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「(支援は)必要ない」32% 江戸川区ひきこもり大規模調査の波紋

ひきこもりの実態を把握する調査結果を解説した前回記事、「東京・江戸川区 ひきこもり 顔の見える大規模調査」。支援は「何も必要ない」と答えた当事者が3割という回答について、さまざまな意見が寄せられ、当事者と支援者の間に横たわるギャップが見えてきました。調査の背景を取材しました。

「助けを求めることができない」

記事の掲載後、私たちの元には、ひきこもりの当事者の方たちから、自治体の支援に対する不信の声が多く寄せられました。「助けを求めることができない」心境が綴られ、中には「ひきこもったまま命を終えたい」という投稿もありました。

「頼っていいよ」という言葉はありがたいですが、どう頼っていいかわからないのです。そもそも言語化して表現することが難しい。なんとか表現してみても、上手く伝わらなかったり、正しく理解されなかったり、尊重されず受け流されたり、パワーバランスの差によって説き伏せられたり…。こういう些細なつまずきの積み重ねが社会との距離を広げていったような気がしています。決して社会との繋がりを拒絶しているわけではなく、むしろ関わって人間らしく生きたいのに…。
(cocoaさん 40代 女性)
現在のひきこもりに対する支援は「ひきこもっている状態は良くないから、外に出る手伝いをしてあげましょう」という上から目線のものです。支援者は「ひきこもっている状態を変えよう」とし、世間は「ひきこもっている状態はよくない」という目で見る。だから当事者は、自分の存在は社会から許されていないと強烈に感じ、恥ずかしく、惨めで、ひきこもり続けるより他にないのです。これで支援の手を取るわけがありません。
(るーぷ さん)
当事者には「働いて自活したところで人生には何の意味もない」という深い絶望があるのです。「何も求めない」というのは「あなたたちには言っても通じないから言わない」という意味でしょう。
(20年モノ 40代男性)
社会と関わりたくないからひきこもったのに、それをまた引っぱり出して社会と関わらせることがなぜ支援なんだろう。支援っていい言葉ですよね。それをこういう所に使うことに怖いとさえ思いました。
(めるさん 40代 女性)
私の人と関わるためにあった心の大切な部分は死んで、そのあとはどんなに頑張っても空回りしかなくてもう疲れました。植物が枯れるように穏やかに自然に終わりに向かいたいです。
(のんさん 女性)

「助けを必要としていない」とする当事者の声、それでもなんらか支援をしたいと考える行政。

実は、江戸川区が調査に踏み切った背景には、こうした人たちとの関わり方のジレンマがありました。

後回しにされていた“ひきこもり”

「こんなに少ないはずないだろう…」

東京・江戸川区が3年前に実施したひきこもりの調査。

「681名」と書かれていた、区内のひきこもりの人の数に、斉藤猛区長は大きな違和感を覚えました。

内閣府が行った推計調査では、ひきこもりの出現率は人口のおよそ1.5%。

単純に計算すると、江戸川区ではおよそ1万人のひきこもりの当事者が存在するはずでした。

この時の調査は、民生委員や地域包括支援センター、福祉事務所などが存在を把握していた数を足し上げたものでした。

区長の一言で、おととし、ひきこもりの専門部署「ひきこもり施策係」が新設されました。

特命係長に任命されたのは森澤昌代さん。

これまで、新人時代に生活保護のケースワーカーを担当した経験があったものの、戸籍や住民基本台帳の窓口業務などを長年担当していて、“ひきこもり”はまったく門外漢でした。

ひきこもり施策係 係長 森澤昌代さん
森澤昌代 係長

「“ひきこもりってなんだろう?”全くの無理解で、一から勉強し直しでした」

まずは当事者のことを知ろうと、福祉の支援を受けるひきこもりの人たちに積極的に会いに行きました。

そこで痛感したのは、『ひきこもりの人たちへの対応が後回しにされてきた』ということでした。

森澤昌代 係長

「ひきこもりの人は自分から声を上げないし、家の中にいて特に問題を起こすわけでもない。一方で、福祉職員は緊急対応を要する人に追われていて、手が回っていなかった。自分から要望を伝えてこないひきこもりの方はどうしても対応が後ろ回しになっていました。ひきこもりの人の“実態”なんて、全くつかみようのない状態でした」

従来の“支援”が響かない

ひきこもり施策係は、森澤さんを含めて3人。当事者・家族などの相談を受け付ける体勢を作り、初年度につながったケースは86ケース、対応はのべ700に上りました。

しかし、一人一人に声を聞く中で、自分たちがやってきたことへの「違和感」が強くなっていったといいます。

弟と共に兄弟でひきこもっていた50代の男性。

区役所で、施策係が支援の内容を説明しましたが反応が返ってきませんでした。
困ったことがあるかを聞いても「特にない」と回答。

「何かを変えたい」という気持ちを、見つけることができませんでした。

自ら何かを求めてこない人たちに対して、これまでの支援メニューを当てはめる関わり方では、まったく響かないのではないか。

森澤昌代 係長

「前のめりすぎると思ったんです。支援者だけが盛り上がってしまって、相手がのってこない。私たちがこうした方がいいんじゃないかとか思って準備しても、全く求められているという実感がありませんでした。どうしたらいいんだろう、と戸惑いました」

“話を聞いてほしかった”男性との対話

しかし、この違和感が、その後の展開へとつながっていきます。

当事者とのかみ合わなさにとまどいながら、聞き取りを進めていった江戸川区のひきこもり施策担当の3人。

ある日、一人の40代のひきこもりの男性と出会います。

過去に一度、家を訪問し、「困ったことがあったら連絡してほしい」と名刺を置いてきた相手でした。

自ら区役所へやってきました。

じっくりと話を聞いていくと、男性は突然泣き出しました。

森澤昌代 係長

「家族も敵だし、誰も話をきいてくれない。話を聞いてほしかった、と。家の中にいて自分を守っていたけど、自分の言っていることを否定しない、同じ立ち位置で誰かに話を聞いてほしかったんだなと思いました」

「ただ話を聞いてほしかった」と涙を流す男性との出会いは、大きな驚きでした。

男性の不安に耳を傾けて一緒に解決していく中で、少しずつ信頼関係が生まれていきました。

男性はその後、地域の支援施設につながり、今は助けを得ながら一人暮らしをする準備を進めているといいます。

SOSを出してくれた家族や当事者との対話を通じて、誰にも打ち明ける場所がない苦しみや、それを聞くことで生まれる力を実感したといいます。

森澤昌代 係長

「話すだけで“言えてよかった”と、帰るときの顔が全然違うんです。“私たちは何も解決していないけどいいのかな”って思うこともあるんですけど。話を聞くことでこんなに空気感を変えられるって、魔法じゃないですけど、そういう力を実感しました」

助けを求めてくれる人が少しずつ増えていく一方で、区内のどこかにいて、自ら声を上げないままどこかにいる“ひきこもり”の人たちにアプローチするにはどうしたらいいのか。

自治体が行うアプローチの一つに、「アウトリーチ」と呼ばれる訪問支援があります。

しかし、このアウトリーチは、家族からの要請や、第三者からの情報提供があってから、開始の是非が検討されます。

70万の区民の中の「顔の見えない」相手に対してアウトリーチを進めていくべきなのか。

本人たちは、何を望んでいるのか。

森澤さんは頭を悩ませていました。

そんな中でふってきたのが、区長からの“鶴の一声”でした。

森澤昌代 係長

「わからないのであれば、全員に聞けばいいじゃないか。江戸川区全体のひきこもりの人やニーズを把握していないのに、“支援”とか、頭でっかちになっているんじゃないよ、と」

こうして、前代未聞の人口70万都市における、ひきこもりの実数調査が始まりました。

“何も必要としていない、このままでいい” 32%の重み

調査結果の中で、森澤さんが気になっているのが、「助けを必要としていない、このままでいい」とした人が、ひきこもりの当事者のうち32%いたことです。

“助けを必要としていない”人に対して、アプローチするべきなのか。

どのような形なら受け入れてもらえるのか。

今、手探りの中考え続けているといいます。

森澤昌代 係長

「自分から欲しがらない、要求がない人に対して、“今の生活状態よりはあげていこう”というべきなのかどうかというのは悩んでいます。今お金に困っているとかでしたら別ですが、求めていないものに対してうちが積極的にわざわざその人にこういうのいいんじゃないのっていうのはどうなのかな、とか」

少なくとも区の取り組みを知ってもらい、いつでも力になる準備ができていることを伝えたい。

そして必要になったときに求めてもらうよう、細く長く「つながり続ける」ことが大事なのではないか、と考えています。

それは、冒頭に記した“何も求めてこなかった”という50代の兄弟との関わりの経験にありました。

相談員が定期的に訪問を続けていたある日、「何か変わったことはありませんか」と尋ねると、兄はいつものように「何もない」と回答。

しかしそれまで全く言葉を発さなかった弟が、「兄は目が悪くなっている」と教えてくれたといいます。

森澤昌代 係長

「つながり続けなければ気づくことのできないSOSとか、本人が人生を変えたいって思うタイミングがあるかもしれないと思うんです。それを逃してしまったら二度とそのタイミングは訪れないかもしれない。今は対面だけじゃなくいろいろつながる方法はあるし、やり方はそれぞれの方の好みもあると思います。一人一人に合ったやり方を一緒に考えていきたいと思います」

江戸川区では選択肢として、オンラインの対話の場としての“居場所”や家族会、短時間でも就労できる仕組みなどを用意。地域の中での居場所作りにも動き出しています。

「何も必要ない」と回答した人に対しても、こうした取り組みを記載した江戸川区の支援パンフレットを郵送。何かに困ったときや、誰かとつながりたいと思った際には、参考にして欲しいとしています。

「#となりのこもりびと」では、行政の支援に関するコメントをお待ちしています。
過去に相談をした体験談、「何も求めたくない」と感じる理由、「こうあってほしい」と思う支援の形など、こちらの記事へのコメントとしてお寄せください。 
「こんな取り組みがある」という情報提供もお待ちしています。
私たちに経験談を話してもいいと思われる方、連絡先も記入していただけると嬉しいです。

※6月17日に内容を一部更新しました。

この記事のコメント投稿フォームからみなさんの声をお待ちしています。

担当 「#となりのこもりびと」取材班の
これも読んでほしい!

この記事の執筆者

首都圏局 ディレクター
森田 智子

「#となりのこもりびと」担当。

みんなのコメント(11件)

感想
ごん。
50代 女性
2024年1月6日
ひきこもりに限らない問題かと思いますが。
けっこう知られてきた言葉ではないでしょうか?アウトリーチ。対象者を支援につなげるのはもちろん、必要と思います。でもこの線引きがしばしば、冷酷にさえ感じられる者もいます。精神科に通院中イコール相談相手あり、など。十把一絡げのお役所仕事的な対応で追い詰められる。そういう人が、相談はむしろ「怖い」くらいの感覚で、支援は必要ないと答えているケースもありそうと、これは私の経験で感じました。
感想
抹茶
40代 男性
2023年2月1日
定年後に外出しない人もひきこもりと呼んでいいのでは
経済的な不安はないので上記のような感じで支援は特に必要としない
提言
J & M
40代 男性
2022年10月28日
2001年からひきこもりを続ける者です。江戸川区の取り組みは社会の側から関係性を紡いでいこうという点で素晴らしいと思います。
ひきこもりは大抵の場合、人間関係のあつれきから社会との関係を断たねばならない状態が続きます。しかし社会と交流をもたなくなると意志や力が出なくなってしまう。これは、人間は社会的な動物であるという言葉の通り、人は人の中にあってこそ人として育つことの裏返しの面だと思います。社会的な関係性がベースになってはじめて意志を持って行動できる、行政に助けを求めることができるのです。
だから社会(行政)の側から関係を紡ぐ試みをされるということは、決してお節介ではないし、むしろそちらの方が基本だと思います。子ども時代を振り返ると、社会的な関係性(例えば学校や地域の祭り等)を土台にして私たちは社会に出て行ったではありませんか。それは「支援」とは無関係にはじめからあったではありませんか。
提言
こもりにん
40代 女性
2022年10月23日
私は、ずっとこうした意見を求めてくれる場があれば、と思ってきました。

私は、当事者でもある経験から、支援はいらない、という気持ちの意味が正確に分かります。

要するに、「支援」の意図、目的、目標が、全く行政側から、一言も明確に示されていないことが、まず問題なのだと思います。

森澤係長の、「今よりはあげていこう」という言葉が、実は最も重要だと思います。ただ、あげる、とは何であるか。当事者の人の為なのか、誰か他の人の為ではないのか、という明示も、鍵となると思います。

「社会や家族の為では決してなく、『あなた自身』が今より幸せに、楽に感じる為のお手伝いをしたいです。やめて欲しい時は、いつでもそう言って下さい』これに尽きると私は思います。

このように書けば、かなり状況は変わってくるはずです。
感想
洋梨
50代 女性
2022年10月4日
ひきこもり、という呼び方が非常に差別的です。生活保護予備軍が増える事は好ましくないので、働け!みたいな上から目線を感じます。富裕層にも病気等で働かない人はいるはずです…労働環境の改善を考える方が解決につながるのではないですか。
感想
絵ー
40代
2022年8月9日
私は絵が大好きです。
でもジョブはちがいます。
社会に絵を描くと報酬がもらえる会社が足りないと感じます、ずーっと。

社会はなんの反応もないので、紙にえんぴつやペンで絵を描くということを、暗に否定されている気になってしまいます、ずーっと。だから気が重いのだと思います。なんら絵は後まわし。パソコン・ビル・高い食べ物・高い物。付加価値は絵はすごく高いと思います。何が言いたいかというと、心情を知ってほしいです。ツライ。絵が否定されると。デジタル・CG・グラフィック。なんか違う。
気が重い理由です。こもった心情です。よりそう支援って、まだ難しいけど細かい心理の機微なんだと思います。心の修理屋さん。あったらいいなと考えます。
体験談
MIKAN
50代
2022年7月27日
私は群馬県民です。家族にひきこもりがいます。やっとメール相談というものが始まったので、メール相談を何度もしました。自分自身が視覚障害があり、車に乗れない旨伝えても訪問の依頼はメールで断られましたその理由が訪問は町村部のみになっております。との返事でした。すぐ隣は町で特にここが交通の便が良いわけではないのです。自分自身も気づいたらひきこもりでした。私は就労支援してもらいたいです
悩み
阿佐ヶ谷姉妹
70歳以上 女性
2022年6月29日
日本の家族は世間の目を気にして、本音で悩みがあってもなかなか相談することや助けを求めない。本人も家族も抱えて生きることを余儀なくされていく、生きにくい社会があると思います。根が深い問題だと思います。もう少し弱さや苦しみを受けいれてくれる社会にならないと、本人も家族も苦しみは軽減されないと思います。

優しい人たちが次に生きる子どもや家族の幸せな社会をどう作れるのか、考えて行ってほしいです。病気や障害は恥ずべきことでは決してないはず。誰もがいつなるか、誰でも自分や家族におきることだから、もっと勇気を持って生きられる社会にと、願います。
感想
2022年6月25日
私はもう誰とも繋がりたいと思いません。世間や行政は誰かと繋がることを求めるけど、人を信じて裏切られた経験もあるし、「支援してあげてる」って上から目線に腹が立ちます。こちらの苦しさや葛藤とか分からないくせに分かったようなこと言わないでほしい。こちらにばかり色々求めてこないでほしいです。家で問題があったとしても、親は世間の目を恐れて言わないと思うし、調べた人数以上のひきこもりの方が実際にはいるし、これからも増えていくと思います。
体験談
著名
40代 女性
2022年6月20日
ひきこもり歴11年で、行政とつながりました。最初はドアを挟んで、話しをしました。根気よく話を聞いてくれました。5か月たち、市役所で会えるようになりました。そして、精神面での専門機関へつなげてもらいました。現在は精神障害者福祉手帳をもち、行政ともつながってます。

子どものころからのいじめ、社会人になってからのパワハラ、セクハラ、親との確執、ひとり辛い毎日を過ごしていた時よりは、今は少し幸せです。
感想
砂漠
30代 男性
2022年6月19日
私は現在精神科に通院しており、福祉制度も利用しています。行政上は社会とつながっていますが、実感としては、制度のおかげで社会とつながってるなという思いは薄いです。

「ひきこもるんじゃなくて誰かとつながった方がいいよ」という風潮を感じて、一応行政とつながりました。が、とにかくつながらなきゃだめだという義務感ばかりで、結果つながったはずなのになんとも言えない虚しさを感じています。私は幼い頃から他者への共感力に乏しく、自己愛だけが強い人間でした。だからなのか誰かとつながろうとしても、形式上誰かとつながっても、心からつながったなという実感が持てません。行政の支援が必要ないと答える人の中には、私のように自分のことしか考えられず、他者とつながるという行為の意味や価値が本当によく分からないという人が一定数いるのかもしれません。