
男性の性被害① 職場上司からのセクハラ 男性たちの苦悩【vol.28】
性被害は、誰の身にも起こり得ます。それは男性であっても同じです。女性の被害に比べて軽視されがちで、だからこそ被害者が声を上げにくい“男性の性被害”について3回シリーズで特集します。第1回は、職場でのセクハラの実態です。
(報道局社会番組部ディレクター 竹前麻里子)
男性の性被害②性的虐待、レイプドラッグ… 寄せられる悲痛な声
男性の性被害③被害に遭った男性のみなさん そばにいるみなさんへ
“体を触られた。周りに相談したが、取り合ってもらえなかった”
今年、日本労働組合総連合会が行ったアンケート調査では、職場でハラスメントを受けたことがある男性のうち14%が「セクハラを受けたことがある」と答えました。また、「就職活動中にセクハラを受けた」という20代男性は21%にも上り、20代女性の12.5%よりも多いことが分かりました。
被害者の一人を取材しました。関東の企業に勤める男性(30代)は、2011年10月、温泉巡りという共通の趣味をもつ男性上司(当時50代)から、日帰り温泉旅行に誘われました。その帰りの車の中で、股間を何度も もまれるといった被害に遭ったと言います。

温泉旅行の数日後、男性はその上司と一緒に仕事をするのが苦痛になり、社内のセクハラ相談窓口の管理職に被害を相談します。しかし返ってきたのは思わぬ言葉でした。
「『あいつはお酒飲むと、いつもそういうことをするんだ。だから、気にするな。いつまでも気にしていると仕事に支障をきたす』と言われてしまって。真剣に取り合ってもらえず、ショックでした。」
男性はその後、温泉旅行に一緒に行った上司から、職場でも乳首をつままれる、股間を触られるといったセクハラを受けるようになったと言います。
「仕事でお世話になっている上司なので、面と向かって反抗しづらかったです。押しのけて逃げたことはあったのですが、相手が怒ったりするので、怖かったです。」

男性は、勤務シフトを管理している直属の課長に、この上司と異なる時間帯に働きたいと要望。しかし、2か月ほど、一緒に仕事をせざるを得ない状況が続きました。男性は適応障害を発症し、1年以上休職することになりました。
「いろんな人に相談したのですが、まともに取り合ってもらえなくて。周りから孤立してしまった絶望感というか、精神的な負荷がものすごく大きくなって、仕事が手につかなくなってしまいました。」
当時の企業側の対応について、広報担当者は次のように話しています。
「男性が訴えたセクハラ被害に対しては、それなりの配慮をしたと考えています。2011年10月に、男性からセクハラ相談窓口に相談があった翌日、セクハラをしたとされる男性に事実確認をして、注意を行いました。また、シフトを配慮してほしいという申し出についても、可能な限り、2人のシフトをずらしました。同じ時間帯に同じ業務につけたことは、12月は1日しかありません。」
しかし、男性によると、シフトが入れ替わるときの引き継ぎの際などに、この上司と2人で作業しなければならない日が複数あり、体を触られるなどの被害を半年近くにわたって繰り返し受けたと言います。
男性が休職せざるをえなくなったあと、上司は転勤。その後1年ほどたって男性は職場に復帰し、現在も同じ会社で働き続けています。
裁判では「セクハラ」と認められず
2015年、男性は労災認定を求めて提訴しましたが、2018年の東京高裁の判決では、セクハラによる労災は認められませんでした。裁判所は、上司が日常的に男性の尻をたたいていた事実は認めたものの、「スキンシップの一環である」として、セクハラ行為には認定しませんでした。また男性の乳首や股間を触ったという訴えは、目撃者がいないなどの理由で認められませんでした。
男性の当時の弁護士、穂積匡史(ほづみ・まさし)さんは、この判決について次のように批判しています。 「厚生労働省が定めた労災認定の基準では、腰などへの継続的な接触は、心理的負荷が強いセクハラ行為だとして、原則、労災として認定されます。男性の高裁判決では、尻を日常的に触られていた事実は認められているので、もしも被害者が女性だったら、労災は認定されていたでしょう。
『被害者が男だから、たいしたことはないだろう』という偏見が、判決の背景にあると感じています。」
女性から男性へのセクハラも
女性から男性へのセクハラも、男性から女性へのセクハラに比べ、軽視されがちだと指摘する専門家がいます。弁護士の戸塚美砂さんです。戸塚さんは2011年、女性から男性へのセクハラについてインターネット上でアンケートを行いました。女性管理職の増加に伴い、潜在的な被害があるのではないかと感じたことがきっかけでした。

アンケートは、全国の22歳から39歳までの男性を対象に行われました。回答者2539人のうち、女性の上司や先輩から「不快な思いをさせられた」と答えた人は4人に1人に上りました。

戸塚弁護士は、アンケートに答えてくれた複数の男性に聞き取り調査も行いました。「“あの人、オカマっぽいよね”と言われた」、「女性社長が男性社員をデパートに連れていき、水着を次々と試着して感想を言わせた」などの事例があったと言います。

また、「不快だと感じる行為を女性から受けたときに、オープンに話せる社会環境か?」という質問に対しては、75%の人が「そうは思わない」と回答しており、男性が周囲に被害を打ち明けにくい実態がうかがえます。戸塚弁護士は、表面化している男性被害は氷山の一角に過ぎないと考えています。
「『女性からそんな事をされるような弱い男性だと思われたくない』『男の沽券(こけん)に関わる』などの理由で、ほとんどの被害者が、周囲に相談していないことが分かりました。また会社に思い切って被害を申告しても、『男なんだから我慢しなさい』と言われるなど、女性が被害を受けた場合よりも問題が軽く扱われてしまうため、訴えることをあきらめたという人もいました。実際に起こっている被害に比べて、表に出ている件数はかなり少ないという印象を受けました。」
今回、取材を通じて感じたのは、女性へのセクハラが社会的にかなり問題視されるようになった一方で、男性へのセクハラについては、「相手が男性なら許されるだろう」という空気が、社会にまだ根強く残っているということです。男性へのセクハラを防止する研修や、男性が相談しやすい窓口を設置するなどの対策が求められているのではないでしょうか。
あなたは男性のセクハラ被害についてどう思いますか?職場でセクハラ被害に遭ったことがある男性の方、無意識に男性にセクハラをしてしまったことがある男性・女性の方、ご自身の経験や記事への感想を、下に「コメントする」か、ご意見募集ページから お寄せください。
※今回、イメージイラストは漫画家の菊池真理子さんに担当していただきました。(菊池さんの主な著書:『酔うと化け物になる父がつらい』『毒親サバイバル』)
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