
“トイレットペーパー問題”が意味するもの 「フェイク・バスターズ」ダイジェスト③
今回のインフォデミックで、とりわけ私たちの生活に影響を与えたのが“トイレットペーパー問題”だ。SNSで発信されたデマがきっかけとなり、各地で品不足が起きた。このデマはどのように広がったのか。そしてテレビや新聞などのメディアはこの問題をどう扱ったのか?
(2020年5月5日放送フェイク・バスターズ「新型コロナ 情報爆発に立ち向かう」から)
「デマも不安も足並みをそろえて広がった」
下のグラフは「トイレットペーパー」という単語がGoogle検索で使われた量を国・地域ごとに可視化したものだ。感染拡大とほぼ同じタイミングでトイレットペーパーの検索量が急増していたことがわかる。
「ウイルスだけではなく、デマも不安も足並みをそろえて広がった」と、グラフを作成した平和博(桜美林大学教授)は話す。

「デマの否定」が逆にデマを広めたか
トイレットペーパーに関するデマをさらに分析すると、意外なことがわかってきた。
ビッグデータの解析を専門とする東京大学大学院の鳥海不二夫准教授。今回「コロナ」という単語を含む1億余りのツイートを分析した。
日本で品不足のきっかけの1つとされたのが2月に投稿されたツイート。
「トイレットペーパーの製造元は中国なので、生産が滞り品薄になる」
という主旨のデマだった。

一体どのくらい拡散したのか?鳥海が分析すると・・・

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東京大学大学院 鳥海不二夫准教授(当時)
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私が調べた限りそのツイートは、しばらくの間、1回しかリツイートされていなかった。しかもその1回は、ご本人が自分でリツイートしたものだった。
一方でさまざまな人が投稿し、広く拡散したのは「デマへの注意を呼びかけるツイート」だった。
鳥海によるとその数は460万近く。デマを否定するツイートが溢れることで、かえってデマが知れ渡るという皮肉な現象が起きたのだ。
さらに「コロナ」「デマ」「トイレットペーパー」という3つの単語を含むツイートを分析すると、最初のデマの2日後に、集中して投稿されていることがわかった。

広島県に住む男性は「デマで品切れが起きるのを防ぎたい」と、トイレットペーパーの在庫があるスーパーの棚を写真に撮るなどして、何度も投稿したという。
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注意喚起の投稿をした男性
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『トイレットペーパーの約98パーセントは国産です。正しい情報を確認しましょう』と、デマ注意を呼びかけるツイートをしました。色々なデマが出回る中で、思いとどまる人が少しでも出てくれればなという思いでした。
買い急ぐ消費者は「合理的」?
しかしそうした注意喚起も、品切れを止めることはできなかった。なぜなのか?
主婦のみなこ(仮名)も、トイレットペーパーの生産が滞るという情報は「デマだとわかっていた」という。
しかしそれまでにもマスクの品切れが起きたこともあり、「生活者としては、自分の家庭に物がなくなるのは困る」と、ネットでトイレットペーパーを購入したという。
<みなこの夫>
全国で品切れが起きたら、物流も混乱するかもな。
<みなこ>
確かに…念のため、いまのうちに1パックだけ。


ゲーム理論が専門の大阪大学大学院の安田洋祐准教授は、デマの存在が知れ渡ったことで、「自分だけ損をするのは避けたい」という考えが消費者の間に広まったと分析する。

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大阪大学大学院 安田洋祐准教授
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個々の消費者の立場で考えたときに、買い急ぐのは、ある意味で”合理的な行動”です。『デマを信じて買い急ぐ消費者が出てくるかもしれない』と、不安に駆られる人が増えると、デマ自体の真偽は二の次で、買い急ぐ方が望ましくなってしまう。
そして2020年4月。緊急事態宣言が報じられると、今度は食料品の品薄も一部で起きた。
こうした事態は今後も繰り返されるのか?防ぐ手だてはあるのか?
専門家からは「カギとなるのはマスメディアの情報発信だ」という声が相次いだ。
マスメディアの情報発信 どうあるべき?

宇野 常寛さん(評論家)
インターネット社会への鋭い批判で知られる。
山本 健人さん(医師)
「外科医けいゆう」のペンネームで、SNSなどでわかりやすい医療情報を発信。
小木曽 健さん(ITリテラシー専門家)
全国の学校や企業をまわり、ネットの炎上対策などについて講演を行う
平 和博さん(メディア研究者)
桜美林大学教授 元新聞記者。メディア・ジャーナリズムの研究が専門
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小木曽 健さん(ITリテラシー専門家)
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今回、トイレットペーパーを求めて並んでいる列には、お年寄りが結構いました。その方々は「テレビで『デマが流れている』というのを見た」と言っていました。マスメディアのデマの取り上げ方は、ものすごく難しいと思いました。
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平 和博さん(メディア研究者)
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メディアの場合、「こんなデマが・・・」というようにデマを見出しにしてしまうことがありますが、そうではなくて、「トイレットペーパーはたくさんあります。品不足ではありません」からニュースを組み立てるのが、一つの考え方だと思います。
まず事実を伝え、次にデマの内容を伝えて、さらに事実で念押しをする。
「事実」→「デマ」→「事実」で「真実のサンドイッチ」という呼び方をしています。

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小木曽 健さん
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ネットの話題を、どこまでメディアが追うべきなのかという問題もありますね。
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平 和博さん
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話題になっている情報もあえて取り上げない。『意図的にスルーする』という判断も必要ではないかなと思います。
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宇野 常寛さん(評論家)
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マスコミにはもっとちゃんとしてほしいけれど、それを受け止めている僕ら自身がこの情報氾濫の時代を生き抜くための知恵が全然足りていないんだと思うんですね 。この状況に対してどうアプローチをしていったらいいと思いますか?
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平 和博さん
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いま「ポストコロナ」という議論も出てきていますが、そこを生き残っていくために一番必要なのは、やはり「自分の頭で考える」。そこが第一になるんじゃないかなと考えています
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山本 健人さん(医師)
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先ほども紹介した情報を見極めるためのポイント「だしいりたまご」、それに尽きると思います。
