私と菜々が最後の時間を過ごしているのを、そいつはいったいどんな気持ちで見ていたんだろうと思いました。怖がりで繊細な菜々に、とても怖い思いをさせてしまったと感じました」
逮捕された男は行為を認めました。さらに、妻と2人の子どもがいることも分かりました。
罪に問えない遺体へのわいせつ行為 「私たちは“被害者”にすらなれない」

娘の遺体が性的に触られるという、信じられない事態。えりかさんは心をずたずたにされながらも、娘のためにも男を処罰してほしいと考えました。
しかし遺体へのわいせつ行為は、直接的に罪に問う法律が存在しないという実態に直面します。
強制性交罪などの性犯罪は生きている人に対する犯行を前提としているため、遺体には成立しませんでした。さらに死体損壊罪も物理的に損壊、破壊することとされているため、菜々さんの遺体が受けた行為は当てはまらないとされたのです。
男はトイレの盗撮による東京都迷惑防止条例違反と、正当な理由なく安置室などに立ち入った建造物侵入の罪で起訴されました。
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えりかさん
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「建造物侵入ということは、被害者はあくまで葬儀会社の管理者ということです。私たちは“被害者”にすらなれないんです。男から謝罪は一度も無く、私は裁判で意見陳述することもできません。いちばん傷つけられたはずなのに、ずっと蚊帳の外なんです。民事訴訟を起こせば損害賠償金を請求できるかもしれませんが、私が求めているのは罪として背負ってもらうことです」

1月下旬、東京地方裁判所で初公判が開かれました。
傍聴席には一般の傍聴人に混ざって、えりかさんの姿がありました。胸には菜々さんの遺影を抱きしめていました。
法廷に入ってきたのは、白髪交じりの男。葬儀場の女子トイレにスマートフォンを設置し25人を盗撮したこと、そして遺体を触る目的で安置室や冷蔵室に複数回侵入したことを認めました。
男が話したのは、「女性の遺体に触ってみたかった」「正直ここまで話が大きくなるとは思っていなかった」ということ。罪の大きさに向き合っているようには到底思えませんでした。
えりかさんはずっと、男をにらみつけるように座っていました。しかし、男が傍聴席のほうを見ることは一度もありませんでした。
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えりかさん
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「男があまりにも平然と話すので、思わず飛びかかりたくなる衝動をぐっと抑えて、怒りに震えていました」
性暴力は何を傷つける行為なのか
初公判は複数のメディアで取り上げられ、SNSでは強い拒絶感を示す投稿が多く見られました。
「性癖やばすぎ。変態じゃん」
「不快すぎてニュースにもしないでほしい」
私たちはこうした感想が出るのも無理はないと思うものの、この事件が問いかけているものはもっと深いことなのではないかと感じました。
3年半以上発信を続けてきた私たち「性暴力を考える」取材班には、大切にしてきた思いがあります。性暴力は性別や年齢を問わない、人間の尊厳や人権に関わる問題だということです。
遺体へのわいせつ行為というのは、まさに人間の尊厳を傷つける性暴力そのものなのではないでしょうか。

私たちは、長年性暴力の被害者の支援に取り組んでいる弁護士の上谷さくらさんを訪ねました。上谷さんは、性犯罪の保護法益(法によって守られるべき利益)について教えてくれました。
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上谷さくらさん
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「性犯罪の保護法益は『性的自由の自己決定権』とされています。でも、私はこの考え方には問題があると考えています。実際には、恐怖や置かれた状況などから、“自分で決定できない場面”で性暴力の被害に遭うことが少なくないからです。例えば、スポーツ選手が水着や露出の多い服で競技をしていたとします。その姿を性的な目的で撮影されたとしても、服装や人前で競技をすることを決めたのは本人なので取り締まることが難しいのです。性犯罪は『同意の有無』という基準がよく議論になりますが、同意を示せない場面で多くの被害が起きています」
上谷さんは、性犯罪の保護法益は「性的尊厳とすべきだ」と主張します。
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上谷さくらさん
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「私は法律によって守られるべきは、『性的尊厳』だと考えています。同意の有無にかかわらず、性的尊厳を害されることが性暴力だからです。そのように考えることは、13歳未満の子どもに対する性的行為が無条件に罰せられることにも整合すると思います。その発想からすると、遺体へのわいせつ行為も『死体損壊罪』に含まれるという解釈も成り立ち得ます。死体損壊罪は、死者への宗教的な感情や遺族感情が出発点となって設けられたと言われており、遺体へのわいせつ行為は損壊と同様に遺体を辱めるもので、そうした感情を著しく害するからです。
また、現状ではそもそも遺体に唾を吐きかけて足げにするなどの行為も死体損壊罪に当てはまらず、それは国民感情に合わないと思うので、『死体侮辱罪』のような広く遺体に対する侵害行為を罰することが必要かもしれません」
2月3日、判決の日。
被告の男に、懲役2年6か月、執行猶予4年が言い渡されました。
裁判官は、トイレの盗撮については「人を著しく羞恥させ、かつ、人に不安を覚えさせるような行為」としましたが、遺体へのわいせつ行為は建造物侵入の直接的な構成要件では無いため「偏った性的嗜好」と言及したのみで、故人や遺族の感情には触れませんでした。
母親のえりかさんは、じっと前を見据えて聞いていました。しかし、閉廷し男が退室しようとしたとき、こみ上げる思いを抑えることができませんでした。
「あんなことをして、どんな思いで私たちのことを見ていたんだよ!」
法廷にえりかさんの叫びが響くなか、男は足を止めることなく退室しました。

判決から2週間後、私たちは再びえりかさんの元を訪ねました。
えりかさんは、やり場の無い思いを抱え続けていることを明かしてくれました。
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えりかさん
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「検察の求刑通りにはなりましたが、私は加害者に直接思いを伝えられず、一度も謝罪されず、とても納得できるものではありません。事件発覚後に私から連絡するまで葬儀会社から連絡が無かったことにも、会社が行為を軽く捉えているように感じて許すことができません。女子高校生の胸や性器を触るなんて、生きている女子高校生であれば大問題ですよね。遺体だからといって違法にならないのはおかしい。私はこの問題を伝え続けていきます」
取材を通して
ご自宅で生前の菜々さんの写真を見せてもらいながらお話をうかがっているとき、えりかさんがつぶやいたことが忘れられません。
「もう あの写真は見られないんです・・・」
えりかさんは、安置室で娘との最後の時間を過ごすなかで、1枚の写真を撮ったといいます。化粧がほどこされた安らかな顔で色とりどりのお花に囲まれて眠る菜々さんの写真。でも、それを撮ったときにはすでにわいせつ行為をされていたと分かって以来、見返すことができなくなったというのです。
故人の尊厳、遺族や大切な人たちの心まで踏みにじる行為は許されません。それが当たり前になる社会は、「尊厳を傷つける性暴力は許されない」という認識が広がることの延長にあるように思います。
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