
“アニマルウェルフェア”とは? 専門家が1から解説
欧米を中心に進む、卵の“ケージフリー”化。
背景に、家畜のストレスや苦痛を減らし、快適性に配慮する「アニマルウェルフェア」という考えがありました。私たちの食はどう変わってしまうのか?
この記事では、「アニマルウェルフェア」について知っておきたいポイントを専門家に聞きます。
(クローズアップ現代+ 取材班)
話を聞いたのは・・・

東京農工大学 農学部生物生産学科 教授
鶏の行動学・アニマルウェルフェアが専門
ヒヨコが大好き
アニマルウェルフェアって何? “動物愛護”と何が違う?

新村さん:
アニマルウェルフェアは「動物の福祉」と訳されますが、考え方としては、基本的に人が動物を利用するということは許容します。
例えば、ペットを飼うとか動物を食べることは許容します。ただ、最終的に食べるからといって何をしてもいいかと言うとそうではありません。「彼らが生きている間は彼らの生活の質を上げる」「動物の状態を上げていく」ことが望まれるのがアニマルウェルフェアの基本的な考え方です。
アニマルウェルフェアの発端は1960年代のヨーロッパです。イギリスの活動家だったルース・ハリソンが、「アニマル・マシーン」という本の中で、集約的な家畜飼育の虐待性を痛烈に批判。農家や肉屋の焼き討ちなどの過激な運動にまで発展し、大きな社会問題となりました。
その後、イギリス議会は基本原則として家畜のFive freedoms(5つの自由)を定めました。そして、EUの発足と同時に、生産者と市民が議論し、アニマルウェルフェアを法制化していったのです。

そして今、グローバル社会の中でアニマルウェルフェアが国際スタンダードになってきました。
例えば畜産の国際機関であるOIE(国際獣疫事務局)はアニマルウェルフェアの世界基準を作っているので、加盟している日本もアニマルウェルフェアに何か対応しなければいけない時代になってきています。
実は知られていない鶏の意外な生態

新村さん:
元々、野生の鶏は野鶏(やけい)といいますが、そこから家畜化された生き物です。野鶏は元々、南アジアに生息していて、捕食される側の生き物ですので非常に臆病です。
例えば卵を産む時も暗い、囲われた巣箱のようなところで必ず卵を産みますし、夜は食べられないように木の上に飛びあがって休むという習性があります。
鶏の行動パターンは野鶏と非常に類似していることもわかっています。野鶏と同じく木に止まりたい欲求、暗い巣箱で卵を産みたい欲求というのは色濃く今の鶏にも残っていることがわかっています。
鶏は「3歩歩いたら忘れる」と言われますが、そんな事はありません。実際に簡単な足し算ならできますし、ほかの鶏の考えに共感するような能力もある、非常に高度な知能を持った生き物だと研究で分かってきています。
私たちと同じように苦しみを感じたり、あるいは喜びを感じたりすることができる生き物です。

動物は言葉が喋れないので、その心を理解することは難しいと思われがちですが、動物の心を探るような学問分野として動物行動学というのがあって、例えば、人も痛そうな顔をしながらお腹に手を当てていれば、あの人はお腹が痛いんだなと分かると思います。
それを動物に当てはめて、彼らの行動をじっくり細かく観察すると、動物の心の中もある程度分かってくるんですね。そういった動物行動学的な研究をもとに、アニマルウェルフェアの世界基準が決められています。
いまの飼育方法 「アニマルウェルフェア」的にどうなの?
1. 「バタリーケージ」と呼ばれる従来型のケージ飼い
2. 「エンリッチドケージ」と呼ばれる改良型のケージ飼い(止まり木・巣箱付き)
3. 「ケージフリー」と呼ばれる平飼い・放し飼い
新村さん:
鶏の飼育方法は、この3つに大別されます。
日本の卵は90%以上が1.の“従来型のケージ飼い”で生産されています。一方で、欧米を中心に急速に切り替えが進んでいるのが3.の「ケージフリー」です。

1.の“従来型ケージ”は、生産性は非常に優れています。衛生面でも糞が全て下に落ちますので、病気のリスクは非常に少なくなりますし、動き回れないためにエサも少なくて済みます。産卵成績もよくなります。
ただ一番大きな課題としては、行動欲求を満たす、例えば止まり木、巣箱、そういった資源がないので、正常な行動ができる自由が大きく低下してしまうのが、5つの自由の観点からの評価になると思います。

2.の「エンリッチドケージ」は、従来ケージの利点を生かしつつも、ケージの問題点である行動欲求を解消する飼育システムで、ケージの中に止まり木や巣箱を導入することで、行動欲求を満たす環境を作ることができます。
生産性も、ほとんどケージと遜色ないことがわかっています。従来型のケージと「ケージフリー」の折衷案として考えられますが、ヨーロッパではエンリッチドケージであっても「ケージはケージ」ということで禁止にする方向性が決まっています。

最後にケージフリーは、巣箱で卵を産む、止まり木に止まる、砂浴びをする・・・そういった正常行動の評価が高くなることは間違いないと思います。
一方で、生産性は下がります。活動量が多くなってしまうので、同じ量の餌を食べても、卵ではなく活動のほうにエネルギーがいきますので、どうしても産卵数や産卵量が低下します。感染症についても、砂浴び場で自分の糞の上を歩く回数も増えるので、感染症のリスクが高くなりがちです。
また、1つの広い空間に鶏を導入しますので、鶏同士がけんかをして突き合ってしまうリスクもあります。
ただ、今そのリスクを解消するような研究もどんどん進んでいます。もしケージフリーが抱えるリスクを解消できれば、行動の自由度は非常に高いことは分かっています。行動の自由を満たせないケージに比べ、総合的にケージフリーがアニマルウェルフェアにより配慮された飼育システムであることは世界の共通認識だといえると思います。

日本ではケージフリーを進めていく際の独自の課題が2つあります。
1つは気候。アジアはモンスーン気候ですので、温暖湿潤な気候というのは細菌が増殖しやすい環境にあります。衛生的な状態が保ちにくいケージフリーでは少し課題があるといえます。
2つ目は食文化。日本には“生食”という食文化があります。ケージフリーでは、決められた場所以外で卵を産む鶏もいて、卵にサルモネラ菌が付着するリスクが高くなります。それを取り除くための手間やコストが生じてしまう問題があるんです。
日本はアニマルウェルフェアとどう向き合うべき?

新村さん:
私個人の意見ですが、一番の課題は消費者の意識がまだまだ低いことです。「アニマルウェルフェアって何だろう?」という、言葉も中身も知らない人が多いです。その消費者意識が一番大きな課題になるかと思います。
例えば生産者や企業がアニマルウェルフェアに配慮した畜産物を作ったとしても、それを買ってくれないと継続的に生産できません。消費者がいかにアニマルウェルフェアを知って、行動に移していくかが大きな課題になるかなと思います。

ヨーロッパはアニマルウェルフェアの先進国ですけれども、もともと議論が始まったのは、およそ50年前になります。50年間の研究や議論の蓄積がある上に今の状態があります。
一方、日本はまだアニマルウェルフェアがようやく議論の場に出てきた状態になります。まず消費者一人ひとりが知ること。考えること、そして行動することが大事かなと考えています。行動も、何も毎日畜産物を買うということではなくて、1年間に1回でも、1か月に1回でも、スモールステップでいいので行動に移していく。一人ひとりの消費者の行動が、ひいては大きな変化を生むんだろうと考えています。
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2021年11月30日放送 クローズアップ現代+
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