
”アフリカ少年”だった漫画家が「“違い”を楽しもう」と呼びかける意味―星野ルネさん―
いまSNSで『アフリカ少年が日本で育った結果』という漫画が話題になっています。作者はカメルーン生まれ・日本育ちの漫画家、星野ルネさん(36)。日本に移り住んでから体験した学校生活や、友人とのちょっとした会話の中に出てくる誤解などをコミカルに描いています。漫画を通じて差別や偏見などの問題に挑む星野さんに、いまの表現にたどり着くまでのお話を伺いました。
(NHK 報道局「国際報道2021」ディレクター 重田 竣平)
“アフリカ少年”が見た日本の景色
「髪の毛触らせて!」と群がってくる同級生たちー 学校の入学式など新しい環境に移るたびに、“アフリカ少年”に好奇の目が向けられました。都内に暮らす漫画家・星野ルネさんは、そんな子ども時代の体験や何気ない日常を漫画にしてツイッターに投稿しています。3年前にスタートし現在 5万人のフォロワーを集めています。



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星野ルネさん
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「アフリカの少年が日本で育つと どういう景色が見えるのか。 みんなが当たり前に思っている日本の景色とは、違う景色があるというのを紹介したかったんです」

右:小学校6年生の星野さん 遠いアフリカからやってきた母と自分を温かく迎えてくれた大好きな祖母と
1984年、星野さんはカメルーン人の両親の元、ジャングル近くの農村で生まれました。転機が訪れたのは4歳の頃。母親が村に研究で訪れた日本人の生物学者と再婚し、兵庫県姫路市に移り住むことになったのです。
家の中で故郷の母語・フランス語と、播州弁(兵庫県の方言のひとつ)が飛び交う、ユニークな環境で育ちました。
しかし家から一歩外に出ると、アフリカ出身の子どもは地元では自分だけでした。そのため、さまざまな困難に直面したといいます。
“いつかは自分も『日本人らしい』同じ見た目になれるといいな…” そう願いながら、周囲との容姿の違いやアイデンティティに少年時代は悩み続けました。当時のエピソードは漫画「変身の時」で紹介されています。

高校生になると、外見が理由でアルバイトを断られたこともありました。その後も自分が進むべき道がなかなか見つからず、仕事を転々としてきました。

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星野さん
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「日本人の思考パターン、考え方も知っているので、まあそうだろうな、自分を見て驚きはするだろうなっていうのはわかりつつ…。自分で選んでアフリカに生まれて日本に来ているわけではないので、周りと違うことで自分がどうして煩わしい思いをし続けなきゃいけないのか。心ないことを言う人も中にはいるし、自分のロールモデル、未来像が思い描けなかった」
“マイノリティーは自分だけじゃない”
思い悩んでいたある日、友人から「自身の体験を発信する」ことを勧められました。実は星野さんには、まだ日本語が話せなかった幼稚園のころに、絵を通して周りの子どもたちとコミュケーションをとり、友だちができた経験がありました、いまも星野さんにとって絵は、『自分の内面をもっとも繊細に表現できる手段』だといいます。星野さんは、心の奥にしまい込んできた過去を見つめなおし、少しずつ漫画にしていきました。

得意な漫画で表現することを始めた星野さんですが、それをツイッターに投稿してみたところ、思わぬ反響がありました。同じように外国にルーツを持つ人たちだけでなく、障害のある人や、いじめにあった人など、さまざまな立場の人が星野さんに自分の姿を重ね、共感を寄せてくれたのです。
こうして読者と交流を続ける中で、気付かされたことがあるといいます。
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星野さん
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「自分は見た目が違うからこそ、最初からマイノリティーだとすぐわかる。でも実際には見た目にはわからない病気を抱えている人もいるし、職業がすごく珍しかったり、どこかに障害があったり。細かく見ていくとみんなどこかしらでマイノリティーなんですよね」
星野さんは次第に「自分は周りになじめていないんじゃないか」―。そんな不安を抱える人たちが前向きになれるような言葉を、漫画に込めるようになりました。
2018年の作品「導く光」では、攻撃されて闇に落ちたような気持ちになっても『必ず道しるべが見つかる』と伝えています。

若者に伝えたい “ありのままの君で”
そんな星野さんのメッセージを聞きたいと、毎月のように各地の高校や大学などから講演依頼が寄せられています。この日は、熊本市の大学で体験を語り、「不安な時代の中でも、個性を大切に生きてほしい」と伝えると、学生からも積極的な質問が集まっていました。


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大学生
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「私はそろそろ就活を始めます。もし自分が社会とのズレを感じたとき、どのように乗り越えていけば良いのでしょうか」
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星野さん
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「ズレの部分って個性でもあるし自分だけの味だったりもします。僕はみんなと見た目も違うし、経験してきたことも違うので、そのズレを生かせる仕事を選びました」
さまざまな葛藤を乗り越えてきた星野さんがいま、若い世代に伝えたいことは―。
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星野さん
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「“ありのままの君でいいんだよ”ということ。君が君自身の良さに気づく日が絶対に来るから、自分の未来を信じてほしいということ。君はひとりじゃないんだよということとか、愛情と自信をつけてあげることはすごく大事にしています」
違いを楽しめる社会に

新型コロナウイルスの感染拡大や人種差別をめぐる問題で、世界中で“分断”が強調されたこの1年。星野さんは、これからは人々が互いの“違い”を楽しめるような社会になってほしいと考えています。
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星野さん
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「人間って本当は“違い”って好きなはずなんですよ。人間って、新しい情報に触れるのが好きなはずなんですよ。それが何かの掛け違いで“違い”が悪いようにフォーカスされることも多いけど、本来は楽しめたり、そこから学べるたりできるので、そういう発想がもっと広がればいいですよね。」
最後に「2021年はどんな年にしたい?」というテーマで、昨年末に描いていただいた作品をご紹介します。価値観を異にする人同士に“同じテーブルについて話し合おう”と呼びかけています。皆さんはどう読まれましたか?

取材を終えて
去年は私が携わる報道番組でも、「分断」「対立」という表現が嫌になるほど繰り返されました。そうした中で、人々の“違い”を厄介もの扱いするのではなく、むしろ積極的に面白がることで、アイデアや文化を創り出す力に変えていこうという星野さんのメッセージが、わたしの心に響きました。分断の端と端で遠くから罵り合うのではなく、対話しようと呼びかける姿勢が、今こそ大切だと感じます。
『国際報道2021』と『おはよう日本』でのインタビュー放送後、星野さんのSNSには「メッセージに勇気づけられた」という感想が多く寄せられたそうです。中でも多かったのが、30、40代の子育て世代。「子どもたちに多様性の大切さを伝えるため、この漫画を参考にしたい」という声もあったそうです。
日本社会はこれからますます多様化が進んでいき、同時に望まない軋轢も増えていくかもしれません。国籍や肌の色、性別などに関わらず、誰もが心地よく暮らしていける社会にするために、私たちは日々、どんなことができるでしょうか? 星野さんの漫画をきっかけに、みなさんと一緒に考えられたら幸いです。
(NHK 報道局「国際報道2021」 ディレクター 重田 竣平)
星野さんのように、人と違って悩んだ経験や、それを乗り越えた経験などがありましたら、ぜひこのページの下(動画の下)の「コメントする」から お寄せください。
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