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「文化だけでなく、このままでは“街”が失われる」 浅草・和太鼓奏者の声

先月、情報募集のフォームに1つの声が寄せられました。
浅草を中心に活動する和太鼓奏者の方からの投稿――新型コロナの影響で和太鼓の演奏ができない今の苦境だけでなく、変わりゆく街の雰囲気について綴られていました。
「どうか助けてください」というひと言で結ばれていたメッセージ。何を思い、投稿してくれたのか、取材しました。

(「みんなでプラス」取材班 板橋俊輔)

投稿フォームに届いた声 「動きたくても動けず・・・」

小林さんから届いたメッセージ

投稿が私たちのもとに届いたのは、先月19日。2度目の緊急事態宣言が出て10日ほどが経った頃でした。
声を寄せてくれたのは、和太鼓の奏者である小林太郎さん(45)。小林さんご本人に許可を得て、寄せてくれた投稿の一部をご紹介します。

浅草で和太鼓奏者をしております。今回の緊急事態宣言の影響で、浅草で行っていたお稽古も中止、イベントや演奏会も中心となりました。 台東区商店街応援プロジェクトとして、飲食店や宿泊施設を演奏で応援するプロジェクトを始めようかというところでした。(略)
しかし、緊急事態宣言の影響で、すべて飛びました。チラシを持って一軒一軒まわって話をしております。 今月の現金月収は7000円です。 1月は私達にとってかきいれどきで、これから復活にむけての準備をしているところでした。(略)
お店に元気がないと、浅草は潰れてしまいます。有名でなく活動している人たちは、焦点があてられません。 何人かにやめれば?といわれました。
でも私達はやめるより、自分達の培ったことで、街を元気に、人を喜ばせていくことを生きがいとしております。 動きたくても動けず、ネットを使って配信やレッスンにも限界があります。どうか助けてください。

浅草で和太鼓一筋27年 小林太郎さんが直面したコロナ禍

和太鼓奏者の小林太郎さん

小林さんは浅草を拠点に国内外で演奏をしてきた、この道27年の和太鼓奏者です。和太鼓は多いときには数十人規模で演奏され、全身を使って打ち鳴らす迫力のある音や奏者の息づかいなど、臨場感のある演奏が特徴です。
小林さんは演奏をするだけでなく、浅草をはじめ、都内や千葉県で9つの和太鼓の演奏団体を率いています。これから独り立ちを目指すお弟子さんも抱えており、後進を育成する指導者と、全国を飛び回る奏者という二足わらじの多忙な生活を送ってきました。充実した日々に影を落としたのが、新型コロナウイルスでした。

リモートの取材に応じてくれた小林さん

演奏の場がなくなったのは去年の3月。“3密”という言葉が世の中で使われ始めたころでした。小林さんたちの和太鼓は多くの人が集まって演奏し、また汗も出る、いわば全身運動のような演奏。そのダイナミックさや臨場感が裏目に出て、仕事がどんどんキャンセルになっていったのです。また、屋外や大きなホール以外にライブハウスなどでも演奏をしていましたが、営業自粛で演奏したくても会場そのものがなくなっていくという事態に見舞われました。

そして、4月には1度目の緊急事態宣言が発令。稽古場として使っていた都の施設も使用ができなくなり、イベントだけでなく、稽古をすることもできなくなりました。

和太鼓奏者 小林太郎さん

「私たちが演奏のイベントを準備するのには半年の時間がかかります。これがいったんなくなると、会場の確保や演目の組み直しなどで立て直しに半年から1年の時間がかかることもあります。先行きが見えなくなりました。」

イベントへの出演や演奏の指導などが無くなり、去年3月~5月の収入はゼロ。以前手がけたイベントの出演料が支払われたことで、なんとかこの時期は持ちこたえることができました。その後、経済産業省の「持続化給付金」や文化庁の「文化芸術活動の継続支援事業」などの支援金にも申し込みましたが、苦しい状況は変わらなかったといいます。例えば、文化庁の支援事業の場合、補助金を受けとるには、何か新しい試みをしないと費用の補助が受けられません。
小林さんたちも補助を受けるために、和太鼓演奏のオンライン配信を一から勉強して始めました。しかし、メジャーな音楽とは違う和太鼓の場合、なかなか多くの人に配信を見てもらうことは難しく、十分な支援があったとは言えないと言います。

(「文化芸術活動の継続支援事業」について詳しい記事はこちら

和太鼓奏者 小林太郎さん

「私たちのような伝統的な音楽の場合、固定のファンが大勢ついているわけではありません。また、和太鼓の魅力である臨場感はどうしても画面越しだと伝わりづらいところがあります。機材の準備なども含めてかかった費用の一部を補助してもらいましたが、状況が好転することにはつながりませんでした。
また私だけでなく、同じ奏者でも師匠の世代にあたる年配の方々の中には、そもそも支援金などの情報をネットで入手したり、申し込みをしたりすることができずに、支援を諦めてしまう方もいらっしゃったと思います。」

新型コロナで変貌する観光地・浅草 街の活気が…

地域の祭りなどで演奏してきた小林さんたち

自身の生活を守る以外に、小林さんが危惧しているのが、文化や芸術活動が停滞するとともに、街の活気が失われていくことです。
小林さんが演奏活動の拠点にしている、東京・浅草。インバウンドの高まりにより、近年は海外から大勢の観光客が訪れる一大観光地でした。しかし、新型コロナの影響で観光客は激減、いまも大打撃を受けています。民間の通信会社による調査によると、浅草雷門周辺における人の流れは、去年のゴールデンウィーク時点で前年比およそ9割減。ことし2月の時点でも、去年の同じ時期と比べてさらに2割ほど人の流れが減っています。(データ提供:KDDI株式会社)
小林さんの知り合いの土産物店では売り上げが新型コロナの感染拡大前の3%にまで落ち込み、街の中には閉店を余儀なくされたところもあるといいます。

小林さんたちが前座の演奏を務めたことのある、浅草名物の「浅草サンバカーニバル」も去年に続き、今年も延期が決定。台東区内の大小様々な演奏イベントが中止や延期を決めています。

和太鼓奏者 小林太郎さん

「海外の方からも『浅草で和太鼓をやってみたい』といううれしい声が寄せられていました。
しかし、和太鼓は街に元気がないと人の心に“聞こえてこない”ものです。(浅草のある)台東区はもともと元気がある街です。みんな新型コロナは去年だけで終わると思っていました。いまは街をなんとか活性化させるかにはどうすればいいのか、みんなで考えています。 」

和太鼓で飲食店を活気づけるプロジェクトを開始 ところが2度目の宣言で・・・

飲食店を応援するため電子太鼓の演奏を企画

自分たちの演奏の場を取り戻すためにも、まずは街を活気づけるために何ができるのか考えた小林さん。ことし1月から「商店街応援プロジェクト」として、台東区内の飲食店などを回り、和太鼓を演奏する新しい取り組みを始めることにしました。小さな店舗でも演奏できるように、大がかりな和太鼓の代わりに使うのは、楽器メーカーが新たに発売した「電子和太鼓」。音量の調整ができることから、従来の和太鼓と違って場所を選ばずに演奏することができます。小林さんはこの取り組みを通して、演奏への集客を目的にするのではなく、「演奏する飲食店にお客さんに来てもてらうこと」を目指しました。

しかし年明けすぐ、2度目の緊急事態宣言が出されました。飲食店は営業時間の短縮を求められ、客の足が再び遠のくことになりました。小林さんたちも、当初予定していた飲食店での演奏について、見直しを迫られることになりました。 感染拡大を防ぐための宣言は仕方がないという思いの一方で、国の政策によって振り回されることに小林さんは落胆したと言います。

和太鼓奏者 小林太郎さん

「緊急事態宣言を『出さないつもり』だったのが、数日の間に『出す』ことになって、準備していた取り組みも全てストップをしなければならなくなりました。振り回されるのはもうたくさんだという思いです」

取材から数日後、今度は宣言の延長が発表されました。小林さんから私に送られてきたメールからは、事態がさらに深刻になっていることを物語っていました。

“緊急事態宣言の延長は私たちにとってさらなる痛手となりました。
飲食店対象といいながら、公共施設も閉鎖して活動の場所もなくなっております。
また2月のキャンセルや延期が相次いでおります。
20万だか30万だかの支援を頂戴したとしても、イベントをつくって成果があらわれるのは半年先です。これからまた作り直して半年後に同じような状況がきたらと思うとぞっとします。”

小林さんが和太鼓を指導する生徒はおよそ100人。しかし、再び和太鼓の練習に参加できるのは30人ほどだといいます。小林さんが率いてきた演奏団体も、半分は活動が停止している状態です。
お話をうかがって思ったのは、緊急事態宣言が解除されたとしても、こうした演奏の担い手がすぐに戻ってこられるのか、すぐにイベントは開催できるのか、ということでした。小林さんは中止になった演奏の立て直しには半年かかると話していましたが、1年後、5年後、10年後・・・文化や芸術をこの先も途絶えさせないために、いま何が必要かを突きつけられる思いがしました。
今後も寄せられた声をこの場で伝えて、当事者の方だけでなく、文化や芸術に触れる皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

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