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名著、げすとこらむ。

◯プラトン「饗宴」ゲスト講師 納富信留
「哲学」のはじまりを考えよう

「哲学者」というと、皆さんはどんな人を思い浮かべるでしょう?
ソクラテスやプラトンという名前を知らない人はおそらくいないでしょうが、二人がどんなことをしたのか、なぜ有名なのか、知らない人は多いかもしれません。
ソクラテスは論文や本を一つも書かなかった、というと驚く人も多いはずです。ソクラテスが語ったり行ったりしたとされることは、すべてプラトンや他の弟子たちが書き残したものです。では、なんの哲学書も書かなかったソクラテスが、なぜ哲学者の元祖として有名になったのでしょう。
そのソクラテスは、紀元前三九九年に突然「神を敬わない(不敬神)」という罪状で裁判にかけられ、死刑になります。それはなぜだったのでしょう?
彼の弟子プラトンも、私たちが考えるような哲学の「論文」を書いていません。プラトンは、ソクラテスが登場して人々と丁々発止の議論をくり広げる戯曲の形式で、「対話篇」と呼ばれる一群の著作を書きました。彼は、なぜそのような著述をしたのでしょうか。また、そのプラトンが西洋哲学を作った、とまでいわれるのはなぜでしょう。
舞台は、前五世紀末から前四世紀前半にかけて、古代ギリシアの中心ポリス(都市国家)、アテナイ (現在のアテネ)です。これからこの二人の魅力を紹介しながら、そこでどのように「哲学」という学問、いや、営みが生まれたのかを考え、「哲学の原点」を見つめていきます。取り上げるのは、プラトンの代表作の一つ『饗宴』です。古典ギリシア語で書かれた散文文学の最高峰ともいわれる、美しく生き生きとしたこの作品を、一緒に読んでいきましょう。
その主題は「愛(エロース)とはなにか?」です。恋愛に憧れる人、悩む人、過ぎ去った想い出に耽る人、家族愛や友愛、私たちすべてが経験しながら生きているその「愛」を、哲学はどのように論じたのでしょうか。
プラトンは、「哲学とは愛である」というメッセージをこの作品に込めています。古代ギリシアで生まれた「哲学(フィロソフィア)」(英語の「フィロソフィ」)という言葉は、「知(ソフィア)」を「愛し求める(フィレイン)」という意味の合成語です。前六世紀末に活躍したピュタゴラスが造った言葉だと伝えられます。そこに「愛する」という語が含まれていますよね。哲学の本質は、私たち人間が愛し求めていく存在だ、という点にあるのです。
「哲学」というと、「現実離れした小難しい理屈」「沈思黙考された深遠な思想」と想像されがちです。一人で目を瞑って思索したり、世俗から遠ざかり竹林で談論に耽ったりする、そんな姿が思い浮かびそうです。
ですが、古代ギリシアでは、日常の場面での言論(ロゴス)のやりとり、ぶつかり合いが哲学になりました。ギリシアが発祥となった「オリンピック」 は公式の宗教行事でしたが、哲学はプライベートな言論版オリンピックともいえそうです。その様子を、まず三つの特徴から見てみましょう。 第一に、哲学は「言論の競争」から始まりました。プラトンやソクラテスが活動した頃には、すでに二世紀にわたる哲学の歴史がありました。前六世紀初めにミレトスで活躍したタレスが「哲学の祖」と呼ばれており、その後、イオニアやイタリアでさまざまな思索が展開されていたのです。哲学者たちの議論は「詩」や「箴言」や「論文」といったスタイルで展開され、「書物」として流布していました。彼らは、「万物はなにから出来ているのか?」といった共通する哲学的問題に、対立するさまざまな考えを提示し、相互の批判や対抗から思索を発展させています。その集大成が、前四世紀半ばのプラトンとアリストテレスの哲学でした。
古代ギリシアは「言論」を重視する文化であり、とりわけ民主政が成立してからは、議会や法廷など多くの場面で言論によって万事が決定されていきます。「弁論術(レトリック)」が生まれて発展したのは、そのためです。
古代ギリシアはまた、宗教祭典「オリンピック」に見られるように「競争」の社会であり、人々が競うことで自らを高め、神々に認められるとされていました。他方、言論の競争では、極端な理屈による言論――逆説や詭弁――も多く提出され、議論で勝つことが目指されたりもしました。それだからこそ、「真理とはなにか、偽りをどう退けるか?」、あるいは「論理的思考とはなにか?」が大きな関心となったのです。言論の競争は、たんに言葉の上のものではなく、それを語り信じて生きる人生の間のぶつかり合いとなります。ソクラテスは、そのように言論によって相手の生き方を吟味したのです。
第二に、ギリシアで「哲学」が問題とするのは、必ずしも日常とかけ離れた抽象的な理論ではなく、私たちが生きる中で直面するリアルな問題でした。プラトンの対話篇では、「勇気ある行動とはなにか?」「楽しい生き方と正しい生き方は両立するか?」といった身近で切実な問題が論じられます。『饗宴』の主題である「愛」は、人生の最重要問題の一つですよね。 最後に、哲学の言論は日常の問いかけから始まりますが、その次元に留まって具体的な回答や対応を与えるのではなく、日常を超えて私たちの人生や世界の真理に迫っていくものです。この特徴は「超越」と呼ばれますが、プラトンこそ西洋哲学における最初で最大の「超越の哲学者」です。では、私たちはどのように「超越」していくのでしょうか。そのヒントは「愛」にあります。 舞台は、お酒を飲みながら「愛」を論じる宴会の席です。皆さんもその場に招待され、寝椅子でくつろぎながらアテナイの名士たちが次々とくり出す演説に耳を傾けている、そう想像してみて下さい。その空間では、人間とは愛する存在であり、哲学とは愛だ、という言論が、時間を超えて私たちに語りかけてきます。
それでは、『饗宴』の世界を楽しみながら、一緒に哲学を始めましょう。

納富信留(のうとみ・のぶる)
慶應義塾大学文学部教授

プロフィール 1965年、東京都生まれ。東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了。ケンブリッジ大学大学院古典学部博士号取得。九州大学文学部助教授を経て、現在、慶應義塾大学文学部教授。専門は西洋古代哲学。2007 ~ 2010年に国際プラトン学会の会長を務める。『ソフィストとは誰か?』(人文書院)で2007年サントリー学芸賞受賞。著書に『プラトン――哲学者とは何か』(NHK出版)、『哲学者の誕生――ソクラテスをめぐる人々』(ちくま新書)、『プラトン 理想国の現在』(慶應義塾大学出版会)、訳書にプラトン『ソクラテスの弁明』(光文社古典新訳文庫)、共著に『恋愛を考える――文学部は考える1』(慶應義塾大学文学部)などがある。

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