名著115

「金子みすゞ詩集」

目 次

【放送内容】

第一回詩心の原風景

第二回視点の逆転、想像の飛躍

第三回「孤独」と「死」をみつめて

第四回ことばで響き合う未来へ

(NHKサイトを離れます)

ページ先頭へ

おもわく。

「こだまでしょうか」「私と小鳥と鈴と」「大漁」などの詩で知られ、今も読み継がれる詩人・金子みすゞ(1903-1930)。小さな命の愛しさ、人間の孤独、生きることへの希望をうたった詩を500 余篇書きましたが、26 年の短い生涯で一冊も詩集は出版されませんでした。しかし、その詩に込められた思いは、今も現代の作家や詩人、作曲家、画家を揺り動かしています。みすゞの詩に新しい角度から光を当て、彼女の瑞々しい「詩のことば」を読み解きながら、みすゞの生涯と詩の魅力、世界に誇る日本の文化「童謡」の豊かさも浮き彫りにします。

金子みすゞは、山口県大津郡仙崎(現・長門市仙崎)の漁師町に生まれ、海辺の自然の中で感受性を育てました。時は大正デモクラシーのころ、子どものための「童謡詩」が一世を風靡し、童謡詩を読んで育ったみすゞは、20 歳から詩の投稿を始め、1923 年(大正12 年)には、4 つの雑誌に一斉に作品が掲載。詩人の西條八十から「若き童謡詩人の中の巨星」と激賞されます。みすゞは投稿家として、独特の豊かな想像力から鮮烈な詩を雑誌に発表しますが、童謡詩を載せた雑誌が続々と廃刊。切なる望みだった詩集刊行の夢も絶たれ、26 歳という若さで命を絶ちました。

今、みすゞの詩が多くの人々の心をとらえるのはなぜでしょうか? 新発見された弟・雅輔の70 年分の日記を元に、金子みすゞの初の伝記小説を書いた作家の松本侑子さんは、みすゞは「言葉には人を動かす力があると信じた」詩人であり、その思いに誠実に詩を書いたからだといいます。みすゞは、生きる喜びと哀しみ、人間の癒やされない孤独、人と死別する哀しみ、それでも未来にたくす希望の光、また夢のような想像にひたる甘美な喜び、私たちを生かしている宇宙の偉大な神秘を、詩に書き続けました。その強い思いと誠実な言葉が、1世紀を超えて私たちの心を揺さぶるというのです。

SNSでの短いフレーズの氾濫、ネット社会での暴力的な言葉……「ことばに対する感受性」が鈍化しつつある現代。みすゞの瑞々しい「詩のことば」とその思いを読み解き、「私たちにとって、ことばとは何か?」「何かを表現するとはどういうことか?」といった普遍的なテーマをもう一度見つめなおし、また「童謡」の魅力も再発見します。

各回の放送内容

おもわく。

山口県仙崎の漁師町で、死んでいく小さな魚を見て育ったみすゞ。彼女の中には、小さな命を慈しむ優しい心、また命なきものへの温かなまなざしが宿っていく。みすゞの少女時代は、大正デモクラシーであり、子どものための自由な教育と表現の気運から、児童の文芸誌「赤い鳥」「童話」「金の船」が創刊。そこに載った北原白秋、西條八十、野口雨情の「童謡詩」は、作曲されれて歌になり、大人にも人気を博す。本屋の娘だったみすゞは、こうした童謡詩を愛読して育ち、漁師町の風景のなかで、詩心をはぐくむ。第一回は、「大漁」「おさかな」「積もった雪」の初期の作品から、みすゞの10 代をふり返り、私たちが失いがちな見えないものへのまなざし、見えない世界に想いをはせる心の豊かささを考える。

【指南役】松本侑子
作家、翻訳家。みすゞと、脚本家の弟・上山雅輔の伝記小説『みすゞと雅輔』を発表。

【朗読】石橋静河(俳優)

【語り】加藤有生子

【アンコール放送(全4回一挙放送)】
2023年4月22日(土)午後2時00分~3時36分 / Eテレ

みすゞは20 歳になると、港町下関に出て、書店員となり、童謡詩を書き始める。雑誌の懸賞欄に投稿すると、多くが誌面を飾った。みすゞはライバルの投稿家と切磋琢磨し、優れた表現方法を獲得していく。特にみすゞに影響を与えたのは、みすゞが敬愛した詩人・西條八十。「視点を逆転して、想像を飛躍させる」八十の手法を、みすゞはさらに発展させ、傑作を生み出す。第二回は、視点の逆転から書かれた「蜂と神さま」「私と小鳥と鈴と」などの代表作から、みすゞの表現の巧みさ、みすゞ独特の想像力の飛躍と、その魅力を紹介する。

【指南役】松本侑子
作家、翻訳家。みすゞと、脚本家の弟・上山雅輔の伝記小説『みすゞと雅輔』を発表。

【朗読】石橋静河(俳優)

【語り】加藤有生子

時代の流れの中で、童謡詩を載せた雑誌は次々に廃刊。みすゞは発表の場を失う。そこで詩集刊行の望みをかけ、512 作の詩を、西條八十と、東京で編集者として働く弟・雅輔に送るが、願いはかなえられなかった。みすゞにとって詩と表現は、自らを生かす希望の力だった。その希望が失われ、さらに結婚生活の不幸、健康の問題も重なり、みすゞは自ら死を選ぶ。またみすゞはスペイン風邪の世界的パンデミックと大量死、関東大震災の時代に生き、人の儚い死を見つめていた。第三回は、苦境の中でみすゞが真剣に向き合った人間の「孤独」と「死」、「希望の喪失」を描いた詩を読解する。

【指南役】松本侑子
作家、翻訳家。みすゞと、脚本家の弟・上山雅輔の伝記小説『みすゞと雅輔』を発表。

【朗読】石橋静河(俳優)

【語り】加藤有生子

みすゞの手書きの詩512 作は、弟の雅輔が大切に保管していた。昭和59 年、その全作が出版、死後50 年以上たって、初めてみすゞ全集が刊行。国語教科書に掲載され、平成に金子みすゞは大ブームとなる。さらに東日本大震災の直後、テレビから流れた詩「こだまでしょうか」は、傷ついた人々の心を癒やした。今では全512 作に曲がつき、全国で愛唱される。第4 回は「明るい方へ」「このみち」等から、私たちに生きる励ましと勇気を与えるみすゞの詩の力を読み解く。

【指南役】松本侑子
作家、翻訳家。みすゞと、脚本家の弟・上山雅輔の伝記小説『みすゞと雅輔』を発表。

【朗読】石橋静河(俳優)

【語り】加藤有生子

こぼれ話

私と金子みすゞとの出会いは、2000 年の夏頃のことでした。「おーいニッポン」という県の魅力を生中継で徹底紹介する番組で、山口県にかなり長期間滞在することになり、みすゞにゆかりのある下関なども訪問しました。山口県内の書店には金子みすゞ関連の書籍が豊富にそろっているところもあり少しだけ興味をもちました。仕事を終えて、東京に戻ってきたとき、ちょうどみすゞの没後70 年ということで、「KAWADE 夢ムック 総特集 金子みすゞ総特集」が出版されていました。思わず手にとったのが、みすゞの詩に出会ったきかっけです。

この本に掲載されていたのか、あるいはその後に手に取った詩集に収録されていたのか、記憶がおぼろげなのですが、「積もった雪」と「蜂と神さま」という詩に心を揺さぶられたことを鮮烈に記憶しています。みすゞは、若くしてなぜここまで「見えないもの」への想像力をもつことができたのか。この二つの詩は私の心に沁みとおり、何か大切なものを見過ごしてしまったとき、他者に対して思いをいたせなかったときに、自分への戒めとして読み返してきました。そのたびに、見失いかけたものを取り戻すきっかけを与えてくれた、私にとってはかけがえのない詩です。

100 分de 名著のプロデューサーになってからも、いつか「金子みすゞ詩集」を取り上げてみたいと関連書籍を折に触れて読んできました。ただ、みすゞの詩や人生については、先行研究がたくさん出ており、これに新しいものを付け加えることはほぼないなと感じていました。

この思い込みを吹き飛ばしてくれたのが、松本侑子さんとの出会いでした。2019 年3 月2 日に、フランス文学者・鹿島茂さんと一緒にトークイベントをさせていただいた折、松本さんが聴衆の一人として参加くださっていました。終了後の懇親会の場で名刺交換させていただき、その折に松本さんが執筆された「みすゞと雅輔」という、みすゞとその弟・上山雅輔との関りを軸とした評伝小説のことを教えていただきました。一読、これまで知らなかった数々の事実に驚かされました。「雅輔からの刺激」という一点だけでも、新しいみすゞ像を描けるのではないか。企画の芽が生まれた瞬間でした。

その後、さまざま事情で時間がかかってしまいましたが、2 年半ごしでようやく実現することができました。番組の企画が実ったのは、ひとえに松本侑子さんの、金子みすゞのことを伝えずにはいられないという熱い情熱の賜物だと思います。

何よりも、みすゞの「投稿詩人」としての側面を、徹底したリサーチで明らかにしてくれたことは、これまでにないみすゞ像を描く上で不可欠だったと思います。番組でも紹介しましたが、投稿回数、評価の順位、みすゞの詩を選んだ選者の変遷等々を調べ尽くしてくださり、一覧表にしていただきました。ここから見えてくるものはとても大きかったです。彼女が心の師ともいえる西條八十から大きな触発と影響を受けていたこと、投稿仲間と刺激し合い切磋琢磨したことでみすゞの詩が磨き上げられていったことが浮かび上がってきました。

また「キネマの街」「女の子」といった、これまであまりフォーカスされてこなかった詩にも光を当ててくださったおかげで、みすゞが常に新しい境地を開こうとチャレンジを続けてきたことも辿ることができました。

何よりも心を揺さぶられたのは、戦後、みすゞが再注目されたきっかけとなったのが、みすゞの投稿仲間たちによるみすゞの詩の発掘だったという事実です。戦争という暗い時代、一旦消え去ってしまったかにみえたみすゞ的な感性。彼らは戦争期間中も含めてみすゞの詩を決して忘れることはなかったのです。彼らのおかげで暗く長い暗雲を吹き払うかのごとく、みすゞの詩は復活しました。もちろんそれを再発掘した矢崎節夫氏ら先行研究者の貢献も決して忘れてはなりません。

こうした、これまであまり注目されてこなかった事実を松本さんが掘り起こしてくれたおかげで、「悲劇のヒロイン」「薄倖の詩人」「子供向けの詩」といった、やや紋切型になってしまったみすゞのイメージが大きく揺るがされ、「大人の文学者」「チャレンジし続けた詩人」といった新たなみすゞ像を提出できたと思います。松本さんに心から感謝したいと思います。

SNSでの短いフレーズの氾濫、ネット社会での暴力的な言葉……「ことばに対する感受性」が鈍化しつつある今。みすゞの瑞々しい「詩のことば」に触れることで、「私たちにとって、ことばとは何か?」「何かを表現するとはどういうことか?」をもう一度問い直してみたい。そして、再び「豊かなことば」を取り戻したい…そう痛感したシリーズでした。そんな今夜も、みすゞの詩を声に出して読みながら、深く噛みしめてみたいと思っています。

アニメ職人たちの凄技

今回、スポットを当てるのは『ケシュ#203』

<プロフィール>

ケシュ#203(ケシュルームニーマルサン)仲井陽と仲井希代子によるアートユニット。早稲田大学卒業後、演劇活動を経て2005 年に結成。NHK Eテレ『グレーテルのかまど』などの番組でアニメーションを手がける。手描きと切り絵を合わせたようなタッチで、アクションから叙情まで物語性の高い演出得意とする。『100 分de 名著』のアニメを番組立ち上げより担当。仲井希代子が絵を描き、それを仲井陽がPC で動かすというスタイルで制作し、ともに演出、画コンテを手がける。またテレビドラマの脚本執筆や、連作短編演劇『タヒノトシーケンス』を手がけるなど、活動は多岐に渡る。オリジナルアニメーション『FLOATTALK』はドイツやオランダ、韓国、セルビアなど、数々の国際アニメーション映画祭においてオフィシャルセレクションとして上映された。

ケシュ#203さんに「金子みすゞ詩集」のアニメ制作でこだわったポイントをお聞きしました。

今回のアニメーションは、生前詩集を刊行できなかった金子みすゞに捧げるような気持ちで作りました。

アニメーションは、金子みすゞの生い立ちパート、詩の解説パートの2つで構成されています。生い立ちパートで大切にしていたのは、事実を忠実に再現することではなく、みすゞが見ていた世界を想像し、フィルターを通して表現することでした。

まず色彩設計では、大正時代の童話雑誌を参考に、コントラストを高く、ビビットな色合いを使用し、黒の代わりに濃紺を使用することで時代の軽やかさを表現しました。

詩の解説パートは、雑誌の紙面をイメージして枠をもうけ、また、登場する人物は岡本帰一のようなシルエット絵にするなど抽象性を出しました。『詩のなかの人物は開かれている』という意味も込めています。

金子みすゞ自身のキャラクターについては、従来の儚い女性像よりも確固たる文学者であることを強調するために、強い意志を感じられる瞳にしました。その大きな瞳には、初めは温かな故郷仙崎の景色が映りこんでいましたが、しかしやがて、未来の象徴である帆船が消えた水平線が映るようになります。

女性を周縁化するのではなく、ひとりの人間として正当に評価する。ただ、それだけのことがこんなにも難しい世の中で、金子みすゞの詩はより一層響いてきます。その詩が伝わる一助になれば幸いです。

Topへ