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もっと「獄中からの手紙」もっと「獄中からの手紙」

今回のキー・フレーズ

彼は暴力に訴えれば訴えるほど、ますます真理から遠ざかってゆくのです。なぜなら、外なる仮想の敵と戦っているときは、内なる敵を忘却していたからです。

ガンディー「獄中からの手紙」(森本達雄訳)より

ガンディーにとって重要なテーマは「赦し」でした。憎悪の反復は、最終的には何も生み出されません。怒りを超えた「赦し」によってこそ、次の平和に向かって進むことができると、ガンディーはいいます。この一節は、ガンディーの「赦しの思想」につながっていく部分です。

実は、この一節が痛切に思い起こされたのが、2015年11月13日に起こった「パリ同時テロ」のとき。世界が憎悪の渦に包まれていく中のことでした。そして、今回講師を担当してくださった中島岳志さんが、若松英輔さんとの共著「現代の超克」という本の中で挙げていた以下のエピソードが何度も心をよぎりました。

1946年にインド東部で大規模な宗教暴動がありました。独立の間際だったのですが、カルカッタを中心にヒンドゥーとムスリムが衝突したのです。この暴動によって、双方に多くの死者が出ました。ガンディーはカルカッタに駆けつけ、「死に至る断食」を始めます。
ある日、ガンディーのもとに一人の男が血相を変えてやってきます。彼は、ガンディーに向かって言います。「自分はムスリムだが、自分の大切な息子をヒンドゥー教徒に殺された。それでもあなたはヒンドゥー教徒を赦せと言うのか」と。
ガンディーは「そうだ」と言い、次のように言いました。「あなたはこれから、孤児になった子どもを自分の息子として育てなさい。その子どもはムスリムによって殺されたヒンドゥー教徒の子どもでなければなりません。そして、その子をヒンドゥー教徒として育てるのです。その子どもが立派に成長したとき、あなたに真の赦しがやってくるでしょう。

中島岳志・若松英輔著「現代の超克」より

このガンディーの思想や行動に大きく心を揺さぶられ、ここにこそ「憎悪の連鎖」を断ち切る大きなヒントがあ思いつつも、ガンディーがここで「真の赦し」といっていることの深い意味がわからず、「獄中からの手紙」を読み返してみようと思い立ちました。これが今回の企画の発端でした。そして、ガンディー思想の優れた読み手である中島岳志さんの解説のおかげで、この疑問が少しずつほどけていきました。

「赦せない」という思いは欲望であり、怒りに絡め取られた人間の暴力である、とガンディーは考えました。中島岳志さんは、その言葉の真意を「敵だと思って闘っている相手のもつ構造や問題は、実は自分自身の中にもある。相手をただ非難するのではなくて、その『自分』というものを突き刺さない限り、次には進めない。外側の敵を打ち負かしたところで、自分の中に暴力がある限りは、何も解決できない」と解説します。もちろん簡単にできることではありません。しかし、そうした事例は、歴史の中に確かに存在します。

時間の関係でご紹介できませんでしたが、番組収録の中で、中島岳志さんは、ネルソン・マンデラの例を挙げて解説してくれました。マンデラは、アパルトヘイト時代の南アフリカで黒人開放運動の最前線で戦い続け、二十七年間にわたって獄中につながれました。しかし、彼は釈放された後にも、そのことを「恨んでいない」といいます。そして、大統領就任のセレモニーの際、獄中で彼に暴力を働き続けた白人看守たちを招待し、最前列に座らせたのです。「この瞬間を一緒に祝おう」という心からの思いで招待したのだといいます。このマンデラの「赦し」は、その後の南アフリカを大きく前へ進める原動力となりました。中島さんは、おそらくマンデラもガンディーの思想に学んでいたのではないかとおっしゃっていました。

このように、ガンディーの「非暴力」思想は、単に暴力を否定するだけのものではありません。そこには「怒りや敵意を超えろ」というメッセージが込められています。攻撃的な言葉で敵を攻撃し、声を荒げることも暴力にほからなりません。ガンディーは敵対する人々に対しても、「祈り」「断食」といった自己変革を伴う運動によって、相手の心を動かし、高次の対話につなげていこうとしました。

今後の社会を大きく左右するような意思決定が、十分な議論や対話を重ねることなく、「強制力」や「権力」、「数の論理」で押し通されてしまうような事態が、世界各地で生じています。ガンディーの思想に学びながら、「内なる敵」を見失うことなく、立場を異にする人たちの心にもきちんと届いていく言葉を紡いでいかなければならない、と痛切に感じています。

アニメ職人たちの凄技

【第22回】
今回、スポットを当てるのは、
アダチマサヒコ

プロフィール

アダチ マサヒコ 1983 大阪生まれ
2010 東京芸術大学大学院デザイン科修了
「BS歴史館」「NHKスペシャル・故宮」「シャキーン!」のアニメーションを担当。
2015年12月~2016年1月放送分の「みんなのうた」では、「ぼくのそらとぶじゅうたん」 のアニメーションを制作した。
100分de名著では、「遠野物語」「枕草子」「ハムレット」「茶の本」「荘子」などを手がける。筆の質感などを生かした繊細なタッチが持ち味。

アダチマサヒコさんに「獄中からの手紙」のアニメ制作でこだわったポイントをお聞きしました。

今回はペイズリー模様からヒントを得ていつもより図形的な、グラフィックな印象を追加しようと思いテイストを決めた。

自分の中では一番くっきりとした線であり、カラフルな絵柄になったがそういう絵に慣れてなかったので最初は大変だった。

色に関しては、ガンディーの平和への「情熱」と常に対抗し続けた「暴力(血)」を象徴する赤をベースに組み立てていった。

常に空を赤にすることで、差別や暴力と切り離せないガンディーの運命を暗示しようとした。

アダチマサヒコさんの凄技にご注目ください!

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