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第7波の終わりに、第8波に備えて 医療の最前線から

新型コロナ第7波は、落ち着きを見せ始めています。
しかし第7波での死者数は、第6波を超える勢い。医療現場では、第7波でも発熱外来に患者が殺到したり、抗原検査キットがなかなか手に入らなかったりと、「医療体制の整備」がいまだ追いつかない状況が続きました。感染者の全数把握が見直され、医療機関や保健所の作業が軽減しても、今後、インフルエンザ流行の季節を迎えれば、また混乱を招きかねない状態に陥ることが予想されます。

こうした中、次のパンデミック「第8波」に備える、聖マリアンナ医科大学の藤谷茂樹医師からメッセージが届きました。クルーズ船の患者を受け入れた「第0波」からこれまでの経験を踏まえ、何を反省し、今後どうしていきたいか。
コロナ重症者病棟を指揮する医師の言葉をお伝えします。

NHKスペシャル「新型コロナ病棟 いのちを見つめた900日」

初回放送:2022年10月1日(土)夜10:00~
NHKプラスで10月8日(土)まで見逃し配信中
再放送:10月5日(水)午前1:15~

「第0波」から手探りの治療

「第0波」。
聖マリアンナ医科大学病院では、新型コロナウイルスの市中感染が広がるよりも前、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」で発症した患者への対応にあたった時期を、こう呼んでいます。

聖マリアンナ医科大学病院 藤谷茂樹医師

横浜港に検疫のために停泊しているクルーズ船から、川崎市にある聖マリアンナ医科大学病院へ直接患者が搬送されてきました。患者の中には、中国人やフィリピン人などの外国籍の人も含まれており、藤谷さんたちの元には、海外の大使館経由で、いろいろな治療法を試してほしいという要望が届いたといいます。
抗マラリア薬や抗HIV治療薬の投与などが治療の候補に挙がりましたが、確かなエビデンスは、まだどこにもない時期。藤谷さんたちは、抗HIV治療薬を抗ウイルス薬として使用しましたが、効果がある実感はありませんでした。

2020年3月後半以降に使用したのは、「ファビピラビル」という国産の抗インフルエンザ薬。重症患者に対しては効果の実感はなかったものの、軽症・中等症で発熱の日数を短縮するという報告がされました。その後、エボラ出血熱の治療薬でも使用されていた「レムデシビル」が中等症に効果があるとわかりました。
日本にパンデミックが上陸してから1年が経過して、重症患者に対して効果がある治療は確立され、ステロイドと抗リウマチ薬に使用する免疫調整薬である「トシリズマブ」などを使用しています。

そして2021年8月、初期に治療で要望されていた抗マラリア薬や抗HIV治療薬は、なにも投与をしない場合よりも予後を悪化させるという報告がありました。その時点まで、多くの医療機関では、この薬剤は使用されていたことになります。

藤谷医師

「実は治療の変遷がこのようになっていたことを、多くの国民に理解をしていただければと思います。新薬やワクチンは、短期に開発することができません。ここまでに示した通り、感染症は、パンデミックの初期には手探り状態での治療になります。
日本国内でのコロナウイルス感染症の治療法は、中国・武漢からの情報のみで、エビデンスのない中での治療でした。
そして日本では、国内でエビデンスを得ることや新薬の開発に力を入れていて、海外との共同研究にはあまり力を注ぎこむことができませんでした」

日本国内では、国費をコロナ診療の開発や研究に投じましたが、その研究は小規模で、治療薬に関するエビデンス創出は限定的でした。
さらに海外の研究に協力をすることもほとんどなかったため、海外から明らかな遅れを取り、コロナ患者に最適な治療をする機会を逸したことを、藤谷さんは忸怩(じくじ)たる思いで振り返りました。

「薬の効果は?」発信は海外が先行

未知のウイルスに、どの薬が効くのか。海外では、できるだけ短期に効率的にエビデンスを出す仕組みを構築してきました。
2020年の6月、英国の研究グループがいち早くステロイドの効果があることを発表しました。この研究は、2か月間という超短期間に新型コロナウイルス感染症患者を10000症例登録。ステロイド治療の有効性を示すだけではなく、当初使用されていた 抗マラリア薬や抗 HIV薬の効果がないことを、全世界へ発信しました。

藤谷さんは、こうした日本と海外の状況の違いを振り返り、パンデミックにおいてはまず、「世界が手を取り合い協力して、既存薬の効果があるかどうかを示すこと」が重要だと言います。

藤谷医師

「ワクチンや新薬の開発は、年単位の時間がかかります。新薬が使用されるまでの間、既存薬を用いた効果のある薬剤を、一刻も早く患者さんに届ける必要があります。エビデンスを出すためには、世界中で協力をして短期間に、効率の良い研究手法を用いることが重要となるのです」

海外とのネットワーク「REMAP-CAP」への期待

実は、現在エビデンスのある多くの治療薬は、国際的なネットワークを構築して創出された、効率的な研究手法を用いて証明されています。
藤谷さんたち聖マリアンナ医科大学病院も、新型コロナ感染症に対するステロイド薬の効果の発表をした国際ネットワーク研究グループ「REMAP-CAP」に参加をしています。SARS、新型インフルエンザ、MERS、エボラ出血熱など、世界中で新興再興感染症が発症する中、パンデミックへの対応もみすえて2016年に設立され、同研究はWHOからもサポートされています。世界中で約20ヶ国、312の施設が参加して、10,000例の新型コロナ症例が登録されてきました。海外では、新薬に関する研究も同研究で実施されています。

REMAP-CAP JAPAN ホームページより
藤谷医師

「REMAP-CAPの研究手法は、一度に複数の介入試験を行えることが、今までの研究手法とは異なります。国際研究であるので、多くの症例登録が行われ、複数の研究が同時に行える効率的な運用ができます。
日本の研究代表機関である私たち有志が中心となり、『REMAP-CAP Japan』として、国立研究開発法人日本医療研究開発機構から研究費を受託して、2020年度と2021年度に、このパンデミックに迅速に対応ができる、既存薬を用いた治療法の開発に臨みました。
REMAP-CAPの研究手法は、同一の疾患群にいくつもの介入試験を同時に行うことができます。効果がありそうな介入治療であれば、患者数を増やし早期にエビデンス創出を行い、無効であると分かればその時点で中止することができます。患者さんにとってメリットがあるばかりでなく、短期に研究成果を出すことができる手法です」
※下図を参照

REMAP-CAPの試験の仕組み

藤谷さんは今、関連する学会で、この研究の概念を普及させるための発表や勉強会を開き、理解・賛同する機関のネットワークを形成しようとしています。
また、研究を維持するため、公的研究費申請やクラウドファンディングに奔走しています。

藤谷医師

この研究は、平時から動かしておかなければ、有事に即座に動かすことができません。私たちは、次に起こるかもしれないパンデミックに対して、2年半かけて培ってきた、このREMAP-CAP研究グループを維持していく必要があります。
今後のパンデミックに対して基盤を強固にし、国内での研究組織体制の再構築、オールジャパンでの活動を目指しています。
今のコロナのパンデミックの収束が見えてきたからこそ、平時でも準備運動用に走らせておく効率的な研究手法を根付かせておく必要を強く感じています。

REMAP-CAP Japanの参加登録を推進するための普及活動

新型コロナ治療の最前線では、2020年の2月からのパンデミックとの闘いが絶えることなく続いています。第7波が収束方向に向かっている現在でも、現場の医師たちは息をつく間もなく、今後新たに起こりうるパンデミックに向けて活動を続けているのです。

取材後記

藤谷医師は、第8波が起きる前に「REMAP-CAP Japan」の活動を多くの人に知ってもらおうと 活動を始めています。また、治療薬以外に、コロナ疑いの患者を診察する病院やクリニックの裾野をどう広げるのか。国は医療者や専門家と協議し、今のうちに必要な措置を講じる必要があります。
さらに、オミクロン株対応のワクチン接種が始まっていますが、前回接種との間隔をどれだけとればいいのか、いつ打てばいいのか迷う方も少なくないと思います。準備する自治体も含めて混乱しないような、先手先手の対策を求めたいと思います。

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担当 松井ディレクターの
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この記事の執筆者

報道局 社会番組部 チーフディレクター
松井 大倫

1993年入局。2020年4月から聖マリアンナ医科大学病院コロナ重症者病棟の取材を続けている。

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