
あの魚が食べられなくなるかも 温暖化で日本の海が激変!?
函館のスルメイカに氷見の寒ブリ。
近年、日本各地の名産の魚が急激に減少しています。その一方で、これまで地域で馴染みのなかった魚が水揚げされる事例も相次いでいます。
各地で発生しているとみられる魚の“大移動”。原因のひとつと考えられているのが、“海の温暖化”です。海水から採取される魚のDNAを調べることで、魚の“大移動”の全貌を解明しようというプロジェクトが始まっています。
(クローズアップ現代取材班)
全国各地で漁獲量が急減 原因は“海の温暖化”?
近年、各地で漁獲量が急激に減少しています。10年ほど前と比べてみると、函館のスルメイカは10分の1、岩手県のサケは46分の1にまで減っています。
漁獲量が急減している原因の一つと見られているのが、世界的に進んでいる“海の温暖化”です。日本周辺の今年7月の海水温と過去30年の7月の平均値を比較すると、2~4℃高い海域が増えていて、こうした傾向はここ5年ほど続いています。

こうした海水温の上昇にともなって、魚たちが生息域を変えているのではと見られており、各地の漁業に深刻な影響をもたらしています。
地域の名産がなくなるかも? 全国各地の漁獲量減少マップ

根室・サンマ(北海道)
【漁獲量】
2010年 47,537トン → 2021年 10,480トン
12年連続でサンマの漁獲量日本一を誇る根室花咲港。しかし、その漁獲量は10年ほど前と比べておよそ5分の1にまで減少しています。2020年には8,616トンと1万トンを割り込み、過去最低を記録しました。
函館・スルメイカ(北海道)
【漁獲量(鮮するめいか)】
2011年 4,725トン → 2021年 490トン
スルメイカの漁獲量トップクラスを誇る函館。鮮するめいかの漁獲量は、10年ほど前と比べるとおよそ10分の1にまで減少しています。函館はスルメイカの加工業も盛んとなっていて、急激に進む漁獲量の減少は地域経済にも大きな打撃を与えているといいます。
岩手・サケ(岩手県)
【漁獲量】
2010年 19,011トン → 2021年 413トン
岩手県産のサケの漁獲量は、10年ほど前の46分の1にまで減少しています。
岩手県では明治時代からサケの人工ふ化放流を行い、最盛期の1990年代中盤には漁獲量が7万トンを超えていました。しかし、近年では1万トンを割り込む状況が続いており、厳しい状態となっています。
氷見・寒ブリ(富山県)
【漁獲量】
2011年 47,279本 → 2021年 11,013本
冬の風物詩として全国的にも有名で、ブランド魚でもある氷見の寒ブリ。その漁獲量は、10年ほど前と比べるとおよそ4分の1にまで減少しています。
毎年11月から12月にかけて出荷開始宣言が行われていましたが、2021年は不漁が続き出荷開始が1月にまでずれこむ状態となりました。宣言後の水揚げは順調だったものの、身の細い魚が目立つようになり、ブランド魚に見合う寒ブリの安定供給が難しく、いままでで最も短い17日間で出荷期間が終わる結果となっています。
長崎・サワラ(長崎県)
【漁獲量】
2012年 1,416トン → 2021年 600トン
海の温暖化の影響を強く受けているといわれているサワラ。全国各地でサワラの漁獲量の変化が見られていますが、長崎県では10年ほど前と比べて漁獲量が半数近くにまで減少しています。
新たな地域の名産になる? 全国各地で登場している新顔の魚
全国各地で名産とされてきた魚が急激に減少している一方で、これまでその地域では馴染みのなかった魚が登場してきています。漁獲量が急増した新顔の魚と新たな食文化に慣れ親しんでもらおうと、各地で商品化などの取り組みが始まっています。

北海道・ブリ
【漁獲量】
2010年 2,190トン → 2021年 14,000トン
近年、北海道ではブリの漁獲量が急増しています。その数は、10年ほど前と比べて6倍以上。これまでは長崎県や島根県など、日本の南のほうで多く獲られてきたブリが、海の温暖化の影響で、北海道でも多く見られるようになったと考えられています。
しかし、北海道・函館であがるブリは6キロ以下と小ぶりな上に脂のりが悪いものが多く、買いたたかれてしまうといいます。また、北海道はブリの消費量が全国平均の半分以下と、馴染みが薄く需要が低いため、急激に増加したブリの扱いに課題を抱えています。
そこで、地域では飲食店などが協力して、ブリを利用した「ブリたれカツ」や「ブリ塩ラーメン」といった新たな商品を開発。馴染みのないブリを食べてもらい、新たな食文化を作ろうと、学校給食や地域のスーパーマーケットへと徐々に取り組みが広がりつつあります。

岩手県・シイラ
【水揚げ量】
2010年 24,413キロ → 2021年 256,695キロ
岩手県ではシイラの漁獲量が急増しています。その数は、10年ほど前に比べて10倍以上にのぼっています。南国ハワイでは「マヒマヒ」という名前で親しまれているシイラですが、近年では東北の岩手県でも多く見られるようになっています。
シイラはどんな料理にも合う淡泊な白身魚と評判で、地域ではバター焼きや照り焼き、フライなどに調理して提供。地域の人々にシイラに馴染んでもらおうと取り組みが始まっています。

宮城県・タチウオ
【漁獲量】
2010年 1トン → 2021年 500トン
宮城県では、タチウオの漁獲量が10年ほど前と比べて500倍にまで増えています。その漁獲量は、全国トップ10に入るほどになっています。
西日本で親しまれてきたタチウオですが、近年では東北の宮城県で多く水揚げされるようになっています。地域の水産加工会社では、関西で食べられているタチウオの蒲焼きをヒントにした「タチウオ重」の販売を開始。土用の丑の日に売り出したところ好評だったため、新たな名産として育てていきたいとしています。

宮城県・サバ
【漁獲量】
10年前(2012年5月) 7トン → 2022年5月 8,253トン
宮城県・石巻は秋に獲れる「金華サバ」の産地として有名ですが、春のサバはほとんど獲れないといわれていました。しかし、近年では春に獲れるサバの漁獲量が増え、10年前の5月と比較すると1,100倍以上にもなっています。
福島県・トラフグ
【水揚げ量】(福島県水産海洋研究センター調べ)
2010年 1,840キロ → 2021年 27,839キロ
福島県では、高級魚とされるトラフグの水揚げ量がここ数年で急激に増えています。その数は、10年ほど前と比べて15倍にのぼります。2018年までトラフグの水揚げ量は1トン未満でしたが、2019年以降に急増し、2021年には27トンと過去最多を記録しました。
急増したトラフグによって生まれた新しい漁業。地元漁業者や観光組合などを中心にブランド化への取り組みが始まっています。
福島県・イセエビ
【水揚げ量】(福島県水産海洋研究センター調べ)
2010年 1,952キロ → 2021年 6,159キロ
福島県ではイセエビの漁獲量も増えているといいます。その数は、10年ほど前と比べて3倍以上にのぼっています。トラフグと同じように2019年から急増しています。
地元飲食店を中心にイセエビを活用した商品化などが進んでいますが、地域の人々には馴染みが薄く観光向けとなっている一面もあり、地元での浸透には課題が残っているといいます。
科学の力で異変の全貌に迫る “世界初”の「環境DNA調査」
日本各地で起こる異変の全貌を最新の技術で解き明かそうというプロジェクトも始まっています。東北大学の近藤倫生(こんどう・みちお)教授を中心とした研究チームは、魚のDNAから生息域の変化を“見える化”しようという世界初の調査を進めています。
? プロジェクトの公式ホームページはこちら
ANEMONEプロジェクト公式ホームページ(※NHKサイトを離れます)

魚が残した「環境DNA」を採取
注目したのは、「環境DNA」と呼ばれる海や川、土壌などに存在する生物由来のDNAです。海水中には、魚が残したウロコやフン、微細な細胞片といった痕跡が漂っており、その中にはDNA情報が含まれています。


プロジェクトでは、全国各地で海水のサンプルを採取しDNA情報を抽出。これを分析することで、どの海域にどんな魚が分布しているのかをデータベース化しようとしています。

積み上げたビッグデータから見えてきた異変の全貌とは?
2017年から毎年行われている全国一斉の調査では、これまでに1200か所を超える地点でサンプルの採取が行われてきました。これほどの規模で定期的に行われている調査は、世界初だということです。

近藤教授は、集められた膨大なデータを解析。用いたのは“重心”という概念です。
日本を地域ごとに細分化し、ある魚のDNAが検出された地点が多い地域と、少ない地域のバランスをとって平均化した地点がその魚の“重心”です。今回、2017年と2020年の調査で得られた“重心”を比較し、分析が進む50の魚について分布がどれだけ変化したのかを地図上に落とし込んでみると、見えてきたのは驚くべき結果でした。

サケやサバなどといったなじみ深い魚が北に生息域を移している可能性が見えてきたのです。今回比較した50の魚の内、28属で“重心”の北上が確認されました。
さらに、まったく予想していなかった結果も。

なんと南に移動した可能性のある魚も見られたのです。

プロジェクトのメンバーで海洋生物が専門の京都大学の益田玲爾(ますだ・れいじ)教授は、海水温の上昇で分布を北に変化させる魚が多い一方で、新たな魚の出現で居場所を奪われ南に移動せざるを得ない魚も出てきているのではないか、と分析しています。さらに、こうした生態系の混乱はこれまでにない異常な事態であり、今後も日本人の食や漁業に大きな打撃を与えるのではないかと考えています。
立ち上がって間もない環境DNA調査ですが、今後さらにデータの収集が進めば、さらに正確な魚の移動をとらえることができると期待されています。
生態系調査に革命を起こした環境DNA 最大のポイントは“簡単さ”
「環境DNA調査」の画期的な点は、その調査手法にあります。サンプル採取の現場で必要な作業は、少量の海水をくみ取りろ過するだけ、と非常に簡単で、子どもからお年寄りまで誰でも行う事ができるのです。


これにより、研究者が現場にいなくても全国各地で調査を実施することができます。プロジェクトではサンプル採取を多くの市民ボランティアに担ってもらうことで、かつてない規模の生態系のビッグデータを作成することが可能になりました。
これまでの生態系の調査では、魚を捕獲したり潜水調査で魚の数を数えたりといった手法が一般的でした。しかし、こうした方法では、多くの労力や資金、さらに環境への負担が必要となり、全国一斉の調査といった広範囲にわたる調査を実施することは簡単ではありませんでした。

広大な海の変化をこれまでにない解像度で明らかにすることができる「環境DNA調査」は、生態系調査に革命を起こしたと言われており、資源保護や新種の発見などさまざまな分野での活用にも期待が集まっています。
クローズアップ現代 2022年10月11日放送
「食卓から消えた魚はどこへ?魚の大移動に迫る世界初の魚の地図」
※10月18日まで見逃し配信