おもわく。
おもわく。

死者・行方不明者の数が2万2000人を超え、史上に例をみないほど大規模な被害をもたらした東日本大震災。あの日から10年の歳月がたとうとしています。復興が進んでいく一方で、今なお痛みを抱えて苦しんでいる人たち、故郷を遠く離れざるを得ない人たち、再生への道筋が未だ見えない人たちが、数多くいます。更に、私たちは今、新型コロナウィルス禍というこれまで経験したことがない災禍の最中にあります。こんな時だからこそ、古今の名著を読み直すことで、「生きる力」「危機に向き合う姿勢」「未来を拓く叡知」を学ぶことはできないか。「100分de名著」では、この3月、4冊の名著をセレクトして新たな視点から光を当て直し、現代の私たちに通じるメッセージを読み解いていきます。

東日本大震災で私たちが体験したのは、ずっと続くと信じられていた日常が、ある日突然奪われてしまうということでした。「かけがえのない日常を根こそぎにされた人々」「たまたまその場にいあわせなかったために愛する人と二度と会えなくなった人々」…そんな痛切な体験をした人たちにしてみれば、たとえ10年の歳月がたとうとも再生への道はたやすいものではありません。そんなときに、何よりも大切なものが「つながり」だというのは、被災地を見つめ続けてきた批評家の若松英輔さん。古今の名著は、私たちが見失いがちな「自然とのつながり」「死者とのつながり」「時とのつながり」「自己とのつながり」を取り戻すことの大切さを、いろいろな言葉で問いかけているといいます。

番組では、批評家・若松英輔さんを講師に招き、「天災と日本人」「先祖の話」「生の短さについて」「14歳からの哲学」の4冊を、震災や新型コロナウィルス禍での体験に寄り添いながら解説。「つながり」をキーワードに、「危機との向き合い方」「引き裂かれた魂の恢復」「未来に向けての真摯な思考」など現代に通じるテーマをみ解くとともに、災禍に見舞われたとき、人はどう再生し、新たな一歩を踏み出していくことができるかを学んでいきます。

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第1回 寺田寅彦「天災と日本人」 ~「自然」とのつながり~

【放送時間】
2021年3月1日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2021年3月3日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2021年3月3日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
若松英輔…「魂にふれる 大震災と、生きている死者」「生きる哲学」「悲しみの秘儀」等の著作で知られる批評家・随筆家
【朗読】
滝藤賢一(俳優)
【語り】
加藤有生子

「災害は忘れた頃にやってくる」と、しばしば弟子たちに語っていたという物理学者の寺田寅彦。彼ほど災害について考えぬいた科学者は同時代に例をみない。彼の災害観のエッセンスがつまった随筆集が「天災と日本人」。文明が進歩すればするほど災害による被害は甚大になるという洞察をもつことができたのは、科学者でありながら夏目漱石門下の文人だったことも大きい。災害に向き合うためには、日本人が古来からもっている自然観をもう一度見つめることで、人間と自然との「つながり」を根底から考え直す必要があると寺田はいう。第一回は、災害という予測不可能な危機にどう向き合い、どう冷静に対処するかを考える。

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第2回 柳田国男「先祖の話」 ~「死者」とのつながり~

【放送時間】
2021年3月8日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2021年3月10日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2021年3月10日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
若松英輔…「魂にふれる 大震災と、生きている死者」「生きる哲学」「悲しみの秘儀」等の著作で知られる批評家・随筆家
【朗読】
滝藤賢一(俳優)
【語り】
加藤有生子

震災は、私たちから愛する者たちを奪った。今もその悲しみを抱えて生きている人は多い。だが、その一方で、「死者」という存在が、自分にとってかけがえのない存在であることを感じながら生きている人たちも少なからずいる。東京大空襲という甚大な犠牲者を出した戦禍の最中で、この「死者」について深く思索したのが民俗学者の柳田国男だ。その上で、日本人が古来もっていた死生観を掘り起こしながら執筆したのが「先祖の話」。死者は、あの世で暮らすのではなく、死のあともこの世に残り生者たちとの新しい関係の中で「生き続ける」ものだというかつての日本人の死生観は、近代人の私たちにも大きな示唆を与えてくれるという。第二回は、柳田の言葉を通して、私たちが死者たちとどう向き合っていけばよいかを考える。

名著、げすとこらむ。ゲスト講師:若松英輔
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第3回 セネカ「生の短さについて」 ~「時」とのつながり~

【放送時間】
2021年3月15日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2021年3月17日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2021年3月17日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
若松英輔…「魂にふれる 大震災と、生きている死者」「生きる哲学」「悲しみの秘儀」等の著作で知られる批評家・随筆家
【朗読】
滝藤賢一(俳優)
【語り】
加藤有生子

震災や新型コロナ禍は、私たちの「生」がいかにはかないものかを思い知らせた。とともに、「時」というもののかけがえのなさについても、あらためて教えてくれたといってよい。哲学者セネカによれば、死はしばしば前触れなく訪れ、その足音が聞こえるようになったときはじめて、自分の人生が限られものであることに気づくという。平時において多くの人たちは、「時」の真価を知らないまま生きている。困難の最中にあってこそ私たちは、真の「時」とのつながりを取り戻すべきだというのだ。第三回は、セネカの思考を通して、「生」のはかなさを見つめ、決して計量できない質的な時間を取り戻すことの大切さを考える。

安部みちこのみちこ's EYE
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第4回 池田晶子「14歳からの哲学」 ~「自己」とのつながり」~

【放送時間】
2021年3月22日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2021年3月24日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2021年3月24日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
2021年3月29日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
2021年3月31日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2021年3月31日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
若松英輔…「魂にふれる 大震災と、生きている死者」「生きる哲学」「悲しみの秘儀」等の著作で知られる批評家・随筆家
【朗読】
滝藤賢一(俳優)
【語り】
加藤有生子

「君たちはいま中学生だ」という言葉で始まる「14歳からの哲学」。哲学者の池田晶子は、若い世代に「考えること」の大切さを取り戻してほしいという深い願いをこめてこの本を執筆した。「震災からの復興」「新型コロナ禍からの恢復」に思いを巡らすとき、私たちは、「考える力」という足元を見つめ直さざるを得ない。池田にとって、真の意味で「考える」とは、自己の中に眠れる「真理」を見出すことにほかならなかった。いわば、それは「自己」とのつながりを取り戻すことでもある。第四回は、池田の言葉を導き手として、私たちが震災以降の、そしてアフターコロナの世界にあって、どう未来を思い描けばよいのか。そのとき真に「考える」という営みが何をもたらしてくれるのかを深く問いかける。

アニメ職人たちの凄技

  • 第74回
  • 第75回
NHKテレビテキスト「100分 de 名著」はこちら
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
『100分de災害を考える』 2021年3月
2021年2月25日発売
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こぼれ話。

「確かな場所」へ

実は「100分de名著」は、東日本大震災が起こった直後の4月からスタートしました。折に触れて「震災」や「災害」について取り組んできました。まだ私がプロデューサーに就任する前でしたが、フランクル「夜と霧」の回では、震災で妻を亡くしながらも「夜と霧」を支えに医療活動を続ける医師の方のインタビューも交えて解説をしていました。私が石牟礼道子「苦海浄土」の回を企画したのも、この著作が福島第一原発事故のことについて深く考えるためのヒントになるのではないかと考えたからでした。

このように「震災の体験」と深く交わりながら番組も歩み続けてきたという実感があります。だからこそ、震災から10年のタイミングでは、深くこの体験を掘り下げたいと願っていました。2年ほど前から、私達のこの番組で何ができるのだろうかと考え続けてきました。知人のつてで、実際に被災者の人たちとも対話を続けてきました。

考え抜いた果てに辿り着いたのが今回のようなスタイルの番組でした。通常1冊の本を100分取り上げるか、あるいは、スペシャル版として同じ作家や著者の作品4冊を週替わりで紹介するか…こういった方法はこれまでもとってきましたが、著者も時代もばらばらの4冊を1シリーズで取り上げるというのは初めてのことです。

東日本大震災といった巨大な事象に向き合うためには、多くの人たちの叡知を結集する必要があるのではないか、そのためには、複数の著作を通して、多方面から深く考える必要があるのではないか、そんな思いに突き動かされたことが一番大きかったと思います。

少し方向性が見え始めたときに、今回講師を担当してくださった若松英輔さんのWEB上のエッセイ「愛〔かな〕しみを経験した君たちへ——若い人々への書簡」に目がとまりました。かけがえない人たちを失い、悲しみにくれている人たちに対して、悲しみを厭うのではなく、悲しみを深めていくことの大切さを教えてくれるこのエッセイは、ちょうど最愛の母親を失ったばかりで喪失感に苦しんでいた私にとても大きな糧となりました。

あの震災から10年がたち、物理的な復興が喧伝されてもいますが、「かけがえのない日常を根こそぎにされた人々」「たまたまその場にいあわせなかったために愛する人と二度と会えなくなった人々」…そんな痛切な体験をした人たちにしてみれば、たとえ10年の歳月がたとうとも再生への道はたやすいものではありません。私自身が被災者の方々への取材の中で感じた、こうした人々の小さな声を決して取りこぼしてはならない。もちろん復興の状況や社会的な問題としての課題をきちんと検証していく報道もとても大切だと思いますが、「100分de名著」でしかできない「個への寄り添い方」があるのではないか。そして、そんなときに上記エッセイのような言葉を紡いでくれる若松さんが力になってくださるのではないかと思ったのでした。

日付をみると2019年11月5日とありますので、今から1年4か月前に若松さんにメールをしています。その際に、私が当初の案として出したのは、今回取り上げた寺田寅彦「天災と日本人」、池田晶子「14歳からの哲学」のほか、原発事故のこと考える著作として「田中正造文集」、宇井純「公害の政治学」、災害そのものを考える著作としてヴォルテール「カンディード」、死の問題を考える著作としてキューブラー・ロス「死ぬ瞬間」でした(今、考えると、やや気負いすぎたラインアップだったかもしれません)。その後、何度かメールを交わさせていただき、寺田、池田の著作についてはご快諾をいただき、若松さんからは柳田国男「先祖の話」、セネカ「生の短さについて」をご提案いただきました。折しも「新型コロナ禍」という人類規模の災禍が深刻さの度合いを深めていた時期でした。この二著は、特にこの新型コロナ禍にあって私たちが見失いがちなことをあらためて深く考えさせてくれる名著でした。

今、あらためて4冊についての若松さんの論点や解説をみると、企画当初の時点から、「新型コロナ禍」という未曽有の体験を経て、ゆっくりと、しかし確実に深まり続けていったことを実感しています。とりわけ「14歳からの哲学」の解説には心を揺さぶられました。私自身も学生時代から愛読していた池田晶子さんが、その場に臨場しているようにも感じられました。

シリーズを通して、私自身も数々の新しい発見がありましたし、いわば、若松さんと解説いただいた名著たちに、大きな宿題をもいただいたと思っています。ちょうど番組スタートから10年の節目となった今回のシリーズですが、今まで以上の緊張感をもって、さらに深く、そして豊かな番組にしていく決意を固めさせていただく貴重な機会をいただきました。その軸になるような、若松英輔さんの言葉を最後にひかせていただきます。

「考える事は、自分の思った通りの場所に連れていってはくれないが、確かな場所に連れていってくれる」

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