
教員不足の解決策となるか 採用倍率増へ教育委員会の取り組み
“新学期に担任の先生がいない。教頭が代理担任をやることに”
“教科の先生が足りない。しばらく自習が続いている”
全国の学校現場で深刻になっている「教員不足」。
その背景のひとつに、教員採用試験の倍率の低下、教員を志す人が減少しているという指摘があります。去年、全国で採用された公立の小中学校や高校などの教員の採用倍率は3.7倍で過去最低となり、このうち小学校の採用倍率は2.5倍と、4年連続で過去最低となったことが文部科学省の調査で分かっています。
地域の学校教育の存続をかけて、各地の教育委員会ではあの手この手の採用活動の取り組みが始まっています。
移住して教員になろう!徳島県教委が都内イベント

去年12月、東京・渋谷にあるホテルの一角。
「徳島で教員になろう!フォーラム」と題したイベントが2日間の日程で開催されました。
主催したのは徳島県教育委員会。近年低迷し続けている教員採用試験の志願者減少や教員不足に危機感を抱き、県外在住者も含めて教員のなり手を発掘しようという、初の試みです。
徳島出身者だけでなく、徳島にゆかりのないの人、さらには現時点で教員免許を持っていない人も含めて、幅広く参加を呼びかけました。
イベントの冒頭には、徳島の魅力を知ってもらいたいと、県教委の人事担当者自ら「阿波踊り」を披露。

徳島では体育の授業で阿波踊りを教えるため、教員は初任者研修で踊りを練習するという地域の特色を、体を張ってPRしていました。
ほかにも“温暖な気候の中ゆったりとした雰囲気で子どもを指導できる”と、徳島で教員になる魅力をアピールしたり、働き方改革の取り組み、県外からUターンして働く先輩教員のビデオも紹介。
2日間のイベントには、教育学部で学ぶ徳島出身の大学生、社会人で転職・移住を考えている夫婦、徳島にゆかりのない人も含め50人が参加していました。
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(徳島出身で都内在住の女性)
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今は英会話の講師をしているが、いつか地元で教員になりたいと思っていたから、良い機会だった。将来同僚になるかもしれない人たちと話ができて安心感が湧いたし、モチベーションも上がった。
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(都内在住の男子大学生)
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親戚が徳島に住んでいて、徳島で教員にならないかと勧められて参加した。ただ、現時点では住み慣れた東京で教員になりたいと思っている。

徳島県教委によると、2022年度に実施した試験の志願者は1175人と過去10年で最少。10年前と比べ約25%減少しています。
これまでも県内や隣県で大学生向けの採用イベントを実施してきましたが、厳しい現状に危機感を抱き、より積極的な施策を打とうと今回の企画に動いたと言います。
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徳島県教育委員会 教職員課(小中学校人事担当)鎌田秀幸 統括管理主事
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徳島の良さや教員になる魅力をお伝えできて、非常に手ごたえを感じています。
人口減少がどんどん進む地方の小さな県で、教員のなり手をただ待っているだけでは厳しい。近隣の県から徳島の採用試験を受けてくださる人もいるんですが、近隣の自治体との“志望者の奪い合い”になってしまい、合格を出しても辞退者が多いという現実もありました。
首都圏であればそういった奪い合いの心配は少なく、優秀な人材を掘り起こせるのではないかと期待しています。希望者には、県の移住施策も案内しながらスムーズに徳島に迎え入れたいと思っています。
“将来は教員に” 現役の中高生に呼びかける地域も

将来の教員志望者を増やすために、今まさに学校で学ぶ生徒にも教職の魅力を訴えているのが静岡県です。
静岡県では10年以上前から、中高生向けのセミナーを開催。若手の教員をパネリストにディスカッションを行ったり、一日をどんな風に過ごしているか話したりして、職業としての教員を知ってもらおうとしています。
教員になるには教員免許状を取得する必要がありますが、そのためには大学等で教職課程を履修しなければなりません。大学進学を控えた世代に、進路を決めるに当たって教職を検討してもらいたいという取り組みには、これまで約2300人の生徒や保護者が参加してきました。
「教職を目指す中高生のモチベーションを向上させ、教職を目指すことを迷っている生徒の背中を押す効果などを実感しています。中高生という進路選択を考える時期に、正しく教員の仕事や教職の魅力を伝えることは、非常に重要であると感じています」(担当者)
少子化の時代、なぜ「教員不足」が起きる?
そもそもなぜ教員不足が起きているのか。これにはいくつかの理由があります。
国や自治体の調査によると、近年、ベテラン教員が大量退職しています。1970年代前半に生まれた第2次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代の就学に合わせて大量採用された教員が、定年を迎えているためです。
その穴を埋めるように新規採用も増加し、学校現場は“若返り”が進んでいます。

画面左の平成22年度は「50歳以上」が多くの割合を占めているが、画面右の令和元年度は「30歳未満」の比率が19.2%となり、年齢構成が変化している。
現在、そうした若い教員が産休・育休をとる時期にさしかかっていることや、病気で休職する教員が増えていること、さらに特別支援学級のニーズが高まっていることも重なり、教員不足が起きていると文部科学省は説明しています。
学校現場のピンチヒッター「講師」が足りない
とはいえ、これまでも何らかの理由で休職する教員はいたはずなのに、今まで教員不足が問題にならなかったのはなぜか?専門家などに取材すると、そこには「講師」と呼ばれる非正規教員の存在と、教育界独特の慣習があるといいます。
公立学校の教員になりたい人は、教員免許を取得した上で、各自治体が実施する「教員採用試験」を受験します。受かれば、正規の教員として採用され教壇に立つことができます。
一方、試験に落ちた人は、各自治体の教育委員会から「講師」として登録するよう促されます。学校現場で欠員が生じた場合に、期限付きで非正規の教員となる、いわば“ピンチヒッター”です。
教員採用試験の倍率が高かった時代は、試験に落ちる人が多く、結果として講師登録者も大勢いました。ある日突然、教育委員会から「すぐに働いてほしい」と電話がかかってきても、教壇に立てるならと応じる人がそれなりにいたのです。

現在は採用試験の倍率が低下⇒不合格者が減少⇒講師登録者が減少している状況で、いざ欠員が生じても対応が難しくなっています。それが「教員不足」という形で、学校現場へのさらなる負担となり、子どもたちへの影響も心配されているのです。
教員確保へ「初任給アップ」「大型連休返上の採用活動」…模索し続ける教育委員会

NHKでは去年、教員不足を解消するためにどんなことを行っているか、各都道府県の教育委員会を対象にアンケートを実施しました。
多くの自治体が取り組んでいるとしたのが下記です。
○免許は持っているが教職に就いていない「ペーパーティーチャー」向けのセミナー開催
○ハローワークを通じた募集
○特別免許状の活用
※教員免許状を持っていないが、優れた知識などを持つ人を教員として迎える制度
また、教員のなり手が集まらない理由に長時間労働が指摘されていることを受け、働き方改革に力を入れていると答えた自治体も多くありました。
一方で、自治体独自の取り組みも。

【福井県】YouTube動画で教員の魅力をアピール
教育委員会のすべての課から部局横断でプロジェクトチームを結成し、YouTubeの企画を立案。“恩師と教え子の対談”や“県外から転職して福井県の教員になった人”などを動画で紹介し、福井県で教員として働く魅力を訴えています。
「成果は分からないが、受験者に“動画をみました”と声をかけられることはある」(担当者)
【岡山市】初任者の給与アップ 毎月2500円×5年間支給
この春から初任者の教員に対して、採用後の5年間、給与に加え毎月2500円を支給することが決まりました。また、講師に対しても45歳の年度末まで、毎月1000円が支給されます。
教員の負担軽減を考える校長と現場教員などによるワーキンググループで議論を重ね、今後改善を図っていく予定だということですが、更に処遇の改善をすることで、教員の確保につなげたいとしています。

【島根県】大型連休や年末にU/Iターン者向けの特別試験
島根県では去年初めて、U/Iターンの社会人向けに「特別選考試験」を実施。試験を受けやすい大型連休に試験日を設定しました。
春の大型連休の試験では24人が受験し17人が合格。受験者からは、「新卒で教員採用試験を受けた当時は、採用倍率が高く、島根県で教員になりたくてもなれなかった」という声も聞かれていて、担当者は「非常に成果があった」と話していました。
合格者の平均年齢は40歳台。こうした即戦力となる教員を確保しようと、引き続き特別選考試験を実施する予定です。
【神戸市】採用が増えた新任教員を対象に、採用前研修
神戸市では、教員不足に対応するためこの春の採用者数を増やし、451人を採用予定(前年度比205人増で約2倍)。倍率は7.1倍から3.6倍に下がりました。
大学を卒業したばかりの新規教員が増えることへの対応として、神戸市教育委員会は、学校配属前の2~3月に大規模な研修を初めて実施することにしました。希望者に対して、座学や模擬授業などの研修を、小学校で15日間、中学・高校で9日間行います。この期間は時給で給与も支給。対象者のうち9割が参加する盛況ぶりだといいます。
「教員不足の影響が大きく、なかなか講師が確保できないため、前年比で77人多い学卒者を採用しています。これまでも“初任者研修”という研修制度はありましたが、学校での仕事が始まる前に受けたいというニーズも多く、少しでも新人の先生方の不安を和らげることができればと考えています」(担当者)
教員不足は解消できるのか?専門家に聞く

こうした対策は、教員不足の解決につながるのか?
教育研究家で、国の中央教育審議会委員なども務めた妹尾昌俊さんに聞きました。
妹尾さんは「様々な取り組みをして対応しようとしているのは興味深いが、いずれも効果のある施策か明言が難しく、まずは実態や原因を、教育委員会も国も正面から見つめるべきではないか」と指摘。
そのうえで、問題の背景のひとつである“志願者数の減少”について、教員を目指す人がその道を諦めるタイミングはいくつかあるとして、主に4つを挙げています。
① 教職課程に進むも、「難しい」「忙しすぎる」などで修了できない
② 教員免許をとっても、教員採用試験を受けない(民間等に就職する)
③ 試験に不合格となり、講師登録には至らない
④ 教員として働くが、労働環境や処遇の問題などで辞めてしまう
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教育研究家・妹尾昌俊さん
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一例として、教員免許は取得したものの教員にならなかった人の約30%が、“教育実習”を経験して志望度が低くなったという調査結果があります(下図参照)。その原因は何なのかを調べ、対策を打っていくことが必要です。
簡単に教員免許を取れるのが良いことだとは思いませんが、今の学生は特別支援教育やICT教育など、勉強しなければいけないことが増えていて、“カリキュラム・オーバーロード”も懸念されます。学生の不安に向き合うことも重要だと考えます。

教員の産休などの期間を講師がカバーするシステムも、限界に来ていると妹尾さんは指摘しています。
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教育研究家・妹尾昌俊さん
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以前は、教職はとても人気があって、倍率が10倍以上という時期もあり、不安定な講師の立場でも教壇に立ちたいという人は多くました。ただ、“試験は不合格だけど、教員として働いてほしい”と頼まれ、合格者と変わらない仕事をするという状況は、一般的にはなかなか理解しがたいことだと思います。
最も致命的なのは、講師として働く場合、研修を受ける機会が基本的にはないことです。正規採用された教員は“初任者研修”といって手厚い指導を受けられますが、講師の場合は、たとえ新人であっても、教育委員会から何のフォローもないまま現場に立たされるということが少なくありませんでした。講師を活用するならば、自治体の努力として彼らへの支援も必要だと考えます。
最も必要なのは“いま働いている先生たちの環境改善”
さまざまな要因が重なって顕在化してきた「教員不足」。
その対応策として最も大事だと妹尾さんが強調するのは、いま学校現場で働いている教員たちに目を向けることです。昨年度、精神疾患で休職した公立学校の教員は5897人にのぼり、健康に働き続けられる環境を整えることが重要だと言います。
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教育研究家・妹尾昌俊さん
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産休・育休の取得増加が教員不足の一因といわれますが、産休・育休の取得は当然の権利ですし、減らすことはできませんよね。定年退職する人を減らすこともできません。できることは教員志望者を増やすことと、今働いている教員の離職を防ぐことです。
職場環境をよくすることは、病休の人を減らすことと、志望者にとって魅力的な職場に近づくことの、2つの意義があり、効果的です。
ただ現状は、そもそもどんな理由で病休・離職になっているのか、その原因追及もあまりできていません。それゆえ、適切な施策が打てない。教員不足に歯止めをかけるためにも、実態を把握することが肝要です。
教員を志す人は、減っているとはいえ今も大勢います。生徒にとって最も身近な大人が教師であり、その姿から生徒は日々教職の魅力を感じ取ってくれています。だからこそ、やりがいばかりを強調するのではなくて、志望者が不安に思うことに向き合う姿勢が大事になると考えています。
取材後記
今回、各地の教育委員会から話を聞き、綱渡りの学校運営を何とかしたいと必死の模索が続いている様子が伝わってきました。
ただ、教員不足の背景は非常に複雑で、必要な対策も多岐にわたります。
取材に答えた教育関係者が共通して語っていたのは「先生への投資は、子どもたちへの投資、そして日本の未来への投資でもある」ということ。
その意識をもって、教員の処遇や労働環境の改善に取り組んでいく必要があると感じました。