
日本人の若者が海外に出稼ぎへ 増加の裏側にある労働問題
記録的な円安や長年上昇しない賃金の問題を背景に、日本を出て海外で働いてお金を稼ぐ「海外出稼ぎ」をする若者が増えています。
一体、彼らはどういう気持ちで日本を飛び出したのか。実際に彼らの声を聞いてみると、その理由はお金だけではありませんでした。年功序列や、性別による格差、長時間労働など、日本の労働環境そのものに対するあきらめや不満も見えてきました。
(クローズアップ現代「安いニッポンから海外出稼ぎへ」取材チーム)
海外出稼ぎ日本人が増加 その多くは若者たち
記録的な円安を背景に注目される「海外出稼ぎ」。海外へ向かう若者の背中をさらに後押ししているのが日本の賃金の問題です。世界各国が経済成長にともなって賃金が上がっていく中、日本は過去30年間で実質賃金の伸び率が0.1%とほとんど増えていません。OECD加盟国の中でも下から5番目とかなり低い水準です。

こうした中、主に30歳以下を対象としたワーキングホリデー制度を利用して、海外で働いてお金を稼ぐことを選ぶ若者たちが増加しています。特に、渡航人数の制限もなく、ワーキングホリデーの渡航先として人気の高いオーストラリアの最低賃金は21.38オーストラリアドル(以下、豪ドル)、日本円で約2000円とおよそ2倍以上にのぼっています。
海外の高い賃金、記録的な円安による外貨価値の上昇。こうしたことが要因となって、いま日本人の海外出稼ぎが増加しているといいます。
今回、私たちは現在海外で働いている若者たち約50名に取材。さまざまな質問をぶつけました。
実際に海外で働いてみて、収入はどう変化したのか
まず、聞いたのが、日本にいたときと比べたときの収入の変化についてです。
※名前(年齢/渡航先/日本での職業)
※2023年2月1日現在の為替レートで試算
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久野大地(31歳/オーストラリア/元会社員)
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金銭面的には、大げさに言うと10倍ぐらい違うと思います。所得額で見ると2倍の違いですけど、私がサラリーマンだった時は、例えば月収30万円だとして毎月3~5万円を貯金していたものが、オーストラリアでは1か月少なくとも30万円ぐらいは貯金できるので、貯金額で見たら10倍ぐらい違うと思いますね
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恒吉修次(22歳/カナダ/大学生)
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寿司店で働いていますが、時給がだいたい18カナダドル(日本円で約1760円)。それにチップも入るので、一番多い月だと6000カナダドル(約59万円)ぐらい稼ぎました。平均でも大体4000~5000カナダドル(約39~49万円)は稼げるので、日本に帰ってきたときの金銭感覚が心配です
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西村孝志(25歳/オーストラリア/元トラックドライバーなど)
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かなり稼げていますね。2倍近くは稼いでいます。日本にいた頃と比べて、働いている時間が半分ぐらいになっても同じくらいの給料をもらえるので、プライベートな時間も持つことができているのはいいなと思います
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宇野舞(25歳/オーストラリア/元派遣社員)
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2週間分の給料が日本円で17万円ぐらいなので、日本にいたときの月収がオーストラリアでの2週間と同じぐらいです
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森田萌々花(26歳/オーストラリア/元証券会社)
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海外に来たもともとの目的は稼ぐことではなかったんですけど、実際に働くと意外と稼げるじゃんみたいな。いままで日本にいた時は全然貯まらなかったのに、みるみるお金が貯まっていくところがあって、稼ぐことが楽しくなってきているというのはあります
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塩野嘉也(24歳/オーストラリア/元会社員)
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お金を稼ぐという意味では、すごくいいと思います。日本で英語を学ぶとなったら、お金を払って学ぶと思うんですけど、それが実践的に英語を学びながら、働いてちゃんとお金を稼げるのがすごくいいですね。いま働いているところの時給も日本円で2800円になるので、日本と比べたらすごく高いですし、稼ぐのが目的で海外に来るのも全然いいと思います
実際に、ほとんどの人が日本よりも高い収入を得られていると話してくれました。金銭面に余裕が生まれたことで、いろいろな新しいことに挑戦したい気持ちも芽生えるようになったという人も多くいました。
しかし、賃金が高いということは物価も高いのではないでしょうか。生活費にはどのくらいかかっているのかも聞きました。
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緒方友哉(23歳/オーストラリア/元会社員)
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物価が2倍で高いという話はよく聞くんですけど、そこはあんまりネックだと思っていなくて。コストを抑えようと思ったら抑えられるので、海外に来てからのほうがオンライン英会話など自分への投資をしていますが、それでも生活はできていますね。家賃もシェアハウスに住めば、Wi-Fi込みで週に1万4千円で住めますし、お金に関しては海外出稼ぎ時代だなとめちゃくちゃ思いますね
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塩野嘉也(24歳/オーストラリア/元会社員)
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働いている施設に食堂があって、いつでも無料で食べられるので、食費は限りなくゼロに近いですね。家賃も日本円で月4万5千円ぐらいで、それはWi-Fiや水道光熱費込みの値段です。それと携帯を使うためのSIMカードが1か月で12.5オーストラリアドル(約1145円)ぐらい。トータルしても、毎月5万円もかかっていないような生活ですね
日本での働き方や暮らしについて思っていたこと
実際に海外で働いてみたなかで、日本の働き方への違和感や不満を抱えている人も多くいました。母国である日本での働き方については、どう思っていたのかについても聞きました。
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湧口佳奈(29歳/ニュージーランド/元銀行員)
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日本では銀行員として働いていて、年功序列や男女の賃金格差、同じ事をやっているのに給与に格差があったりだとか。そういったところもキャリアアップを考えられなくなった一因かなと思いますね
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水上卓也(30歳/オーストラリア/元会社員)
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日本はいまだに縦社会というか、ピラミッド式な組織だと思うので、自分の意見が会社の方針に反映しづらかったり、自分はこうしたいけど会社の判断だからとかがあって、新しいことに挑戦する事に対して保守的な見方も多いなと正直感じていました
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横山千尋(29歳/オーストラリア/元看護師)
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時給換算じゃなかったので、仕事量に給与が見合ってないなというのはありましたね。あと、サービス残業とかもしたくないのに発生しちゃうこともあって、暗黙の了解でこの部分は残業になるけど、手当はつけられないみたいな。その辺の不満はありましたね
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西村孝志(25歳/オーストラリア/元トラックドライバーなど)
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こんなに働いていても、これぐらいの給料しかもらえないのかって思っていましたね。毎日仕事して、休みの日がたまにあっても疲れて寝ちゃって一日無駄に過ごしたりして、働いている時間と休みの時間がうまく調整できないなとは思っていました
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緒方友哉(23歳/オーストラリア/元会社員)
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日本で働いていた会社で、上司の姿を見て僕はそうはなりたくないなって思いました。年収1000万円という話は聞くんですけど、45歳で平日は朝5時に出勤して、夜帰るのは23時みたいな。お金に対する自分の時間が見合ってないし、家族と過ごす時間がないというのはすごく嫌だなと思って。幸せそうな顔して仕事してないし。そうなる姿が見えているのに、わざわざそこを目指す理由が僕には分からなかったですね。
ある程度の仕事をこなせるようになっても、結局、上に人がいるから、新しいことさせてもらえないのがもどかしくて。こんな若くて何でもできるのに、なんでこんなに上から押しつぶされて何もできない状況をずっと待っとかんとあかんのやというのが嫌でした
実際に海外で働いてみて、収入以外にも感じた魅力
ほとんどの人が日本の賃金だけでなく、働き方にも不満を抱えている中、海外での働き方に金銭面以外の魅力を感じたという声もありました。
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森田萌々花(26歳/オーストラリア/元証券会社)
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お休みを取りたいときも、来週から一週間旅行に行きたいって言ったら、『行ってらっしゃい』みたいな感じで、すごく柔軟に対応してくれて日本とは違うなと感じますね
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田中優辰(22歳/オーストラリア/大学生)
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自分は大学生なので、労働時間としてはもちろん日本にいた時より働いているんですけど、業務内容的には日本より少しゆるめかなというのはあります。“お客様”という感じはないので、こっちとしてもフランクに対応できるし、向こうもフランクに対応してくれて緊張感は下がるので、英語ではありますが、日本よりもストレスは少なめかなと思います
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広沢恵里香(28歳/オーストラリア/元販売員)
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大体仕事を覚えてきたら個人に裁量がゆだねられてくるので、こっちの方がいいと思ったらストレートに言えるんですよね。ちゃんと自分の意見を言えるし、それを受け止める姿勢がある人が多いと思います。討論する機会があるかないかも大きいなって思いましたね
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水上卓也(30歳/オーストラリア/元会社員)
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英語を勉強しながら、かつお金を貯めていけるので、ただお金を稼ぐだけではなくて、英語の上達や自分を成長させられるという2つの側面が海外にはあるのが日本とは違う点だと思います
将来は日本と海外どちらを選ぶのか
最後に、これからも海外で働き続けるのか、日本に帰ってきてもう一度働くのか、今後のプランについて聞いてみました。
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湧口佳奈(29歳/ニュージーランド/元銀行員)
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もともとはワーキングホリデーのビザで半年間だけ語学学校に行こうと思っていました。でも、こっちに来てみたら給料がいいし、働けるビザは持っているので、気持ちが変わってすぐに帰らないことにしました
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恒吉修次(22歳/カナダ/大学生)
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もともと料理の道に進みたいと考えていて、日本で食品メーカーの会社に入るか、自分でお店を開くかで迷っていました。でも、海外に来てからは考え方が変わって、海外で自分のお店を持ちたいという目標に変わりました
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塩野嘉也(24歳/オーストラリア/元会社員)
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日本には、1年に1回帰るぐらいでちょうどいいかなといまのところは思っています。もし日本の経済が回復してきて、時給があがるとか、ちょっと前の日本みたいに、日本に出稼ぎに来る外国人が増えてきたり、そういう波が来たら乗りたいなとは思います
取材を通して見えてきたのは、海外に出た若者たちが現在においても将来においても、日本に対して希望が持てないという本音でした。
これからの日本を背負っていくはずの若者たちが、魅力を感じて海外へと出て行く動きを見せています。いわば若者たちによる静かなストライキが起きているいま、彼らが希望を持てる日本とはどのようなものか。そして、そのような社会にするために、これから私たちはどうしていくべきか。日本社会全体で考えるべきときがきています。
クローズアップ現代 2023年2月1日放送
「安いニッポン 若者が海外出稼ぎへ!」
安定した職をも捨てて、若者たちが続々と海外に出稼ぎに向かう!オーストラリアの農場で働く男性は1日6時間の作業で月収50万円。介護施設で働く女性はアルバイトを掛け持ちして9か月で270万円貯金、念願の大学院進学の準備が整った。背景には経済成長と同時に賃金を上昇させる先進国のトレンドに日本だけが取り残される現実が。さらに外国人労働者から見た日本の魅力も低下。安いニッポンで今、何が?専門家と共に考える。