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もっと「中原中也詩集」もっと「中原中也詩集」

今回のキー・フレーズ

「これが手だ」と、「手」といふ名辞を口にする前に感じてゐる手、その手が深く感じられてゐればよい。(中略)名辞が早く脳裡に浮ぶといふことは尠くも芸術家にとつては不幸だ。名辞が早く浮ぶといふことは、やはり「かせがねばならぬ」といふ、人間の二次的意識に属する。「かせがねばならぬ」といふ意識は芸術と永遠に交らない、つまり互ひに弾(はじ)き合ふ所のことだ。

中原中也「芸術論覚え書」より

中原中也が表現しようとした世界を端的に示したとされる「芸術論覚え書き」の一節です。中也が表現しようとしたこの世界は、「名辞以前」という一言で語られることもあります。

今回「100分de名著」で初めて「詩集」を取り上げようと考えたのは、SNSでの短くて画一的なフレーズの氾濫、ネット社会の中での暴力的な言葉の横行といったことがずっと気になっていて、もしかしたら私たち現代人の「ことばに対する感受性」が劣化しつつあるのではないかといった危機感をもったことが理由の一つでした。かくいう私自身も他人事ではありません。愛用しているSNSに、友人たちに向けて近況などを書き込むのですが、家族から「また、そんな紋切り型の表現を使って!」とたしなめられます。あまりにも気軽に発信できてしまうこともあって、大切な人に手紙を書くときのように文章を練ることもなく、「反射神経」のようなもので書いてしまっていることに気づいて愕然となることもあります。

思えば、思春期の頃は、小説の一説や好きなアーティストの歌詞に心を揺さぶられ、「この言葉は、ぼくのためだけにあるのではないか」とさえ感じられたこともよくありました。あるときは、それが「言葉」にもかかわらず、何かに刺し貫かれるような痛みすら感じたこともあります。それらの経験は、自分が今までうまく表現できなかったもやもやがはっきりと結晶化されて、「ああ、自分がいいたかったのはこれだったんだ」と発見させられた感動の瞬間でした。いわば、世界に初めて生まれ落ちてきた言葉に出会ったような衝撃というものが確かにあったのです。

歌人の穂村弘さんは、「悲しいと口に出す前の悲しみとか、好きだって口に出す前の想いとかってありますよね。実はそれらの方が純粋なんです。『悲しい』とか、『好きだ』とか口に出していってしまった瞬間から、それはもう『この世のもの』になってしまう。それは、秘めていたときの無色透明の純粋さが失われるような感覚ですよね」と、見事に、中也のいう「名辞以前」「名辞以後」の違いを表現してくださいました。

中也のやろうとしたことは、世界の全てを「名辞以前」で感じ取るという、いわば無謀な試みでした。たとえば、ブランコのゆれを「ぶらーんぶらーん」といった、誰もが使える万能ツールではなく、「ゆあーんゆよーん」という、今まさに生まれ出た、この世に二つとない専用の言葉を使って、全てを書き尽くそうとしたのです。だからこそ、中也の詩の言葉は、あれほどまでの強度で、私たちの胸に迫ってくるのでしょう。

翻って、私たちが今置かれているネット社会の中で、流通している言葉をみてみるとどうでしょう。もちろんわずか140文字という制限の中でも煌くような表現をしている人もいます。しかし、圧倒的な量で流通しているのは、相手を中傷したり、攻撃したりする暴力的な言葉たち。しかも、そういう言葉に限って、どれも似通っています。細やかな差異を全く無視し、十把一絡げにレッテル貼りして事足れりとしている。どれもが借り物の言葉で、その人自身が生み出したオリジナリティの片鱗もありません。手垢のつきまくった陳腐な言葉では、人の心は決して動かないと思います。

自分自身の反省も含めて思うのですが、中原中也の詩の言葉に触れると、私たちは、「言葉」という無限の可能性をもつ大切な存在をあまりにも粗雑に扱いすぎていないか、「言葉」に対して思考停止しているのではないか、ということに気づかされます。安易に「言葉」を使いそうになったとき、この「名辞以前」という言葉を思い出して、自分にしか生み出せないような豊かな言葉を紡いでいけたらと思います。

アニメ職人たちの凄技

【第21回】
今回、スポットを当てるのは、
大谷たらふ

プロフィール

大谷たらふ
1977年生まれ。 独学で絵を学んだ後、特撮プロダクションや映像制作会社での勤務を経て、 2003年から音楽家、プログラマー、デザイナーらと共に「6nin」というチームで活動。 「6nin」の作品は国内外の映画祭をはじめ、パリでのワークショップなど各地で上映。 NHKでは、「フランス語会話」の2005年度オープニングアニメーションなどを「6nin」で担当した。
「6nin」休止後、2008年から個人での活動を開始。 自主制作作品をシュニット映画祭、ハンズボン映像展、3DCG AWARDS 2010など各地で上映。 現在は、NHK Eテレ「先人たちの底力 知恵泉」番組内イラスト/アニメーション NHK 「おかあさんといっしょ」4月の歌「じゃくじゃくあまのじゃく」アニメーションなどを担当している。 最近の趣味は田んぼに行くこと。

大谷たらふさんに「中原中也詩集」のアニメ制作でこだわったポイントをお聞きしました。

中也の詩は悲しくて暗いものとなんとなく思っていたのですが、 読んでみると、不思議とその暗さよりも照らしてくれる光のイメージを強く感じました。

彼の人生や詩は大きな面積が悲しさや寂しさなのだけれど、 むしろその中の小さな光が際立つような印象を受けます。
今回のアニメーションはこの印象を大切にしようと思い、 白い紙に黒い鉛筆で描くのではなく、暗い下地の紙に白い色で浮かび上がらせていく方法で描いていきました。

光の部分を浮かび上がらせていくのは、もともと西洋絵画の技法だと思うのですが、 意外な調和が出たのはとてもおもしろい体験でした。

今回は中也の人生の部分のアニメーションを描かせていただきましたが、 彼のすばらしい多くの詩を知り、言葉やリズムそのものを表現するような詩のアニメーションも描いてみたいと思いました。
素敵な機会をありがとうございました!

大谷たらふさんの凄技にご注目ください!

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