
バリ島発!ごみ問題に立ち向かえ
アジア随一のビーチリゾートとして、日本人にもなじみ深いインドネシアのバリ島。観光旅行で訪れたことのある方も多いのではないでしょうか?実は豊かな自然で知られるバリ島が近年、“ごみ問題”に悩まされています。
人口増加が続く一方、ごみ処理やリサイクルのインフラはぜい弱なままで、河川から海へ大量のごみがあふれ出す、“緊急事態”の様相を呈しているのです。
「このままでは、島はごみであふれ、観光どころではなくなるかもしれない…」
そうした強い危機感を胸に、ごみ問題に立ち向かおうとする人たちを追いました。
(BS1「Ethical Every Day」在ジャカルタ ディレクター 谷澤壮一郎)
美しいバリ島の“不都合な真実”

「バリ島…? またごみの取材かな…」。
私が今回の取材の趣旨を告げた際の、現地のインドネシア人カメラマンの第一声は、浮かないものでした。
確かにこの数年、この島のゴミ問題を取材する機会がずいぶん増えているように思います。
コロナ禍の前には、国内外から年間1600万人もの観光客をひきよせるなど“美しい島”のイメージで売ってきたバリ島ですが近年、観光業にとって大きなイメージダウンとなりかねない“不都合な真実”に直面しています。
雨季を中心に島のビーチに大量のごみが漂着するショッキングな光景が見られるようになりました。

なかでも目立つのはプラスチックの袋や包装パッケージ、ペットボトルなどのプラスチックごみです。インドネシアは世界銀行の報告では中国に次ぐ世界第2位の海洋ごみ排出国とされていて、バリ島の海にも大量のごみが漂っています。
なぜ、こんな惨状になっているのか。その大きな理由がインドネシアでのごみ処理システムの立ち遅れにあります。
行政によるごみ回収が行われていない地域も依然として多く、住民は川にごみを捨てたり、空き地で燃やしたりしています。バリ島ではごみの量が増加しているものの、その処理が追いついていない状態です。
壮絶なごみ問題に“徒手空拳”で挑む
こうした中、ごみ問題に立ち向かおうとしている人たちがいます。定期的に清掃活動を行っている「スンガイ・ウォッチ」というNGOの人たちです。

今年6月、バリ島の最大都市デンパサールにあるマングローブ林を訪れると一心不乱にごみを拾う姿がありました。
NGOの名前にある“スンガイ”とはインドネシア語で「川」を意味します。2020年から本格的に活動を始めたこのNGOではバリ島に約400あるという河川に注目。海に流出するごみの量を少しでも減らそうと、川や河口でごみを回収することに注力しています。
作業は本当に気の遠くなるようなものです。
炎天下のなか、腰や胸まで水に浸かりながらプラスチック製の袋やペットボトルなど細かなごみを一つずつ拾い集めていました。ときには数週間かけて川を清掃していくのです。


「毎日、川の上流から大量のごみが流れついています。ごみ回収が行われておらず、住民が川にごみを捨てているのです。全てのごみを回収することは難しいですが少しでも海への流出を食い止めたいのです」
カヌーに乗って現れたのはNGO創設者のひとり、フランス人のゲイリー・ベンチェギブさん。弟のサムさんとともに連日、ごみ回収の現場で活動を引っ張っています。

ゲイリーさんとサムさんはあいさつもそこそこに、ごみだらけの川での活動に加わりました。
手作業での清掃活動にはとてつもない時間と労力が必要で、多くのスタッフを動員してまさに“人海戦術”で臨まなければなりません。
スタッフに指示を出しつつ、言葉少なにごみを拾い続ける兄弟の姿からこの問題と闘う強い意志を感じました。
ごみ回収の“秘密兵器”でふるさとを救え
ゲイリーさんとサムさん、姉の3人で「スンガイ・ウォッチ」の活動を始めた理由。それはフランス人でありながらも彼らの“ふるさと”はバリ島だと考えているからです。

自然に魅せられて移住を決めた両親と子どもの頃、バリ島へやってきた3人。大好きなバリ島が汚れていくのを見て心を痛め、その頃からビーチの清掃活動などに取り組んできたといいます。
「川から大量に流出するごみを一度に食い止められる方法はないかー」。
そう考えたゲイリーさんらが開発したのが“秘密兵器”です。

浮きと柵をケーブルで組み合わせたアナログなつくりですがその効果は抜群。
川の流れを阻害することなく、深さ40センチの柵が川面を流れるごみを次々とキャッチしていきます。川幅に合わせて長さも調節でき、すでにバリ島の150か所以上の河川に設置されています。

この装置が捉えたごみの総量はこれまでにおよそ1000トンにのぼります。
NGOではこうしたごみを回収し、再生できる資源ゴミとそうでないものに仕分けます。資源ごみはリサイクル業者に販売し、NGOの収益になっています。
NGOでは、仕分けたごみの種類やブランドを細かく調べる「監査」と呼ばれる作業も行っています。その結果、明らかになったのは、プラスチックごみが“氾濫”している現状です。

ごみのなかで最も多くを占めたのは日々の買い物に使われるプラスチックの袋や「サシェット」と呼ばれるインスタントコーヒーやシャンプーの小袋でした。
これにペットボトルなどを加えるとプラスチックごみが全体の4分の3も占めていたのです。
こうしたペットボトルや小袋などを製造したメーカーの名前を“最大の汚染者”として公表。プラスチックの製品への使用を減らすよう、責任ある企業活動を呼びかけました。
ごみを“アップサイクル”で生まれ変わらせたい

NGOが今、取り組んでいるのがただのごみにせず、価値を与えて新たな製品に作り変える“アップサイクル”の試みです。
このカラフルなボード。細かく砕いたプラスチックごみに熱を加えて一旦溶かし、その後で固めたもの。
さまざま色のごみを混ぜれば不思議な色合いをもつカラフルな製品が作れるため、いすや机の材料のほか装飾用のインテリアボードとして売り出すことを目指しています。

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ゲイリーさん
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「川で回収したごみをどう処理するのかはずっと課題でした。ごみにどうすれば“第2の人生”を与えられるのかが大切です。ごみに“経済的な価値”があることがわかれば、地元の人たちも今のように捨てなくなるのではないでしょうか」。
さらにこの取り組みに共感し、“アップサイクル”で協業しようという流れも起きています。

このサンダル、川で回収されたごみのおよそ1割を占めている古いサンダルを再利用して作ったものです。
バリ島発のサンダルブランド「インドソール」ではNGOが回収したサンダルを細かく砕き、ソールとして再生した“アップサイクル”製品を作っています。

12年前から捨てられた廃タイヤを原料にサンダルを開発してきたカイ・ポールさん。元々、「インドソール」は捨てられた廃タイヤを細かく砕いて再利用し、新たなサンダルに生まれ変わらせるという“サステイナブル”な製品作りで知られています。
ごみのサンダルは廃タイヤに比べても扱いづらく、まだ試作段階ですが新製品に期待を高めています。
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「インドソール」共同創業者 カイ・ポールさん
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「捨てられたごみに新たな価値を見出し、すばらしい製品に変えることは私たちのミッションです。私たちの製品は世界30か国近くで発売していますがインドネシアでも最近、“アップサイクル”製品への関心は高まっていると感じます」。
変わり始めた地元の意識
「バリ人として恥ずかしい思いです。外国人の方がバリ島の環境問題を気にかけているなんて。本当は、地元の人間が変わらないといけませんよね」。
今回の取材で「スンガイ・ウォッチ」の清掃活動に参加する地元の人たちからよく聞かれた言葉です。
ゲイリーさんたちの活動はコロナ禍で観光業が大打撃を受けたバリ島で、地元の人たちの意識を変えるきっかけになっています。
ごみ回収のチームを率いるヴィンセンさん。かつてはタクシー運転手として多くの観光客を乗せ、日々の稼ぎも安定していました。
しかし、コロナ禍の影響で観光客は激減し、収入がなくなってしまいました。

「ずっと景気が良かったので、コロナ禍でこんな惨状になるとは思いもしませんでした。観光業に依存してきたことの“しっぺ返し”を食らった気分でした。
そこで川の清掃を仕事にしないかと声をかけられたのです。今は他人の役にたつ仕事ができて幸せです」。
NGOの地元スタッフを取りまとめるバギアサさんも元々は観光関連業に従事し、コロナ禍で職を失った人のひとりです。
失業者のための雇用促進プログラムを通し、この「スンガイ・ウォッチ」の活動を知りました。ふるさとの環境を見つめ直し、行動するきっかけをもらったと振り返ります。

「観光業が完全にストップしてバリの人はぼう然自失となり、立ち止まることを余儀なくされました。その結果、これまで忙しすぎてかえりみることのなかった周りの自然や環境のことを考える時間ができたのです」
こうして、コロナ禍で生業を失った人たちが次々と清掃活動に参加していきました。
いま、バリ島の観光業は復調し始めていますがごみ問題が解決しなければいずれ観光業にも影響を与えかねません。
ごみをその辺に捨てない、できる限り分別してリサイクルにつなげる…
“当たり前”のことができていなかったバリ島で、意識の変化が少しずつ生まれています。
【取材を終えて】
撮影と編集を終えて1か月後。驚きのニュースが飛び込んできました。
なんと、ゲイリーさんが“アジアのノーベル賞”とも呼ばれる「マグサイサイ賞」を受賞したのです。

彼らの活動が情熱を持ち、果敢にプラスチックごみ問題に立ち向かっているとして、評価されました。
受賞に際し、ゲイリーさんはー
「正直、このような栄誉ある賞をこの段階で頂けると聞いて驚いています。まだまだ活動はヨチヨチ歩きの状態ですので。今後、清掃活動をさらに加速させ、もっと実績をあげていきたいと思います」と話していました。
活動の本格化からわずか2年での受賞は、海洋ゴミ問題が深刻化するなか、「スンガイ・ウォッチ」が目指す変革に、期待と共感が高まっていることの現れではないかと感じました。
NGOでは今年からバリ島以外にも活動区域を広げ、インドネシア最大の人口をもつ隣のジャワ島でも清掃を始めました。
2025年までに、全土で1000か所の河川に活動を展開することを目標に掲げています。このバリ島発のムーブメントがどこまで広がるのか、今後も注目していきたいです。
BS1「Ethical Every Day」
地球環境にやさしい暮らし方のヒントを発信。
インスタグラム「地球のミライ」でも展開しています。※NHKのサイトを離れます。






