
親が陰謀論を信じ込んでしまった… 苦しむ子どもたち
「元のお母さんに戻ってほしい」
取材に応じてくれた2人の大学生は、そう口をそろえました。
2人とも「母親が“陰謀論”を信じ込んでしまい、親子関係に亀裂が入った」というのです。
“陰謀論”とは「世界はディープ・ステート(闇の政府)が操っている」「ワクチンにはマイクロチップが埋め込まれている」など、政治的・社会的な出来事などについて、背後に大きな力が働いているという考え方。
親子に何が起こったのか、そして身近な人が陰謀論を信じ込んだらどうすればいいのか、取材しました。
(「フェイク・バスターズ」取材班)
スマホの“おすすめ”動画が母を陰謀論に引き込んだ ~ちひろさん(仮名)のケース~

「理想を言えば、陰謀論にはまる前までの母親に戻ってほしいというのは常にいちばんにありますけど、もうそれは不可能に近いんだろうなって…」
母への思いをそう語るのは、大学4年生のちひろさん(仮名)です。
父、母、妹との4人暮らしを送っていたちひろさん一家。父は仕事が忙しく、幼いころから子育ては専業主婦の母が一手に担ってきました。
ちひろさんと母は、ガーデニングやお菓子作りを一緒に楽しむ、仲のいい親子だったといいます。

母の様子が変わったのは、新型コロナが流行し始めたころのことでした。
家族のことが心配で、ネットでコロナ関連の情報を調べるようになった母。気づけば一日中、家事をしながらでもスマホで動画を見るようになっていました。

そして、ある日かけられた母の言葉に、ちひろさんは耳を疑います。

母がスマホで見ていたのは「新型コロナは存在しない」「地球温暖化はウソ」「あの震災は人工地震」など。
コロナに関するものだけでなく、“おすすめ”として表示される陰謀論を扱った動画を、次から次へと見ていたのです。


ちひろさんに語りかけてきたときには、母はすっかり陰謀論を信じ込んでしまっていました。
ちひろさんが「本当なのか分からないよね?だまされているんじゃない?」と尋ねても…。

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ちひろさん(仮名)
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「“おすすめ”とかで一度陰謀論に触れてしまったがために、どんどんその情報に飲み込まれてしまったのかなっていう感じです。
私と話しているときでもかたわらにスマホを置いて動画を流したり、家事の合間にイヤホンをつけながら動画を聞いたり、とにかくものすごい集中力でした。
お菓子を作っている間とかは昔のお母さんみたいな感じなんですけど、私が陰謀論的なキーワードを言ったりすると、陰謀論のスイッチがパーンと入ってしまって、鬼気迫る表情になるんです」


さらに母のスマホのおすすめ動画には、根拠の不確かな民間療法や健康食品も表示されるようになっていきます。

さまざまな心身の不調に効くという、1ケースおよそ1万4000円の砂糖が原料のものや、微生物培養エキスが使われているという1本およそ5000円の飲み物などを、動画ですすめられるままに購入するようになった母。
ちひろさんにも、それらを使うよう強制してきたといいます。


親子の関係はさらに悪化。ついに大げんかが起こってしまいます。


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ちひろさん(仮名)
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「お互い大号泣しながら、ののしり合うというか、どなり合う感じでした。スマホが母を陰謀論にはまらせた元凶のように思えちゃって、そのとき母のスマホを奪って地面に叩きつけて、結局スマホが壊れちゃったんですけど。母を嫌いになりきることはできなかったので、どうしていいか分からなかったんですよね」
孤立した母 “倍速視聴”で陰謀論にのめりこんだ ~サキさん(仮名)のケース~

大学1年生のサキさん(仮名)も、母親が陰謀論にのめりこんだ一人です。
サキさんの母は、シングルマザーとして忙しく働きながら娘を育ててきました。
しかしサキさんが高校生のころ、母はケガをして仕事を休むことになり、人と接する機会がめっきり減っていきました。


そんな母からサキさんにある日突然、動画が送られてきたのです。

このころ母がしていたのは、倍速で次々と動画を見ること。
ものすごいスピードで、陰謀論とみられる情報を吸収しているようでした。

母はサキさんに、陰謀論の動画と同じような口調で語りかけてきたといいます。

さらに母は、医療に関する根拠が不確かな情報も信じるようになっていきます。
いちばんつらかったのは、サキさんがかぜをひいたり、重い生理痛に苦しんだりしていたときですら、病院に行くことも市販薬を買うことも許してもらえなかったことだといいます。


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サキさん(仮名)
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「私はお金がなくて、自分の小遣いで買うっていうのもできなくて、買うってなったら親に買ってもらうんですけど、それもできなかったので…。どうしようもないですよね。寝てるしかないって感じでした。母から『あなたのためにやってるのよ』と言われても、信じられなかったです」
サキさんは母のことを友達や先生に相談することもできず、一人で抱え込んでいました。

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サキさん(仮名)
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「心も重たくなる感じがして。誰かに相談することができなかったのが、いちばんしんどかったと思います。母に私が最初に何か言わなかったせいで、ここまでひどくなってしまったなと思ったので、自分を責めて泣いていたこともあります」
もともとは穏やかな性格だった母ですが、人が変わってしまったようにサキさんは感じています。


“不安”や“自尊心の低さ”から信じてしまう
陰謀論を信じる人はどれくらいいるのか?
フェイク情報や陰謀論を研究する専門家がことし、世間に広まる6つの陰謀論を挙げ、アンケート調査を行いました。

すると、6つの陰謀論を見聞きしたことがある人のうち、「正しいと思う」と答えた人は、加重平均を求めると全体で25%近くにのぼりました。
身近な人が陰謀論を信じ込んでしまったら、どうすればいいのか。
詐欺・悪質商法や過激集団などのマインドコントロールについて研究する、立正大学心理学部の西田公昭教授に聞きました。

西田さんはまず、陰謀論を信じるに至った背景や理由に目を向ける必要があると指摘します。
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西田公昭さん
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「お母さんたちが陰謀論を信じてしまったのには、何らかの意味があったと思います。
ひとつは、コロナ禍や孤立などからくる『不安』を払拭(ふっしょく)したいという思い。もうひとつは、専業主婦で社会との関わりが少なかったり、ケガで休職してしまったりしたことによる自己肯定感の低さから、『プライドをリフトアップしたい』という思い。
陰謀論を信じることで『自分は本当のことを知っている価値のある人間だ』と思うことができます。自分にとって“役に立つ”から信じてしまうんです」
さらに西田さんは、2人の母親がスマホで次々と情報を吸収していたところにも着目しました。
信じたいものに近い情報ばかりを探してしまう確証バイアスがかかった状態では、信じることをやめさせるのは困難だといいます。
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西田公昭さん
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「自分が集めている情報源が偏っていることに気づかず、次々と情報を入れ続けてしまう“セルフインストール”状態だと言えますね。
本人としては、他人に信じ込まされたのではなく自分自身で調べている。そして、出てくる情報は自分の信じる説の正当性を保証してくれるものばかりですから、ますます確信度を高めていきます。だから否定されても『知らないくせに批判しないで』と思ってしまうんです」

対等なコミュニケーションを
では、どのようにコミュニケーションをとればいいのか。
西田さんは、否定せずに対等な関係性で話すことが大事だと話します。
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西田公昭さん
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「陰謀論を信じている側は、『私は正しい、みんながだまされている』という立ち位置がいわば上から目線になっているわけです。陰謀論を信じていない側も『自分たちのほうが正しい』と思っているから上から目線で話をする。お互いが上から目線で話すということになると、コミュニケーションが成り立つはずがないんですね。
まずは話を聞いて、リスペクトして、受け止める。フェイク情報があふれる時代に生きているのだから『お互い間違っているかも』という対等なポジションを取ることからスタートしないといけないでしょうね」
ただ、そうした関係性を作って引き戻すには、多くの場合長い時間がかかります。
取材した2人の大学生は、今は親元を離れて一人暮らしをしていて、距離ができたことで関係性が少し落ち着いたといいます。
今回のような親子のケースの場合、子どもが未成年の間は特に子は親を頼らざるを得ず、相談できる人も少ないことから、公的な相談機関が必要だと西田さんは指摘します。
さらに、陰謀論を信じ込んでしまわないためには、世の中のあいまいさや複雑さに慣れることも必要だといいます。
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西田公昭さん
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「白黒はっきりつけようとすると、はまってしまうんだと思います。私たちは混とんとしたカオスというのは好まないし、もやもやしているところで耐えにくいのが人間です。それでも、あいまいな状況にある程度平気になることが大事なのではないでしょうか」
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