
井手上漠さんと校則 性別で決められた制服を変える意味
「男女関係なく制服を選べるように校則を変えてから、学校全体が明るくなりました。
『もうどこの学校もこうなっちゃえばいいのに』ってくらい」
性別にとらわれずに活躍するモデル・タレントの井手上漠(いでがみ・ばく)さん。
今年3月に高校を卒業した18歳です。実は井手上さんは高校時代に自ら校則見直しに携わった経験があります。男女別に定められていた制服を性別に関係なく選択できる制服へと変えたのです。
生物学的に男性として生まれながら、「せいべつないです」と自らを形容し、「自分らしくいること」の大切さをSNSなどで発信し続けている井手上さん。フォロワーは約40万人を超え、その美しさとアイデンティティーの示し方が若者からの支持を集めています。
ジェンダーの多様性がなかなか学校の先生に理解してもらえなかった葛藤、自分自身も「校則は変えられないもの」だと思っていたことなど、学生時代の経験をお聞きしました。
(名古屋拠点放送局 制作部 ディレクター 立野真央)
男女別だった高校の制服 自由にしたら…

井手上さんは島根県にある隠岐諸島の海士町(あまちょう)の出身。
小さな島で高校卒業まで暮らしてきました。
高校時代、生まれ持った性別に違和感を覚えている友達がいたことをきっかけに、校則見直しに取り組み始めたといいます。
入学当時は詰め襟の制服を着ていた井手上さん。
2年がかりの活動の末、去年、井手上さんが高校3年生のときに見直しが実現。「男性用」「女性用」とされていた制服が「タイプ1」「タイプ2」という名前に変わり、男女関係なく選択できるようになりました。
井手上さんが3年生のときには、スカートスタイルでも登校できるようになったのです。
「先生は毎日スカートで学校に来られますか?」

井手上さんが校則見直しに取り組んだきっかけは、同じ高校に通うトランスジェンダーの友人に制服についての悩みを相談されたことでした。
「私の友達に生物学的には女の子に生まれたけど、男の子になりたいっていう子がいて。『どうしてもスカートを履いて学校生活を送るのが嫌だ』という話を聞いたのが、校則を変えたいと思ったきっかけでした」
井手上さんは友人と協力して実際に校則を変えるために動き始めました。しかし、校則を変えたいという思いは当初、なかなか先生に届かなかったといいます。
「『校則は生徒の8割が承認すれば変えられる』という決まりだったので、『まずはみんなにアンケート取ってみよう』とか、そういうことから校則の見直しを働きかけました。でも、やっぱり先生とぶつかり合うところがすごくあって……。“時代の価値観”みたいなものにぶつかったと感じたんです。いま、学校の中で性別に違和感を持っている子や、そういった悩みを抱えている子はすごく多いじゃないですか。でも、先生たちが生きてきた時代には、そういう人たちはすごくマイノリティーとされていた。だから、その違和感がなかなか理解できない、男女別の制服を着たくないという気持ちがわからないという先生がすごく多かったです」

井手上さんは一方的に意見を伝えるだけでなく、先生たちにどうやったらわかってもらえるか考えながら対話を続けていきました。
「『男女別の制服が嫌だという感覚がわからない』と言われてしまい“生徒のための学校じゃないの?”ってすごく思いました。でも、先生側の気持ちも考えたら確かにそうだなと思って。違和感を持っている人たちが周りにいなければ、そういう気持ちはわからないなとも思ったんです。 それで、『わからない』と言っていた先生が心も体も男性の先生だったので、『先生、スカートで廊下歩けますか?恥ずかしくないですか?』という伝え方をしました。そしたら先生方も『それは恥ずかしい』と。だから、『毎日この子(トランスジェンダーの友人)はそういう気持ちで学校に来ているんです。勉強しに来ているのに、すごく周りの視線を気にして、生きづらい環境で、毎日戦っているんです』と伝えました。そしたら理解してくれたんです」
中学時代は「校則を変えられる」なんて思ってもみなかった

自身の言葉で学校側に意思を伝え、先生からも理解を得て、校則見直しにつなげることができた井手上さん。
しかし、中学時代は「校則を変えられる」とは全く思っていなかったと振り返ります。
「私は生物学的には男の子で生まれましたけど、昔から髪が長いほうが落ち着きましたし、かわいいものやキラキラしたものが好きだったんです。 中学校のときバレーボール部だったんですけど、髪の毛が伸びたのでしばろうと思って。女の子に『肩に髪がつく子はしばれ』とか言うじゃないですか。私も髪が伸びてきたのでしばったら、先生から『しばるな』ってすごく言われたんです。私の中で大事にしていたかわいいものやキラキラしていたものを、潰された気持ちになったんですよね。個性を潰されたというか。“え?そんなことが駄目なの?”という衝撃がありました。 でも、中学時代は性別に違和感を持っている子は学校で自分1人だけだったので、周りに打ち明けることもできませんでした。だからそれを先生に言って、どうにかなるなんて全く思ってなかったんです。“校則を変えよう”っていう概念さえも全く持っていませんでした。 高校生になって相談できる子たちが増えて、友達から『校則変えたいんだよね』って相談を受けて、『じゃあ一緒に頑張ってみる?』という感じで頑張ったら、本当に変わったんです」
「声をあげること」「対話すること」の大切さ

井手上さんは校則の見直しを通じて「声をあげること」「先生たちと向き合い、対話すること」の大切さを感じたそうです。「校則を変えた」という結果だけでなく、その過程での経験がとても意味のあるものだったといいます。
「何かを変えなければ改善されないことって、校則だけじゃなく、たくさんあるじゃないですか。何か一歩を踏み出すとなったとき、それぞれの時代の価値観を1回ぶつけあうのはどこかで必要になるのかなって思いました。いま思っても、先生たちと対話したあの経験はすごく良かったなと思います」
これからの子どもたちのためにも「校則は見直していってほしい」

最後に井手上さんに、これからの校則見直しがどうなってほしいか尋ねました。
「私は校則って本当に大事なことだと思っています。 私はすごく性別で悩んできました。組織の中で生きづらかったというのがあって“校則がこうなればいいのに”と言いたかったんだけど、やっぱりマイノリティーとされているから、声をあげづらかったんです。今、それがどんどん改善されているかと言われれば、やっぱりマイノリティーはまだマイノリティーとされているんですよね。だから、ジェンダー平等が本当に実現するのは10年後、20年後だと思っています。 でも、10年後、20年後に実現するために、制服もそうですけど、今の小学生だったり中学生だったりが“女の子はスカートで男の子はズボン”ではなくて“自分が好きな服を着る”。そういう価値観を子どものときから持っていれば、その子どもたちが大人になったときに、その次の子どもたちにもつながるじゃないですか。 子どもたちが組織の中で生きやすくなる上で、校則を見直す、考え直す、改善するのはすごくすばらしいことだと思います。そういう学校がどんどん増えていって、10年後20年後にはもっと明るい未来になってることを私は強く願っています」
次の世代の子どもたちのために、と力強く凛とした言葉で語ってくださった井手上さん。
「この校則、変かも」と思ったら誰もが声を上げて変えられる時代の兆しを感じると同時に、そんな社会を早く作らねばならないと感じるインタビューでした。

関連番組
ナビゲーション「校則は“変えられる”時代へ」
2021年10月22日放送(中部7県)
【全国放送が決まりました】 〔BS1〕11月18日(木) 午前0:10~0:35※水曜深夜
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