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名著、げすとこらむ。

◯『ファーブル昆虫記』ゲスト講師 奥本大三郎
「飽くなき好奇心を持つ博物学の巨人」

『ファーブル昆虫記』(以下、『昆虫記』)はフランスの博物学者ジャン=アンリ・ファーブルが、五十五歳(一八七九年)の時から約三十年をかけて書き上げた、全十巻からなる自然科学書の古典です。原題を直訳すると「昆虫学的回想録」となります。そこには、ファーブルがつぶさに観察し、研究したさまざまな昆虫の生態と、彼自身の人生の思い出とが、詩情あふれる文章で克明に記されています。
『昆虫記』は刊行から百年以上経った今でも、世界中の虫好きを──そして、特に虫が好きではない人をも──魅了し続けている書物です。『昆虫記』でファーブルが目指したもの、それは文学と科学の調和でした。死んだ虫を研究対象として、分類し、細分化し、答えに最短距離でたどり着こうとする、単なる科学ではなく、生きた虫の行動を観察し、虫とは何か、生命とは、死とは、ひいては人間とは何か、あれこれと思索をめぐらし、そこに自然や歴史や文学など、あらゆる教養を束ねた「博物学」の面白さを伝えようとしたのです。
ファーブルは『昆虫記』の中で、昆虫に関する数々の新発見、今まで誰も想像もしなかったようなさまざまな虫の生活史を明らかにしています。しかし、もしそれが、結果だけを記す科学論文の形で書かれていたら、一部の専門の科学者だけが読むものになり、ほかの多くの人たちは興味を持たなかったでしょう。『昆虫記』には、ファーブルが観察した昆虫と、それを観察するファーブル自身とがいます。そして、その両方を見つめる書き手ファーブルが、その情景を想い出し、再現し、愛おしみながら描き出しています。『昆虫記』は虫の記録であるとともに、一人の人間の記録でもあるのです。「そんな悠長なことを言っている暇はない。一刻も早く結果を出さなければ競争に負けてしまう」と現代の科学者たちは言うかもしれません。それはそのとおりでしょう。しかし、そうやって科学を精密化し、進歩を加速し続けてきた結果、どういうものになったのか。たしかに科学の進歩の結果、人類の一部の人々は、快適で便利で清潔な生活を送っています。もう、あと戻りは出来ないでしょう。でも、いったい、人類はそれで、本当に幸せになったのでしょうか? 『昆虫記』は、現代の私たちにそんな問いをも投げかけてきます。
『昆虫記』の翻訳に取り組んでいる私が初めてファーブルと出会ったのは、小学校一年の冬のことでした。クリスマスに父から大量の本をもらったのですが、そのうちの一冊が、偉人物語文庫の『ファーブル』でした。たくさんの本の中からその伝記に妙に惹かれつつも、その時は口絵の写真を見たり、内容を少し拾い読みしたりする程度に終わっていました。そして小学四年のある夏の夜、私は再びファーブルと出会います。当時、結核性の病気で二年近くベッドの上にいた私は、大好きな虫や、鳥、獣の本ばかりを読んで過ごしていました。その夏の夜、私と看護師さんを残して映画を観に行っていた家族が家に戻ってくると、父が「はい、お土産」と言って一冊の本を手渡してくれたのです。それは詩人で鳥類学者でもあった、中西悟堂の書いた『昆虫界のふしぎ』という本で、その冒頭がまさに、『昆虫記』の中の「スカラベ・サクレ」だったのです。ただし、子供用にわかりやすく書き直してありました。
中西悟堂はファーブルの文章を書き直しながら、時には地理や他の昆虫についての説明なども加え、決して翻訳調ではないわかりやすい日本語で、フンコロガシの一種であるスカラベの活躍ぶりを物語っていました。私はその本に夢中になり、暑い夏の夜、頭が痛くなるまで読み耽った挙句、毎日のように口絵を眺めては本文を繰り返し読むようになったのです。
以来、私とファーブルとの付き合いはもうかれこれ六十年になります。後に私がファーブルの翻訳を志すことになったのは、それまでの翻訳が難しくて読みづらく、また虫好きの人間にしてみれば、訳者が虫のことを知らないために、もどかしく感じられるところがあったからです。しかし、「ファーブルはもっと面白いはず」、というその先入観のようなものは、振り返ってみれば、この中西悟堂の本を心をときめかせながら読んだ少年時代の体験から来ていました。
『昆虫記』を読むと、そこに活写される虫たちの生活史の面白さもさることながら、ファーブル自身の苦難の人生からも、読む人は大きな励ましを受け取ることができます。ファーブルは少年の頃から生活苦と闘う中で勉強に励み、教師になりました。独学で数学、物理学、博物学の学士号を取得しました。昆虫の研究も実は独学です。十四歳で一家離散の憂き目に遭い、教師になってからも薄給に苦しみ、さらには、結婚後にも次々に六人の子どもを失うなど、人生の厳しさをこれでもかというほど経験しています。その中でファーブルは、五十代になってからようやく、自分の家と研究所を手に入れ、そこから八十代にかけて『昆虫記』を執筆し、九十一歳でその生涯を閉じました。
ファーブルは、どんなに困難な状況にあっても「楽しく生きてやろう」という意欲を失いませんでした。昆虫に限らずあらゆる自然、さらには地理、歴史、文学などにも興味を持ち、勉強の時間が足りないことを嘆き、年をとってからも「何をして時間をつぶそうか」などという悩みとは無縁の人でした。その飽くなき好奇心、そして、虫の行動を辛抱づよく観察し、心を澄ましてその意味を考え、あらゆる場合を想定して仮説をたて、実験の工夫をする自在な心、自分の目で見たことしか信じない精神の厳密さと強靭さ、そして何より、美しいもの、不思議なものに驚くファーブルの感受性の鋭さについて、これから『昆虫記』を通して存分に味わっていただけたらと思います。

奥本大三郎
(おくもと・だいさぶろう)
フランス文学者・作家

プロフィール 1944年大阪市生まれ。東京大学文学部仏文科卒業、同大学院修了。横浜国立大学助教授、埼玉大学教養学部教授を経て、現在埼玉大学名誉教授。専門はボードレール、ランボー、ファーブルの研究。主な著書に『虫の宇宙誌』(読売文学賞)、『楽しき熱帯』(サントリー学芸賞)、『斑猫の宿』(JTB紀行文学大賞)、『トマト大学太平記』などがある。ファーブルに関する著書に『博物学の巨人 アンリ・ファーブル』(集英社新書)、『ジュニア版 ファーブル昆虫記』(集英社、全8巻、産経児童出版文化賞)のほか、『完訳 ファーブル昆虫記』(同、10巻・20分冊。現在第9巻上まで刊行)の翻訳を進めている。「NPO日本アンリ・ファーブル会」を設立、理事長を務める。2006年東京・千駄木に昆虫標本やファーブルの遺品を展示する「ファーブル昆虫館〈虫の詩人の館〉」を開館、館長を務める。

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