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「コロナ後遺症」の脅威は続く 患者が苦しむ周囲との“ギャップ” 治療例は?

5月8日に、新型コロナウイルスの感染症上の位置づけが「5類」に移行。 重症化リスクは明らかに減少し、社会はすでに元のにぎわいを取り戻していますが、医師が「全く別の次元で捉えてほしい」としているのが、いわゆる「コロナ後遺症」です。

聖マリアンナ医科大学病院で多くの「後遺症」患者の治療を続けている佐々木信幸医師によると、今後しばらくは「後遺症の波が続くと考えられる」と言います。

現在どのような治療が行われているのか、患者がいま悩んでいることは何か。佐々木医師に聞きました。

「後遺症」患者が感じる“普通”のギャップ

「コロナ後遺症」に悩む人は、感染して半年から1年、長い場合は2年程度経過してから初めて病院に訪れるなど、大半の人が長期間に渡って苦しんでいます。 社会全体ではコロナ前の日常が取り戻されていますが、「後遺症」患者が周囲との「ギャップ」に、より悩まされるようになっているのではないか、佐々木医師は危惧しています。

佐々木信幸医師
聖マリアンナ医科大学病院 佐々木信幸医師
佐々木医師

「後遺症患者が悩む“普通”とのギャップの問題は症状自体にもあります。


せきが長く続く、立ち上がると脈拍が早くなるなど等の症状であれば、『普通ではない』と自覚的にも他覚的にもわかりやすいのですが、記憶力や集中力の低下やブレインフォグといった認知機能に関する症状は周囲にはわかりにくいものです。


患者本人すらも『元々そうだったのではないか』、『気のせいなのではないか』と悩み、それが原因で受診が遅れる場合もあります。そして更に問題なのは、その認知機能を精査してみても“普通”と判断されるリスクがある点です」

ひとつの検査では「普通」でも さらに検査を尽くす

ある18歳の男子高校生は、去年8月に新型コロナウイルスに感染。発熱や呼吸器症状自体は軽症で自宅療養のみで改善しましたが、その後、けん怠感・ブレインフォグが長期持続しました。頭が働かず、以前のように勉強ができなくなったと自覚し、去年12月に聖マリアンナ医科大学病院を受診しました。

佐々木医師

「簡易なアンケート検査では明らかな強いけん怠感が認められたものの、勉強などに関する認知機能低下の訴えは主観的ではっきりしなかったため、最も詳細な認知機能検査として知られる『ウェクスラー式成人知能検査(WAIS-4)』を施行しました。


男子高校生の初診時の『WAIS-4』の結果は、知能指数120、言語理解128、知覚統合116、ワーキングメモリー117、処理速度99。ほとんどの値で、標準値もしくはそれを上回る成績でした。


その一方、『脳血流SPECT』では後頭葉の血流低下などの客観的な異常所見が認められたため、『rTMS』による治療を開始しました」

「rTMS」のイメージCG
「rTMS」のイメージ

▼「ウェクスラー成人知能検査(WAIS-4)」とは
世界で普及している、知能を総合的に検査するもの。言語理解(VCI)、知覚統合(PRI)、ワーキングメモリー(WMI)、処理速度(PSI)といった4つの領域と総合的な知能指数(IQ,FSIQ)を測定し、いずれも標準値は90〜110とされています。

▼「脳血流SPECT」とは
脳の血流を調べる検査。認知症を疑う症状が持続する場合、脳が萎縮するため、動脈に狭窄さくや閉塞(へいそく)がなくても、血流が低下するため、異常を発見することができます。

▼「rTMS」とは
頭の上から特殊な磁場を照射し、狙った脳内の局所の神経の働きを変化させる技術です。これまでに数百人の“コロナ後遺症”患者に「rTMS」治療を続けており、これまで私たちの記事でもお伝えしてきました。

10回の「rTMS」後、「WAIS-4」では、知能指数136、言語理解143、知覚統合130、ワーキングメモリー122、処理速度114であり全てにおいて大幅な改善を示しました。

佐々木医師

「本人も『頭がすっきりした状態で勉強できるようになった』と話していました。大学受験は1年遅らせる結果となりました、翌年のチャレンジに向けて前向きに頑張っています」

また、コンピューター関連の専門職だった41歳女性の例では、感染から1年以上、からだの不調に苦しんでいましたが、「rTMS」治療後、改善が見られたと言います。

2021年7月に新型コロナウイルスに感染し、そのときは軽症のまま回復しました。しかしその後、仕事上のミスが増え休職を余儀なくされていました。

佐々木医師たちのもとを受診したのは、去年11月。20回のrTMS治療をうけたあと、「WAIS-4」の全ての値が大幅な上昇を示し、後頭葉の血流の低下も改善しました。本人の自覚的症状にまだ変動はあるといいますが、復職を果たすことができました。

【取材後記】

佐々木医師と患者

血液検査など万人に当てはまりやすい正常値とは異なり、認知機能などはもともと個人差が大きいとされています。そして、このような問題が生じない限りは詳細な検査を受ける機会などないのが通常であるため、病前の状態を推測することは難しい、と佐々木医師は言います。

そのため、認知機能の評価に際して「普通」や「標準」のみで判断してしまうと、患者本来の能力とのかい離が生じてしまう危険性があるとも言います。そして、そのような判断が、社会的環境的により患者を苦しめてしまう原因にもなっています。

「後遺症」は新型コロナウイルスに限らず、多くのウイルス性感染症後に認められますが、今回は世界最大のパンデミックだからこそ、同時に多数の「後遺症」患者が発生した結果、社会問題として広く知られるようになりました。

佐々木医師は最後に「この後遺症の問題は、コロナ禍が収束しても終わるようなものではないことを、世間に認識していただきたい。そもそもウイルス感染に対する予防的意識は、持ち続けなければならない」と話していました。

担当 松井 大倫の
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この記事の執筆者

報道局 社会番組部 チーフディレクター
松井 大倫

1993年入局。2020年4月から聖マリアンナ医科大学病院コロナ重症者病棟の取材を続けている。

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