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もっと源氏物語

※第3回ゲスト・林望さんの
「謹訳 源氏物語」(祥伝社)より抜粋

第一巻(p.11)3行目〜6行目
桐壺の更衣は帝のご寵愛だけが頼りであったが、まわりじゅう敵ばかりで、あれこれあげつらう人も多く、またその身は病弱でいつ命が絶えぬものとも限らない。そういう日々を送りながら、かくてはいっそ帝のご寵愛などないほうがよかった、とまで考え込んでしまうのであった。(桐壺)

第一巻(p.259)4行目〜13行目
この子は、そこに何人もいる女の子たちとは比べ物にならぬ。このまま成長して娘時分にもなったら、どれほどの美形になるだろうかというようなかわいらしい容姿をしている。髪は扇を広げたかのように肩にかかってさらさらと揺れ、どうしたわけか、顔は泣いてこすったと見えて赤くなっている。
「どうしたの。またそんなに泣いて。喧嘩でもしたのですか」
と、尼君が尋ねると、女の子は尼君を見上げた。その面差しを見ると、すこし似ているところがあるので、<はああ、あれは母と娘かもしれぬ>と源氏は見当をつける。
「雀の子をね……犬君がね……逃がしちゃったの。伏せ籠の……なかにね……入れておいたのに」
と、女の子は、さもさも悔しそうにしゃくり上げる。(若紫)

第二巻(p.274)4行目〜15行目
そう思った瞬間に、源氏の心はもう理性をかなぐり捨てて、そっと藤壺の御帳台のなかへ身を滑り込ませると、その衣の褄を引っ張った。そのとき、かそけき衣擦れの音が耳を穿った。
それが源氏だということは、紛いようもない。さっと匂った袖の香にそのことを悟った藤壺は、想像を絶して疎ましいことに思い、そのまま突っ伏してしまう。源氏は、<せめて自分を見るくらいのことはしてほしいのに>と、胸は痛み、辛くも思って、無理にも藤壺の体を引き寄せようとした。
すると藤壺は源氏の摑んでいる上の衣を滑り脱いで、そのまま躙り退いた。けれども、源氏の手は、衣の褄ばかりでなく、女の髪も捉えている。藤壺は、身動きが出来ない。
<ああ、なんて情ない身なのでしょう>と、藤壺はこうなるべき前世からの因縁を思い知らされて、深い悲しみを覚えた。(賢木)

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