
「校則見直しは最高の教材」 ”異色の教育長”が仕掛ける校則改革|#その校則必要ですか?
熊本市内にある137の市立学校すべてで一斉に校則を見直す
しかも校則の内容を考えるのは児童や生徒自身――
去年、熊本市教育委員会が打ち出した方針です。
「え、厳しい校則を守らせるのが教育委員会じゃないの?」。
教育行政を取材してきた私には驚きでした。
仕掛けたのは教育委員会のトップ、遠藤洋路教育長です。
「校則の見直しは日本という国を問い直すことでもあるんです」
こう壮大な理念を語る遠藤さんは、文部科学省の元官僚で起業も経験した異色の経歴の持ち主。
子どもたちによる校則見直しの先に何を見据えるのか。今の教育のあり方に一石を投じようとするその真意に迫りました。
(熊本放送局 記者 北条与絵)
きっかけは“9割”

コロナ禍が学校現場にも影を落とすようになって半年余り過ぎた去年10月。
熊本市の遠藤洋路教育長はあるオンライン会議に臨んでいました。
パソコン画面の向こう側には市内の中学・高校に通う生徒、教師、それに保護者が顔をそろえていました。
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生徒:
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「フェードカットやツーブロックはなぜダメなの?」
「首を絞められたら危ないのでマフラーは禁止されているけど、どういう状況を想定しているのか理解できない」
「校則が何のためにあるのか、生徒を育てるうえで重要なものか考えてもらいたい」
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教師:
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「社会に出る前の準備として通用する身だしなみなどはしっかり身につけてほしい」
会議はそれぞれの立場から、校則についてどう考えているか率直な意見を聞きたいと遠藤さんの呼びかけで開かれました。
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熊本市 遠藤洋路 教育長:
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やはり、子どもの関わり方がひとつ大きなポイントだと思うんですよね
議論のきっかけは熊本市が学校改革の一環で、熊本市立の全学校の児童・生徒と教職員、保護者に行ったアンケート調査でした。
そのなかで「校則の見直しが必要だ」と答えた児童・生徒は全体の33%に上りました。 これが多いのか少ないのか、捉え方は様々でしたが、注目したのが全体の9割近くが「校則を児童・生徒でつくったり考えたりする場が必要だ」と回答したことでした。
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熊本市 遠藤洋路 教育長
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「今の校則でいいとしても、何も議論しないということではないんです。みんなで話し合って、その上で『今のままでいいよね』と決めるのと、誰かが決めたものをそのままやるのとでは全く意味が違うんです」
アンケートの結果は遠藤さん自身が今の教育現場に抱いてきた“違和感”と合致するものでした。
“異色”の教育長

4年前に熊本市の教育長に就任した遠藤さんは現在47歳。その経歴は異色です。
東京大学を卒業後、文部科学省の官僚となりましたが13年間勤めたのち退職。霞ヶ関を飛び出してコンサルティング会社を起業し、自治体などに向けた政策提言を行ってきました。
そんな遠藤さんも、自身の学生時代は校則に対して違和感を持つことはなかったといいます。ときは1980年代、校内暴力が社会問題となり、校則が厳格化された時代でした。
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遠藤教育長:
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「私が子どもの頃の1980年代は私の中学校もそうでしたがガラスが割れたり、みんながバイクで走ったりというのが日常で、子どもをおさえて正常に学校を運営していくためには厳しくルールで縛ることが当時は必要でした。私も校則は必要だと思っていましたが、意味を深く考えることはなく、ましてや自分たちがそれをつくる一員だなんていう気持ちはこれっぽっちもなかったです」
国の中枢でみた理想とのギャップ

そして、飛び込んだ官僚の世界。
漠然と社会の役に立つ仕事をしたいとの思いからでした。
しかし、目の当たりにしたのは想像とかけ離れた現実だったといいます。
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遠藤教育長:
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「国の役所は優秀な人がみんなで一生懸命、国の政策を議論して決めているのかなと思っていたら、全然そんなふうには見えなくて。朝から晩までトイレに行く暇もないくらい、みんな忙しく仕事をしているけれど『日本の学校ってこれでいいの?』といった根本的な議論は全くなく、今進んでいる方向に異を唱えることはタブーみたいな空気がありました」
「縦割りで事なかれ主義の行政を打破したい」
遠藤さんは若手の官僚仲間と「プロジェクトK」というグループを立ち上げ“霞ヶ関改革”を掲げて仕事の進め方や人事制度の見直しなどを求めて活動しました。
しかし、限界を感じた遠藤さんは退職を決意。「民間から社会を変えたい」とコンサルティング会社を起業したのです。
そこでの経験が今の教育長としての理念を支える原点になっているといいます。
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遠藤教育長:
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「起業の経験は非常に大きくて、苦労してお金を稼いで自分で自分の生活を作ることの大変さを実感しました。それまでははっきり言って、校則で縛られていた学生時代の延長というか、人に言われたことを守るとか、人のせいにするだけで誰も声をあげない。自分のことも含めて反省しました。これからどんどん人口が減少して経済も厳しくなって、ほかの国との競争ももっと厳しくなっていく時に、日本全体が言われたことをやるだけだと、これはちょっと国として大変だと。自分たちの責任で自分たちの国をつくる、それを子どもの頃から実感していかないといけない」
校則見直しは最高の“教材”

遠藤さんは市長に請われて4年前に熊本市の教育長に就任。 目の当たりにしたのは自身の学生時代と変わらぬ管理教育がはびこる学校現場でした。
体罰事案の可視化やICT教育の推進、教員の働き方改革に採用制度の見直し、そして不登校生徒の起業支援など、次々と改革に着手していった遠藤さん。満を持して取り組んだのが校則の見直しでした。
もともと熊本は2000年代になっても県内の半数以上の学校が、校則で男子生徒の丸刈りを定めるなど厳しい校則が根強く残っている場所でした。
遠藤さんはアンケートで寄せられた声を背に、熊本市立のすべての小・中・高等学校での一斉校則見直しを決意。 ことしに入って、その指針となるガイドラインをとりまとめました。
この中ではまず髪の毛の地毛の色について学校の承認を求める規定や、制服に男女の区別を設け選択の余地がない規定など、生まれ持った性質や性の多様性を尊重できない校則は必ず改定するよう求めています。 そのうえで、取り組みの柱として「児童・生徒がみずから考え、みずから決める仕組み」を各学校でつくり、その枠組みの中で「必要かつ合理的な範囲内で校則を決定する」としています。
教育委員会が学校向けにこうしたガイドラインを策定するのは全国的にも珍しいということでした。
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遠藤教育長:
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「先生の決めたことに対して、守るだけだったり、反抗するだけだったりしたら、大人になってもそういう意識になってしまいますよね。そうではなくて、自分たちのことを自分たちで決めて、そして責任を持って守るということが民主主義です。小学生の頃から校則の見直しを利用して、自分たちの責任で学校をつくるという経験を積み重ねていくことで、大人になった時にもそれが出来るようになり、よりよい社会のあり方につながると思うんです。そして、その中で、少数派の人権をないがしろにするようなルールを作ってはいけないことも含めて覚えていくことですよね。だから髪型や服装をどうこう以上に校則の見直しは、この国のあり方の見直しであって、これからの時代を生きていく子どもたちを育てるための最高の教材なんです」
コロナ禍が問う学校の存在意義

教育委員会が示したガイドラインをもとに今年度から熊本市内の全137校で児童・生徒による校則の見直しが始まっています。
私はことし7月、市中心部の中学校の取り組みを取材しました。
「水泳のあと、髪が長い子だと水が垂れてくるので、お団子結びを許して欲しいです」
「お団子はおしゃれの域に達してしまうと思うので、私はまだ検討する必要はないと思います」
「体育のとき、男子は着替える場所がないんですけど、このあいだ僕たちが着替えていたとき、女性の先生に見られたんですよ。いやな人もいるんじゃないかなって」
「今のジェンダーレスの考え方として、女の子だけが特別扱いみたいになるのは変えた方がいいと思う」
まずは、学校生活のなかで感じる違和感について活発に意見を出し合っていました。
しかし、夏休みに入ると新型コロナウイルスの第5波が猛威を振るい、2学期は開始から分散登校に。議論は一時、中断を余儀なくされ、見直し作業が本格化するのはこれからです。
このように、遠藤さんが校則改革を打ち出してからこの間は、学校現場がコロナ禍への対応を迫られた期間と重なります。新型コロナにより、それまで当たり前だった学校の日常は一変しました。
いちはやくICT環境の整備に取り組んできた熊本市では、オンライン授業に力を入れ、ふだん不登校だった生徒の出席率が高くなるなど思わぬ効果もあったといいます。
授業は学校でなくても受けられる。じゃあ、学校は何のためにあるのか。
遠藤さんは、その解は校則を見直した先にあると考えています。

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熊本市 遠藤洋路 教育長:
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「授業って、別に学校じゃなくてもできると気づいて。じゃあ本当に学校って何のためにあるのって言ったら、授業はその一部だけど、居場所とか、子どもたちにとっての生活の場なんですよ。自分の居場所だったら、それは自分の意見が聞いてもらえる場所ですよね。だから『校則で言うことを聞け』というのは真逆なわけですよ。校則見直しのなかで自分の意見が意味のあることとして、みんなに受け入れてもらえる。思い通りにならくても、みんなでそれを議論した結果なんだと思える校則づくり。そんな環境をつくることができれば『また明日も学校に行きたいな』と思える学校になると思います」
取材後記
遠藤さんが取材中、しきりに口にしていたのが、「子どもの幸せのため」という言葉でした。
一番大切なようで、“校則“と“幸せ”とではどうも違う場所にあるように感じてしまい、真意を問いました。帰ってきた答えが、本文最後の言葉です。
わたしは、学校に行くのが好きではない子どもでした。教室に居場所を感じることができず、“きょうも学校に行かなくてはいけない”と思う朝が一番憂鬱でした。その解決法の一つが校則の見直しで、自分が主体的に学校づくりに参加することであったなら、意外と近くに突破口はあったのかもしれないと取材を通して当時を思い返しました。
10年後の今、こんどは大人として、いまの子どもたちが「あすも学校に行きたい」と思える一助となるよう、いまの校則や教育が、どうあるべきなのか、取材を続けて行きたいと思います。
(熊本放送局 記者 北条与絵)
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