
インフォデミックがもたらした“デマと差別” 「フェイク・バスターズ」ダイジェスト①
新型コロナウイルスをめぐり無数の情報が拡散する「インフォデミック」と呼ばれる現象が起きています。 根も葉もないデマ、根拠の不確かな陰謀論、感染者への偏見やバッシング。
実際に「新型コロナに感染した」というデマを流され、被害を受けた企業経営者が取材に応じました。
(取材班)
根も葉もない「デマ被害」を受けた企業

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林泉堂 林博樹社長
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まったく事実無根のデマで、本当に許せないですよね。
「新型コロナウイルスに感染した」というウソを流され、会社の業績が悪化した人がいる。秋田県で麺製品の製造や牛乳配達の事業を展開している「林泉堂」の林博樹社長だ。
林が、最初にそれを耳にしたのは社員のうわさ話だった。
<社員>
社長、知ってます?
このあたりで「ダイヤモンド・プリンセス号」に乗っている人がいるんですって。
ツイッターで話題になっていますよ。

しかし、その翌週ー
<社員>
社長!社長が「ダイヤモンド・プリンセス号」に乗っていたって、ツイッターで拡散してます!

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林泉堂 林博樹社長
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全く青天の霹靂ですよね。なぜデマに巻き込まれなきゃいけないのか。
まったく思い当たるところがないのですが、おそらく秋田県内である程度知名度がある会社なので『クルーズ船に乗っている人がいそう』だと、名前を挙げられたのかなと思います。
林が最も恐れたのは、従業員がいじめや差別の対象になることだった。
いま各地で、感染した人や医療従事者などに対するバッシングや差別的な言動が相次いでいる。
クラスターが発生した京都の大学には、学生たちを批判する電話やメールが殺到。
中には「大学に火をつける」という脅迫まであった。そして三重県では、患者や家族の家に石が投げ込まれたり、壁に落書きをされたりという事態まで起きている。
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林泉堂 林博樹社長:
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自分個人がおもしろおかしく言われるのは、何とも思っていなかったのですが、会社の従業員や家族まで悪く言われたり、いじめられたり、嫌な思いをするのは耐えられないという気持ちがあります。
デマが発信・助長する「コロナ差別」
林はすぐさま会社のホームページで「ネットの噂はデマ」だと否定。
さらに地元の新聞が「ダイヤモンドプリンセス号に乗船していたのは、高齢の夫婦だった」と報じたこともあり、すぐにデマは収まるだろうと考えた。
しかし、今度は別のデマが…
<社員>
今度は社長のご両親がコロナだって!
<林さん>
はー!?
<社員>
お客さんがウイルスが怖いから、牛乳配達をやめたいって・・・
売り上げも3割近く下がっています。


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林泉堂 林博樹社長
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デマがどんどん成長していって…。自分の力ではどうにもならない、という恐怖を感じました。
林は3千あまりの顧客に手紙を書き、必死に事情を説明した。
林の訴えは新聞やテレビでも紹介され、同情する声も少しずつ届くようになった。『#がんばれ林泉堂』とハッシュタグをつけたり、「デマに負けるな」と応援のツイートをしてくれたりした人もいた。
デマやウソへの怒りを隠せない林。
そもそも『感染した人を差別する風潮がおかしい』と訴える。

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林泉堂 林博樹社長
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いまや誰もが感染するかもしれない、かからないでいる方が難しい中で、感染した方やそのご家族まで責めるというのは、本当に愚の骨頂だと思っているので、やめてもらいたいなと思いますね。
林社長のケースを元に、新型コロナをめぐる“デマと差別”について、専門家たちが議論しました。

宇野常寛さん(評論家)
インターネット社会への鋭い批判で知られる。
山本 健人さん(医師)
「外科医けいゆう」のペンネームで、SNSなどでわかりやすい医療情報を発信。
小木曽 健さん(ITリテラシー専門家)さん
全国の学校や企業をまわり、ネットの炎上対策などについて講演を行う。
平 和博さん(メディア研究者)
桜美林大学教授 メディア・ジャーナリズムの研究が専門。
“コロナ差別” 情報発信の責任は
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小木曽 建さん(ITリテラシー専門家)
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情報発信には必ず責任が伴います。4月には「山形県の飲食店で新型コロナウイルスが発生した」というデマを書いた人が逮捕されています。
「面白ければ本当のことじゃなくてもいい、広めてしまえ」という心理を、人間はどこかに持っていると思うのですが、間違った情報を発信したら、法的責任を問われる場合もあることをみんなが知らないといけないと思いますね。
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宇野 常寛さん(評論家)
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「デマは良くない」と言うと、みんな「そうだ」と言うと思うんですよ。ただ、「ネットリンチは良くない」と言ったときに、普段からそれを徹底している社会になっているかと言うと、僕はなっていないと思う。
だからデマを抑制したり、風評被害を抑制したりするためには、まず「ネットリンチを許容する社会」をどうにかしないといけないと思うんですよ。
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小木曽 建さん
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難しいのが、デマや風評被害を拡散している人たちに当事者意識が無いんですよ。情報をリツイートするという行為自体が、実はネットリンチに加担しているということを、いま一度みんなが認識する必要があるのかなと思います。
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宇野 常寛さん
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けいゆうさんは、日々、医療現場に携わっていて、もしかしたらご自身もいつ風評被害の対象になってもおかしくない立場で働いていらっしゃると思うのですが、どう思われますか?
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山本 健人さん(医師)
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僕の知人の医師は、お子さんが幼稚園に通われているんですけど、「医療従事者の子ども」というだけでいじめにあったりしているので、怖いのはウイルスじゃなくてもう人になってしまっている。本当にやるせないですね。
デマは過激な行動へ…
不安と偏見によるデマが、信じられない行動につながったケースもある。イギリスでは、「中国企業が進める次世代の通信規格、5Gが感染拡大に関わっている」というデマが流れ、アンテナへの放火事件が多発している。
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平 和博さん(メディア研究者)
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その中には、新型コロナウイルスの感染者のために、ようやくつくった臨時病院のモバイルアンテナも焼き討ちにあった例もあり、感染対策への障害にもなってしまっています。
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宇野 常寛さん
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どう考えてもトンデモ的な議論というものが、SNSを中心に流通して、それが排外主義やナショナリズムに利用されているのも、頻繁に目にします。どうやってデマ・差別に立ち向かっていったらいいか、ご意見をうかがいたいんですが。
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山本 健人さん
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科学的根拠があるかどうかを常に考える。いま目の前にいくつかの選択肢がある中で、「科学的根拠があるもの、ないものどちらを選ぶか?」となったときに、「科学的根拠がある方が安全」という発想が絶対に必要だと思うんですよね。
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平 和博さん
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いまの状況の中では、「感染防止に役に立つのか」というのは、ひとつシンプルな判断基準かと思います。例えば、医療関係者や感染者に対する差別的なツイートをして感染防止に役に立つのか?もし役に立ちそうもないならば、そのリツイートの手をいったん止めてみるというのが、1つの考え方じゃないかなと思います。
インフォデミックがもたらしたもう一つの深刻な問題、それが“医療デマ”の拡散だ。
信頼できる医療情報を見極めるにはどうすればいいのか?
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