
小学校で"40分の午前中5時間授業" 新たな時間割とは
横浜市の小学校で、思い切った“時間割改革”が始まっています。
午前中に40分の授業を5コマ集中して行う「午前5コマ授業」。
効率的で質の高い授業を目指しつつ、下校時刻を早めることで教員の長時間労働を改善しようという試みです。
小学校の“当たり前”を大胆に見直す取り組み。
「そんなに午前中に詰め込んで子どもは大丈夫?」
「放課後の過ごし方は?」
「先生の働き方は変わった?」……実践から1年、模索する現場を取材しました。
「午前集中型 40分×5コマ」の新たな時間割
小学校での1日といえば私の場合、1コマが45分。午前中に4コマ授業があり、給食を急いで食べて校庭でドッジボールやケイドロ(ドロケイ?)に熱中し、掃除をして、午後は少し眠くなりながら1~2コマ授業を受けて下校……というパターンでした。多くの人は同じような時間割を経験してきたかと思います。
今も上記のような時間割が主流ですが、一方で「午前5コマ授業」を取り入れる学校も徐々に増えています。横浜市では現在9つの小学校がモデル校として取り組み、その可能性を探っています。

横浜市都筑区にある、市立つづきの丘小学校。
380人が通うこの学校では、市の「持続可能な学校」モデル事業の一環として、去年4月から“1コマ40分・午前5コマ”の時間割を始めました。
いったいどんな時間割なのか?新・旧の時間割をまとめた図がこちらです。

最大の特徴は、給食の時間までに授業が5コマあること。その時間を生み出すために、朝の読書などを行う時間は見直しました。
もうひとつ特徴的なのは午後の授業。
午前中に45分→40分と短縮されて生み出された時間を使って、1~2年生は毎日30分の「スキルタイム」と呼ばれる短い授業があります。ドリルを使った学習や、その日の授業で補足したいことがあればこの時間を使います。高学年は「ロングタイム」と呼ばれる最大60分に拡大する授業が行われます。自ら問題を発見して調べていく「総合的な学習の時間」など、活動がともなう授業に活用されています。
下校時刻も早まっています。低学年では14時15分、高学年でも14時45分と、従来と比べて45分早く下校することになります。
“午前5コマ”、実際どうなの?
「正直に言うと、最初は“どうなの?”と私も疑問を持っていました」
去年4月に校長として赴任した田渕恵子さんは、当時の率直な気持ちを教えてくれました。

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市立つづきの丘小学校 田渕恵子 校長
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「私自身も教員として何十年と午前4コマの授業を行ってきました。子どもたちも先生も、午前に5コマ行うことで疲れてしまわないか、心配していました。また先生たちは、40分や60分という従来にはない授業時間でどう学習計画をたてるか、悩んでいました」
前任の校長時代に決まっていた午前5コマの時間割。さまざまな不安の中でのスタートでしたが、やってみると“児童も先生も、想像以上にたくましかった”と言います。
まずは子どもたち。新たな時間割にすぐ慣れただけでなく、短い時間でテンポ良く展開される授業に、むしろ集中が続くようになったと言います。
横浜市教育委員会が午前5コマに取り組む学校の教員向けに行ったアンケートでは“児童の集中力に高まりを感じるか”という問いに63.6%が「そう思う」「ややそう思う」と回答しています。
心配された学力も、調査で大きな変化はありませんでした。
市教委が注目したのは、得点分布の上位・下位の差が縮まっていた点。より詳しい分析はこれからとしたうえで、「学習に苦手意識を持つ子どもは集中がとぎれがちになるが、40分という短い時間なら最後まで集中が続き、結果として学力の底上げにつながっているのではないか」と考えています。

そして、先生たち。
取材で授業を見学していると、先生たちは短い時間でも授業内容を完遂できるよう、初めにモニターを使って視覚的に子どもたちをひきつけたり、問いかけ(発問)を短くテンポよく行ったりするなど、さまざまな工夫を凝らしていました。
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市立つづきの丘小学校 田渕恵子 校長
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「慣れ親しんだ45分の授業感覚を変えるのは大変だったと思います。自分たちの授業を見直す必要があり苦労も多かったと思いますが、それが結果として授業の質の向上につながっていると感じています。
授業の中でも特に大きな変化は“午後”です。今までは決められた単元を行う必要がありましたが、今は“スキルタイム”“ロングタイム”を柔軟に使えるようになりました。各教員の裁量で学習内容に適した授業を行うことができます。まさに“教師の腕の見せどころ”で、先生たちのやりがいにもつながっていると思います」
早まった下校時刻 子どもたちの放課後は?

下校時刻が早まれば当然、放課後の時間は長くなります。何か変化はあったのか?
学校に多く寄せられたのは、「習い事へ行く前に、ゆとりが生まれた」という保護者からの声でした。これまでは下校後すぐ、塾やプールなど習い事へ行っていた子どもたち。現在はおやつを食べたり家族と団らんしたり休んでから習い事へ行けるようになったと、好意的な声が寄せられているそうです。
一方、共働きの家庭が増える中「子どもが早く帰ってくると困る」という声はないのか?
「幼稚園より家に帰ってくるのが早くて驚いた」という声は何件か届いたとのこと。横浜市はすべての小学校に“放課後キッズクラブ”と呼ばれる学童保育を設置しており、モデル校となっている9校は、より早い時間から児童を受け入れてくれるよう協力を依頼。こうした背景もあり、反対意見は特に来ていないといいます。
「午前5コマ」導入の背景に“教員の長時間労働”

横浜市が午前5コマ授業を取り入れた理由の1つが「教員の長時間労働の是正」です。
小学校の先生たちの残業時間(時間外在校等時間)は、学校の繁忙期に当たる4月~6月の月45時間以上の割合が55.2%。過労死ラインとなる月80時間を超える人は9.1%に上っていました(令和元年度・横浜市)。
社会問題となっている教員の労働環境改善のために、横浜市ではこれまでも、職員室の業務をサポートするスタッフの全校配置や、これまで教員自ら行ってきたプール掃除の外部委託など、さまざまな取り組みを行ってきましたが、長時間労働の解消はまだ道半ば。危機的状況から立て直すためには、当たり前と思われてきた授業のあり方も見つめ直す必要があると言います。
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横浜市教育委員会 佐藤悠樹 教育政策推進課長
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「学校が持続可能な場になるよう、取り組めることはすべてやる、いわば“フェーズ1”は終わりました。今後は“フェーズ2”として、授業という本丸も見直していく必要があると考えています」
午前5コマ授業で児童の下校時刻が早まれば、先生たちはより早い時間から授業準備や事務作業、会議などを行うことができ、長時間労働の改善が期待されます。
いま全国で深刻になっている「教員不足」の問題もあります。
つづきの丘小学校の田渕校長も、以前の勤務校で副校長を務めていたころ、休職する教員の代わりがみつからず、自ら担任を受け持った時期があったとのこと。
これまでの勤務校でも、春になると急きょ転入する児童が増え、新学期直前に学級数が増えることがありました。新たな教員が必要でも正規教員の配置は間に合わず、非常勤の教員にきてもらい何とか授業を回したそう。非常勤の教員は勤務時間が限られており、これまでの時間割では午後の授業が担当できないこともありました。
午前5コマで授業が終わる時間が早まれば、非常勤など制約ある先生たちも、ほぼ最後まで授業を受け持つことができます。限られたマンパワーを生かす手段としても期待されています。

市教委が行った労働時間の調査で、午前5コマ導入から1年たった現時点では、数字上の大きな改善は見られませんでした。
一方で、先生たちの“やりがい”には変化が生まれてきたと言います。
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横浜市立つづきの丘小学校 田渕恵子 校長
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「時間のゆとりが生まれた分、先生たちは子どもと対話を重ねて児童を理解する時間が増えたり、教材研究をしたりと、子どもの成長のための時間を多く持てるようになりました。勤務時間については改善の余地もありますが、本来教師がすべき仕事に時間を費やすことができるようになったと感じています」
取材を終えて

「午前5コマ」という、親世代が経験したことのない時間割はどんなものなのか。
私自身は興味津々で取材したものの、親の立場から見れば不安に思う人もいるかもしれません。
ただ、現在の学校現場は“教員不足”が叫ばれるように綱渡りの状況が続いています。今回の取材でも“今まで通りでは、もはや立ちゆかない”という言葉を何度も聞きました。
“もっと授業の準備をしたいのに、忙しくてできない―”
“教師としてやりたい仕事ができない―”
…という言葉も、現場の先生が口をそろえて語っていました。
子どもの学びを守るために、何を優先するのか。何を見直すのか。
授業の質を高めつつ、効率的な学校運営にしていこうという「午前5コマ」の取り組みは、そのひとつのチャレンジ。すべては“子どものため”につながっていると理解することが、こうした改革を実現する第一歩だと感じました。
※記事内の画像に一部誤りがありましたので修正しました(6月14日)
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