
旭川・中学生凍死事件 “性的いじめ”を受けた娘 「どうすれば救えたのか」
去年3月、北海道旭川市の公園で凍死体となって発見された、中学2年生の廣瀬爽彩(さあや)さん。生前、同じ学校の生徒などから、自慰行為の強要やわいせつ画像の拡散などの“性的いじめ”を受け、苦しみ続けていました。
「どうすれば娘を助けてあげられたのか・・・。今でも分からない」
そう語るのは、爽彩さんの母親です。母親が私たちに明かしたのは、本人も家族も気づきにくく、打ち明けづらい性的いじめの実態、そして学校や教育委員会に何度申し出ても「いじめ」と認定されない、教育現場の実情でした。
(“性暴力”を考える 取材班)
※この記事では性暴力被害の実態を広く伝えるため、被害の詳細について触れています。フラッシュバック等 症状のある方はご留意ください。
2021年11月9日放送 クローズアップ現代+「旭川女子中学生凍死事件~それでも「いじめはない」というのか~」
SNSに残されていた 性的いじめの実態

旭川市の中学2年生だった、廣瀬爽彩さん。去年3月、雪の降り積もった公園で、凍死体となって発見されました。
私たちが母親の廣瀬さんを初めて訪ねたのは、その6か月後のこと。廣瀬さんは、疲れを見せまいとした様子で、迎えてくださいました。
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廣瀬さん
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「最近は減ってきたんですが、仕事の帰りにコンビニに寄ると、『これは爽彩が好きだからお土産に買って帰らなきゃ』と無意識にかごに入れてしまうんです。家に帰ってから、あっ…と気づいていたの。まだ、娘が亡くなった実感がわきません」
廣瀬さんは一人娘を突然失ったショックを抱えながらも、「爽彩が生きていた証し、いじめと闘った事実を1人でも多くの方に伝えたい」と、取材に応じてくれました。

廣瀬さんが見せてくれたのが、爽彩さんが残した友人とのSNSのやりとり。2020年の冬に送ったものです。

「外で自慰行為をさせられる」
「おな電をさせられ、秘部を見せるしかない雰囲気にさせられる」
「性的な写真を要求される」
中学校へ入学した4月から、約3か月にわたり、同じ中学校の生徒などから、裸の写真や動画を拡散されたり、自慰行為を強要されたりするなどの性的いじめを受けていたとみられる爽彩さん。しかし本人は当時、いじめという認識を持つことがなかなかできず、廣瀬さんもその実態に気づくことは困難でした。この性的いじめが、爽彩さんの尊厳をむしばみ、爽彩さんと廣瀬さんを精神的に追い詰めていったのです。
中学生活に胸を躍らせていた明るい爽彩さん
小学校時代の爽彩さんは、学校のことを楽しそうに話すなど、笑顔の絶えない明るい性格で、世話好きな思いやりのある子だったと言います。

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廣瀬さん
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「爽彩は、低学年の子たちにもすごく優しい子でしたね。雨にぬれないよう自分の傘を差してあげて、自分はぬれて帰ってくるとか。スキー学習のときに、低学年の子にはスキー板は重たいからと、自分とその子のスキー板を両方持って帰ってきたとか。優しい子でしたね」
爽彩さんが使っていたかばんやスケッチブックなどがたくさん残された部屋には、得意だったという絵も飾られていました。

爽彩さんは勉強にも意欲的で、高学年になると中学校へ入学することを心待ちにしていたといいます。
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廣瀬さん
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「中学校に入る直前、ふだんよりも本当にやる気満々っていう感じで、塾も行きたいし、部活も入りたいし、生徒会にも入りたいっていう話をよくしていました」
期待を膨らませ、2019年4月、爽彩さんは地元の公立中学校へ入学しました。
明るかった爽彩さんを変えた中学生活

しかし、中学校へ入学するとまもなく、爽彩さんの様子に変化が現れます。
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廣瀬さん
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「元気がないというか、泣いて帰ってきたりしたので、『何があったの?』と聞くと、『別に何もないよ』という感じで。それがスタートだったと思います」
5月。廣瀬さんの頭に「いじめ」という言葉が浮かぶようになる出来事が起こります。
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廣瀬さん
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「明らかにおかしいと思ったのは、その後の大型連休中でした。明け方の3時、4時くらいにいきなりガタガタと音がして、爽彩が外に飛び出していったんです。私もはだしで追いかけて無理やり家に連れ戻したんですが、泣きながら『先輩に呼ばれてるから行かなきゃ』と、がたがた震えながら泣いていました。そのおびえ方が尋常ではなかったので、相手の子の名前を優しく聞いて、翌日には学校に相談しました。『いじめじゃないんですか?』と」
廣瀬さんの相談に対し、担任は「別にいじめではなく(相手の子たちが)ふざけて呼び出しただけです」「その子たちもただ家にいただけですし、気にしないでください」と答えたといいます。
ふさぎ込むことが多くなった爽彩さん。描く絵にも変化が出ていました。首をつっていることを連想させるようなてるてる坊主や、『ムダだって知ってるだろ』という文言が入っているものもありました。


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廣瀬さん
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「部屋から『ごめんなさい』っていう声がずっと聞こえてきたり、いきなり『死にたい』って言い出したりすることもあって。これは間違いなくいじめなんだろうなと思ってはいました。でも爽彩に『いじめられてない?』と聞くと、『どこからがいじめっていうか分からない』と返ってきました」
爽彩さん自身も「いじめなのか、分からない」 性的いじめの恐ろしさ
「娘はいじめとは言わないが、明らかにおかしい」と、廣瀬さんは何度も学校へ相談しますが、「心配しすぎです」と重く受け止めてはもらえなかったといいます。
そして2019年6月。廣瀬さんが最も恐れていた事態が起きます。爽彩さんが、近所の公園近くの川で、複数の児童・生徒に囲まれる中、自殺を図ったのです。

水につかりながら、爽彩さんは学校の教員に電話をし、「死にたい」と伝えました。
学校から、爽彩さんが自殺をほのめかしていると連絡を受けた廣瀬さん。現場に駆けつけると、教員や近所の住民からの通報を受けた警察官たちが、爽彩さんを救出するところでした。爽彩さんを助けようと、脇目も振らず川へ入ろうとした廣瀬さんは、教員に危ないので待っているようにと制止されました。
救出を見守る廣瀬さんに、爽彩さんが川に飛び込む様子を見ていたという近所の住民が声をかけます。住民は「あれはいじめだと思う。みんな笑いながら、女の子が川に飛ぶ込むのを見ていたよ。カメラを向けていた。普通、川に飛び込むのを笑いながら見たりしない。学校や警察へ相談した方がいい」と言ったといいます。
救出された爽彩さんはパニック状態だったため、そのまま入院することになりました。このとき廣瀬さんは、爽彩さんのスマートフォンを預かります。そこで廣瀬さんが見たのは、“性的いじめ”の痕跡。SNS上に、娘が全裸・局部写真や動画、自慰行為を強要されているやりとりが残され、さらに、それらが拡散されていたのです。

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廣瀬さん
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「受け止めきれないし、そのときはもう何だろう、何も考えられないというか、ショックを受けすぎてしまって…」
いじめだと確信した廣瀬さんは、学校と警察へ被害を訴えました。
警察は関係した生徒などに聞き取りし、事実確認を行ったといいます。そして、所持しているわいせつ画像や動画などについては、削除するよう指導したといいます。
学校側も、生徒の間で、わいせつ写真や動画のやりとりがされていたこと、自慰行為の強要があったという事態について把握。廣瀬さんと加害生徒の間で謝罪の場も設けられました。しかし、この段階になっても、学校は「いじめ」とは認めませんでした。廣瀬さんに「子どもたちは悪ふざけが過ぎただけで、悪意とか悪気はなかったんです」と説明したといいます。
何度も、いじめとして認めてほしいと訴え続ける廣瀬さんに、窓口となった教頭はこう話したといいます。
「10人の加害者の未来と、1人の被害者の未来、どっちが大切ですか。10人ですよ。1人のために10人の未来をつぶしていいんですか。どっちが将来の日本のためになりますか。もう一度、冷静に考えてみてください」

さらに廣瀬さんに追い打ちをかけたのは、性的いじめを軽視するような教頭の発言でした。
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廣瀬さん
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「『これ以上、何を望んでいるんですか』と繰り返し言われ、私は『誰が画像を持ってるかわからない、みんなが持っているかもしれないという状況で、学校に通うというのは、とても怖くてできないと思う』と伝えました。教頭からは『怖くないです。僕なら怖くないですよ』『僕は男性なので、その気持ちはわかりません』と言われました」
廣瀬さんは、怒りと絶望感でいっぱいになりました。
性的いじめの後遺症に苦しむ娘との日々
学校とのやりとりをしながら、廣瀬さんは、入院中の爽彩さんのもとへ毎日通いました。入院中の爽彩さんは、頻繁にフラッシュバックを起こし、とても見ていられない状態だったといいます。
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廣瀬さん
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「『殺してください』『許してください』って叫んだり、白目をむいて泡を吹いて倒れちゃうとか。そういうことが一日に10回や20回、頻繁に起きていました」
そんな状態が続き、爽彩さんは、いじめによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されたのです。

自殺の心配がある爽彩さんは入院中、絵を描くことすら許されませんでした。加害者とされる生徒たちから離れ、繋がりがなくなってもなお、おびえ続ける娘の様子を目の当たりにした廣瀬さん。性的いじめの内容や自殺未遂の理由を聞くことはおろか、どう声をかけてあげたらいいのか、どんな話をしたらよいのかもわからなかったといいます。
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廣瀬さん
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「爽彩は知られたくないんだろうと思って。だから、入院中も知らないふりをするのがすごくつらかったですね。笑っていなきゃって。いじめられていることも、どうして飛び込んだのかについても、ずっと知らないふりをしていました。 本人が一番つらいのはわかっているんですけど、もうなんでしょう。娘にどう接したらいいのか、どうしてあげればいいのかというのがわかんなくなるような感じで、知らないふりをするのが一番つらかったんですね。そのときはもう本当に、『爽彩に元気になってほしい。生きててほしい』と思っていました」
時に涙を流しながら話してくださった、廣瀬さん。当時は、爽彩さんが頻繁にフラッシュバックを起こして苦しむ一方で、加害者とされる子どもたちが夏休みを楽しむ様子をSNSで見かけ、なぜ…という思いばかりが募ったといいます。
爽彩さんは8月に退院した後も、2階から飛び降りようとしたり、フラッシュバックを起こして「死にたい」「許してください」と叫んだりするなど、目が離せない状態が続きました。廣瀬さんは仕事を在宅勤務に切り替え、爽彩さんのそばに居続けました。
それでも「いじめ」と認められない… 教育現場への不信感
スマートフォンに残されていた性的いじめと思われるやりとりをもとに、学校へ訴えても「いじめ」と認めてもらえない中、廣瀬さんは、旭川市の教育委員会と北海道の教育委員会にも相談しました。
しかし、いじめの認定については、後ろ向きな対応が続きました。その一旦が、入手した公文書から見えてきました。
市の教育委員会が、道の教育委員会に、爽彩さんの件について報告した際の記録です。

学校からの報告を受けている市の教育委員会は、「いじめとの判断には至っていない」とし、その理由として「被害生徒のいじめ被害の訴えがないこと」などを挙げています。しかし、公文書の中では、爽彩さんが川で自殺未遂をした際に、学校の教員に死にたいと電話で繰り返し発言していることも記載されています。
いじめと判断しない市の教育委員会に対して、道の教育委員会が指導を行っていたこともわかりました。

「学校はいじめとして認知し、方針を保護者と共有した対応が必要」、「生徒がいじめではないと話していても、客観的に見ていじめが疑われる状況である」として、いじめとしての対応を行うようにと、口頭で指導を行ったのです。
それでも、学校や市の教育委員会が、いじめと認めることはありませんでした。NHKの取材に対し、市の教育委員会は、既に「謝罪が行われ」「一定程度の区切りがついていたものと認識していた」と回答しました。
性的いじめの記憶に苦しみ続ける娘を見守り続けていた廣瀬さんは、学校や市の教育委員会が一向に「いじめ」と認めず、対応してくれないことから、北海道の子ども相談支援センターに相談します。
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廣瀬さん
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「娘が4月からいじめを受け、暴力やお金の要求があったこと、何よりダメージが大きかったのは性的ないじめで、身体を触られる、全裸や局部を撮影される、自慰行為を強要された写真や動画がSNSにアップされ拡散されていると伝えました。学校にいじめと認めて対応してもらうため、できることは全部したかったんです」
これを受け、相談支援センターから情報を聞いた道の教育委員会は、市の教育委員会に対して、事実確認を行いました。すると市の教育委員会は、「暴力・お金の要求についての事実はない」「本人・母親からいじめの訴えはない」と報告しました。

こうした問い合わせがあってもなお、市の教育委員会は、一貫して「いじめ」とは認めなったのです。
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廣瀬さん
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「『じゃあ何をされたらいじめなんですか?』と思っています。いじめがエスカレートして犯罪に発展したということではないんですかって、ずっと思っています」
「どうすれば娘を助けてあげられたのか、今も分からない」
退院後、転校したものの、不登校の状況が続いていた爽彩さん。このころから、自分がされていたことは性的いじめだと認識し、ネットで知り合った友人にその事実を告白していました。そこには、自分を責める言葉も多くありました。

「前の学校でいじめられてて、自殺未遂して。学校怖くて…。
でも学校変えてるから行けないのは私が悪いの。気にしないで!私が悪いだけだから」
「性的なことも強制されてたからなぁ。気持ち悪いなぁ私」
そして、去年2月13日。ネット上で知り合った友人に、自殺をほのめかすメッセージを送りました。

「ねえ きめた 今日死のうと思う 今まで怖くてさ 何も出来なかった ごめんね」
廣瀬さんはこの日の夕方5時ころ、爽彩さんに「すぐ戻るね」と声をかけ、1時間ほど家を空けました。この間に、爽彩さんは部屋に上着を残したまま行方不明となりました。その日の旭川市の気温は、氷点下17度。警察犬も導入され、総動員での捜索が行われますが、その日のうちに発見に至ることはできませんでした。
その後も廣瀬さんは、「誰かの家にいてくれないか、とにかく生きていてほしい」と、捜索を続けます。しかし、その願いが叶うことはありませんでした。

行方不明となってから1か月後の3月下旬。自宅から約2キロ離れた公園で、爽彩さんは、雪の下から凍死体となって発見されました。

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廣瀬さん
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「どうして、もっと早く爽彩を見つけてあげられなかったのか、今も悔いています。いじめの疑いを持った時点で、転校などを考えればよかったのかなとは思いますよね。でもそれで解決できたのかというと、過去に戻れたとしても結局は一緒なのかなって。どうすれば爽彩を助けてあげられたか、今も分からないです」
旭川市では、爽彩さんの死の背景に、いじめがなかったかについて第三者委員会調査を進めていますが、いまだ報告のめどはたっていません。先月9日、遺族側は旭川市長や教育長に対して、ことし2月までに報告してほしいと要請しました。一刻も早い真相解明が求められています。
取材を通して
廣瀬さんが語った「どうすれば助けてあげられたか、今も分からない」という言葉が、忘れられません。
でも、廣瀬さんは学校、教育委員会、警察、行政の窓口に何度も何度も相談していたのです。「助けてほしい」と声を上げ続けた親子に救いの手を差し伸べなかったのは、悲惨な性的いじめを認定せず対応しなかった教育現場ではないのでしょうか。
教育現場で積極的に「いじめ」を認定し、対応していくべきとする法律が、2013年に施行された「いじめ防止対策推進法」です。この法律制定のきっかけとなった、大津市で起きたいじめ自殺事件。この事件を担当した石田達也弁護士は、制度が整っても、それを現場で実行しなければ意味がないと話します。
特に性的いじめは、「言いづらさだけでなく、本人がそれを被害と認識できず、自分が悪いと思ってしまうことが多く、さらに難しいからこそ徹底して子どもに寄り添い、信頼関係を築いていくことが大切」。そしていじめの難しさは、加害者がそれをいじめと認識していないこともあるため、加害者側への教育も大切だといいます。
今回の取材を通して、子どもの教育に携わる大人たちが、望まない性的な行為の強要は“すべて性暴力”であり、れっきとした人権侵害であるということの深刻さを認識できない以上、こうしたいじめもなくならないという問題の根深さを感じました。まずは、私たち大人が正しい認識を共有していかなければならないと思います。
子どもたちの間で起きている“性的いじめ”、学校現場の対応について、どのように感じましたか。あなたの思いやご意見を聞かせてください。この記事に「コメントする」か、ご意見募集ページよりお待ちしております。
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