(ダーウィン『種の起源』第四章より)
ダーウィンが「種の起源」で打ち出した生命観から自然をみると、全ての生物は「生命の大樹」といわれる一つの巨大な連鎖でつながっており、人間もその一部にすぎません。この文章からは、人間には他の生物を意のままに操る権利などはなく、互いに尊重し共存していかなければならない、というダーウィンのメッセージがみえてきます。
私自身、上記のことを強く実感する出来事がありました。奄美大島にある金作原原生林を訪ねたときに、自然観察ガイドが教えてくれたエピソード。
この原生林には、アマミノクロウサギという奄美群島にしか生息しない希少動物がいます。夜行性なのでめったにみられませんが、とてもチャーミングな野ウサギです。しかし、このアマミノクロウサギ、今、絶滅の危機に瀕しているのです。
原因は、1970年代に、危険生物であるハブを退治するために、マングースが人為的に持ち込まれたことでした。マングースはインド原産の食肉目の動物で、コブラの天敵として知られています。マングースを野に放てば、ハブを捕食してくれるのではないかというのが人間たちの考えたことでした。しかし、実際に起こったのは……。
マングースはハブをほとんど捕食しませんでした。代わりに食べたのは、アミノクロウサギやトゲネズミ、ケナガネズミ、ルリカケスといった天然記念物たち。ハブなんかを食べなくてもマングースにとって、簡単に捕ることができて、しかもおいしい生き物がたくさんいたということですね。マングースがコブラを捕食していたのは、原産地ではほかに捕食できる生き物がいなかったからなのです。マングースの導入は、希少生物を絶滅へと追い込む皮肉な結果を生んでしまいました。今、金作原原生林には、逆にマングースを捕まえるための罠がたくさん仕掛けられているというしまつです。
このような事例を知ると、自然に対する人間の知恵がいかにあさはかなものであるのかを思い知らされます。自然はもっと複雑で多様な連鎖でつながっていて、微妙なバランスで成り立っています。番組でもご紹介しましたが、「食物連鎖」といった単純図式ではもはや説明できず、「食物網(食物ウェブ)」というモデルでしか表現できないほど、複雑で精妙なシステムから成り立っているのです。
ダーウィンは、すでに150年も前に、こうした「生態系のあり方」を洞察し、記述していました。ダーウィンの生命観に学べることは、今もたくさんあるのです。
プロフィール
齋藤 まりこ/写真左(全回のアニメーションを担当)
1984年栃木生まれ。東京芸術大学院映像研究科アニメーション専攻修了。アニメーションを中心に映像、イラストレーションなど手掛ける。100分de名著では「変身」「方丈記」「般若心経」などを担当。質感を重ねたタッチを得意とする。
佐川佳世/写真右(第二回~第四回のイラストを担当)
1990年東京都生まれ。2013年女子美術大学芸術学科卒業。NHKアートにて、絵コンテやイメージボードのほか「コズミックフロント☆ NEXT」「生命大躍進」のイラストを担当。
【齋藤まりこ】
今回、「種の起源」という既存の世界観を塗り替えるような理論を打ち立てたダーウィンの緻密な観察眼、それでもなお既存の世界観の中に生きるダーウィンの懊悩というものを表したいと思い、自然物や人間やダーウィンの周りの物をいつもより線のタッチを細かく古い図鑑のペン画のように表現し、色彩もあまり鮮やかにはせずに対象の観察物をメインに色彩を乗せその懊悩と真面目な視点というものを表現しました。
また映像の構成も観察していたり執筆しているダーウィン自身の視点というものを意識しました。
【佐川佳世】
「100分de名著」には、今回が初めての参加です。第2回に登場するライチョウのイラストや、第4回のヒヒのイラスト等を担当しました。ライチョウの特徴的な性質を描くカットでは、古いスケッチのような、繊細な筆致と描き込みを心がけました。
また、デジタル作業ではありますが、やわらかな水彩のタッチが出るよう、ブラシを自作して着彩してあります。
生物たちに注がれたダーウィンの視線のあたたかさが、少しでも伝わればと思います。
ぜひ齋藤まりこさんと佐川佳世さんの凄技にご注目ください!