おもわく。
おもわく。

「宇宙にとって人間存在の意味とは何なのか?」「未曽有の災害に直面したとき人はどう行動したらよいのか?」「本当の意味で豊かな文明とはどんなものなのか?」……人間にとって根源的な問題をSFという手法による思考実験を通して、大胆に問い続けてきた作家・小松左京(1931-2011)。卓越した日本人論,、文明論としても読み解ける小松左京作品を通して、「人間存在の意味」や「真の豊かさとは何か」といった普遍的な問題をあらためて見つめなおします。

小松左京の原点となったのは戦争体験。終戦した年14才だった小松は、「このまま戦争が続いて、自分も死ぬのだろう」と考えていたが思いもよらず生き残りました。そして、沖縄戦で自分と同年齢の中学生の少年たちが銃を持たされて多数死んでいるのを知り、「生き残ってしまったものの責任」を考えて将来文学を書こうと決意したといいます。デビュー当時は、時あたかも日本が高度経済成長に邁進していた時期。小松は日本人が忘れつつあった「戦争体験の意味」や、偽りの豊かさに溺れ見失ってしまった「真の豊かさ」を、思考実験によって浮かび上がらせることで、問い直そうとしたのです。

しかし、彼の作品は単に現状を鋭く批判するだけではありません。小松は類い希なる想像力で、「この広大無辺な宇宙の中で人間存在にどんな意味があるのか」という根源的な問題を問い始めます。最先端の科学の知見にも徹底してアンテナを張り巡らせ、人間、科学、文明のあり方を考究。人間の知性の限界を見極めながらも、どんな文明を築いていくことが人類にとって意味があるのかを問い続けます。小松作品は「人類が目指す未来はどうあるべきか」を考えるための大きなヒントを私達に与えてくれるのです。

番組では宮崎哲弥さん(評論家)を指南役として招き、小松左京が追い求めた世界観・人間観を分り易く解説。「地には平和を」「日本沈没」「ゴルディアスの結び目」「虚無回廊」等の作品に現代の視点から光を当てなおし、そこにこめられた【日本人論】や【未来論】【文明論】など、現代の私達にも通じるメッセージを読み解いていきます。

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第1回 原点は「戦争」にあり ~「地には平和を」~

【放送時間】
2019年7月1日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年7月3日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年7月3日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
宮崎哲弥…仏教思想と政治哲学をベースに評論活動を展開。『仏教論争』『ごまかさない仏教』等著書多数。
【朗読】
田中哲司(俳優)、中村優子(俳優)
【語り】
小口貴子

少年兵・河野康夫は本土決戦に向けて抵抗を続けるが窮地に陥り自決を図ろうとする。そこにタイムパトロールが現れ、康夫が今いる世界は未来の学者によって歪められた歴史だと告げられる。本来の歴史に修正され平和な戦後を生きる康夫。ある日なくしたはずの部隊章を偶然見つけ、この現実が欺瞞に満ちたものではないかと直覚する。1945年8月15日以降も本土決戦に突き進む、ありえたかもしれない未来を描く「地には平和を」は現代人が得た豊かさが隠蔽や欺瞞の上に成り立っているのではないかという疑問をつきつける。その原点は小松左京の「戦争体験」にあった。第一回は、「地には平和を」を読み解き、「戦争とは何か」「今の日本は本当の豊かさを得たのか」という現代人に突き付けられた問いを考えていく。

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第2回 滅びとアイデンティティ  ~「日本沈没」~

【放送時間】
2019年7月8日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年7月10日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年7月10日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
宮崎哲弥…仏教思想と政治哲学をベースに評論活動を展開。『仏教論争』『ごまかさない仏教』等著書多数。
【朗読】
田中哲司(俳優)、中村優子(俳優)
【語り】
小口貴子

未曽有の災害に対して日本人たちがどう立ち向かうかを描いた「日本沈没」。深海潜水艇の操縦士・小野寺と地球物理学者・田所は日本海溝で謎の海底乱泥流を発見。調査の結果数年内に日本列島の大部分が海面下に沈むという恐るべき予測を導き出す。政府は秘密裏に祖国を失った日本人が選択すべき行動計画「D2計画」を策定。パニックに直面しながら日本人たちはついにその日を迎える。この物語には、災害とそこからの復活を日本人のアイデンティティの基礎として見つめなおそうという小松の構想が埋め込まれている。第二回は、「日本沈没」で描かれた日本人たちの姿を通して、不測の事態に直面した際の危機管理のあり方や、自らの故郷が滅び去ったとき日本人のアイデンティティはどうなるのかという普遍的な問題を考えていく。

名著、げすとこらむ。ゲスト講師:宮崎哲弥
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第3回 深層意識と宇宙をつなぐ ~「ゴルディアスの結び目」~

【放送時間】
2019年7月15日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年7月17日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年7月17日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
宮崎哲弥…仏教思想と政治哲学をベースに評論活動を展開。『仏教論争』『ごまかさない仏教』等著書多数。
【朗読】
田中哲司(俳優)、中村優子(俳優)
【語り】
小口貴子

荒涼たる山脈の只中に隔絶された精神病院アフドゥームに収容中の美少女マリア・K。鋭い牙、頭部に生えた角など不可解な症状をもつ彼女は念動力で寝台を空中に浮かすなどの騒動を起こす。精神分析医の伊藤は、サイコダイビングによってマリアの深層心理を探りその謎を探ろうとするが、奇怪な潜在意識の底に別の宇宙につながる「超空間の穴」のようなものを見つけ、ついに「特異点」の向こう側につきぬける。人間の深層意識と外宇宙をつなぐ奇抜な小説「ゴルディアスの結び目」は小松左京がインナースペースに豊かな可能性を見つけようとした作品と読むこともできる。第三回は、「ゴルディアスの結び目」を通して、人類の内面世界に秘められた豊かな可能性や根源的な「悪」について考えていく。

安部みちこのみちこ's EYEアニメと違いすぎ!
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第4回 宇宙にとって知性とは何か ~「虚無回廊」~

【放送時間】
2019年7月22日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2019年7月24日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年7月24日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
2019年7月29日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
2019年7月31日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2019年7月31日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
宮崎哲弥…仏教思想と政治哲学をベースに評論活動を展開。『仏教論争』『ごまかさない仏教』等著書多数。
【ゲスト】
瀬名秀明(作家)…代表作「パラサイトイヴ」「BRAIN VALLEY」
【朗読】
田中哲司(俳優)、中村優子(俳優)
【語り】
小口貴子

小松左京が最晩年に取り組んだ「虚無回廊」。彼がこの作品で問いかけようとしたのは「宇宙の中での人間存在の意味」という根源的な問題だった。。地球から5.8光年の距離に突如出現した長さ2光年、直径1.2光年という驚異的なスケールの筒状物体「SS」。その構築物の謎を解明すべく、科学者・遠藤はAIを超えた「人工実存(AE)」を開発。遠藤の分身たるAEが探査に向かう。そこで、同じくSSの謎に惹かれた数多くの異星生命体と遭遇。対立と協力を繰り返しながら謎に挑んでいく。人類の知性をはるかに超えた存在に出会ったとき人間に何ができるのか? 第四回は、作家の瀬名秀明さんも交えて、未完の傑作「虚無回廊」を読み解き、「宇宙にとって人間存在にどんな意味があるのか」という根源的な問題を考える。

アニメ職人たちの凄技アニメ職人たちの凄技
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○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
『小松左京スペシャル』 2019年7月
2019年6月25日発売
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こぼれ話。

小松左京とは何者か?

「この広大無辺な宇宙にあって人間存在にはどんな意味があるのか?」

皆さんは、今までこんな問いを発したことはないでしょうか? 私は高校時代に小松左京さんという作家に出会って、今までに考えたことがなかったこんな問いを問い始めました。大学の哲学科に進学したことも、小松左京さんとの出会いが一つの遠因になったと思います。「結晶星団」「神への永い道」「果しなき流れの果に」といった作品は、もちろんその答えに完璧に答えてはくれないものの、私に「人間存在」を巡る、形而上学的ともいえる問いを思索するための大きな導きの糸を与えてくれたのは間違いありません。

そんな中で連載が始まったのが「虚無回廊」でした。「さっき『私』が死んだ」という強烈な一節から始まるこの小説は、私の心を鷲掴みにしました。「いったいこの小説は、私をどこへと連れていってくれるのだろう」。毎号を、わくわくしながら心待ちにしていたことを懐かしく思い出します。しかし、この小説は未完のまま終わりました。小松左京さんの死を知ったとき、深い悲しみとともに、「ああ、この作品の続きは永遠に読めないのだな」と、やるせない気持ちになったことを、昨日のことのように覚えています。

この作品が問いかけてくれた「大きな問い」について、いつかもう一度深く考えてみたい。そう願い続けて10年近く。今回、「100分de名著」という番組制作を通じて、その願いの一端がかなった感慨をもっています。まずはこの問いを一緒に深めていただいた講師の宮崎哲弥さん、ゲストの瀬名秀明さんに心から感謝したいと思います。

宮崎哲弥さんを講師に起用しようと思ったのは、「追悼 小松左京 ~日本・未来・文学、そしてSF~」というムック本に掲載されていた、宮崎さんと東浩紀さんの対談記事を読んだのがきっかけでした。論じられている作品が私の関心にジャストミートして大いに刺激されたものの、いささか短い内容だったため、もっと深くそれぞれの論点について知りたいと思って一度お会いしてみようと思ったのでした。

上記のような軽い気持ちで、某ホテルのラウンジで宮崎さんと初めてお目にかかったのですが、その際の宮崎さんの語りの熱量が凄かった。すでに宮崎さんの中には、番組全四回で紹介したい作品ラインナップと論点の構想がおおよそ出来上がっていました。実は、本音をいうと、小松左京について語ってもらう講師候補はほかにも数人いたのですが、この時の宮崎さんの圧倒的な語りの熱量と、論点の的確さに、私自身が惚れ込んでしまったというのが起用の最大の理由です。

特に、宮崎さんの問題意識に深く共鳴しました。私自身も年来のSFファンだったのですが、どうも世間では、「空想科学小説」という訳語のイメージもあって、「SFなんて所詮科学を道具立てにした娯楽小説だろう」という不当に低い評価が蔓延しています。こうした偏見を覆したい。小松左京の作品群はそのための絶好の素材であり、SFのもっている豊かな可能性を網羅している稀有な存在だ。彼の代表作を論じることで、SFのイメージを大きく変えることができるのではないか。そうした目論見が私の中にありました。

全く同じことを、異なった観点から感じていらっしゃったのが宮崎さんでした。SFという文学の奥深い可能性について、番組テキストではこんな風に語られています。

「世界の存在理由、宇宙の存立構造を解き明かすことで個々の実存の意味を定める、という古来「神話類」が果たしてきた役割を、近現代において担ってきたのはSFなのです。
 元来広義の文学は神話説話や宗教叙事詩を含み、かかる機能性を具備していたのですが、近代文学の成立とともに「神話類」が駆逐されてしまいます。(中略)近代において「神話類」が退場した後の空位を、「サイエンス」やテクノロジーのリアリティを用いながら占めていったのがSFだったのです」

これは、まさに私がSFを読み始めた頃から感じ続けてきたことでした。「私は何故にここにこうして存在するのか」「私はどこから来てどこへ行くのか」「私を有らしめているのは何か」、そして冒頭に掲げた問い、「この広大無辺な宇宙にあって人間存在にはどんな意味があるのか」。こういった実存的な問いを、一部の作品を除いて、日本の戦後文学は私に全く問いかけてくれなかった。こうした問いをつきつけてくれた作品こそ小松左京作品であり、その輝きは今も全く失われていません。宮崎さんに解説をしてもらえば、こうした小松作品の魅力、ひいてはSFというジャンルの豊かな可能性を浮かび上がらせることができるのではないか。最初の打ち合わせの時に、そう直観したのでした。番組をご覧いただいた方は感じていただけたと思いますが、その目論見は果たされたと確信しています。

小松は、文学についてこんな風なことを語っています。

「人間は、文学、物語というものをどうして編み出したのか。やはり何か人間性の大きな肯定が、文学を志すものの基本的な心構えの中に要るだろうと思うんだね」

この言葉を引き受けるように、宮崎さんとゲストの瀬名秀明さんは、番組の中で次のように語っています。

瀬名「小松さんにとってSFというのは、未来の文学だったんですけども、未来の文学という言葉にはいくつか意味があって、「未来を描くこと」でもあるんだけど、「未来を創る行為のもの」がSFだという考え方がきっとあったはずです。(中略)僕は小松さんの本を読みながら、未来を創るってどういうことなのか、未来を創る作家の生き方ってどういうものなのかというのを教えてくれた。それが小松左京さんだという風に考えています」

宮崎「我々はやっぱり想像しなければならない。ぼやぼやしていてはいけなくて、一生懸命想像しなければならない、未来をね。想像というのはイマジネーションですよ。そう、イマジネーションがクリエイションの創造につながっていくわけですよ」

私は、この二つの言葉を忘れることができません。

私たちは、小松左京を受け継ぐ形で、未来を想像=創造していかなければならない。それこそが彼の遺産を真の意味で生かしていくことになるのではないでしょうか?

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