
リスキリングとは リカレント教育との違いとメリット
「リスキリング」という言葉を聞いたことがありますか。
日本経済の停滞を打ち破る切り札として注目を集めている「リスキリング」ですが、一体どういう意味で、何のために誰が何をして、どういう効果を生むものなのか。そんな「リスキリング」のそもそもについて、海外で自らリスキリングを実践し、日本でのリスキリング導入支援にも取り組み、「リスキリング」に関する本も出版された、後藤宗明(ごとう・むねあき)さんにお聞きしました。
(クローズアップ現代取材班)

銀行員を経て、ニューヨークで人材育成を行うスタートアップを起業。アメリカの社会起業家を支援するNPOの日本法人設立にも携わる。自身のリスキリング経験を基に、2021年に一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立し、日本でのリスキリング導入支援に取り組む。
いま注目される「リスキリング」 その背景とは
まず、「リスキリング」とはどういう意味なのか。後藤さんによると、リスキリングとは『新しいことを学んで、新しいスキルを身につけ実践して、そして新しい業務や職業に就くこと』だと言います。
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後藤さん
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「リスキリングは、2015~2016年ぐらいから欧米で広まってきました。海外でリスキリングが注目されるようになった背景にあるのが『技術的失業』です。近年、日本でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が注目されていますが、デジタルテクノロジーが浸透することによって、いまの仕事がなくなる可能性が高まっています。
だから、労働者を今後なくなっていく可能性が高いとされる仕事からデジタルやグリーンなどの成長産業に労働移動をさせる。これが、リスキリングの最大の目的です」
スーパーマーケットなどで見かけるようになったセルフレジなど、急速な発展を遂げるデジタル技術によって職が失われる可能性が危惧されています。野村総合研究所の調査によると、今後10~20年間で日本の労働人口の約49%の仕事が人工知能やロボットによって代替、もしくは消失する可能性が高いことも明らかになっています。

一方で、新しく登場したデジタル技術などを扱う産業はこれからの発展が期待され、それを担える人材を必要としています。しかし、デジタルなどの知識や経験がない人が、急にデジタルの仕事に就くのも難しいのが現状です。ここで、いま必要とされているのが「リスキリング」なのです。
「スキルアップ」や「リカレント教育」との違い
「新たなスキルや知識を身につけて成長すること」と聞くと、それは「スキルアップ」と同じなのではと思うかもしれません。また、 “学びなおし”を意味する「リカレント教育」と変わらないのではと思う人もいるかと思います。
後藤さんは、リスキリングはこれらとは違う新しい概念だと話します。
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後藤さん
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「スキルアップというのは和製英語で、英語では“アップスキリング(Upskilling)”と言います。これは、現在の職務をさらにより高度にする。例えば、経理部の方がより高度な経理スキルを身につけることをアップスキリングと言います。
これに対して、リスキリングは教科書を持った人がポーンと違う台に飛び移るイメージです。つまり、新しいことを学んで、これまでとは違う新しい職業につく。これがリスキリングです」

「リカレント教育」との違いについては、後藤さんは取り組む主体が個人なのか企業や行政なのかといった点が大きく違うといいます。
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後藤さん
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「『リカレント教育』の“リカレント(Recurrent)”とは、『反復』というのが直訳です。学校で勉強して、仕事をして、大学院に行って、また仕事をする。この反復のことをリカレントといいます。つまり、個人の関心が原点になります。個人がお金を出して、自分の好きな時間に学ぶので、必ずしも職業に直結しなくてもいいんです。
ただ、リスキリングの場合は、なくなってしまう職業から成長産業に労働移動させる。そこには、その企業の生き残りもかかっているので、実施責任は企業にあります」

労働者を今後なくなっていく可能性のある産業から、成長産業へと労働移動をさせる。個々に関心のある分野のスキルを高めるのではなく、企業が生き残っていくために事業戦略として成長産業のスキルを身につけることが、リスキリングの本来の目的だと強調します。
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後藤さん
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「現在の育休中のリスキリング等の議論については、『組織が新たな事業戦略に必要なスキルを習得する機会を従業員に提供するリスキリング』と、『個人が時間と費用を捻出して行う通常のキャリアアップや生涯学習の一手法であるリカレント教育』の話を一緒にしてしまっていることから誤解が生じてしまっています」
急速に発展するデジタル技術に対応した組織の変革を起こさない限り、今後その企業が残っていくのは難しいと後藤さんは指摘します。そのためには、個人が自身の興味関心でデジタルやグリーン分野など成長産業の技術を学ぶのではなく、企業が責任を持ち業務として従業員のスキルを底上げすることが求められています。
実際にリスキリングに取り組む企業は
日本国内でも、リスキリングに取り組む企業が増えています。
山形市にある税理士法人では、「RPA(Robotic Process Automation)」と呼ばれるパソコン上の作業を自動化する技術を導入、従業員がこれを使えるようリスキリングを行いました。この技術を習得した従業員らの取り組みにより、これまで手で行っていた作業を次々自動化。これにより、会社全体で年間300日分を超える単純作業が削減されました。そして削減された時間を付加価値の高い業務に移行し、経常利益は3割以上アップしたといいます。

さらに、こうした実績をいかし、自動化のノウハウを他の企業に提供する新会社を設立。もともと税理士法人の会計業務を担当していた従業員がリスキリングを経てITエンジニアとして働くようになり、年収アップにもつながっています。

名古屋市の印刷会社では、ペーパーレスなど会社を取り巻く環境が大きく変わる中、就業時間の2割を社内外の勉強会や「eラーニング」などにあてることを認めました。教材の購入やセミナーへの参加費用も会社が負担し、社員のデジタル技術の習得を促しました。
こうしたリスキリングの結果、取引先が出している広告が売り上げにどう影響しているかをAIで分析するマーケティング事業など、デジタル分野へのシフトが進みました。10年前は売り上げのほとんどが印刷事業でしたが、現在はデジタル事業が売り上げの半分ほどを占めるようになったということです。
? リスキリングでデジタル事業にシフトして売上げを伸ばした印刷会社の話 詳しくはこちら
目指すのは「“失業なき”成長産業への労働移動」
急速に進むデジタル化に対応し、企業が生き残っていくために不可欠なリスキリング。昨年10月には、岸田政権が5年間で1兆円のリスキリング支援を行うことを発表しました。政府の方針には、転職のワンストップ支援や労働者へのリスキリング支援があげられていますが、企業や行政による労働者へのリスキリングが、雇用の安定を揺るがすことにはならないのでしょうか。
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後藤さん
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「僕がリスキリングを説明するときに強調して伝えているのが、リスキリングは『“失業なき”成長産業への労働移動』だということです。
企業の中でリスキリングをして、社内のなくなっていく仕事から社内の成長事業へ移ること(「社内労働移動」)。これが、第1ステップです。これが定着すれば、労働者のスキルが上がるので、利益増加さらには賃上げにもつながります」
社内でいま持っているスキルや従来の部署が必要とされなくなった場合にも、リスキリングによって、他の成長事業への異動ができ、雇用の維持へとつながります。また、将来伸びていく分野のスキルを身につけるので、雇用の安定化も図ることができます。
つまり、企業がリスキリングに積極的に取り組むことが、従業員が働き続けたいと思える環境づくりにつながるため、転職などを防ぎ、雇用の安定化へとつながります。
リスキリング成功のポイントは
実際に、リスキリングを成功に導くためにはどうしたらいいのか。そのポイントを後藤さんにお聞きしました。
■ 新たにデジタル分野に取り組む専門チームを作り、実践の場を作る
いきなり全社をあげて「どこをデジタル化するか」「何をリスキリングするか」と検討を始めるとなかなか議論が進まず、失敗しがちだといいます。そこでまずは、「従業員の負担になっている」、「生産性が低い」など具体的に課題となっている業務のデジタル化を進める、または既存業務から発展できそうな新事業が見えている場合はその新事業を始めるためのチームを新たに立ち上げてしまい、“スモールスタート ”でデジタル化・リスキリングに着手してしまうことが大切だといいます。
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後藤さん
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「新たにチームを作って進めていくことの良い点は、既存業務や部署の論理に縛られずに治外法権で進められることです。
また、実践の場がすでにある状態からリスキリングが始まるので、確実なスキル習得につながる。最近、eラーニングなどの座学=リスキリング、と捉えられている風潮がありますが、『eラーニングで学びました』は『やる気があります』という意見表明の第一歩でしかない。基礎を学ぶ意味では大切ですが、実際にスキル習得にまでつなげるには、『実践を通してのリスキリングが9割』といっても過言ではないくらいに、実践の場があることが大事です」
また、こうしたチームの働きかけにより実際に業務のデジタル化が進んでいくと、もともとあった煩雑な業務が効率化されたりと、他の従業員もデジタル化の恩恵を感じられるので、当初はリスキリングに抵抗を感じていた従業員のモチベーションアップにもつながり、波及しやすいというメリットもあるのだといいます。
■ “スキルのギャップ”を明確にする
リスキリングを始めるにあたって、具体的に誰にどのようなスキルを身につけてもらうかを決めることも大切になります。そのため、まずは現在従業員が持っているスキルについて把握することが、リスキリングを円滑するために不可欠なポイントです。
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後藤さん
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「自社の従業員が、現在どんなスキルを持っているのか棚卸しすることが、出発点としてすごく大事なことです。
例えば、営業の社員だと思っていた人が、週末にボランティアでNPOのウェブサイトを作っているかもしれない。つまり、会社側から見たら営業職だと思っていた人が、実はウェブ開発のスキルを持っているわけです。こうしたこともいま持っているスキルとしてしっかり把握しておくことで、リスキリングで習得が必要とされるスキルが定まっていきます」

将来必要なスキルから現在持っているスキルを引いた、いわゆる“スキルのギャップ”を把握することで、リスキリングにおいて何を学ぶべきかが明確になります。
また、将来必要なスキルを決める際には、人事部などひとつの部署任せにするのではなく、各部門でどのようなスキルが必要かを話し合うことも大切だといいます。
■ 受け入れ先の用意と昇給昇格制度の整備
後藤さんが、リスキリングを成功させるために最も欠かせないことしてあげるのが、「受け入れ先を用意しておくこと」と「昇給昇格制度などで評価すること」です。
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後藤さん
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「リスキリングをすると、スキルが高くなります。そうすると、その人に対する市場評価も高くなるわけです。しかし、リスキリングをしたにもかかわらず、そのスキルを使う場がないとなると、使える場所を探して転職してしまう可能性があります。
さらにはそうした人に対して、昇給や昇格で報いることも大切です。少なくとも外で評価される金額と同じ給与を出さないと、外のほうに魅力を感じて転職してしまいます。ちゃんとスキルレベルと給与を結びつけることが必要となってきます」
身につけたスキルに対する評価と給与や待遇を結びつける。このことが、その企業の価値の向上、さらには日本経済の成長にもつながっていくといいます。
■ 就業時間外ではなく就業時間内にできる仕組みづくり
最後に、後藤さんが大前提として必ず押さえてほしいポイントとしてあげるのが、リスキリングの時間を就業時間内に設けることです。
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後藤さん
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「帰宅後や週末を使って好きに学んでくださいといった個人の努力任せのリスキリングではスキルは身につかないですし、そういった形では意欲が高い人ほどデジタル技術を習得して、よりよい待遇を求めて会社を辞めてしまうことも考えられます」
就業時間内にリスキリングの時間を設けるには、業務量を調整するなど企業の工夫が必要不可欠です。リスキリングは、企業が生き残っていくために必要なものです。それを社員一人一人の努力に任せるのではなく、企業の責任として誰もが取り組みやすい環境を作っていくことがリスキリング成功の第一歩となります。

あるべき支援と変化が求められる日本社会
停滞を続ける日本経済。これからも成長を続けるためには、世界で浸透するデジタル化を日本でも進めていくことが不可欠となってきています。企業が主体的にリスキリングを行うためには、そして特に、日本企業の99%以上を占める中小企業でリスキリングを進めるためには、行政による支援が必要だとも後藤さんは指摘します。
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後藤さん
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「中小企業では、最低限の人数の中で業務をまわしているので、常に人手不足の状態です。そうなると、従業員がリスキリングをする時間がありません。
そのため、特に中小企業に対して必要なのは、リスキリング費用の支援だけではなく、社員のだれか一人でもリスキリングに取り組めるように、その人の穴を埋めるための雇用人数を増やすなど人材確保や給与補填などの支援も必要だと考えています」
また、日本の雇用のあり方についても見直す時が来ているのではと語ります。
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後藤さん
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「例えば、営業成績が一番になったのに、成績を出していない先輩のほうが何倍もボーナスをもらっているような状態では、リスキリングをしたとしても評価されないと分かっているので、優秀な方や若い方からどんどん辞めていってしまいます。
キャリアを自分で考えることが求められるようになっていく中で、日本の従来の年功序列といった雇用や給与の仕組みも変化が求められていると思います」
日本が世界に追いつき、成長を続けていくために欠かせないリスキリング。それを本来のカタチで実現させるために、これまでの日本社会のあり方を見つめ直すときも来ているのかもしれません。
クローズアップ現代 2023年2月8日放送
収入アップ?いつ学ぶ? リスキリングは職場に浸透するか ※2月15日まで見逃し配信
今、世界的潮流として注目されるリスキリング。デジタル分野など成長が期待される仕事を担当させるために、企業や行政が働く人に新たなスキルを習得させる取り組みだ。プログラマーやシステムエンジニアに転身し、収入がアップしたり、会社の業績が向上するケースも。国が5年で1兆円の支援策を打ち出す一方、中小企業ではリスキリングのための時間を確保できないという課題も。リスキリングに取り組む人に密着してみると…。