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もっと「野生の思考」もっと「野生の思考」

今回のキー・フレーズ

私は、「はたらく」ということを日本人がどのように考えているかについて、貴重な教示を得ました。それは西洋式の、生命のない物質への人間のはたらきかけではなく、人間と自然のあいだにある親密な関係の具体化だということです。(川田順造訳)

(レヴィ=ストロース「悲しき熱帯」序文より)

現代フランス思想家による日本論として真っ先に頭に浮かぶのは、長らくロラン=バルトの「表徴の帝国」でした。記号論を駆使して日本文化の深層に迫っていくバルトの手つきは鮮やかで、これを超える日本論は他にないだろう……と高を括っていました。ところが……今から2年前に中沢新一さんにお会いしたときに、「そんなのレヴィ=ストロースの日本論に比べたら大したことはないよ」と一蹴されたのが今でも忘れられません。

俄然興味を覚えた私は、レヴィ=ストロースの日本論を読み漁りました。かなり晩年になってからの取り組みだったので、講演や短いエッセイという形でしか残されておらず、まだ体系としては整理されていないのがとても残念でした。中沢新一さんも「もう少し長生きしていたら驚くような日本論を書いていただろうね。でも彼は完璧主義者だから、完全にデータが出揃うまでは本格的なものは書こうとしなかったんだ」とおっしゃって残念がっていました。

上記の引用は、日本語版の「悲しき熱帯」に寄せられた短いメッセージの中の一文です。この短い序文にすら、煌くような洞察がちりばめられています。詳細は、放送第四回で解説しますが、その一端をご紹介しましょう。

西洋近代では、「労働概念」は「生命のない物質への人間のはたらきかけ」という意味あいが強く、自然は人間の力を前にしては全く受動的な存在であるとみなされていることを、レヴィ=ストロースは指摘します。しかし、彼は、日本を訪れて「労働概念」の全く違う可能性を発見します。伝統産業で働く職人たちの世界をつぶさに観察する中で、日本における「労働概念」は、「人間と自然のあいだにある親密な関係の具体化」ともいえるものではないかと洞察したのです。

「人間と自然のあいだにある親密な関係の具体化」とはどういうことか? 日本の伝統産業の職人たちは、土や木などの素材に対して、一方的に自分のプランを押し当てるのではなく、むしろその素材の中に隠れている本質を「受動的に」取り出すことで、ものづくりを行っていることにレヴィ=ストロースは気づきます。そのことを職人たちは「土や木自体が望んでいることを実現してあげる」と表現しますが、確かに、コンクリートによって成形される建築物のように素材を完璧に人間の都合に合わせて加工しつくす行為と、土や木が本来もっている艶や肌合い、素材感などと対話をしながらよさを引き出していく職人たちの行為は、根本的に異なっていますよね。これこそが西洋近代の労働概念にはない「人間と自然のあいだにある親密な関係の具体化」という事態なのだとレヴィ=ストロースは結論づけるのです。

あらかじめ準備した設計図などは一切使わず、与えられた条件の中でありあわせの素材を使って見事にその時その場に最適なものを作り出す「ブリコラージュ(日曜大工)」を本質とする「野生の思考」。レヴィ=ストロースは、この「野生の思考」と日本における職人たちの労働との間に、強い親和性を感じ取り、「日本は、近代技術文明と野生の思考の両方を共存させた稀有な国だ」と語りました。

第四回の放送で詳しく展開されますが、レヴィ=ストロースが「人間と自然のあいだにある親密な関係の具体化」と呼んだ、独自の労働観、独自の思考法は、芸術の領域、サブカルチャーの領域、日本料理の世界、先端技術の領域、「里山」に代表される環境保全の知恵など、あらゆる領域に脈打っています。

私たちは、レヴィ=ストロースが見抜いた、日本に生きる「野性の思考」にもっと自覚的にならなければならないのではないか。ここにこそ、さまざまな行き詰まりを打開するヒントがあるのではないか。そんなことを彼の日本論を読みながら痛感しました。放送第四回をみながら、みなさんも一緒に考えていただけるとうれしいです。

アニメ職人たちの凄技

【第20回】
今回、スポットを当てるのは、
ケシュ♯203

プロフィール

ケシュ#203(ケシュルームニーマルサン)
仲井陽(1979年、石川県生まれ)と仲井希代子(1982年、東京都生まれ)によるアートユニット。早稲田大学卒業後、演劇活動を経て2005年に結成。NHK Eテレ『グレーテルのかまど』などの番組でアニメーションを手がける。手描きと切り絵を合わせたようなタッチで、アクションから叙情まで物語性の高い演出を得意とする。100分de名著のアニメを番組立ち上げより担当。
仲井希代子が描いたグラフィックを仲井陽がアニメートさせるスタイルで、ともに演出、画コンテを担当する。また仲井陽はテレビやラジオドラマの脚本執筆、仲井希代子はグラフィックデザインやアートディレクションを手掛け、演劇プロジェクト『タヒノトシーケンス』を立ち上げるなど、映像制作のみならず活動は多岐に渡る。

ケシュ#203さんに「野生の思考」のアニメ制作でこだわったポイントをお聞きしました。

100分de名著の題材をアニメ化するうえでいつも心がけているのは、言葉だと脳内で意味を起こしてから理解をするといった流れになるのを、画(アニメ)にしたことによって直感的に理解できるようにすることです。

それは物語でも、哲学や心理学でも、変わりません。
目から入る情報は、一瞬でとても多くのことを語ります。

「野生の思考」は情報量が多く複雑な分、どれだけシンプルに伝えられるかに心を砕きました。
あらゆる国や時代の文化、伝承をひとつのタッチに落とし込んで説明するため、統一されたデザインでありながらも、それぞれの特徴を指し示す記号的な要素は欠かせません。
今回は、シンプルなラインで描かれたキャラクターや背景のなかに、それぞれの国の文化的要素を模様で入れ込むなど、構成だけでなく、絵柄にも多くの情報を配置しています。

読書体験とはまた違う味わいをアニメからも受けてもらえると嬉しいです。

ケシュ#203さんの凄技にご注目ください!

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