名著123

「アイヌ神謡集」

目 次

【放送内容】

第一回アイヌの世界観

第二回「語られる物語」としての神謡

第三回銀の滴降る降るまわりに

第四回知里幸恵の想い

(NHKサイトを離れます)

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おもわく。

「銀の滴降る降るまわりに 金の滴降る降るまわりに」という美しいフレーズで始まる「アイヌ神謡集」。才能を惜しまれながらわずか19歳で世を去った知里幸恵(1903ー1922)が、アイヌ民族の間で謡い継がれてきた「カムイユカㇻ(神謡)」の中から13編を選び平易な日本語訳を付して編んだものです。

アイヌ民族の一人として生まれ、幼いころから数々の差別や偏見を経験してきた知里幸恵。自らのアイデンティに悩みながらも、祖母や叔母から聞き覚えた数々の物語からアイヌ文化の豊かさ、奥深さを学び、誇りをもつようになります。そして1918年8月、15歳の時、言語学者・金田一京助との出会いが幸恵の運命を変えました。アイヌ文化・言語の調査で北海道を訪れていた金田一は、幸恵の才能を見出し、「カムイユカㇻ」を記録し本として出版することを薦めたのです。心臓の弱さを抱えながら執筆、推敲を重ねる幸恵。1922年についに完成しますが、校正をし終えた当日夜、同年9月18日、急逝します。「アイヌ神謡集」は知里幸恵が命がけで遺した作品なのです。

「アイヌ神謡集」を読むと、現代人が失ってしまった豊かな世界観を感じ取ることができます。自然を含めたあらゆる存在が相互に支え合い豊かさを生み出していることの素晴らしさ、言葉を交わすことでそれぞれの役割を自覚し尊重し合うことの大切さ、互いに喜びや美しさを共有することのかけがえなさ……神謡をコミュニティの中で謡い、聞くという行為に思いを巡らせると、今、学び直すべき生き方のヒントを数多く見つけることができるのです。

番組では、アイヌ文化研究者である中川裕さんを指南役に招き、「アイヌ神謡集」に新たな光を当てながら解説。知里幸恵没後100年の節目に、知られざる豊かなアイヌの世界観を明らかにしていきます。

各回の放送内容

おもわく。

「アイヌ神謡集」を読み解いていくと、アイヌ文化の豊かさ、奥深さが浮かび上がってくる。例えば、神謡はすべて「カムイ」の視点から描かれている。「カムイ」は「神」と訳されるが、通常思い描く「神」とはまるで違う。アイヌにとって「カムイ」とは、動物、植物、鉱物など自然界のほぼすべてのものを指す。また人間が作った道具や衣服、住まいなども「カムイ」だ。そして「カムイ」は超越的な存在ではなく人間と全く対等にやりとりする。あらゆる存在がつながり、支え合い、時に罰し合う有機的な世界観がアイヌの豊かな文化を支えているのだ。第一回は、「沼貝」「キツネ」などの神謡を読み解くことで、あらゆる存在と共生するアイヌの豊かな世界観を明らかにする。

【指南役】中川裕(千葉大学名誉教授)…言語学者。著書に「アイヌの物語世界」「アイヌ文化で読み解く『ゴールデンカムイ』」など。

【朗読】木原仁美(知里幸恵銀のしずく記念館館長)

【語り】宇梶 剛士(俳優)

「アイヌ神謡集」は文字ではなく口承で伝えられたもので耳で聴くことで初めてその魅力を知ることができる。特に特徴的なのは「サケヘ」という特殊な言葉。「トワトワト」「カッパ レウレウ カッパ」等々それぞれのカムイの特徴を表す擬声語のことも多く意味は不明だ。だが、謡う中で、リズムを整え神謡の芸術性を高めていく働きももっている。第二回は、耳で聴く「アイヌ神謡集」の魅力を浮き彫りにし、口承文芸の豊かな可能性を明らかにしていく。

【指南役】中川裕(千葉大学名誉教授)…言語学者。著書に「アイヌの物語世界」「アイヌ文化で読み解く『ゴールデンカムイ』」など。

【朗読】木原仁美(知里幸恵銀のしずく記念館館長)

【語り】宇梶 剛士(俳優)

フクロウのカムイの視点で描かれる「銀の滴」は、最も謎の多い神謡だといわれている。フクロウは中盤で矢で射られるが、その矢をしっかりつかんだと描かれている。ところが、次のシーンでは死者として祭られているのだ。これは魂の世界と現実世界が並行して描かれているアイヌの世界観ならでは描写だという。第三回は、最も有名な「銀の滴」の深層を読み解き、更に奥深くアイヌの世界観に迫っていく。

【指南役】中川裕(千葉大学名誉教授)…言語学者。著書に「アイヌの物語世界」「アイヌ文化で読み解く『ゴールデンカムイ』」など。

【朗読】木原仁美(知里幸恵銀のしずく記念館館長)

【語り】宇梶 剛士(俳優)

幼い頃様々な差別に直面し自らのアイデンティティに悩んでいた知里幸恵。15歳のときに出会った言語学者の金田一京助が彼女を新しい世界に導き、彼女はアイヌと和人たちとの間の懸け橋になったという美しい物語が一方にある。だが、金田一京助はアイヌに対しては同化推進者。あまり語られてこなかったが「序」を子細に読み解くと金田一のこの姿勢に対して抵抗しようとする知里幸恵の姿が浮かび上る。第四回は、近代化とアイヌ文化保存という矛盾に引き裂かれた知里幸恵の人生を辿ることで、本当の意味で固有の文化を守るとはどういうことかを深く考える。

【指南役】中川裕(千葉大学名誉教授)…言語学者。著書に「アイヌの物語世界」「アイヌ文化で読み解く『ゴールデンカムイ』」など。

【朗読】木原仁美(知里幸恵銀のしずく記念館館長)

【語り】宇梶 剛士(俳優)

こぼれ話

「私はアイヌだ。何処までもアイヌだ。何処にシサム(和人:筆者注)のやうなところがある!? たとへ、自分でシサムですと口で言ひ得るにしても、私は依然アイヌではないか。つまらない、そんな口先でばかりシサムになったって何になる。シサムになれば何だ。アイヌだから、それで人間ではないといふ事もない。同じ人ではないか。私はアイヌであったことを喜ぶ。私がもしかシサムであったら、もっと湿ひの無い人間であったかも知れない」

(1922年7月12日の知里幸恵の日記より)

この一節に心を撃ちぬかれました。教えていただいたのは、番組テキストのための取材の際です。講師の中川裕さんは、この日記の重要性を強く訴えられていました。「この中にこそ、知里幸恵の本当の気持ちがある」と。

「金田一京助によって見いだされた知里幸恵の才能。師弟愛の結晶として生み出された『アイヌ神謡集』」……私はずっとこんな固定的なイメージで、知里と金田一の間で繰り広げられた美談と思い込んでいました。しかし、実際には少し違っていたのです。金田一が、アイヌに対しては同化推進者であったこと、恩義のある金田一に対して真っ向から異論は唱えられない知里。ですが、彼女の心の中にはこんな思いがうず巻いていたのです。

そして……こんな思いが背景にあったからこそ、ここまで心を揺さぶられる美しい名著「アイヌ神謡集」という名著が生まれたのだということもあらためて痛感しました。

この一節を知れただけでも今回番組をやってよかったと心から思いました。この知里幸恵の文章に代表されるような思いを抱いていたアイヌの人たちは、数知れずいたでしょう。そのことに思いをはせるとき、この「アイヌ神謡集」の調べが幾重にも倍音となって、遥かな時空を渡っていくような思いがしました。

アイヌ文化に興味をもったのは、大学院修士課程2年目の頃。当時、漫画家・石坂啓さんの「ハルコロ」という作品が連載されていました。アイヌの人々の暮らしや文化を真っ向からとらえたものでした。原作は本田勝一さん。そして、監修はあの萱野茂さんです。

当時、私が大ファンだった星野之宣さんが「ヤマタイカ」という日本人のルーツに迫るSF伝記巨編を「コミックトム」という雑誌で連載していたので毎号楽しみに購読していました。ちょうど同じ頃に「ハルコロ」が連載されていたのです。正直なところ、ついでに読んでいたのでした。冒頭には、「アイヌ神謡集」の美しい序文が引用されていました。女友だちと野原を歩く主人公ハルコロが、口ずさんでいたのが「銀の滴ふるふるまわりに 銀の滴ふるふるまわりに」の一節。なんて美しい言葉なんだろう…と胸をときめかせたものです。思えば、これが知里幸恵との出会いでした。記憶がさだかではないのですが、「カムイユカㇻ(神謡)」も作中でいくつか紹介されていたと思います。石坂啓さんの豊かな筆致で描かれた、その物語世界も素晴らしかった。

アイヌ文化に心惹かれつつも、忙しさにかまけて心の底に置いたままになっていた好奇心が再び開花したきっかけがやはり漫画でした。大ヒット作なので皆さんもご存知だと思いますが「ゴールデンカムイ」です。一大冒険エンターテインメントの中に、絶妙な形で奥深いアイヌ文化が織り込まれている作品で、再びアイヌ文化の豊かさを再発見しました。この作品によって、アイヌ熱が高じて、夫婦でウポポイを訪ねたり、アイヌの芸能を楽しんだり、アイヌの食事に舌を鼓を打ったりと、我が家ではすっかりアイヌブームに。

そんな折、思ってもいない幸運が舞い込みました。中川裕さんの著書「アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」」 の編集者と出会ったのです。当時仕事をご一緒していた斎藤幸平さんのトークショーに参加したときのこと。その打ち上げに参加した際に隣に座ったのがその編集者のIさんでした。当然ながら俄然興味をもった私は、もちろん「アイヌ神謡集」を中川さんに解説していただくという案が頭をよぎりましたが、「果たしてどんなタイミングで紹介するのがいいだろう」と頭を悩ませていました。これついても、Iさんから「2022年は知里幸恵の没後100年に当たりますよ」との情報が! 願ったりかなったりでした。

その後いろいろありましたが、巡り巡って、知里幸恵の100年目の命日を迎えた2022年9月に放送が実現。これはもう、カムイのはらかいとしかいいようがありません。

中川さんの解説は、どこをとっても熱がこもった素晴らしいものでしたが、とりわけ第四回「知里幸恵の想い」の回の熱量が凄かった。私としても、冒頭で述べた通り、この回には一番伝えたかったメッセージがはいった回でした。内容については、屋上屋を重ねることになるのであえて繰り返しませんが、知里幸恵の深い思いとともに、アイヌ文化の現在、そして未来を見つめる回になったのではないかと思います。中川裕さんの解説、宇梶剛士さんのナレーション、木原仁美さんの朗読、ケシュ#203のアニメ、そして、全体の指揮をとったディレクター陣の演出…すべてが共鳴して、厳しい歴史を受け止めながらも、今後、みんながそれぞれのアイデンティティを尊重しながら、豊かな多様性をどのように創り出していけばよいのかを考える貴重なヒントを得られる番組になりました。

全ての人に感謝をこめて、イヤイライケレ!

アニメ職人たちの凄技

今回、スポットを当てるのは『ケシュ#203』

<プロフィール>

ケシュ#203(ケシュルームニーマルサン)仲井陽と仲井希代子によるアートユニット。早稲田大学卒業後、演劇活動を経て2005 年に結成。NHK Eテレ『グレーテルのかまど』などの番組でアニメーションを手がける。手描きと切り絵を合わせたようなタッチで、アクションから叙情まで物語性の高い演出得意とする。『100 分de 名著』のアニメを番組立ち上げより担当。仲井希代子が絵を描き、それを仲井陽がPC で動かすというスタイルで制作し、ともに演出、画コンテを手がける。またテレビドラマの脚本執筆や、連作短編演劇『タヒノトシーケンス』を手がけるなど、活動は多岐に渡る。オリジナルアニメーション『FLOATTALK』はドイツやオランダ、韓国、セルビアなど、数々の国際アニメーション映画祭においてオフィシャルセレクションとして上映された。


ケシュ#203さんに“アイヌ神謡集”のアニメ制作でこだわったポイントをお聞きしました。

今回、アニメーションの方向性を考えるうえで大切にしていたことは、見た目の「アイヌらしさ」ではなく、アイヌの人々が自然や環境をどのように捉えていたかを想像することでした。

アイヌ文様が、自然の事象を抽象化しているように見えることから、アニメーションにも自然事象の抽象化、記号化の考えを取り入れ、木々や雲の形に丸や三角などの幾何学模様を入れ込んでデザインしました。

また、絵作りの質感で参考にしたのはアイヌ民族の着物です。刺繍が施されている着物を見て、木綿布をテクスチャーのベースにしようと決めました。

神謡には様々な動物が出てくるので、それぞれの動きの特徴を出すこともチャレンジの一つでした。動物たちのほとんどはカムイなので、意思があり感情があります。時にコミカルだったりシリアスだったりする振る舞いを通して、アイヌの人々の見ていた世界の豊かさを垣間見ることができたらと思って演技を付けました。

今回、アイヌの文化を取り扱うにあたって差別表現や事実誤認などが無いよう、番組同様、アニメーションも知里幸恵 銀のしずく記念館館長の木原仁美さんと指南役の中川裕さんに監修して頂きました。

アニメーションは単純化することが特徴ですが、そこには危険性もあります。分かりやすく伝えようとディティールや複雑性を排したつもりが、無知ゆえに何が本質か区別がつかず、枝葉を落とすつもりで幹を切ってしまうことも起こります。

そういった無理解が差別を助長する一端になると思っているので、慎重に制作し、完成まで何度も手直ししました。

アイヌ民族を迫害し、文化を破壊してきた和人の立場として、彼らの文化をアニメーションで語るということに正直なところ葛藤はありましたが、何かを踏みつけて立っていることの重み、加害の歴史に目を瞑らず、まずは知るということを起点として、今出来ることはないか、過去から学ぶべきことはないかと模索し続ける日々です。

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