
自衛隊で受けた性被害 届かなかった被害の訴え
元陸上自衛官の女性が、所属していた部隊で性被害を受けた問題。
防衛省は先月(9月)、女性に対する複数の“セクハラ”が確認できたとして謝罪するとともに、加害者の隊員も直接謝罪しました。
防衛省が事実を認めたのは、女性が退職し、実名で被害を訴えてからでした。
女性のもとには、ほかの隊員や元隊員からもセクハラやパワハラ、マタハラなどの被害を受けたという声が複数寄せられています。
防衛省・自衛隊内で何が起きているのか、取材しました。
(社会部記者 小林さやか)
※この記事では性暴力被害の実態を広く伝えるため、被害の詳細について触れています。フラッシュバック等 症状のある方はご留意ください。
遅すぎた謝罪

性被害を受けたのは、元陸上自衛官の五ノ井里奈さん(23)。
先月下旬、防衛省は、所属していた部隊内で日常的にセクハラが行われ、五ノ井さんに対しても複数のセクハラがあったことを認め、謝罪しました。また、加害者の4人の隊員も今月、五ノ井さんに直接謝罪しました。
防衛省の謝罪を受け、五ノ井さんは次のように語りました。
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五ノ井里奈さん
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「最初からしっかりと調査をしてもらえたら…。私は、夢を持って陸上自衛隊に入隊したので、今こうやって認められたのは本当に遅いと思っています」

五ノ井さんが自衛隊に入隊したのはおととし(2020年)4月。小学生のときに起きた東日本大震災で、当時暮らしていた宮城県東松島市の被災地で懸命に活動にあたる隊員の姿を目の当たりにし、自衛官を志しました。
人の役に立ちたいという夢を持って入った自衛隊。しかし、福島県郡山市の駐屯地に配属されてからおよそ半年後にセクハラが始まったといいます。
当初は被害を訴えることができなかったと取材に明かしました。
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五ノ井里奈さん
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「廊下を歩いていたら急に先輩の男性隊員が後ろから抱きついてきたり、私が柔道をやっているので、柔道の技をかけるといって、後ろから密着して腰をふられたり。最初はびっくりしましたが、自衛隊に入ってすぐで、相手が先輩ということもあって、やめて下さいと言えなかった。断ったらそのあとの業務に支障が出ることもあるので」
所属していた中隊では、およそ60人の隊員のうち、女性は1割以下。他の女性隊員たちも同様の被害に遭っていたといいます。どうやったら逃れられるか、毎日のように話し合いましたが、解決策は出てきませんでした。
日常的なセクハラが続くなか、入隊から1年4か月が過ぎた去年8月、これまでにない被害を受けます。
この日、演習場での訓練のあと、宿舎の男性隊員たちの部屋で宴会が開かれました。五ノ井さんは部隊で宴会が開かれると、料理を作ったり、お酌をするよう求められたりしていたといいます。
この日の宴会で、男性の上司が部下の隊員に、五ノ井さんに格闘技の技をかけるよう指示し、指示を受けた隊員が、五ノ井さんに技をかけてベッドに押し倒したといいます。
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五ノ井里奈さん
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「覆いかぶさってから暴走し始めて、相手の陰部を何度も服の上から押し当てられました。それが終わったら、今度は2人目。私の両手首を押さえつけてそのまま腰を振りました。さらに3人目も続きました。10数人の中で見せびらかされて笑いものにされて、恥ずかしくてすごく抵抗したけど、力が強くて勝てなくて。あきらめて事が終わるのを待とうと横を向いたら、上司が爆笑しているのが見えて、この人たち最低だなと思いました」
終わったあと、最初に五ノ井さんを押し倒した隊員が「誰にも言わないでね」と言ったことも明かしました。
(※防衛省は去年8月、演習場の宿泊施設において、隊員が五ノ井さんを押し倒して性的な身体接触を行い、口止めを行ったと認定)
行われなかった調査
この件で、五ノ井さんの心は限界に達しました。
しかし、当時は演習場での訓練期間中。途中で離脱する決断がすぐにできなかったといいます。
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五ノ井里奈さん
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「訓練の場所から帰らせてほしいと申し出た時点で、もう自衛隊には戻れないだろうなと感じていました。私には夢があったので、抜け出すという決断に至るにも時間がかかりました」

親が病気だということにして、なんとか演習場を離れることができた五ノ井さん。
中隊長に被害を訴えましたが、部隊内で被害の調査が行われることはありませんでした。
(※防衛省は、中隊長は上級部隊の大隊長への報告と事実関係の調査を行わなかったと認定)
調査が進まないことを受けて、五ノ井さんはことし3月、自衛隊内の捜査機関である警務隊に被害届を提出。3人が強制わいせつの疑いで書類送検されましたが、当事者たちが事実を話さないなか、5月にいずれも不起訴となりました。
(※先月、検察審査会が不起訴不当を議決し、検察が再捜査中)
このため五ノ井さんは、事実の調査と関係者の処分、それに謝罪を求めて活動していくことを決意し、ことし6月に退職。
顔と実名を公開して声をあげた結果、防衛省が事実を認め謝罪したのです。
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五ノ井里奈さん
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「自衛隊を辞めて声を上げて世間に出すしかなかった。口裏合わせしているとか隠蔽しているとか、なかったことにするのはありえないことだし、徹底的に戦いたいと思った」
「上司に妊娠を報告すると謝罪を要求された」
五ノ井さんが自身の被害を訴えるのと同時に取り組んだのが、ほかの隊員の被害の把握でした。
ことし7月、インターネットで、自衛隊でハラスメントの被害を受けたことはないかと呼びかけたところ、8月末までに現役の隊員などとする146人から回答が寄せられました。

最も多かったのは▽パワハラの101件で、▽次いで、セクハラが87件、▽精神的な嫌がらせなどのモラハラが38件、▽妊娠を理由に不利益な扱いをされるマタハラが17件でした。
寄せられた声の一部です。

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30代・女性
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「宴会の場で先輩から『野球拳に参加しろ』と言われて服を脱がされ、拒否すると平手でほおをたたかれた」
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30代・女性
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「上司に妊娠を報告したとき、喫煙所に呼ばれて長時間指導され、『旦那を呼んで土下座して謝れ』と意味不明なことを言われた」
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40代・女性
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「男性隊員の前でわざと腕立て伏せをさせ、シャツの胸元をはだけさせるようにしむける。女性隊員のレントゲン写真をみんなでまわして眺める」
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40代・女性
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「荷物をあさられ、下着の盗難にあった。曹長に報告すると、黙っているよう密室で長時間圧力をかけられ、上に報告することなく握りつぶした」
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40代・男性
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「新隊員のときに班長から性器にマジックで顔を描かれて写真を撮られた」
なかには、性的暴行の被害を受けたという声も複数ありました。
また、回答した146人のうち、自衛隊内や外部に相談をしたという人は115人いましたが、ハラスメントの有無について判断されなかったとする例が51件ありました。
さらに、相談したことを理由に降格や配置転換など不利益な取り扱いをされたとする例が12件ありました。

寄せられた匿名の声から、防衛省・自衛隊内で多くの人たちがハラスメントを受け、被害を訴えても、適切に対応されないばかりか、不利益な扱いを受けた人もいる可能性が浮かび上がったのです。
五ノ井さんは防衛省にハラスメントの根絶に向けた対策の実施を要望。防衛省は内部の窓口にもハラスメントに関する相談が増えていることも踏まえて、すべての組織を対象に実態の把握に向けた特別防衛監察を行っています。
届かぬ被害の訴え

五ノ井さんが所属していた部隊以外でもハラスメントはあるのか。
今回、私たちは五ノ井さんに声を寄せた元隊員の20代の女性に匿名を条件で取材することができました。
この女性は、所属していた西日本の部隊で、上司や先輩の女性隊員からパワハラやマタハラを受けたとして、ことし退職を余儀なくされました。
入隊してすぐに、上司から作成した書類がないと叱責されたり、男性隊員と業務の話をしているだけで「異性と仲が良すぎる」などと言われたりするなど、ささいなことで個室に呼び出されてはどなられることが続いていたと明かしました。
ほかの上司に相談しても「大げさだ」などと言われ、対処されることはなかったことなどをメモに残しています。

妊娠すると、マタハラも始まったといいます。
女性が所属していた部隊では、若手の隊員などは敷地内の宿舎に住んでいて、休日以外は自由に外出することができませんでした。女性が妊婦健診を受けるために、外出したいと先輩の男性隊員に訴えても、産婦人科が開いていない日に休日を設定されるなどの扱いを受けたほか、上司の女性隊員からは、大声で「なぜ避妊しなかったのか」と繰り返し言われたといいます。
男性の上司に被害を訴えると、さらに執ようなハラスメントを受けたと明かしました。
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元隊員の20代の女性
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「上司に相談したら『俺が話し付けてくるよ』と言ってくれたのですが、その後、先輩の女性隊員から『なんで自分のことなのに上司を使うの。その手汚くない?』って個室に呼び出されて。ストレスでおなかが痛くなって早退したりすると、別の先輩の女性隊員が自席まで来て、『辞めたらいい』『仕事を続けられるかどうか決めるのはあなたではない』などと言われた」
結局、女性は退職に追い込まれました。
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元隊員の20代の女性
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「被害を受けて、続けたくても辞めなければいけなかった人が、私や五ノ井さん以外にもいると思うんです。ハラスメントをした人が職場に残って今も仕事を続けているということは腹立たしい。特別防衛監察をするのであれば、ハラスメントをした人の処分をしてくれたら意味があると思うんですけど、それがなかったら今回の監査も意味がないと思っています」
取材を通して
今回の取材で五ノ井さんは、「被害を受けた人が少しでも声を上げやすくなるよう、これからは被害者としてだけではなく、1人の人間として自分の人生を生きる姿を見せていきたい」と語っていました。
防衛省・自衛隊の中でどこまで被害が広がっているのかは、まだ全容が見えていません。性暴力やハラスメントを根絶するために何が必要なのか、これからも取材を続けていきたいと思います。
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