
地球温暖化で寿司(すし)が食べられなくなる?
「地球温暖化の影響で寿司が食べられなくなるかもしれない」
寿司好きの人にとっては、まさに衝撃的ともいえる話ですが、このまま温暖化が進めばその可能性は決して否定できないそうなんです。海水温の上昇などによって、イクラ・ホタテ・タイなど寿司ネタに欠かせない魚介類が、日本の海に生息できなくなる恐れがあるからです。
いつ、どのネタが食べられなくなる可能性があるのか?専門家に話を聞きました。
NHKスペシャル「2030 未来への分岐点」から(「地球のミライ」取材班)
食べられなくなる寿司ネタは?

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伊藤進一教授(東京大学 大気海洋研究所教授)
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「もしかしたら、こうしたネタが食べられなくなるかもしれません。
早くて30年後くらいから始まります。」
今回お話をうかがったのは、東京大学の伊藤進一教授。海の環境と生物の関係について研究しています。まず伊藤教授は「おことわり」として次のように話します。
“寿司ネタになる身近な魚であっても、海洋生物の特性はわかっていないことが多く、環境の変化がどんな影響を与えるのかを予測するのは、いまの段階では不可能に近い”
その上で伊藤教授は、これまでに国内外で発表された海や温暖化に関するおよそ30本の論文をベースに、80年後の2100年までに考えうる可能性を考察しました。その結果、このまま地球温暖化が進めば、海水温の上昇や海水の酸性化などが起こり、日本の海に住めない生き物がでてくる可能性が見えてきたというのです。
では、具体的にどの寿司ネタがいつ頃消えてしまうのでしょうか?
30年後には早くも?シャコ・イクラも消えている可能性
先日、日本政府は「温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」と宣言しましたが、その目標とされているのが30年後の2050年です。しかし温暖化が続けば、その頃までに4つの寿司ネタが食べられなくなっているかもしれません。
その4つとは、シャコ、サケ・イクラ(国産)、イカナゴ。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
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江戸前寿司の代表格の
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シャコ。
東京湾のシャコは川から海に流れ込む水の量が多いと、沖に流されてしまうと考えられています。また、豪雨は海水の塩分濃度を下げます。シャコの幼生は低い塩分濃度に対して弱く、集中豪雨がより多く発生すると、将来シャコは東京湾で取れなくなるかもしれません。
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国産の主な天然サケといえば、北海道や東北でとれる
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「シロザケ」です。シロザケは水温の低いオホーツク海やベーリング海など、北の海で成長する魚です。 海水温の上昇が続けば、シロザケの分布は北上します。21世紀末には日本周辺での回遊が困難になり、それにともなって国産のサケ・イクラの入手は困難になると予想されます。
(※「サーモン」として提供されているものは輸入や養殖が一般的です)
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つくだ煮で出てくることが多い
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イカナゴ。
えさが少なくなる夏に”夏眠”といって砂の中で冬眠のような状態になります。温暖化で海水温が上がると、夏眠の期間が長くなるうえ、熱さでえさが減って栄養を蓄えられません。栄養が足りないと産卵ができないまま夏眠をむかえ、次の世代を残せなくなります。紹介したなかで、最も早く消えてしまう可能性が高いでしょう。
つまり、2050年ごろには…

2050年~2080年ごろ次々と高級ネタも消滅?
次の30年ではさらにネタの消滅が続きそうです。
2050年、2060年、2070年…と聞くと遠い未来の話に聞こえるかもしれませんが、例えばあなたがいま20歳なら、子どもや孫と一緒に寿司屋に行き「昔はもっといろんなネタがあったんだよ…」と話しているかもしれません。
そのころまでに消えていく可能性のあるのは、高級ネタのホタテ、ウニ、アワビ。
複数の要因が重なって深刻な影響が出る可能性があります。
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ホタテガイ
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は海水温が23℃を超えると生理的に障害が起こり、傷を負っても治癒しないことが確認されています。
海水温の上昇による影響が比較的穏やかな深い水深でも、酸素が少なくなった海水が多いところが出てくる可能性があり(貧酸素化)、養殖できる領域には限界が生じます。
さらに海は二酸化炭素を吸収して酸性化するので(海洋酸性化)貝殻を作るエネルギーが多く必要となります。成長にまわるはずのエネルギーが、貝殻を作ることに取られてしまうので、成育が悪くなったり、養殖が困難になったりすることが考えられます。
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ウニ
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とアワビは海水温の上昇による直接の影響と、それによるえさの消失という間接的な影響の2つが同時に起きる可能性があります。
ムラサキウニは生息できる限界水温が25℃、エゾアワビやクロアワビの稚貝は24~25℃です。海水温が上昇すると高水温期(8月)に、その温度を超える海域が日本でも多くなります。
さらに、ウニやアワビが食べる海藻類も同じ水温帯を適水温としているため消失する恐れがあり、より深刻な影響が危惧されるのです。
また、殻の形成に海洋酸性化が影響する可能性もあります。
たくさんあったネタも…

2080年~2100年ごろあれ、お寿司屋さんが…?
私たちの孫やひ孫の世代が社会の中心になり、22世紀が近づくころになると、 いま食べている寿司そのものが消滅している可能性も否定できません。 かろうじて残っていたヒラメ、マダイ、ズワイガニにも消え、日本近海で取れるネタをそろえたお寿司屋さん自体がなくなってしまうかもしれないのです。

もう聞きたくないかもしれませんが、理由はこちらです。
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ヒラメ
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とマダイはほとんど同じ水温帯で、高水温期の8月には27.5℃以下の海水温に分布しています。
海水温の上昇が続くと、21世紀末までに九州、瀬戸内海、近畿、そして東京湾でも成育が難しくなると考えられています。
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深い水深に生息する
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ズワイガニ。
他の生き物より水温の影響は受けにくいのですが、別の要因で消滅する可能性があります。貧酸素化によって、生息できる水深が狭くなる恐れがあります。また、海洋酸性化の影響で殻を作るためにエネルギーが割かれてしまい、成長が悪くなる危険性もあります。深いところに住むズワイガニも、地球温暖化の影響からは逃れられないと考えられます。
なぜこんなことに? 解説:温暖化による海への影響
「地球温暖化の影響で、寿司が食べられなくなるかもしれないー」
あくまで可能性の話ではあるものの、現実味を感じた方も多いのではないでしょうか。 ここで改めて伊藤教授に、特に海の生き物への影響が大きいと考えられる環境変化について教えてもらいました。
①海が熱くなる(海水温の上昇)
地球温暖化は海でも起こっていて、海水の温度が上がっています。海面の温度は世界でおよそ130年の間に平均で0.5度上昇(※)。日本近海での海面の水温は、この100年で1度以上熱くなりました。
今後、21世紀末までにおよそ1度~3度の上昇が予想されています。 海が熱くなると、それまでいた場所には住めなくなる生き物がでてきます。
※1880~2012年の間での上昇
②海が酸性化する(海洋酸性化)
地球温暖化を引き起こす二酸化炭素は、森だけでなく海にも吸収されています。
吸収された二酸化炭素は、水と結びついて酸性の物質に変化します。影響が出やすいと考えられるのは、アルカリ性の物質をもとに殻をつくる貝類などの生き物です。酸性化が進んだ海では、殻を作るのにより大きいエネルギーが必要になるため、成長が悪くなったり、住めなくなったりする生き物がでてくると考えられます。
③海中の酸素が少なくなる(貧酸素化)
海水温が上昇すると、海の中に酸素が運ばれにくくなります。今後も海水温が上がると考えられているので、海水に溶けている酸素はさらに減少すると見られます。そうすると、生き物の住める領域が小さくなると考えられます。
④豪雨などの影響(極端現象)
大気中にある水蒸気の量が増えていることで、集中豪雨が多発するようになっていて、これが海にも影響を与えます。極端な豪雨が増えると、大量の土砂が海に流れ込み、沿岸部の生き物が大打撃を受ける年が頻発することが考えられます。
実は海の生き物はまだまだ分からないことが多い 資源の保護へ!
取材の最後に、伊藤教授はもうひとつお話をされました。
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伊藤進一教授(東京大学 大気海洋研究所教授)
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「普段食べることの多い海洋生物でさえも、わかっていない基礎的な特性がまだまだあります。今回、研究者のわたし自身があらためて感じました。」
「温暖化は進行していきます。海洋生物資源の保護は、生き物自体の研究や適切な資源管理、そして環境問題への一人一人の努力にかかっています。」
ほかの食べ物も心配になってきました…
今回の伊藤教授のお話は国産の寿司ネタに限ったものでしたが、他の料理でも起きる可能性があります。あるいはもしかすると、すでに影響が出始めている食材もあるかもしれません。