コロナ禍 “夜の世界”に向かう学生たち
ごく普通のキャンパスライフを送っていた学生が、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、“夜の世界”に進むケースが相次いでいます。新宿・歌舞伎町に、キャバクラやクラブ、ガールズバーなどへの人材紹介を専門にした会社、通称“夜のハローワーク”があります。いま、ここを訪れる学生が後を絶ちません。
なぜ、彼女たちは“夜の世界”に足を踏み入れることを決めたのか。今年の夏から関東のキャバクラ店で働き始めた女子大学生を取材しました。
(報道局 社会番組部 ディレクター 野澤 咲子)
女性が駆け込む“夜のハローワーク”
新宿・歌舞伎町のとある雑居ビル。年季の入ったエレベーターを降りると、“夜のハローワーク”と呼ばれる人材紹介会社(厚生労働省 許可)があります。クラブ音楽が流れるオフィスには、常時10名ほどのスタッフが勤務していて、登録している女性たちのデータ管理や電話対応に追われています。取材に訪れた日も何人かの女性が相談に訪れていました。
ここで取り扱っているのはキャバクラやクラブ、ガールズバーといった接待を伴う飲食店。登録すると、その日、働き手の女性が足りない店の中から、自分の希望する条件の店を選んで働ける仕組みとなっています。給料を日払いでもらうことができ、昼の仕事と両立しやすいことから、当面のお金を必要とする女性たちがこれまでも数多く訪れてきました。
“夜の世界”未経験、女子学生の割合が増加
しかし、新型コロナの感染拡大以降、ここを訪れる女性たちの顔ぶれが変わってきていると 人材紹介会社の担当者は話しています。
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人材紹介会社 顧問 浅井恒太さん
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「もともと店で働いていた女性の中には、客が減り稼げなくなった店に見切りをつけて、“パパ活”※1や“ギャラ飲み”※2に流れている人もいます。一方で、学生さんや未経験の方の割合が増えている印象がありますね。昼のアルバイトのほうで出勤調整がかけられてしまったとか、シフトに入れなくなってしまったという事情があるようです」
※1男性と一緒に食事などをすることでお金を提供してもらうこと
※2お金をもらって飲み会に参加すること
夢は理系の開発職 国立大学の学生が…
学生たちはどのような事情を抱えて“夜の世界”に足を踏み入れたのか。10月、“夜のハローワーク”の紹介で、関東地方のとあるキャバクラ店を取材に訪れました。
薄暗い店内で待っていると、奥から華やかなドレスを着た若い女性が現れました。国立大学の理系の学部に通う20歳のみなみさん(仮名)。8月に入店したばかりだといいます。
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みなみさん(仮名)(20歳)
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「店の面接を受けに来るまでにはものすごく勇気が必要でした。正直、今でもこの世界には染まりたくないと思いながら働いています」
みなみさんはこちらの質問に対し、高校時代は県内でもトップクラスの進学校で勉強と部活に励む日々を送ってきたこと、苦労して入った大学では研究者を目指して勉強に多くの時間を割いてきたこと、今は一般企業の開発職に就くという夢があることなど、一つ一つ丁寧に答えてくれました。
アルバイト先が廃業や休業に 学費が払えない
みなみさんは、母子家庭で育ちました。事務職の仕事をする母親は、生活費を節約しながら、みなみさんが希望する進路に進めるよう高校の3年間、塾に通わせてくれたといいます。そんな母親に、これ以上負担はかけたくないとの思いから、大学入学後は貸与型の奨学金、月6万円と4つのアルバイトの掛け持ちで、年間50万円以上かかる学費や1人暮らしにかかる生活費のすべてを自力でまかなってきました。
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みなみさん(仮名)(20歳)
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「学費以外にも、教科書や実験に使う白衣とかゴーグル、理系はこまごまとしたものにけっこうお金がかかるんです。開発職に就くためには大学院にも進みたい。あと4年奨学金をもらうことを考えると返済が不安で、とにかくバイトを頑張っていました」
週7日、朝から晩まで飲食店など4つのアルバイト先をはしごして働く日々。過労で倒れたこともありましたが、夢のためには必要なことだと耐えてきたと言います。しかし新型コロナの感染拡大で、4月以降、次第に働くことができなくなっていきました。月に10万円以上あった収入も3分の1に減ったといいます。
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みなみさん(仮名)(20歳)
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「この状態が続けば、学費が払えなくなる。そうすれば開発職に就く夢も叶わないと思って、じわじわと追い詰められました」
今まで避けてきたキャバクラ店もやむを得ず
コンビニのアルバイト一本で、3か月間どうにか生活してきたみなみさんでしたが、いよいよ経済的に苦しくなり、8月、キャバクラ店に入店することを決めました。以前、アルバイトの掛け持ちで体調を崩した時、高時給で働けるキャバクラを考えたこともありましたが、これまではどうしても踏み出す気にはなれなかったといいます。
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みなみさん(仮名)(20歳)
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「いじめがあるんじゃないかとか、なんとなく怖いイメージがあったのと、金銭感覚を狂わせるのが怖かったからです。キャバクラで働く子は知り合いにもいて、お金があるので急に羽振りがよくなったりして、周りの子がついていけずに疎遠になる…というのを見てきました。それに、私の家はひとり親なのでお金の大切さも知っています。その感覚が崩れてしまうのが怖かったんです」
親からの反対 複雑な胸のうち
キャバクラ店で働いていることを、周りの人には伝えているのか聞きました。
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みなみさん(仮名)(20歳)
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「母親には店で働く前に相談したら強く反対されました。でも、大学院に進みたいことや、将来のことを考えてできるだけ奨学金はもらいたくないことなどを伝えて説得しました。でも正直、母は今でも納得はしていないと思います」
母親とは毎日電話をするほど仲がよく、誰よりも信頼しているというみなみさん。母親が反対する仕事をしていることに複雑な思いを抱いています。
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みなみさん(仮名)(20歳)
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「いい子どもでありたい、“産んでよかった”と思われたいという気持ちが昔から強くて、国立大学に入れたのもその気持ちがあったからだと思います。いま、自分では将来の目標のためと思って働いているんですけど、母の気持ちを思うと複雑ですね…」
いまだに慣れない仕事 心身ともに大きな負担
みなみさんは、キャバクラ店では20時ごろから働き始め、深夜まで働くことも少なくありません。お酒を飲むため、翌日の授業中に睡魔に襲われ、集中できないこともあるといいます。
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みなみさん(仮名)(20歳)
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「お客さんから身体を触られることもよくあります。ボーイさんの目の届かないところでは自分の身は自分で守らないといけない。自分を売る仕事なので、精神的にすり減っていく感覚があります。初めのうちはお客さんに指名してもらわなければと思い詰めて頑張りすぎ、帰りの車の中では辛くなってよく泣いていました」
今も精神的にギリギリの状態だと感じることもありますが、学業をまっとうしたいという気持ちで、なんとか日々を乗り越えているといいます。
お金は得たけれど失ったもの
後日、店の外でみなみさんと再び会うことになりました。大学のテストを終えて少し明るい表情をした彼女の姿は、どこにでもいる普通の大学生です。しかし、話を聞いてみると、前日はかなり落ち込んでいたといいます。
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みなみさん(仮名)(20歳)
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「店のホームページに自分の写真が出ているのを高校の友達に見られてしまって噂になっているみたいです。いろいろ言われて引かれてしまうのが悲しくて…。しょうがないとは思うんですけど…」
みなみさんは、キャバクラ店で働くことで学費の心配からは解放されたため、今後もしばらくは今の仕事を続けようと考えています。将来を考えたとき、今の仕事以外にもう選択肢はないと感じているからです。
しかし、家族に反対されながら働くことの後ろめたさや、店で働いていることを知った友達が離れていく悲しさなど、失ったものも多いとみなみさんは感じています。
ことし4月に全国大学生活協同組合連合会が大学生約3万5000人を対象に行った調査によると、新型コロナの感染拡大による影響で、「アルバイト収入が減少した」と答えた人は約4割、「経済的不安を感じている人」が約6割に上ることが明らかになりました。
収入の道を絶たれ、追い詰められた女性たちはどうしたら元の生活を取り戻せるのでしょうか。今後も取材を進めていきます。
クローズアップ現代+「“パパ活”の闇 コロナ禍で追い詰められる女性たち」
2020年12月1日放送
NHKスペシャル「コロナ危機 女性にいま何が」
2020年12月5日放送