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持続可能な航空燃料SAFとは 導入国ドイツ航空会社の取り組み

「ヨーロッパの意識の高い人たちの間では、『飛び恥(=Flight Shame)』という言葉まで生まれているんです」ー

航空業界の脱炭素に向けた取り組みを取材する中で、日本の大手航空会社の担当者から聞いた言葉だ。

「飛び恥」とは、気候変動を食い止めるため世界で脱炭素の取り組みが待ったなしの中、鉄道などに比べ二酸化炭素の排出量が多い航空機に乗るのは恥ずかしい、という意味。毎日、成田空港の中にある支局の窓から、滑走路を行き交うたくさんの航空機を目にしている私にとって、こんな言葉が生まれているのはにわかには信じがたく、初めて聞いたときは「極端な言葉だな」と思った。

でも取材を進めると、いまや、そんな世界の人々の意識を背景に、航空機の脱炭素の切り札とされる「SAF」という新しい航空燃料が生まれ、その原料をめぐって日本を含む世界各国で争奪戦が起きていた。

争奪戦の出発点となっている環境意識の高い現場を見て、その熱を確かめてみたい。
私は、環境先進国ドイツに飛ぶことにした。
(NHK千葉放送局成田支局記者 佐々木風人)

ドイツ市民の環境意識は

成田空港から直行便でおよそ15時間。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受け、ロシア上空を大きく迂回するルートで飛行したため、侵攻前より3時間も長くかかって、やっとドイツにたどり着いた。

まずは人々の環境意識を聞いてみたい。
私は、市民が多く集まるという、のみの市に向かうことにした。

ドイツ・ベルリンののみの市
ベルリンののみの市

首都ベルリンの西部、高級ブティックなどが立ち並ぶ、シャルロッテンブルク=ヴィルマースドルフ区。

毎週日曜日に開かれているというのみの市に足を運ぶと、通りの一角に、古着や絵画、食器、雑貨などを販売するテントが30ほど並んでいた。曇り空で、気温は0℃ほど。ときおり雪が舞う午前の早い時間にもかかわらず、露店で売られている温かいコーヒーを片手に、買い物を楽しむ人たちがいた。

のみの市に来た老夫婦

―のみの市に来た理由は?

女性

「新しい物を買うよりも、すでにあるものを利用するほうがエコでしょう? のみの市は直接いろいろ見ることができる素敵な場所なの。ほかにも、私は保育園で働いていますが、エコのために片道18キロを毎日自転車で通っているんですよ」

すかさず、聞いてみた。

―飛行機については、どう思いますか?

男性

「もし、私がたいした理由もなく飛行機で移動したら、それはやはり恥ずかしいことだと思います」

もう1人、犬の散歩をしながら、のみの市を見物していた女性にも航空機利用について聞いてみた。

のみの市に来ていた女性
女性

「みんな短い距離でも飛行機を利用しすぎで、少し減らすべきだと思います。私も長距離を移動する休暇の時は飛行機を使っていますが、それでも『飛び恥』だと感じながら利用しています」

彼女は、サステイナビリティーを意識して、プラスチック包装されている食料品をなるべく買わないようにしたり、肉もできるだけ少量しか食べないようにしたりしているとも話していた。

駅で出会った大学生

近くにある電車の駅で出会った大学生にも話を聞いてみた。

大学生

「『地球に住み続けることができる』という未来のために、もう何年も飛行機を使っていません」

全て、町なかを行き交う市民の話だ。
正直、ここまで意識が高いとは思っておらず、驚いた。

ドイツ航空会社の取り組み 世界有数のハブ空港、フランクフルト空港では

ルフトハンザアヴィエーションセンター
ルフトハンザアヴィエーションセンター

そんな人々の意識を背景に、大手航空会社「ルフトハンザドイツ航空」は、世界に先駆けて航空機の脱炭素の取り組みを進めているという。

向かったのは、ヨーロッパの経済の中心地、フランクフルト。世界有数のハブ空港、フランクフルト空港のすぐ隣にあるオフィスで、担当者が迎えてくれた。

「あれを見てください」

厳重なセキュリティチェックを受け、用意されたバスで空港敷地内に入ると、担当者が窓の外を指した。そこにあったのは、巨大な航空燃料タンク。「SAF INSIDE(=SAFが入っています)」と書いてあった。

SAFタンク
SAFタンク

SAF(サフ)は、「Sustainable Aviation Fuel(=持続可能な航空燃料)」の略。
従来の燃料のように原料に石油を使わず、揚げ物に使った後の油など(=廃食油)を主な原料としていて、製造過程をトータルで見たときに二酸化炭素の量をおよそ8割も減らせるという、今注目の航空燃料だ。

しかし、まだ生産量はわずかで、その導入率は世界の航空業界でおよそ0.03%にとどまっている。日本を含む世界中で、原料となる廃食油の争奪戦も起きているのだ。去年、私も実際に、今後のアジアでの需要増加を見越してシンガポールで進む、巨大なSAF製造プラントの建設プロジェクトを取材してきた。

?シンガポールのSAF製造プラントの建設プロジェクトなど 取材記事はこちらから

Fry to fly(=揚げ油で空を飛ぶ)と書かれた横断幕

タンクの横には、「Fry to fly(=揚げ油で空を飛ぶ)」と書かれた横断幕も。
日本では目にしたことのない広告に、環境意識の高さを感じた。

この航空会社は、10年以上前の2011年、のちにSAFと呼ばれる航空燃料を定期便で使用し始めた。意識の高い会社だが、現在、グループ全体でのSAF導入割合はわずか1%。それだけ確保が難しい燃料なのだという。

SAFの導入は、世界で待ったなし

飛び立つ飛行機

いま、SAFの導入は、個別の会社が任意で取り組むレベルではなくなっている。

民間航空機の運航ルールを定めるICAO(=国際民間航空機関)は、去年10月、国際線の航空機が排出する二酸化炭素について2050年には実質ゼロにするという目標を決定。
EUでは、域内の空港で給油される航空燃料のうち、SAFの割合を2040年には37%に、2050年には85%まで引き上げる法案もつくられている。

今後、SAFの導入割合を引き上げていかざるを得ない航空会社。
量の確保は大きな壁だが、もう一つ、大きな課題がある。それは、コストだ。SAFは従来の航空燃料と比べて2~10倍ものコストがかかると言われているのだ。

ルフトハンザの挑戦「グリーン運賃」とは

ルフトハンザドイツ航空のホームページ 黄色い部分が『グリーン運賃』
ルフトハンザドイツ航空のホームページ 黄色い部分が『グリーン運賃』

そこで、この会社が試験的に販売を始めたのが、「グリーン運賃」。
SAF導入のコストの一部を、利用者にも負担してもらうのが狙いで、北欧からフランクフルトなどに向かう一部の便で去年から始まり、例えば、ノルウェーのオスロからフランクフルトへの便だと、一番安い航空券より1万円ほど高くなる。

航空券値上げというセンシティブなテーマについて、あえて「グリーン」と名付けたチケットを用意することで、SAFの導入を可視化し、利用者にも環境問題について考えてもらいたいのだという。

さすが、環境先進国ドイツ。
運賃値上げという、一見、客離れにつながりそうな懸念も、「環境負荷を減らすためなら」と言う意識の高い人へのアピールポイントにしようというのだ。

では、その利用率はいかに。実際にフランクフルト空港の到着ロビーで、購入者を探してみた。

到着ロビーでインタビューする記者

―グリーン運賃を購入しましたか?

購入者がいるであろう便の到着時間を狙って、数時間粘ったが、出会うことはできなかった。

これはどういうことなのだろう。
実は、ベルリンで話を聞いた人に、グリーン運賃についても聞いていた。

フリードリヒ駅前で出会った学生
学生

「グリーン運賃は、良い取り組みだと思いますが、北欧からドイツまででおよそ1万円チケットが高くなるのであれば、私は買わないと思います。私は学生で、高いチケットを買う余裕はありません。移動先で使えるお金が少なくなってしまうので」

当たり前のことだが、環境意識が高くても、懐事情によって選択しない人はいる。今後のこの会社の戦略に注目していきたいと思った。

ルフトハンザの戦略は

会社によると、グリーン運賃の購入者は、利用者全体の数%程度。
この状況について、ルフトハンザグループの幹部がインタビューに応じた。

カロリーネ・ドリッシェル ルフトハンザグループ サステイナビリティー担当上級副社長
カロリーネ・ドリッシェル ルフトハンザグループ サステイナビリティー担当上級副社長
ドリッシェル氏

「私たちは『飛び恥』に立ち向かうつもりでいます。今は過渡期ですが、フライトをより持続可能なものにするために、航空業界ができること、そして利用者ができることを示していきたいと思っています。飛行機がなければ、グローバル化は進みません。自らを転換し、利用者との強力なコミュニケーションによって、取り組みを理解してもらうための努力をしていきたいと思っています」

ドリッシェル氏はこう述べた上で、今月から「グリーン運賃」の範囲を全てのヨーロッパ間の便に拡大すると明かした。

今後、SAFの導入割合を引き上げる中で、膨らみ続ける燃料コストをどうするのか、模索し続けるパイオニアらしい挑戦だ。

ヨーロッパで注目される寝台列車

寝台列車
寝台列車

航空機の利用を敬遠する動きが生まれる中、ヨーロッパで代わりに注目を集めている交通手段がある。

それは、寝台列車だ。

寝台列車内
寝台列車内

利用者の声を聞こうと、私も午後9時ごろベルリンを出発する便に乗り込んだ。
航空機だと1時間半で行けるスイスのチューリヒまでの距離を、およそ12時間かけて移動する。寝台付きの部屋の料金は、航空機より割高な1人およそ3万円。2段ベッドで、事前にオーダーしておけば、パンや飲み物などの軽い朝食も提供してもらえる。

列車が出発した後、利用者が就寝モードに入ってしまう前に声をかけてみた。

寝台列車を利用する女性
女性

「もう何度も寝台列車を利用しています。海を越えないのであれば、飛行機よりも、環境にやさしい寝台列車を利用します。19時間かかりましたが、私は一度、フランスのマルセイユからベルリンに向かう列車にも乗りました。忍耐が必要ですが、遠くに行かないといけない場合も列車を利用するようにしています」

利用者にはやはり意識の高い人が多かった。

一方、話を聞く中で、私の中でモヤモヤしたのは、「環境への意識の高さだけで航空機の何倍も時間をかけて移動する手段を選択し続けることができるのか。極度な“我慢”を伴った選択は、果たして持続可能なのか」ということだった。

話を聞いた数人の中に、こんなことを話してくれた人がいた。

インタビューに応じてくれた女性

家族に会うために、チューリヒに向かうという、私と同世代の30代の女性。
これまでもサステイナビリティーのために何度か寝台列車を利用しているという。

女性

「二酸化炭素排出を削減できる事もとても重要なことだと思っています。でも、それだけではなく、何度か利用するうちに、この移動時間自体が、自分のために使えるとても大事な時間だと思えるようになりました。移動中には読書をしたり、ただ窓の外の景色を見たり。私はこの時間をとても楽しんでいます。ロマンチックですよね」

まさに、私が知りたかったことの答え。
“不便”を不便だと感じるなら続けることはできないが、彼女はこの時間に意味を見いだし、楽しんでいた。意識が高い、というよりむしろ、余裕がある、と言った方がいいような、そんな感じ。
ここに、ドイツの環境意識の高さをひもとくヒントがあるような気がした。

そしてさらに、彼女はこう続けた。

女性

「飛行機に乗ることを『飛び恥』と言うのは、少し危険なことだと思います。サステイナビリティーに対する意識が高まっていることは良いことだと思いますが、実際、飛行機で飛ぶ方がお手頃ですし、時間も短く済みます。私は昔より余裕があるので、このような選択をしていますが、列車の旅にお金を払う余裕がない人や、早く移動しなければならない人もいるのに、『恥ずかしい』という気持ちを押しつけようとするのは、良いことだとは思いません」

自分の移動手段がどんなエネルギーで動き、どんな影響が環境にあるのかを考えるのは重要だが、それぞれの事情があるので、自分と違う選択をした人を否定するのは、違う。

彼女の言葉を聞いて、うんうん、と納得。
自分のベッドに戻り、寝台列車の適度な揺れを心地よく感じながら、途中下車するフランクフルトまで熟睡した。

取材を終えて

当初、にわかには信じがたかった、「飛び恥」という言葉や、ヨーロッパでの航空機の脱炭素への意識の高さ。ドイツで実際に市民に話を聞いてみると、「一部の極端な意見」ではなく、社会を動かす大きな世論になっていることを痛感した。

「ウィズコロナ」で再び人が移動を始めようとする中、航空機が選択され続けるためにSAF導入を進め、膨らみ続けるであろうコストの問題に、いち早く手をつけているルフトハンザ。近い将来、日本でも議論しなければいけないことがドイツでは起きていた。

SAFの原料となる廃食油の争奪戦や、シンガポールでの世界最大の製造プラント建設の現場などを去年から一連で取材し、今回臨んだドイツ出張。世界で起きているSAFをめぐる最前線を見たあと、成田に戻るためにフランクフルト空港で行き交う航空機を眺めていると、環境問題に疎い私も、「この航空会社はSAFを使っているのだっけ」「今から乗る航空機は、どのくらい二酸化炭素を出しているのだろうか」と、少し前までは考えなかったことを意識するようになっていた。脱炭素に向けた世界の大きなうねりと自分が、もう無関係ではいられなくなっていることを実感するのだった。

クローズアップ現代 2023年2月14日放送

天ぷら油で空を飛ぶ!? 追跡!“夢の燃料”争奪戦 ※2月21日まで見逃し配信
今、使い終わった食用植物油を分解しSAF(サフ)と呼ばれる航空燃料に作り変える動きが広がっている。環境負荷が低いとされ、この燃料を使わないと海外の空港に離発着ができなくなる事態も懸念されている。一方、SAFの原料となる廃食油の争奪戦が世界で激化。廃食油を飼料にしてきた日本の畜産業界に影響が。環境大国ドイツでは脱・飛行機が加速、寝台列車が再注目され始めた。廃食油から世界の環境対策の新たな潮流に迫る。

この記事のコメント投稿フォームからみなさんの声をお待ちしています。

みんなのコメント(10件)

感想
オイミオ
40代 女性
2024年1月19日
この度奇しくもルフトハンザ航空関連就業を機に、いろいろとどんな会社か調べ始めたところである。私自身の10年前の英国留学時にすでにEU圏の環境意識の市民レベルの高さを肌身で感じていた。とりわけドイツの堅牢な基準の厳格さにには畏敬の念を抱くほどだったが。。。
まさに世界水準の先駆け的存在となる企業での業務経験を得ることは、誠に貴重な体験となると思う。大いに尽力させて頂く次第である。
感想
マラソン旦那
70歳以上 男性
2023年2月15日
日本人もドイツやフランスを見習って環境問題に取り組まないといけないと感じました!
感想
名阪無頼庵
60代 男性
2023年2月14日
前々からSAFや『飛び恥』については報道で一定の情報量を持っていると思っていました。しかしながらこの番組はとてもインパクトのある内容でした。日本国内では、まだ飛行機で移動することについて環境負荷の面からの議論はあまりされていないように感じます。むしろ、長距離路線や離島間の移動には飛行機は必要で、欧州とは違う環境にあると思います。今後もこのテーマに関する続番組を期待します。
感想
モーゼル
60代 女性
2023年2月14日
ドイツはすごいなと思いました。
廃食油を使うのはとっても良いと思いますが、今まで廃食油をあてにしていた養鶏場、リサイクル石けん製造所などは困るのではないかなと思いました。
感想
Richi
60代 女性
2023年2月14日
さすが、ドイツですね!数十年前に住んでいた時、スーパーでは量り売りの野菜や箱に入っていない石鹸などが当たり前の様に売られていました。袋はもちろん有料で、エコバッグを持ち歩くことが普通でした。日本は最近やっとドイツに近づいてきましたが、まだまだ学ぶことは多いと今回の番組を見て思いました。そして、日本は揚げ物などをよく食べるため、家庭や飲食店から出る廃油をもっと活用すべきですね。
感想
ランナー??
60代 男性
2023年2月14日
廃油利用の現状がよくわかりました。
廃油以外のエネルギー源の開発を国をあげて進めるべきですね。
提言
ユタカ
60代 男性
2023年2月14日
CO2とH2Oから飽和脂肪酸を製造する方法にすればSAF製造が可能なので研究を補助して欲しい。自然では植物が合成しているので叡智を傾けて下さい。
感想
pipi
60代 男性
2023年2月14日
地方の鉄道はどんどん本数が減り、不便になり自家用車に頼らざるを得ない。
自動車も古い車を大切に長く乗ると自動車税が割り増しになり負担増になる。
政府や国策企業の行動はエコや地球環境への配慮と逆行している。
言うこととやることに格差が大きすぎる。
感想
アメジ
50代 女性
2023年2月14日
SAFへの取り組み、ドイツの環境意識の高さ、サステナブルな未来のために日本にも浸透させねば!
提言
はなさか
40代 その他
2023年2月14日
日本でのSAF製造は完全に立ち遅れており、アジアではシンガポールが主産地になってしまっている。
将来、欧州便でSAFの混入が義務付けられたときに日本での燃料補給が難しければ、欧州から日本への直行便が運航されなくなる。
日本が極東の僻地にならないためにも早急にSAF製造を増やす必要がある。