
“休業手当ゼロ” あなたはどうする?
2020年12月5日に放送したNHKスペシャル『コロナ危機 女性にいま何が』には、多くの反響が寄せられました。その中には、「どうすればよいのか、解決策を知りたい」という声が少なくありません。苦境を乗り越えるヒントを探るため、労働問題に取り組むNPOを取材しました。
(報道局 政経・国際番組部 ディレクター 市野 凜)
「休業手当が支払われない」女性たちの悲鳴

労働問題に取り組むNPO法人「POSSE」(東京・世田谷区)には、非正規雇用の女性たちからの相談がかつてないほど寄せられています。11月末までに対応した新型コロナウイルス関連の労働相談3,400件超のうち、およそ6割が女性からだといいます。
中でも多いのが「休業手当」に関する相談です。緊急事態宣言による休業や、長引く営業自粛によるシフト減・・・。「休業手当をもらえない」という女性の声は1,100件を超えています。
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NPOに寄せられた相談
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「人事から『アルバイトだから』と言われ、休業手当が支払われない」
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NPOに寄せられた相談
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「1日4時間、週5日勤務だったが、一日限りの雇用を継続していたため、社会保険も未加入。そのため、休業手当の対象にはならないと言われた」
百貨店販売員 洋子さん(仮名)の場合

都内の百貨店の食品売り場で、派遣社員として働いていた洋子さん(仮名・48歳)も、休業手当が支払われなかった一人です。
4月、緊急事態宣言によって百貨店が一斉休業。しかし、派遣会社からは休業期間中の給料の補償はなく、「有給休暇を使ってほしい」と言われました。
法律では、会社の都合で従業員を休ませた場合、休業手当を支払う必要があります。国は今回、休業手当の支払いを促すため、「雇用調整助成金」の制度を拡充。会社が支払った実績に応じて、最大で全額を助成するとしています。
しかし洋子さんの派遣会社は、「国の自粛要請による休業で、会社の都合ではないため、支払う義務はない」としていました。
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洋子さん(仮名)(48歳)
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「派遣社員は“使い捨て”のように扱われるんだと怒りを感じました。販売派遣は女性が多いので、困っているのは私だけじゃないはずです」
「声が震えた」会社との団体交渉

洋子さんは、個人で加盟できる労働組合を通じて、雇用主の派遣会社に休業手当の支払いを求めることにしました。
「雇用調整助成金の制度を使ってほしい」という洋子さんの訴えに対して、当初、派遣会社は「国からの助成金が入るまでの資金繰りができない」と説明していました。
しかし、3回にわたる交渉の末、洋子さんは賃金の10割にあたる休業手当を受け取ることができました。さらに会社は、洋子さん同様に休業によって働けなくなっていた他の派遣社員に対しても、6割の休業手当を支払うことを約束しました。
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洋子さん(仮名)(48歳)
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「労働組合に入るのも初めてだったし、会社とこんなふうに交渉できるなんて知らなかったので、とても緊張しました。交渉の時、最初はうまく“怒り”を表現することができなくて声が震えたのですが、だんだん、自分の意見を言うことに慣れていきました。我慢せずに声を上げた意味があったと思いました」
会社と交渉した女性のほとんどが休業手当を受給

NPO法人「POSSE」では、これまで労働相談を寄せた女性たちの追跡調査を行っています。11月に聞き取りを行った女性60人のうち、洋子さんのように休業手当を求めて会社と交渉したのは12人でした。そのうち11人が、10割の休業手当を勝ち取っています(残り1人は12月17日時点で交渉中)。
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NPO法人POSSE 青木 耕太郎さん
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「コロナ感染症は、誰が悪いわけでもなく、経営者にも労働者にも責任はないという言い方がよくされますが、コロナ禍でも、労働者を使用する者としての責任がなくなるわけではありません。非正規雇用だからといって休業手当を支払わないことは、法的にも道義的にも許されません。労働者としての権利をしっかり行使すれば、会社も好き放題はできないということを、多くの人に知ってほしいです」
声を上げられない女性も・・・「日々を生きるのに精一杯だった」

一方、追跡調査では、「声を上げたくても上げられなかった」という人が少なくないことも分かりました。都内の大手ラーメンチェーン店でアルバイトをしていた香織さん(仮名・45歳)はこう話します。
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香織さん(仮名)(45歳)
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「最初は休業手当を払わない会社に腹がたっていたのですが、不条理なことが次々に起こって、だんだん感覚が麻痺してしまいました。本当は会社にいっぱい文句を言いたいけれど、1日1日を生きるのに必死で、怒るためのエネルギーと時間がないのです」
アルバイトとして週に30時間勤務し、20万円あまりの収入を得ていた香織さん。
新型コロナの影響で店の売上げは半減。アルバイトのシフトが減らされ、週に4時間しか働けない時期が続きました。しかし、会社から、休業手当についての説明はなかったといいます。
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香織さん(仮名)(45歳)
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「店長から営業時間の変更やシフト表がSNSで送られてくるだけで、シフトがなくなった分の給料がどうなるのかという説明は全くなかったです。ニュースで聞く『休業手当』をアルバイトの自分ももらえるものなのか、わかりませんでした」
「シフトに入れてもらえなくなると困るから」飲み込んだ声

自分は休業手当の対象になるのか、NPO法人「POSSE」に問い合わせた香織さん。パートやアルバイトでシフトを減らされた場合でも、休業手当を受ける権利があるとアドバイスを受け、会社に問い合せることにしました。
しかし、「パートやアルバイトに休業手当を支払う余裕はない。まずは会社経営を立て直すことが先決だ」と言われたといいます。
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香織さん(仮名)(45歳)
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「私たちは組織の末端の末端かもしれないけど、私たちがいないと会社は回っていなかったはず。それなのに、“いなかったもの”のようにされたことがショックでした」
「雇用調整助成金の制度を非正規雇用の自分たちにも使ってほしい」。そう会社に訴えようと、同僚に声をかけた香織さん。しかし、同じ店で働く11人の同僚たちの中で、一緒に声をあげようと言う人はひとりもいませんでした。
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香織さん(仮名)(45歳)
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「『うちの会社、おかしいよね』『どうしようもないよね』という話にはなるのですが、その先にはなかなか進めませんでした。私たちはパート・アルバイトですから、会社にもの申すと職場に居づらくなるのではないか、数少ないシフトでさえ入れてもらえなくなるのではないかという怖さがあるのです。しかも私の会社は海外事業部もあるような大企業。ひとりで声を上げても大きな組織に潰されるだけだと思い、諦めるほかありませんでした」
結局、10月末にラーメン店は閉店に追い込まれました。休業手当をもらうことができないまま、香織さんはいま、スーパーのレジ打ちの仕事で生活をやりくりしています。
まずは相談してつながって

労働問題に取り組むNPOでは、香織さんのように休業手当の支払いを求めることをためらう人が多いことについて、こう話しています。
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NPO法人POSSE 青木 耕太郎さん
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「目の前の暮らしに精一杯で、働くことを優先しなければならないという女性が多いです。ただ、問題を放置して休業手当をもらえないままだと、生活が苦しい状態が続いてしまいます。すると余裕を持って次の仕事を探すことができず、これまでより労働条件の悪い仕事や、より不安定な仕事に就いてしまう、悪循環に陥ってしまいがちです」
そして、すぐには声を上げられないとしても、労働問題に取り組む支援機関などに相談して、同じ境遇の仲間とつながってほしいといいます。
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NPO法人POSSE 青木 耕太郎さん
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「同じ職場、同じ会社、または同じような働き方ならば、あなたと同じ問題を抱えている人が必ずいます。一人よりも複数人の方が勇気を出しやすく、一緒に声を上げやすいですし、会社も『これはまずい』と思いやすいです。実際、会社の枠を超えて業界全体で待遇改善ができた例もありました。少しでも何かおかしいと思ったら、深刻な事態になる前にぜひ相談をしてください」
「会社ににらまれるとシフトに入れなくなる…」
「今日を生きることに精一杯で、一歩踏み出すことができない…」
新型コロナによって明らかになった不安定な女性の雇用の実態。
仕事や暮らしに関する相談先を下記にまとめました。
<仕事や暮らしに関する相談は>
▼NPO法人POSSE
電話番号 03-6699-9359(労働相談)
電話番号 03-6693-6313(生活相談)
<NPOによる調査全文は>
▼「女性の働き方・生活へのコロナ影響調査」報告書<中間報告>
NPO法人POSSE・総合サポートユニオン
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http://www.npoposse.jp/archives/2325