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もっと「ハムレット」

クローディアス
「言葉は宙に舞い、心は重く沈む。心の伴わぬ言葉は、天には届かぬ」
(「ハムレット」第三幕第三場)

ハムレット
「君たち、青白い顔をして、この出来事に震えているのは、まるでこの芝居のだんまり役か観客だな」
(「ハムレット」第五幕第二場)

「削るべきか、残すべきか、それが問題だ」

ちょっとハムレット調に悩んでみましたが、これは、番組編集作業の中で私たちがいつもぶつかる問いです。スタジオでの収録時間は、放送時間のおよそ2倍~3倍。通常なら余計な部分をそぎ落としていけばおおよそ放送時間内におさまるものなのですが、一番困るのは収録が想像以上に白熱した場合。どの部分を使っても面白いので、どこを削ったらいいのか本当に悩みます。まさに「うれしい悲鳴」です。で、冒頭の問いが頭の中を駆け巡る。今回は、司会の伊集院光さんと講師の河合祥一郎さんのお二人のトークが化学反応を起こし、「ハムレット」の読解が想像をはるかに超えて深まりました。作品内容をコンパクトにわかりやすくお伝えするという番組主旨から、この「深読み」はどうしても時間内におさめることができませんでした。だけど、本当にもったいない。そこでこちらでご披露したいと考えたわけです。

最初のセリフは、先王を殺した罪をクローディアスが懺悔するシーンのラストのセリフ。散々懺悔した後で「なーんちゃって」と、クローディアスは舌を出すわけです。懺悔の途中で殺してしまっては、クローディアスを天国に送ってしまうことになる…ということで、ハムレットはクローディアスを殺すことを思いとどまる。だけど、実はクローディアスは懺悔なんてしていなかった。哀れ、ハムレット! ここで殺してしまえばよかったのに、なんて観客がはがゆい思いをするシーン。ところが! ここで伊集院さんは新たな解釈を打ち出します。
「ぼくは、真剣に何かを話すことが怖いから、本当のことをいった後に、つい照れ隠しで『なんつったりしてね』っていうことがよくあるんです。つまり、クローディアスはここで、舌を出して『なーんちゃって』といっているわけではなくて、『こんな俺が天国にいっていいわけないじゃん。懺悔で許されていいわけないじゃん』って真摯な気持ちでいっているともとれるのではないか」
このとき河合先生の顔がちょっと青ざめたような感じでした。そして一言。 「すごい! ちょっと目が覚めてしまいました…今まで、ハムレットをわかったつもりになっていて本を書こうと思っていたんですけど、まだまだ未熟でしたね」
ハムレット研究の第一人者の河合先生が、新たな読解の可能性を、伊集院さんの指摘で発見した瞬間でした。みていた私たちも大興奮。もしかしたら、このことを河合先生が論文に書かれるかもしれません。

二つ目のセリフは、復讐を成し遂げ死にゆくハムレットが、呆然と見守る観衆たちに投げかける言葉。普通に考えればそうなのですが…。河合先生はこういいました。
「これはメタシアターといって、芝居の枠組み自体を見せてしまおうというシェイクスピアのテクニックの一つなんです」
つまり「君たち、青白い顔をして、この出来事に震えているのは、まるでこの芝居のだんまり役か観客だな」というセリフは、芝居の中の観衆に投げかけているセリフであると同時に、リアルに「ハムレット」というお芝居を観ている私達観客自身に投げかけられたセリフでもあるんです。このセリフは、芝居に没頭していた私たちをいきなり現実に引き戻す効果をもっています。「観客の君たち、『ハムレット』というお芝居を、自分達とは関係ないものと思って傍観者みたいに見てるんじゃないよ!」といった感じで。
伊集院さんは、いみじくもこの手法を「ぶちかまし」と表現して、その感動を次のように語っていました。
「役者ごとこっちの現世にタイムスリップしてきた感じも受けるし、逆に俺ら観客ごと向こうのシェイクスピアの世界にタイムスリップした感じも受ける。人によって感じ方がまるで違ってくると思う。お芝居自体の奥行きが一気に広がる。これは映画じゃできない。生の舞台って本当にすごいなって思います」

収録後、河合先生も伊集院さんもいつになく興奮されていました。収録の合間の雑談で、こんな話が出たそうです。
シェイクスピアの時代には、「道化」「愚者」という存在が常に王様の近くに侍っており、自由な振る舞いが許されていました。機知に飛んだ言葉や面白い悪戯をすることによって周囲を笑わせ楽しませるのが本来の役割なのですが、王様の言動や行為すら痛烈に揶揄したり批判したりすることも許されていたそうです。いわば、「笑い」を通じて、世の中の真実を暴き出す役割を担っていたわけです。伊集院さんは、自分が本業とする「お笑い」という仕事と重ね合わせ、この事実に深く感じ入ったようでした。
「道化」「愚者」はシェイクスピア作品にもよく出てくるのですが、笑いに混ぜながら、最も鋭く真実をとらえた洞察を披瀝していきます。今回、まさに天才的な「道化」役を伊集院さんが果たすことで、思わぬ引き出しが次々に開かれていったような気がします。シェイクスピアのお芝居と、スタジオ収録の雰囲気が、400年という時間を超えてリンクした……そんな感慨を持ちました。

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