
ドロップアウトを防ぐ 外国ルーツの親子のための「プレスクール」
「子どもが学校の勉強についていけるか心配・・・」
我が子の入学を控えた親の不安。とりわけ深刻なのは外国籍の人たちです。
日本語が苦手なために授業や慣習についていけず、学校からドロップアウトしてしまう子どもが少なくないからです。
どんな子どもも“当たり前”に学校に通ってほしいー
在日外国人が多い愛知県西尾市では、小学校入学前から子どもと親を支援する「プレスクール」を開いています。
(名古屋拠点放送局 制作部 ディレクター 立野真央)
小学校入学への不安 自分の子どもはついていけるの?
入学シーズンにはまだ早い12月。受験があるわけでもないけれど、小学校入学に向けて「おやこプレスクール」という取り組みで勉強している子ども達がいると聞き、愛知県西尾市に取材に向かいました。

教室の扉を開けると、大きな声で「あいうえお」を唱える子どもたち。そして隣で子どもを見守る保護者の姿がありました。日系ブラジル人の親子や、ベトナムやペルー出身の親子、様々な国にルーツのある親子が集まっています。
子どもたちはホワイトボードの前に立つ先生の指示を聞きながら、今日の日付の言い方やひらがなを学んでいきます。書き順などにつまづいている子のところには、補助の先生がすかさずかけつけてサポートしていました。
「おやこプレスクール」のおかげで、小学校入学への不安が解消されてきたという保護者がいました。娘のガブリエリちゃんとプレスクールに通う、カミロさんです。カミロさんは日系ブラジル人。ガブリエリちゃんは4月に小学校入学を控えています。

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プレスクールに通うガブリエリちゃんの母 カミロさん
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「家だと日本語の勉強を教えるのは超むずかしい。娘がみんなと一緒に勉強についていけるか、小学校入学がすごく心配だったのですが、少し安心してきました。外国人だとなかなか、小学校の先生に話すのも難しいので」

カミロさんがガブリエリちゃんをプレスクールに連れてきた背景にあったのは、先に入学したガブリエリちゃんの兄の経験でした。
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プレスクールに通うガブリエリちゃんの母 カミロさん
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「(ガブリエリちゃんの)お兄ちゃんは、学校で算数はできるけど国語が苦手で」
カミロさん一家は仕事の都合で1年ほど前まで別の県に暮らしていました。現在小学校1年生のガブリエリちゃんの兄は、入学前に日本語を学ぶなどの準備を行わずに小学校に入学。算数など、母語のポルトガル語でも理解できる教科については問題ないものの、日本語が直接的に関わってくる国語などが苦手になったといいます。
カミロさんは、妹のガブリエリちゃんも授業で置いていかれてしまうことがあるのではないかと心配していました。
「先生が家に来てくれて 嬉しかった」
そんなカミロさんに声をかけたのが「おやこプレスクール」の先生でした。
西尾市では毎年、就学年齢に達する外国籍の子どもについて『入学の準備を行っているか』『通うべき年齢の子どもが実際に学校に通っているか』などを独自に調査しています。
その結果をもとに、地域とつながりが少ないとみられる子どもの家庭を、個別に訪問しているのです。
カミロさんも西尾市に引っ越して間もないときに家庭訪問を受け、プレスクールの存在を知りました。それまでは『費用が高い』イメージがあったことなどから、ガブリエリちゃんは幼稚園や保育所に通っていませんでした。
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プレスクールに通うガブリエリちゃんの母 カミロさん
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「引っ越してきてまだ幼稚園にも通っていなかったときに先生が家に来てくれて、嬉しかったです。プレスクールのこともぜんぜん知らなかったので……」

「おやこプレスクール」は、西尾市が外国にルーツをもつ子どもたちの教育を支援するプロジェクト「多文化ルームKIBOU」の一環です。市の委託を受けて地元の社会福祉法人が運営しています。
教員免許の資格を持つ職員や、ポルトガル語やベトナム語を母語とする支援員などが先生を務めていて、保護者が母語で相談しやすい環境が整っています。
ひらがなが書けるようになった!
「おやこプレスクール」でガブリエリちゃんがまず取り組んだのは、ひらがなで自分の名前を読み書きすること。自分の名前を書き、それを自分で読んで自分と他の子の持ち物を判別できることは、学校生活をスムーズに送る上で大切なことの一つです。
「おやこプレスクール」では子どもひとりひとりに、何度でも文字を書いたり消したりできる、その子専用の名前の練習シートを配っています。ガブリエリちゃんもそのシートで、繰り返し練習していました。
家ではなかなか進まなかったという日本語の勉強ですが、プレスクールで周りの子どもたちに刺激され、先生たちのサポートを受けながら、積極的に取り組めるようになったそうです。
カミロさんとガブリエリちゃんが「おやこプレスクール」に通い始めて3か月。毎週土曜日、1時間の授業に参加し、宿題にも取り組む中で、最初はあまりひらがなが書けなかったガブリエリちゃんも、自分の名前をはじめ、半分以上のひらがなをうまく書けるようになってきました。
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プレスクールに通うガブリエリちゃんの母 カミロさん
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今は(ガブリエリちゃんが)日本語を自分からすごく勉強したがったりして、プレスクールに来るのも楽しんでいて、一年生に向けてすごく頑張っているので、それが一番いいです。

あいさつ、点呼…学校の日常を疑似体験
「おやこプレスクール」は、小学校での実際の授業に近い、集団授業が体験できることも大きな特徴です。
たとえば、教室に入ったら宿題を提出し、自分の名前が貼ってある席を探して、座ります。
授業が始まるときには、「よろしくお願いします」のあいさつを先生とクラスメイトと一緒に行います。
先生の点呼に返事をしたり、今日使う教材を自分の勉強道具の中から取り出したり、忘れ物をしてしまったらそれを先生に伝えたり……。
入学後、初めて大人数の中で授業を受けることはどんな子にとっても慣れないこと。母語ではない言葉で指示を聞きとらなければならないとなると、さらに負担は大きくなります。そんな環境の中でも、戸惑ってしまうことがないように準備できる授業になっているのです。
母のカミロさんも、先生の指示を理解していく我が子の姿を見て、入学への不安が解消してきたそう。プレスクールの先生と相談しやすい関係もでき、今ではガブリエリちゃんの兄も小学生向けの日本語の補習クラスに通うようになりました。
親子一緒に包み込み、ドロップアウトを防ぎたい
西尾市が「おやこプレスクール」を始めたのは、2008年。外国人の割合が約6%と愛知県内でも高い西尾市では、外国籍の子どもたちが学校からドロップアウトしてしまうことが課題になっていました。外国籍の子どもたちは、日本語教育の必要なサポートが不十分なまま入学し、言葉や学校の慣習についていけない状況に陥りやすいからです。
「おやこプレスクール」を実施する「多文化ルームKIBOU」の責任者である川上貴美恵さんは、ドロップアウトを防ぐためには、子どもたちが学校で生き生きと活躍できる素地を作ることが大切だと感じています。
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多文化ルーム KIBOU川上貴美恵さん
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「(外国につながる)子どもたちは単純に学校に通って、教室に座って授業を受ける……という形だけ真似することはできても、勉強でいい成績をとったり、クラスでリーダーシップをとるということはとても難しかったりします。活躍できる場がなかなかないというか、居場所がないと感じて、不登校になったりする子も多く見てきました。でも、言葉がわかるわからないじゃなくて、やっぱり子どもたちには学ぶ権利があるのでしっかり学んでほしいです」
そのために意識的に行っているのが、子どもだけでなく保護者も一緒に、日本の小学校に慣れてもらうことです。

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多文化ルーム KIBOU川上貴美恵さん
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「保護者も練習中なんですよね。例えば「おやこプレスクール」に通うことで、教室からのお知らせとかも読まないといけなくなる。保護者の中には、一回一回翻訳アプリにかけて読んでいるという方もいて、一手間も二手間もかかりますが、言葉の上手く通じない相手とも子どものためにきちんとコミュニケーションをとる練習をしているんです。わからなければもちろん通訳の方だとか学校の先生も手伝って下さいますので。そうして親も一緒に就学に向けて慣れていくっていうのは大事かなと思います」
親子で通ってもらうことで、サポートする側も学校や地域、行政と子どものつながりを作りやすくなり、よりよい支援ができるといいます。
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多文化ルーム KIBOU 川上貴美恵さん
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「兄弟とかも含めて家庭の環境がわかるのでこちらも対応がしやすいですよね。例えば兄弟が小さかったり、お母さんが妊娠してることを知っていたら、こちらも別の選択肢を提供できる。子どもが学ぶチャンスを生かしてもらうために、わたしたちもそれぞれの家庭の環境を知っておくといいですよね」
「集団登校」に「うわばき」学校の文化を家族に伝える
西尾市では就学前の外国籍の子どもがいる世帯を対象に、小学校入学に際しての細かな規則や持ち物について説明した多言語のパンフレットも作成して公開しています。
「集団登校」や「給食」、「うわばき」……。学校で使われることばや学校独特の慣習を保護者たちにも事前に知っておいてもらうことが、スムーズな就学の手助けになります。

「はじめが肝心」だけれど……全国ではまだまだ進まない取り組み
外国ルーツの子どもたちの教育に詳しい専門家によると、西尾市のような行き届いた支援は全国でも珍しいといいます。

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東京外国語大学准教授 小島祥美さん
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「やっぱり教育のスタートはものすごく大きくて、その後の就学にも大きく繋がっていきます。プレスクールを行った地域では保護者の学校活動への参加状況がかなり良い方向に変化したと、現場の方から聞いています。
とはいえ「就学前の子ども」は「学校に通う子ども」とは行政の管轄が違って、厚生労働省と文部科学省に分かれてしまうので、自治体でもなかなか連携を取りながらの実践が進んでいない、自治体ごとに関心が高いか否かにゆだねられてしまっている、という現状もあります」
当たり前の“行ってきます”が聞けるように
ただでさえ進みにくい就学前の子どもへの支援ですが、そもそも外国籍の子どもには「就学義務」がありません。
日本国籍の子どもは、保護者が自ら動かなくても入学案内の書類などが自治体から届きます。一方、外国籍の子どもは、保護者が自ら手続きをしなければ入学できません。
西尾市のように家庭訪問などで積極的に情報を伝えて就学を促している自治体もありますが、全国的にはまだまだ少ないのが現状です。
令和元年に初めて行われた調査によると、全国には約12万人の外国籍の子どもたちが暮らしていて、そのうち約2万人もの子どもが学校に通っていない可能性があることがわかっています。
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東京外国語大学准教授 小島祥美さん
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「どういうふうに外国籍の子どもたち、そして保護者に対してのサポートをしたらいいんだろうと迷う声を自治体関係者からもよく聞きます。こうした西尾市のような、自治体と地域(民間)との連携による実践は、ほかの地域にとって非常に参考になるでしょうし、励みにもなると思います」

「おやこプレスクール」を卒業し、地域の小学校に入学した子どもは、400人を超えました。
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多文化ルーム KIBOU川上貴美恵さん
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「日本語ができないからっていう理由で最初につまずいちゃったら、むちゃくちゃもったいないですよね。本当は、子どもはそんなことでつまずくは必要ないですよね。子どもはそもそも育ちたいし、学びたいんですよね。人間として成長したいっていう欲求は必ずあるんです。だから、その成長したいっていう欲求に、わたしたちは応えているだけなんです。
4月に当たり前に“行ってきます”って言って、ランドセル背負って学校行ってくれたらそれが一番いいなと思います」
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