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私を救ってくれた“居場所” 今度は私が子どもたちに

東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県大槌町。

子どもたちが安心して過ごせる居場所や学びが失われるなか、認定NPO法人「カタリバ」が運営する放課後学校に通い、未来へと羽ばたいた女性がいます。髙木桜子さん(25)です。

さまざまな大人たちとの出会いを通して、自分の道を見つけた髙木さん。今ではかつて自分が通った放課後学校に就職し、子どもたちの未来を支えています。

(仙台放送局 ディレクター 野口 紗代)

髙木 桜子さん(たかぎ・さくらこ)
1997年岩手県大槌町生まれ。中学1年生で被災。認定NPO法人「カタリバ」が運営する「コラボ・スクール大槌臨学舎」に中学2年生から高校卒業まで通う。東京の大学を卒業後、コラボ・スクールにUターン就職。現在はスタッフとして中高生に勉強を教えたり、進路の相談を受けたりしている。

中1で被災 仮設住宅では勉強に身が入らず

髙木さんが震災を経験したのは中学1年生のとき。翌日に中学校の卒業式を控え、その日はいつもよりも早く帰宅しました。

友人の家に行きテレビゲームをしていたところ、突然の大きな揺れ。食器棚がガタガタと大きな音を立てて揺れました。

髙木さん

「その日の2日前にも大きな地震があったので、最初は『ああ、またか』という感じでした。でも、少しして大津波警報の放送が聞こえてきて、これは!と思って友人と避難しました」

そのときは慌てていて、気がついたら右手にはゲームのコントローラー、左手にはお菓子という何の役にも立たないものを持っていたといいます。

高台の公民館へと到着すると、沿岸部にあった自宅は津波で流されていました。公民館にいた別の同級生が「ここにも津波が来るかもしれない!」と大声で叫び、みんなでさらに高台へと向かいましたが、そこは町から出た火が山に燃え移って火事に。とても避難できる状態ではなく、公民館に引き返して不安な時間を過ごしました。

髙木さんの自宅があった沿岸部 今は災害危険区域になっている

自宅は流されたものの、幸い家族は全員無事でした。7月末までは避難所で暮らし、8月には仮設住宅へと移り住みました。

5人兄弟の真ん中にあたる髙木さん。仮設住宅には、進学して故郷を離れた長兄を除く、兄、妹、弟と両親のあわせて6人で暮らしました。自分の部屋はなく、ほかの家族の話し声や生活音が聞こえてしまい、勉強に集中できる環境ではありませんでした。

仮設住宅にて 妹と弟とともに(右:桜子さん)

そんななか、2012年の4月に学校で1枚のチラシをもらいました。全国で子どもたちの教育支援を行う認定NPO法人「カタリバ」が、震災後に大槌町で始めた子どもたちの放課後学校「コラボ・スクール大槌臨学舎」の案内です。学習支援や居場所づくりが行われていました。無料で勉強をみてもらえるということで、母に勧められて行ってみることにしました。

コラボ・スクールで出会った“ナナメの関係”

コラボ・スクールに行って驚いたのは、スタッフと生徒の距離感です。

「コラボではスタッフが勉強を教えてくれるのですが、学校の先生とは違ってとても距離が近かったんです。タメ口で話すし、なんというかいい意味で“なれなれしい”(笑)」

コラボ・スクールのスタッフは全国から集まった職員やボランティアの人たちです。なかには、高校には通わずに高卒認定試験を受けて海外の大学に進学した人や転職した人など、さまざまな経歴の人たちがいました。スタッフは自分の経験をオープンに話してくれ、髙木さんの話も熱心に聞いてくれたといいます。

髙木さん

「勉強のためというよりも、スタッフと話すのが楽しくて通うようになりました。いろんなスタッフと出会い、こういう大人もいるんだなと視野が大きく広がりました」

コラボ・スクールを運営する認定NPO法人「カタリバ」では、こうした生徒とスタッフの関係を「ナナメの関係」と呼んでいます。親や教員といった“タテ”の関係でも、同世代の友人という“ヨコ”の関係でもない存在のことです。

思春期は“タテ”の関係には心を閉ざしやすく、“ヨコ”の関係には同調圧力で悩みやすいという世代特性があるとして、それらとは違った角度から本音で対話できる、利害関係のない「一歩先をゆく先輩」としてスタッフが位置づけられています。

髙木さんにとっては、こうしたスタッフが地元の人ではないからこそ話しやすかったこともあります。例えば、震災のことを地元の友だちと話すときは、お互いの被害の大きさを無意識に比べてしまい、自分の思いを素直に話すことはできなかったといいます。

髙木さん

「家族を失った人も多くいるなかで、家が流されただけの私はまだマシだという思いがありました。なので、私が震災のことを話すのは少し遠慮する気持ちがありました。あるとき、コラボのスタッフに『うちは家が流されただけなので、たいしたことないです』と話したところ、『だけじゃないよ!それは十分大変なことだよ』と言われて、とても衝撃を受けました。そんなことを言われたのは初めてだったからです。この人は私のことを誰かと比べず、ありのまま受け止めてくれるんだなと思いました」

「レッテルから抜け出すきっかけに」 英会話への挑戦

コラボ・スクールに通ううち新たな挑戦もできました。英会話のプログラムです。

コラボ・スクールではフィリピンのスタッフとオンラインをつなぎ、英会話を学ぶことができます。最初に「やってみないか」とスタッフから声をかけられたとき、髙木さんはある心配が頭をよぎりました。

髙木さん

「新しいことを始めたとき、よく周囲からは『調子に乗っている』『目立ちたがり』と言われていました。それが嫌であまり目立たないようにしていたんです。もし英会話を始めたら人前に立つことも増えて、余計バッシングされるのではないかと心配だったんです」

周囲に貼り付けられたレッテルに縛られ、抜け出せなくなっていたという髙木さん。しかし、コラボのスタッフから何度も誘われ、背中を押されるなかで次第に乗り気になっていきました。

髙木さん

「日頃は親や学校の先生、友達によく思われなかったり、私自身の勇気が出なかったりして、新しいことに挑戦できないということはよくありました。でもコラボの先生はいつも『いいじゃん!やってみようよ』と私を肯定してくれました。“タテ”も“ヨコ”もわかってくれないなかで、それはすごく大きなことだったと思います」

その後、英会話に挑戦し、大槌町にやってくる人たちに英語で町案内をするようになりました。周りからどう思われているか気になることもありましたが、続けるごとに気にならなくなったり、応援してくれる人が増えたような気がしました。自分を信じて認めてくれるコラボのスタッフの存在も大きく、自信につながっていきました。

“安易”な進路選択ではなく、自分で決めた道へ

コラボでの出会いは、髙木さんの進路にも大きな影響を与えました。

髙木さんの周りでは、高校を卒業したら地元で就職するか、専門学校に進学するのが一般的でした。自分のしたいことをしっかり考えるのではなく、周りにその進路を選択する人が多いという理由で、髙木さん自身も「岩手の大学にでも行って適当に大槌に戻ってくればいいか」となんとなく進路を考えていたといいます。

あるとき、そうした考えをスタッフに話したところ、「安易だなー」と言われました。
日頃から丁寧に話を聞いてくれるスタッフだったため、受け入れてもらえると思っていた髙木さんにとって、それは意外な反応でした。

髙木さん

「最初は腹が立ちました。でも、家に帰って『なんであんな事を言ったのだろう』と考えて、みんなに流されて大事な進路のことをなんとなく決めようとしたことを注意してくれたんだと思ったんです。すごく愛のあることだったと思います。自宅のインターネットで大学のことを調べ、本当に自分がやりたいことは何だろうと考えるようになりました」

英語の町案内や吹奏楽部の演奏会、語り部などを通して、大槌町のことを外部に発信することが多かった髙木さん。自分のやりたいことは地域活性化であり、これからも大槌に関わり続けたいと思うようになりました。

しかし兄弟が多く、震災で自宅とともに両親が営む電気店も全壊していたため、家計に負担はかけられないという気持ちもありました。就職すべきか迷うなか、「安い大学」をインターネットで検索すると、働きながら学べる大学が東京にあることを知りました。

ここに受からなかったら大学進学はあきらめよう。そんな気持ちで挑みましたが、見事合格。東洋大学の国際地域学部イブニングコースに進学し、日中は大学のスタッフとして入試の広報の仕事をし、夜間に授業を受けました。

「仕事」と「勉強」。さらにサークル活動も熱心に取り組み、午前9時から午後11時まで大学で過ごしたといいます。髙木さんにとって、大学に進学できたことはとても貴重だったからこそ、いい時間を過ごしたいと興味のあることには積極的に挑戦しました。コラボでの英会話の経験もいかしてイギリスにも留学し、現地で英語の文化や表現を学びました。

髙木さん

「あのとき『安易だな』と言われていなければ、東京の大学に進学することもイギリスに留学することもありませんでした。コラボの出会いを通して自分の選択肢が増えて、すごく感謝しています」

今度は自分が子どもたちの選択肢を増やしたい

大学を卒業後は大槌町に関わる仕事がしたいと考えるようになりました。
「コラボでさまざまなスタッフと出会い、視野を広げてもらったことを終わりにしたくない」と、コラボ・スクールに新卒で入社しました。

コラボ・スクールでは生徒が自律学習に励む

現在、コラボ・スクールは大槌高等学校の教室で運営されています。大槌町全体の15%にあたる40人の中学生が通っています。

髙木さんは生徒たちの自律学習をサポートしたり、進路や生活に関する相談相手になったりしています。また、自身のイギリス留学の経験を話したり、英会話プログラムにも積極的に誘ったりして、生徒が伸び伸びとチャレンジできるきっかけづくりもしています。

髙木さん

「英会話をやってみたいけど自信がないという生徒は多いです。そういうときは『英会話の勉強って誰のためにあると思う?英語に自信がない人のためにあるんだよ』って言うんです。『私もそうだったけど、やってみたら意外とできたよ』という話をして背中を押すようにしています。生徒が『それなら1回やってみようかな』と1歩踏み出してくれることも増えていて、コラボに就職してよかったなと思っています」

こうした髙木さんの関わりは、コラボに通う生徒たちからも好評です。

コラボに通っていた女子生徒

この春、高校を卒業したばかりの女子生徒は「髙木さんは本当に“お姉ちゃん”って感じです。すごくオープンで、イギリス留学の話から恋愛の話まで何でも話してくれる。そうすると『私にここまで話してくれるんだ』っていう気持ちになる。こんなに心を許してもらえているなら、私もオープンに話したいって思います」と笑顔で話してくれました。

コラボに通う高校1年の男子生徒

また高校1年の男子生徒は「僕は髙木さんの弟と年齢が近いので、僕にとっても姉のようです。コラボに来てすぐに『英会話やってみない?』とテンション高めに声をかけられて、本当はあまり興味はなかったけど、やってみることにしました。髙木さんに言われなければやらなかったので、声をかけてもらえてよかったです」と話していました。

さらに、髙木さんは生徒たちがなりたい自分をイメージできるようにと新たな企画も始めています。生徒たちがさまざまな経験を持った人たちと出会うプログラムです。なかでは、スタッフやその知り合いが自分の経験や好きなものについて発表します。これまで、音楽や動画編集をはじめ、手話や会社の人事に関することまで幅広いテーマで発表が行われました。

この日は校内放送にチャレンジした高校生が中学生にむけて発表
髙木さん

「なりたい自分がイメージできれば、その目標に向かって勉強や学びも頑張れると思うんです。私が中高生のときにコラボで大人たちとの対話を通して自分を見つけられたので、生徒たちにもそうなってもらえたらうれしいです」

子どもたちに安心感を与え、成長を促すコラボ・スクール。震災で子どもたちの居場所が失われるなかで、髙木さんの大きな支えになりました。今では髙木さんが「ナナメの関係」を担い、子どもたちの選択肢を増やしています。

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