トラック運転手たちに密着 過労死ラインを超える過酷な労働実態
「週に帰れて2日」
「休憩できず車内で排泄した」
取材の中で、トラックドライバーたちから聞こえてきた悲鳴です。
脳や心臓の疾患による労災は全産業平均の10倍、過労死認定も年間26人でワーストなど、 トラック運送業界は、過酷な労働が問題視されています。
そうした状況を改善するため、今年(2022年)9月、運送業界の労働者、経営者の代表が議論し、厚生労働省がとりまとめる形でトラックドライバーの労働に適用する新しい基準案が示されました。
しかし、示されたのは、時間外労働時間が「1か月最大115時間」まで働ける数字。
国が定める過労死ラインを超えていました。
私たちの手元に荷物が届くまでに、いったい何が起こっているのでしょうか?
※この記事は2024年3月12日に一部情報を加筆して更新しました
(クローズアップ現代「トラックドライバー」取材班)
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いわゆる「物流の2024年問題」。4月からトラックドライバーに“働き方改革”が適用、労働時間が制限されますが、改革に対して現場の対応が追いつかず、運送会社やドライバーから悲痛な訴えや不安の声が相次いでいます。物流現場の実情は?消費者への影響は?情報提供をお待ちしています。以下の情報提供窓口「スクープリンク」から声をお寄せください。
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トラックドライバーの働き方に関するアンケートに寄せられたご意見
https://www.nhk.or.jp/minplus/0020/topic054.html
「過酷な実態を知って欲しい」匿名を条件に取材に応じたトラック運転手 "人のやりたくない、安い仕事"ばかり
取材を進めると、「実態を知ってほしい」と、匿名を条件に密着取材に応じてくれるトラックドライバーが見つかりました。
島谷浩一さん(仮名・47歳)。会社を転々としながら30年近く、長距離ドライバーを続けています。
勤める会社は、仕事のほとんどが3次請け・4次請け。大手がやりたがらない長距離や、荷物が重く重労働になる仕事です。
島谷さん
「やべ。お客さんだ。横のトラックお客さんなんですよ。そこから仕事もらってるんですよ」
ディレクター
「どんな仕事が回ってくるんですか」
島谷さん
「人のやりたくない仕事。安い仕事」
1990年の規制緩和で、業界への新規参入が簡単になり、運送会社は約4万社から約6万社にまで増えました。その結果、運送会社の間で激しい競争が続き、3次請け、4次請けなど多重下請け構造が業界全体に広がっています。
無償の荷積み、高速代ゼロで下道・・・
この日の仕事は、朝の7時に開始。400キロを超える輸送です。
まずは「荷主」の元に向かった島谷さん。 到着すると、さっそく「荷積み」を始めました。
しかし、契約にはないため本来はやる必要のない作業だといいます。
「荷主」とは、運送会社にとっての取引先。荷物の依頼主のことをいいます。
その荷主から、10キロほどの箱が200個。 全て、手で積むよう指示されました。
かかった時間は1時間。これでも普段と比べれば楽な方だといいます。
本来、こうした作業でも料金を受け取れると法律で定められています。
しかし、仕事をもらうために「無償」で行っています。どれだけ働いても島谷さんの収入が増えるわけではありません。
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島谷さん
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「とにかく積んだら積ましてやったから出て行けっていうような。『出て行け』ですからね。人間扱いされてない」
「それだけではない」と島谷さん。荷主からの依頼書を見せてくれました。
なんと、「高速代¥0」の衝撃の内容です。
荷主から高速代を受け取る契約を結ぶことも可能ですが、仕事を回してもらうために、受け取らない場合がほとんど。下道を走るしかありません。
高速を使うことができれば、4時間半ほどの距離ですが、下道では倍近くの時間がかかります。労働時間は膨らんでいくばかりです。
最新の調査では、全産業と比較してトラックドライバーの労働時間は2割長いにもかかわらず、給与は5%から10%低いことが明らかになっています。
基準を守っていては、モノが運べない・・・ 会社に指示された勤務の改ざん
働き始めて12時間が経った、夜7時頃。
島谷さんが突然、あるボタンを押しました。
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島谷さん
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「これ押すと。証拠隠滅ですよね」
引き抜いたのは、運行記録を残す紙です。労働時間の基準を守れないときは、途中で記録を切るように会社に指示されているといいます。
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島谷さん
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「12時間に満たない記録を残せって。こういう仕事の実態なもんでしょうがないですね」
その後、1時間ほど走り続けた夜8時過ぎ。
人けの無い山の上につくと、トラックを止めました。
島谷さんはここで、睡眠をとるといいます。トラックドライバーの働く基準では、休息は連続して8時間以上とる必要があります。
しかし・・・
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島谷さん
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「これが目覚まし時計。10時に起きる」
わずか2時間の仮眠。ちゃんと起きられるか心配で、熟睡はできません。
わずかな仮眠の後、島谷さんは、暗い夜道に車を走らせ続けました。
指定の場所に到着したのは、翌朝4時です。
しかし、荷降ろし先の許可がなければ敷地の中に入れません。
近隣の道路上にトラックを止めて待ち続け、やっと入れたのは5時間後でした。
ここでも、1時間半かけて、無償の「荷降ろし」を行いました。
次の仕事までのわずかな時間。近くにあった施設にシャワーを見つけました。
ディレクター
「何日ぶりのシャワーですか」
島谷さん
「シャワーはね。2日ぶり」
ときには、5日間も、シャワーを浴びられないことがあるといいます。
ワンコイン6分のシャワーで、2日分の汗と疲れを流します。
島谷さんはこの後、帰りも別の荷物を運びます。
密着して2日目も、島谷さんは日課のように運行記録の紙を引き抜きました。
自宅に戻れたのは深夜1時。初日の作業開始から42時間後でした。
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島谷さん
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「お金をあげてもらわないと荷主さんから。高速ももらえない、こっちが法令違反を犯して下道を走って行くことになるんですよ。実態なんですよこれ。断っちゃうと会社も飯食えないし、俺らも飯食えないし」
取材後記
島谷さんに密着する中で印象に残ったのが、自分のことよりも「大切な荷物を最後まで運ばねば」という強い責任感でした。
食事はコンビニでサラダやパンを買い、限られた時間でかき込むのが常。忙しさのあまり、何も食べられないこともあるといいます。長年連れ添った彼女がいますが、遊びに行く時間を持つことができずすれ違いの日々。島谷さんは仕事のために多くのものを犠牲にしていました。
島谷さんは今も長距離トラックドライバーとして全国に荷物を届けています。
「トラックの運転が好きだから。全国いろんなところを行ける仕事はトラックドライバーの他にはないですよ」
過酷な状況下、労働環境に不満はあっても、トラックドライバーという仕事自体は愛しつづけ、もうすぐドライバー歴30年を迎えます。
私は島谷さんのお仕事に密着しているうちに、欲しいモノが欲しいときに手に入ることが当たり前になった私たちの暮らしに疑問を持つようになっていました。
この便利さの裏でトラックドライバーが過酷な労働環境に置かれ、ギリギリの状態で日本の物流を支えていることを知ったからです。このままでは日本の物流は機能しなくなるのではないかとすら感じました。
今後も安定的な物流を維持していくため、長時間労働や不当な労働を防ぐ取り組みをより進めていく必要があるのではないでしょうか?
クローズアップ現代では、みなさまの声を取材に生かしていきたいと考えています。物流現場の実情は?消費者への影響は?情報提供をお待ちしています。以下の情報提供窓口「スクープリンク」から声をお寄せください。
クローズアップ現代 “送料無料”の陰で・・・ トラックドライバーの悲鳴
2022年11月8日放送
脳・心臓疾患の労災は全業種の10倍、過労死も頻発▼謎!改善された労働基準が過労死ラインを超えている!?▼あるトラックドライバーの2日間に密着。高速代が出ず長時間下道を走る。運転以外の“タダ働き”が横行?改ざんされる労働記録。▼現役ドライバーのホンネを緊急アンケート。「長時間労働が制限されたら困る!?」悲痛な叫びとは?▼“送料無料”が当たり前の意識。あなたは変えられますか?